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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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まち歩き、江戸和菓子と出会う(歌舞伎座ゆかり編)

[達磨] 2016年9月28日 14:00

銀座4丁目交差点「信号が変わります~4丁目交番の女性警察官の声」晴海通りを少し歩くと、平成25年(2013)2月、第4期の外観をそのままに、文化施設、高層オフィスタワーが併設されて建替えられた"歌舞伎の殿堂"が見えます。明治22年(1889)第1期「歌舞伎座」から日本の芸能・文化をリードする銀座の顔です。

http://www.kabuki-za.co.jp/siryo/ ... 歌舞伎座資料館/江戸食文化紀行

 

「歌舞伎座」にゆかりのある和菓子屋さんの紹介です。

 

銀座4丁目『柏屋菓子店』 歌舞伎座が開場した翌年の明治23年に創業。歌舞伎座の裏手にあって、昔ながらの和菓子屋さんの佇まい。愛されて...気楽に立ち寄れる老舗です。ご高齢の4代目ご主人と女将さんのお二人で、江戸前の味を守られています。季節折々の美味しい和菓子も揃っていますが、評判の高い「豆大福」は絶品絶賛の味です。お赤飯握りも人気、わくわくとお彼岸のおはぎを買いに行きました。11月には「だいふく...」名店紹介本に登場します。

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銀座6丁目『空也』 江戸城出入りの畳屋から榮太樓の職人の紹介を得て、明治17年に上野池之端で創業。初代が踊り念仏の流れを汲む関東空也衆の信徒だったことから、店名と最中の形に由来。初代は親交のあった九代目団十郎の話しからヒントを得て、焦がし皮の最中を売り出したという。季節の和菓子も用意されていて、「空也餅」は夏目漱石の吾輩は猫にも登場する。4期歌舞伎座が再建された昭和26年に先立つ、昭和24年銀座並木通りに移って、銀座の「空也もなか」として予約(電話もOk)、引取りでひっきりなしのお店。香ばしい焦がし皮に艶やかなつぶ餡...がたっぷり入っていて、ビニール袋に包んで一週間は日持ちするとのこと。(参考:竹書房/江戸東京幕末維新グルメ&同店志ほ里)男が惚れて、女性が憧れる「空也最中」です。

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以上。

 

 

まち歩き、江戸和菓子と出会う(日本橋編)

[達磨] 2016年9月25日 12:00

慶長8年(1603)創架、5街道の起点となった「日本橋」。歌川広重「名所江戸百景、日本橋雪晴」安政3-5年には物資拠点の日本橋の賑わいが見えます。現在の日本橋は明治44年(1911)完成。この日本橋の袂にある和菓子老舗店のご紹介です。

 

榮太樓總本鋪』 安政4年(1857)の頃から変わらずに日本橋の袂で営業。この安政時代、日本橋にささやかな屋台で「金鍔」を焼いて売り出したのが榮太樓のはじまりとのこと(HPから)。日本橋南詰西側にある「日本橋由来記」の碑からお店の紺藍染めの日よけのれんが見えます。おすすめは「金鍔」をはじめ、「せっかちな江戸っ子に食べやすく」と、歯切れの良い餅が特徴の「黒豆大福」、元祖である「甘名納糖」、「玉だれ」「どらやき」。幕末から明治期に開花した庶民の江戸和菓子...この発展に榮太樓さんの影響度を感じます...。店舗内、喫茶室では「あんみつ、みつ豆の甘味や赤飯弁当など」が楽しめます。

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日本橋1丁目『うさぎや 大正2年創業「上野うさぎや」の初代三男さんが戦後に現在のコレド日本橋の向かいで創業。間口の小さいお店には朝から夕方まで「どらやき」を求めるお客で溢れる超人気店。どらやきは一目一口で何処のお店かが分かる、五感を刺激する和菓子だと思いますが、うさぎやのどらやきは人気通りにトップをかける美味しさです。

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うさぎや

 

以上。

 

 

まち歩き、江戸和菓子と出会う(銀座四丁目編)

[達磨] 2016年9月23日 14:00

中央通りと晴海通りが交わる「四丁目交差点」...パレード開催時はもちろん、曜日や一日の時間帯で人の波や顔が大きく変わる世界注目のスポット。四つ角には、昭和22年から27年まで進駐軍のPXだった2代目「和光」銀座通りを隔てて昭和5年開店「銀座三越」、昭和21年建設の現在2代目「三愛ビル」(現在は自然エネルギーでRICOHの広告塔)と新デザインの「4丁目交番」、そして旧サッポロ銀座ビル跡にオープンした「GINZA PLACE」が一角をしめています。戦後のモノクロの佇まいが其のままで、今は3Dの景観に進展しました。和菓子屋さんの紹介は戦後すぐに銀座で創業した名店です。

 

銀座5丁目『あけぼの』 昭和23年に現在の銀座四丁目交差点傍で創業。冬はおしるこ 夏はカキ氷の店として誕生しました。定番の「栗もなか」も、新栗のシーズンには「新栗もなか」として販売。「最高の素材を最高の技で」という信条のもと新しい和菓子、米菓の発信をしているとの事。(HPより)店頭に並ぶ豆大福(漉し餡、粒餡)、おはぎ(漉し餡、粒餡)は、どちらもずっしりとしたお得感で、優等生の味わいです。

あけぼの新.JPG

 

銀座5丁目『菊廼舎』 明治23年、初代が三十間堀り掘りで開業したときは「歌舞伎煎餅」が目玉商品だったとか。戦後三代目のときは、銀座5丁目あづま通りが本店で、昭和46年からギンザコア地下1階で本店を営業。大正後期に2代目が考案した、代表銘菓『冨貴寄』は人気のロングセラー商品。郷土菓子の素朴さを損なうことなく、小さな干菓子が約30種類詰まっている。(HPより)子供らは、かわいい金平糖や三角はっかに奪い合い、バスツアーのお供には小袋もある。五感を楽しませて、会話が弾む和菓子です。ほか店頭には評判の揚げまんじゅうや季節の和菓子が並んでいいます。

菊廼舎.JPG

 

銀座4丁目『銀座松崎煎餅』 創業は文化元年(1804)芝魚籃坂。三代目が慶応元年(1865)銀座(当時の弥左衛門町)に店を移して現在に至っている。(HPより)銀座の町名が正式に採用されたのは明治2年(1869)、正に銀座150年の歴史を知る「松崎煎餅」。手作業での画かれる色模様の瓦煎餅「三味胴」噛むほどに深い味わいです。松崎煎餅.JPG

以上。

 

 
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