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" 東都のれん会 "

[お江戸のマーシャ・堀内] 2016年1月14日 16:00

慌ただしく過ぎ去った正月松の内でした。昨年末「東都のれん会」というスタンプラリーに参加、
多くが東京の下町と呼ばれている場所にあり(中央区、台東区、墨田区、荒川区、江東区、千代田区、港区)、
江戸と現在を行き来しながら、雨風を問わず健脚作りをしたというお話です(大袈裟や!<ひとり突っ込み)。

 

「東都のれん会」とは、江戸~明治に創業し、東京で三代・百年以上の歴史を紡いできた54ののれん店の集まりで、
1951年の戦後の混乱期に発足したということですから驚きです。
扱っているものはといえば、佃煮、うなぎ、甘酒、お団子、眼鏡、果物、海苔、漆器、和紙、お茶、刷毛、弁当、扇子、楊枝、
刃物、稲荷寿司、お菓子、太鼓、天麩羅、すき焼き、豆腐、西洋料理、そば、履物、仏壇、人形、あひ鴨、清酒、あんこう鍋、
パン、呉服、帚、足袋、はんぺん、鰹節さん と衣食住の生活日常のものばかりで親しみやすいものです。
そんな中、26の老舗ブランドが中央区にお店を構えています。(中央区、\(^o^)/)

http://www.norenkai.net

 

普段からいくつかのお店に立ち寄ったりしていたのですが、今後は、より足しげく通うことになりそうです。

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※上記写真をクリックすると大きくなります。

 

 

 

区界を歩く3(隅田川散歩)

[佐平次] 2016年1月14日 14:00

 今回は区界を歩くと言ってもすべて晴海運河、隅田川で区界がはっきりしているので単に川沿いに散歩するだけである。  ほとんどの区間は江東区との区界で両国橋の近くで墨田区との区界となる。

ッとはいうものの、このコースは展望が素晴らしく、川沿いの地域には歴史的興味のあるところも多く、一度は体験してみることをお勧めする。

ゆっくり歩いても一時間ちょっと、車の喧騒から離れ、陽だまりでウトウトするもよし、クルーズ船を眺めながらランチするもよし、コースをちょっと外れて歴史散歩と組み合わせても楽しい。

また散歩とちょっと違った意味で日本橋を発着する日本橋川や神田川、東京湾、お台場などを組み合わせた舟運クルーズもお勧めだ。

(水都東京を創る会http://suito.or.jp/

 

隅田川を上がるコースと下るコースのどちらでも良いが、スカイツリーを眺めながら歩くことになる上流に向かうルートがお勧めだ。

 

 本来ならば、中央区の角っこであるレインボーブリッジに面した晴海埠頭の国際客船ターミナルを出発点とするべきだが、晴海運河沿いはほとんど歩道が整備されてなく、また晴海が東京オリンピックパラリンピックの選手村になることから工事関係のトラックの出入りが多いので、出発点は東京メトロ有楽町線・都営大江戸線「月島駅」から近い、江東区と結ぶ相生橋西詰めとするのがいいだろう。

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◎相生橋西詰 

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◎佃島地図

 
 元々、現在の月島、晴海地区は埋め立て地で、江戸時代には浅瀬と佃島、石川島など幾つかの小島が点在するだけで海の上だったのである。 つまり、永代橋が隅田川の河口、第一橋梁でその先は江戸湾であり、隅田川も永代橋までだったのである。 
湊町や明石町(兵庫県の明石に風景が似ていることから)などが、かつてこの地が海だったことを表している。

 

 佃島は徳川家康が摂津(大阪)佃村から漁師を呼び寄せ住まわせたことから住吉神社や盆踊りなど古い歴史を持つ地域である 。
石川島は、現在はウォーターフロントの先駆け「大川端リバーシティ21」高層住宅群として人気の高い地域であるが、かつて水戸藩が開設した石川島造船所(現IHI)の跡地であり、江戸時代には火付盗賊改役長谷川平蔵の建議によって出来た「人足寄場」があったところである。

