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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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夏だ!水だ!橋洗いだ!

[お江戸のマーシャ・堀内] 2015年7月29日 18:00

毎年7月の最終日曜日11時頃からの名橋日本橋の橋洗い(現在の橋は今年で104年を迎える)
、7/26 参加してまいりました。

 

先ずは、橋中央埋め込まれている"日本国道路元標"にお参り感謝です。
それから二台の日本橋消防署の赤い車体から長いホースが取り出され、橋の上に散水(再生水)、
自然に優しい石鹸水をバケツで橋全体へ。(消防署からは40名ほどの隊員さんが来られています)
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参加人員は老若男女、たぶん1500名ほどでしょうか、炎天下36度の下、全て団体組みで
"町内会風の法被"を身に纏い、デッキブラシなどを手に、子供にとってはホースから出る水を
追っかけて橋のメジめがけてゴシゴシ、水浴びダー!
12時過ぎからは、消防車から梯子が頭上の高速道路両側面に取り付けられている大きな"日本橋"看板の
お掃除でフィナーレです。暑い中お疲れ様でした。
(この文字は、徳川慶喜の揮毫の橋柱の銘板の文字をコピーして横並びにしたものですが、橋柱の銘板は建築家で幕臣であった妻木頼黄がその揮毫を頼んだもののようです)
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中央通り、和紙の"榛原(はいばら)"さん(街さんぽ その4)

[お江戸のマーシャ・堀内] 2015年7月24日 14:00

気温35度、南からは台風が来ています。
そんな真夏になる頃、中央通りを南へ、COREDO日本橋を通り過ぎ、少し歩いた所に
5月20日に本社を移転された"榛原(HAIBARA)"さんに立ち寄りました。

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200年以上続いている伝統の紙の技を、今に伝える老舗、建物の概観のデザイン自体が
お洒落で目を引きます。入り口の右側ショーウィンドーには、涼しげな団扇が見えます、
中に入ると、全体の色調が明るいデザインがとても美しい空間です。

 

偶々、日本橋ワーカーズの会;アサゲで、マエヒャクとして登壇された

広報の中村さんと初めて出会い、詳しいお話をお聞きしました。

ありがとうございました。

 
*江戸後期の1806年、小間紙問屋として出発、千代紙、木版刷りを手掛ける。
*西郷隆盛、勝海舟なども、榛原さんの和紙を使ったりして、和紙で物書きをするのは、
  当時一種のステータスシンボルだったようです。
*デザインは河鍋暁斎 柴田是真といった一流どころにお願いしていた。
*そして明治の文明開化、和紙の輸出、洋紙の輸入など、そして日本で初めて方眼紙を作った。
*大正時代に開発に成功した榛原製記録紙が、アポロ11号に搭載され、月面記録に用いられる。

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因みに、今年、私は、榛原さんのこの蛇腹便箋セットで、暑中見舞いを書く予定です。
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ところで、老舗のみなさんは、英語名を大体、NIHOMBASHIとして使われているようです、
今風に(現代文法では)、NIHONBASHIのようで混在している状況、
やはり風情を感じるのはMだと思うのです、、。

 

少し歩けば高島屋さんです。水を飲みながら歩きます。

 

 

中央通り、丸善・日本橋店にシーボルト(街さんぽ その5)

[お江戸のマーシャ・堀内] 2015年7月23日 09:00

さて、中央通りをの街さんぽを続けています、今度は南に向かったまま
右手には高島屋さん、左側を歩きますと、本屋さんの丸善・日本橋店があります。
丸善といえば洋書コーナーの3階ですが、ここのワールド・アンティーク・プラザで、
8月4日まで、"シーボルトに編まれた日本"という題名で古書展示会が開かれています。

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シーボルトといえば、1823年から鎖国日本へ長崎出島のオランダ商館医として6年間、多くの分野で
日本を分析し、それを国内外に伝播してくれた一級の外国人という印象があります。
シーボルトが残してくれた文献から、江戸後期の日本人の文化風土、生活がビジュアルで見られます。
また、昔の日本橋辺りの風景の図などもあります。確か、将軍へのお目見え(ご報告)ということで、
徳川家斉あたりだったろうと思います。その時は、室町3丁目当たりの"長崎屋"に
泊まったのだろうと思われます。シーボルトには、多くの日本人の友人がいたのでしょう、
海外と接するには、先ずは言葉が出来ること、友人を作ること、
これが秘訣だということは今でも変わりないことと思います。

 

お帰りには、ハヤシライスを如何でしょうか?この由来は、よく言われている、
丸善創業者の早矢仕有的(はやし ゆうてき)さんが作った牛肉と野菜のごった煮に由来するとか。

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人形町には、静かな佇まいがある(街さんぽ"食べ歩き" その2)

[お江戸のマーシャ・堀内] 2015年7月16日 16:00

私は、時々、幕末から明治、西郷隆盛屋敷跡に立つ日本橋小学校へ
図書館やプールのために寄っています。

 

まずは、半蔵門線の水天宮前駅、8番出口を出ると、学校帰りに
とっておきのような "揚げたてコロッケの今半" がみえます。

  

そこら辺りはいくつもの昔ながらの路地があり、それぞれ食べ物屋さんが
沢山あります。そんな中、てんぷらで有名な "中山" というこじんまりとした
お店があります。ご夫婦でカウンターの内側と外側で、
ユルリとした雰囲気を醸し出しながら、幾分黒めで甘辛いタレがかかった天丼が
ここの御馳走です、夜は常連さんが多いのも頷けます。

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それからその路地辺りを見ていると、道端にクジラの置物があります、
これは江戸時代、ここは葺屋町、堺町と言われ、庶民に人気の
操り人形のメッカだったようです。その時に使う人形の操り糸
としてはクジラの髭が一番しなやかな動きを出せるという事で、
このクジラへの感謝の標だそうです。
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そして、親子丼といえば "玉ひで" ですね、私もお休みの日のお昼に頂いています。

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そして、人形町、水天宮の地下鉄駅の通りに聳える二つの櫓、

"江戸落語からくり櫓" と "江戸火消しからくり櫓" が見えます。

ck1515_20150715 (6).JPG (江戸落語からくり櫓)

 

人形町は、なにか昔の大阪の面影が残っているような場所にも思えます。

 

 

 

日本橋に "能面" がやってきた(街さんぽ その3)

[お江戸のマーシャ・堀内] 2015年7月 4日 14:00

みなさま、能を舞うときに顔につける面をご存知でしょうか?

 
今、日本橋丸善を西方向へ曲がると"田中八重洲画廊"で、
"岩崎久人古希記念 能・狂言画展"が7月6日まで開かれています。

  
怖い顔、優しい女性の顔、ニコニコしたお爺さん、、おどけた顔、大黒さんと、
見ていて飽きることなく、心が休まるような時間が持てるかもしれません。
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お能は、室町時代から始まったとされ、その能面つくりにも長い歴史があるようです。
それぞれ、人の心を映す面("おもて"と言います)は、ヒノキを使い、
立体的に彫り上げ、胡粉を塗り、数ヶ月の時間を掛けて作り上げる作品です。

 
いろいろな角度から見ると、また違う表情が見え、人間の喜怒哀楽を
見て取れるかと思います。

 

お時間あれば、立ち寄ってみては如何でしょうか?

 

 

ところで、6月30日、人形町の小網神社の夏越の祓えにお参りして来ました。
今年も、あと半年、無事に過ごせますように。
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