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◆中央区 ここに歴史あり(48) 江戸の元祖「木場」に、紅葉が彩る ~「江戸・もみじ通り」~

[巻渕彰/写楽さい] 2012年12月11日 08:30

師走に入り、暦の上では「大雪」、七十二候の127日~11日頃は「閉塞成冬」(そらさむくふゆとなる)。今冬は寒さが厳しいようだ。秋はあっという間にとおり過ぎた感があるが、ようやく!? 紅葉がはじまった場所がある。

 

0913_48_121210momijidoori.jpg日本橋郵便局東側の日本橋一丁目から八重洲通りに突き当たる日本橋三丁目まで南北約1kmにわたる昭和通りと首都高速道に挟まれた、「江戸・もみじ通り」である。

 

ここに「イロハモミジ」が街路樹として植えられている。葉が「いろはにほへと」と7裂ほどの掌状になることからの由来で、「いろは楓」「高尾楓」とも呼ばれるそうだ。

 

東側の首都高速道は東京オリンピックにあわせ開通したが、それ以前は楓川(もみじがわ)と呼ばれた堀割であった。

 

江戸初期の絵図をみると、現在の八重洲通りには堀割があり、これが「紅葉川」といわれたという。それに並行して数本の舟入堀が掘られ、楓川に接していた。

 

現「江戸・もみじ通り」辺りに相当する楓川西側の河岸は本材木町として木材物資集積の一大拠点であった。これが現在の「木場」の原点である。その後は、現在の千代田橋と新場橋の間に「新魚場」と呼ばれた日本橋魚市場と肩を並べる魚市場が設けられた。これが「新場」であった。

 

江戸初期からの歴史をもとに、この道路を「江戸・もみじ通り」と名付けられたのだろうか。紅葉川とか楓川の命名は、江戸城内の紅葉山に因むものともいわれている。紅葉川の名称は、現在の中央警察署の地に、かつて都立紅葉川高校があったことなど地元には親しまれた呼び名であった。●巻渕彰