 「人足寄場」とは無宿人や刑期満了者などを強制収容し、大工、建具、塗物などの技術を習得させたり普請人足として働かせたりしてその更生をはかり、また賃金を与えて出所後正業に就かせるなど、治安対策と更生施設を兼ねた現代の刑事政策にも通じる施設であったらしい。

 

晴海運河沿いの石川島公園を抜けると美しい斜張橋の「中央大橋」が姿を現す。

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◎石川島公園 

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◎中央大橋

 

 この「中央大橋」の開通は1993年8月26日、「レインボーブリッジ」と同じ日であるためあまり騒がれなかった。

隅田川はフランスのセーヌ川と1989年に友好河川を提携しており、またこの「中央大橋」の設計がフランスのデザイン会社であるため、中央橋脚部上流側にはパリ市長であったジャック・シラクから友好の印としてオシップ・ザッキン作の「メッセンジャー」と名づけられた彫像が鎮座している。
彫像は川側を向いているため隅田川を下る船からが見やすい。

 
中央大橋を渡るとスグに隅田川テラスに出る。

 隅田川テラス.JPG

◎隅田川テラス 

 隅田川テラス地図.JPG◎隅田川テラス地図

 

 ここからは、「永代橋」の先で日本橋川に架かる「豊海橋」を渡る以外は隅田川に沿って真っすぐに上流の両国橋を目指して歩けばいい。スカイツリーが美しい。

 
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◎永代橋 

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◎豊海橋

 
 二階建ての「隅田川大橋」にケルンの吊り橋を模したといわれる美しい「清洲橋」、対岸には江戸時代に行徳から塩を運んだ小名木川の一番橋梁の「萬年橋」に、この地から奥の細道に出立した松尾芭蕉ゆかりの「芭蕉庵」も見える。

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◎隅田川大橋 

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◎清洲橋 

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◎小名木川・萬年橋

 芭蕉史跡展望庭園.JPG◎芭蕉庵史跡展望庭園

 

 隅田川のクルーズ船が行き交い、遊歩道の堤防の壁の部分には江戸時代の風俗を現した浮世絵が描かれ現代と過去が交叉する。

 
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クルーズ船3.JPG

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◎クルーズ船 

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◎水天宮浮世絵 

 

 新大橋を過ぎ、今まで隠れていたスカイツリーがまたビルの谷間から姿を現すようになれば間もなく終点の両国橋に到着する。

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◎新大橋

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◎両国橋

 

 

新川周辺散策コース(1)

[CAM] 2016年1月14日 12:00

 

堀部安兵衛武庸之碑

 

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越後新発田五萬石溝口藩中山弥次右衛門の子寛文十一年生れ元禄元年江戸之念汽堀内道場へ入門元禄四年玉木一刀斎道場師範元禄七年二月高田の馬場に於て叔父菅野六郎左右衛門之仇討其の後も京橋水谷町儒学者細井次郎大夫家に居住浅野家臣堀部家の妙と結婚堀部安兵衛武庸となる禄高二百石元禄十四年十月本所林町に於て長江左衛門の名で剣道指南元禄十五年十二月十四日赤穂義士の一人として吉良邸に乱入仇討す元禄十六年二月四日歿三十四歳
法名 刀雲輝剣信士
(
裏面)
昭和四十四年八月建之

中央区八町堀一町目町會建内
代表者 奥山 喬一

 

亀島川と亀島橋

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霊岸橋

 

