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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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名所・旧跡を歩いて、江戸和菓子と出会う(八丁堀編)

[達磨] 2016年6月28日 14:00

「八丁堀」は寛永年間に埋めたれられ、8町(約873m)の八丁堀と称した水路が開削された地域で、慶長16年(1611)から30年ほどの寺町時代を経て「与力同心の組屋敷」に変わった下町、明治維新後に京橋区と日本橋区に分割されて、京橋区に八丁堀地区が残る。 大正12年の大震災では焼け野原になった八丁堀、昭和20年の米焼夷弾では西八丁堀3・4丁目全滅だったという・・・・現在は商店、オフィスビル、マンションがきれいに並ぶ街。  ◆町会設立50年記念誌「わが町・八丁堀」Web版

(余談)私の先祖は西八丁堀4丁目で江戸時代から江戸小紋・刺繍を家業としていましたが、大震災によって廃業、史料など一切ありません。

 

<スタート>八丁堀駅A2→「八丁堀(桜川)跡・桜川公園」→「日比谷稲荷」→「堀部安兵衛武庸の碑」→亀島橋

江戸時代には、船見番所が置かれた「亀島橋」・・・橋上より亀島川・日本橋水門・スカイツリーを望む。

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八丁堀3丁目を歩く(平成通り)→注目!ロースカツカレー「ロダン」→神仏具店・神輿師「秋山三五郎商店」→八丁堀スズラン通り→和菓子西八丁堀「青柳」→和菓子「八丁堀伊勢屋」→「八丁堀の与力・同心組屋敷跡」<ゴール>

 

「青柳」は大正九年の創業、三代目のおすすめは全国菓子観光大博覧会名誉大金賞牌の「味かく」と「菊最中」・・・美しく、男性的な味わいの生和菓子!です。

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「八丁堀伊勢屋」・・・明治40年創業以来、餅と豆にこだわり『質を落とすな』・・・先々代から守り続け、気取らず普段使いのお茶菓子を心掛けております。「HPより」

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名所・旧跡を歩いて、江戸和菓子と出会う(日本橋・茅場町編)

[達磨] 2016年6月22日 14:00

今回は八重洲1丁目、弓矢師の住居と魚市場があった「日本橋(1)・2・3丁目」、今は寂しく感じる「兜町」、葦の茂る水辺と与力・同心の敷地だった「茅場町」・・・外堀通り、八重洲通り、新大橋通り、日本橋川、亀島川に囲まれたエリアを歩きました。

 

和菓子店は明治23年組合結成以来120年を迎える「中央区和生菓子組合」の案内図により、この地区の銘菓を賞味記録として、ご紹介します。因みに6月16日は後醍醐天皇の時代から受け継がれる「嘉祥の祝」を現代に甦らせた「菓子の日」でした。

 

【スタート】銀座線日本橋B1出口(海抜3.8m)国重文「高島屋日本橋店」→中央通りを渡って「桜通り」を歩くと和菓子『長門

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享保年間(1716~1735年)創業で、徳川家に菓子を献上していた老舗「長門」、人気の[久寿もち][切羊かん]は江戸の風を感じる味わいです。

 

東京駅を背にして桜並木を歩く→昭和通りを越えると兜町~茅場町の街並み→坂本小学校「明治6年第一番官立小学の説明版」→3丁目茅場町商店会和菓子[茅場町伊勢屋】     

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いつも餅をつく音が聞こえる『茅場町伊勢屋』は昭和の創業。八丁堀伊勢屋と親戚筋で、伝統の技が光るお店です。売れ筋は豆大福、重みのある「栗どら」。 

            

人気焼き鳥屋もある茅場町商店街を後にします。新大橋通り→「智泉院(区文化財)」→山王祭の余韻「日枝神社日本橋摂社」→「兜の渡し跡」→「東京証券取引所」→「NHK・とと姉ちゃんのロケ地(山二証券)」→みずほ兜町支店の壁に「銀行発祥の地説明板」「海運橋親注」「日本橋」まで近い、日本橋1丁目和菓子『ときわ木

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『ときわ木』は明治43年に創業の老舗。ケース上に置かれた三段重箱に商品見本を披露していただける。写真は評判の「黒糖まんじゅう」、「もなか」は香りと上品な甘さ。三代目が手技で作る生和菓子には、やさしさと美しさがあります。

 

【ゴール】東西線・銀座線・都営浅草線D2口「日本橋駅」(海抜3.1m)

 

 

 
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