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築地外国人居留地の名残り

[小猿] 2018年8月28日 09:00

明治維新から150年の今年、外国人居留地だった界隈を訪ねてみました。江戸から明治になったときに鉄砲洲に外国人居留地が開設されました。 築地明石町は、文字どおり築いた土地で、種子島に形が似ていることから鉄砲洲と称しました。三方を川に囲まれ、海からも近く、外国船が出入りしていました。築地の原と呼ばれていた荒れ地が数年で整備され新小港に。港底が浅かったために巨艦は入れず、横浜や神戸のような商業港にはならず、宣教師や医師、留学生が多く移住しました。

 

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土地は区画で競り売りされ、運上所が管理していました。回りは塀で囲まれ、教会、学校、病院、住居など西洋建築の洋館が建てられました。そのほとんどが関東大震災で失われてしまったのは残念なことでした。

 

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1900年に来日した宣教医師のトイスラーによって、1902年聖路加病院が発足し、1936年には敷地内に聖路加礼拝堂が建造されました。ネオ・ゴシック形式のこの教会は、日野原先生に「聖路加国際病院の心臓」と呼ばれて、患者や家族、病院職員や学生、地域の人々の祈りの場として親しまれています。現在、毎日礼拝が行われていて、十字架の塔からは、1日3回、鐘で聖歌のメロディ-が流れています。

 

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聖路加国際病院の中庭に、トイスラー博士の住居だった記念館とアメリカ公使館跡に3基の記念碑があります。 また、立教学院、女子学院、明治学院などこの地を発祥とする学校も数多く石碑が置かれています。

 

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聖路加国際病院から居留地通りを挟んで向かいには、居留地時代のレンガとガス灯が置かれています。奥は明石小学校、小学校の向かいは、東京で最古の教会、カトリック築地教会です。この一帯は戦災を免れた地域でもあります。

 

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外国人居留地は、明治32年の条約改正に伴い廃止されましたが、聖路加国際病院を始め、その時代の西洋の精神、知識、文化は日本の文明開化に大きな影響を与え、受け継がれています。街を歩いて、あちらこちらで当時の面影に触れることができました。