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月島の今昔 その①胡萩堂

[佃のうさこ] 2016年8月14日 09:00

地下鉄月島駅7番出口を出てすぐに通称もんじゃストリート・月島西仲商店街の弐番街にある

胡萩堂さん。私のお気に入りの「ねこせんべい」があるお煎餅屋さんです。

胡萩堂ねこせんべい.jpg今日は女将さんに日ごろ気になっていたお店のことや、月島西仲商店街のちょっと昔の様子を

伺ってみました。

胡萩堂お店.jpg胡萩堂という美しい響きの店名は、名付けた先代のお父様がもうお亡くなりになっているので、

今では残念なことにわからないそうです。

お店に入ると一番に目につくのが大きな広口瓶。

その存在感は、ザ日本のお煎餅屋さんを象徴しますが、どんな瓶なのでしょうか?

胡萩堂広口瓶.jpg広口の丸みをおびた切り口のカーブは、吹きガラスの手作り品ならではのあたたかみで、

光の反射によって中のものが一層美しく見えるすぐれ物。

胡萩堂広口.jpg

浅草橋で買い求めていたそうですが、今では手作りする職人さんがいなくなり壊れても補充できないとか。

残りはお店にある14個のみ、、、失なわれないで欲しい一品ですね。

昭和30,40年頃の商店街には、お昼には築地帰りのジャンパー族(築地市場で働いている

人達)が、夕方4時にはエプロンをしたお母さん達が買い物をしに来ていました。

おもちゃ屋が3軒、糸屋が2軒、豆腐屋が2軒もありました。

当時の糸屋へは、その頃まだまだ高価だったストッキングが伝線すると、一本一本直してもらう

のに駆け込んでいたそうです。

胡萩堂女将さん.jpgその後、昭和63年に有楽町線月島駅が出来た時、テレビ局が取材するものが無く

もんじゃ焼きでも、、と取り上げたのが宣伝となって、今の月島=もんじゃ焼きの

イメージが出来ました。

平成に入り地上げがあり一時人口も減ったそうですが、今は勝どきにタワーマンションが

たくさん建って子供たちが増えていると教えてくださいました。

月島西仲商店街弐番街.jpg

明治25年に埋め立てられ誕生した月島。それ以来、明治、大正、昭和と国の推進力となった

重工業地帯を支える人々のくらしが息づいている商店街。

平成に周辺地域にタワーマンションが林立して、今も昔も人々のくらしの最先端を映し出す

商店街。こんなユニークな月島の商店街に「月島の今昔」をもとめて、

今後もお店を訪ねお話しを伺いたいと思っています。