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ヤン・ヨーステン記念碑と平和の鐘

[みのり] 2016年8月13日 09:00

こんにちは、みのりです

 

8月は八重洲通りの中央分離帯に行ってきました。

 

この八重洲通り(中央分離帯)にある「ヤン・ヨーステン記念碑」は、日蘭修好380年を記念して1989年(平成元)に設置されたものです。

 

オランダ船リーフデ号の船員であるヤン・ヨーステンは、同船の航海長であるウィリアム・アダムス(三浦按針)とともに豊後(大分県)に1600年(慶長5)に漂着し、ウィリアム・アダムスは、徳川家康と会見する(リーフデ号の代表者として招かれた)。この年に関ヶ原の戦いで徳川勢が石田光成らが率いる西軍を破る。

徳川家康の側近として仕えるようになったヤン・ヨーステンは、ウィリアム・アダムスとともに徳川家康の外交顧問や通訳として活躍、アジアでの朱印船貿易に従事した。八重洲という地名は、彼の拝領屋敷があったことにちなんだものといわれる。

ヤン・ヨーステンの像は、オランダ人L・P・プラートの作です。

 

 

また、この中央分離帯には、「平和の鐘(中央区平和都市宣言記念)」もあります。

 

中央区は、1988年(昭和63)3月15日に政界の恒久平和と人類の永遠の反映を祈念し「平和都市宣言」をしました。

段上の三角形のアーチは、この宣言を記念するモニュメントとして設置されたものです。

この平和の鐘は、オランダ製で26個のベルによって四季折々のメロディを奏でます。

(設置 1989年(平成元)3月15日 東京都中央区)

 

●ヤン・ヨーステン(1556?~1623)

耶揚子とも。オランダ人船員。アダムスらとともに、1600年(慶長5)豊後に漂着。徳川家康の外交顧問となる。江戸に拝領屋敷を与えられ、日本女性と結婚し子女をもうけた。オランダの通商に寄与。

 

●ウィリアム・アダムス(1564~1620)

1600年(慶長5)に、ヤン・ヨーステン等とともに豊後に漂着したオランダ船のイギリス人航海長。徳川家康の外交顧問となり、三浦按針と名のる。相模国三浦郡に領地を与えられ、オランダ・イギリスとの通商に尽力。日本人妻との間に二人の子があった。

<参照>

ヤン・ヨーステン記念碑と平和の鐘の説明

江戸文化歴検定公式テキスト【上級編】江戸博覧強記 編者江戸文化歴史検定協会 発行所(株)小学館

図説江戸ものしり事典 発行所(株)新人物往来社

歩いてわかる中央区ものしり百科 監修中央区観光検定委員会

 

 

 
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