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河村瑞賢屋敷跡

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所在地 新川一丁目八番地域
江戸時代、この地域には幕府の御用商人として活躍していた河村瑞賢(一六一八~一六九九)の屋敷がありました。
瑞賢(瑞軒・随見とも書く)は、伊勢国の農家に生まれ、江戸に出て材木商人となりました。明暦三年(一六五七)の江戸大火の際には、木曽の材木を買い占めて財をなし、その後も幕府や諸大名の土木建築を請負い莫大な資産を築きました。また、その財力を基に海運や治水など多くの事業を行いました。
瑞賢の業績の中でもとくに重要なのは、奥州や出羽の幕府米を江戸へ廻漕する廻米航路を開拓して輸送経費・期間の削減に成功したことや、淀川をはじめとする諸川を修治して畿内の治水に尽力したことがあげられます。晩年にはその功績により旗本に列せられました。
斎藤月岑(げっしん)の『武江年表』によると、瑞賢は貞享年間(一六八四~一六八八)頃に南新堀一丁目(当該地域)に移り住み、屋敷は瓦葺の土蔵造りで、塩町(現在の新川一丁目二十三番地地域)に入る南角から霊岸島半丁一円を占めていたと記されています。表門は今の永代通りに、裏門はかつて新川一丁目七番・九番付近を流れていた新川に面し、日本橋川の河岸には土蔵四棟があり、広壮な屋敷を構えていたようです。
『御府内沿革図書』延宝年間(一六七三~一六八一)の霊岸島地図を見ると、瑞賢が開削したとされる堀割に新川が流れ、その事業の一端を知ることができます。
平成十五年三月
中央区教育委員会

 

船員教育発祥の地

 

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政府の自主的な海運政策を進めるにあたり、船員教育の急務を提唱し、三菱会社長岩崎彌太郎に命じて、明治八年十一月この地に商船学校を開設させた。当初の教育は、その頃隅田川口であり、海上交通の要衝でもあった永代橋下流の水域に、成妙丸を繋留して校舎とし全員を船内に起居させて行われたが、これが近代的船員教育の嚆矢となった。
爾来百年、ここに端を発した商船教育の成果は、我が国近代化の礎となった海運の発展に大きく貢献してきたが、その歴史的使命は幾変遷をへた今日、江東区越中島にある現東京商船大学に継承せられている。
昭和五十年十一月
東京都中央区教育委員会

 

 

 

ランチの親子丼〔新三浦 築地本店〕

[ジミニー☆クリケット] 2016年1月14日 09:00

新三浦」は、築地1丁目にある「水炊き」で有名なお店です

博多の本店は、明治43年創業の「博多名物 鶏の水だき」の老舗です

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こちらのランチメニュー「親子丼」です

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を専門とするだけあって、鶏肉の柔らかさ、それに絡むたまごのふわふわ具合、甘辛の味付け、すばらしいです

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定期的に来てしまうお勧めの店です

住所は、中央区築地1-8-1 新三浦ビル(下の地図赤〇です)

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新春の中央区風景

[さとけん] 2016年1月13日 20:00

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2016年の年明けの風景の1ページです。

季節外れで暖かく、歩くと汗ばんできました。

 

リバーシテイ―付近の風景です。

 

余計な言葉は不要かと。

 

今年もよろしくおねがいします。

 

 

天栄そば〔日本橋ふくしま館〕

[ジミニー☆クリケット] 2016年1月13日 16:00

JR新日本橋駅2番出口から徒歩1分、福島県のアンテナショップ日本橋ふくしま館MIDETTE」で、「天栄そば」をいただきました

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割子そば」です。そばの香りがとてもよかったです

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天ぷらの「ヤーコン」もおいしかったです

ヤーコンとは、キク科の多年草で、見た目はサツマイモのようですが、食感はシャキシャキしてヤマイモのようです

元々は日本の野菜ではなく、アンデスの山で作られていたそうです

福島県天栄村で作られているそうです

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日本橋ふくしま館MIDETTEの住所は、日本橋室町4-3-16柳屋太洋ビル1階です。

HPはこちら ⇒ http://midette.com/

天栄ヤーコンの紹介はこちら ⇒

http://www.vill.tenei.fukushima.jp/soshiki/6/yacon.html