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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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松屋銀座さんのクリスマスチャリティーピンバッジとキャンドル

[佃のうさこ] 2018年12月 4日 18:00

12月に入ると気忙しくなって来る今日この頃ですが、毎年「あっ!そうそう」と足を止めるところがあります。それは、松屋銀座さんの中央通りから入って1階正面口と京橋口と2カ所にある総合案内所です。カウンターに今年も可愛いピンバッジが売られていました。

 

松屋バッジ.jpg 

今年のピンバッジのデザインは、スウェーデンを代表するデザイナーユニット、北欧デザインが世界で人気のご夫妻「BENGT&LOTTA」(ベングト&ロッタ)のものです。

 

これからクリスマスシーズン!お出掛けのコートの襟元に胸元に、こんな愛らしいバッジがあると気分もよりワクワクしてきて映えますね。

 

このピンバッジには、素敵なプロジェクトが関わっています。収益金の全てが「子どもの教育が世界を変える」を信念のもと、アジア・アフリカの識字教育と女子教育に焦点をあてた活動を続ける「Room to Read」に寄付されます。

 

ミーとイシャ.jpg 左 2016年のピンバッジ  右 2017年のピンバッジ

 

カウンターにもう一つ、銀座ミツバチの蜜蝋キャンドルがありました。こちらも松屋さんが、「Room to Read」に全額寄付するために、銀座ミツバチプロジェクトさんと、蜜ロウソク第一人者の安藤竜二さんと協力して、銀座ミツバチの巣から採れた希少な蜜蝋から作ったキャンドルです。

  

みつばち.jpg 

 

銀座ミツバチプロジェクトは、もう皆さんには浸透していることですが、ミツバチが松屋通りの紙パルプ会館の屋上で都市と自然との共生を目的に生育されており、2006年の活動開始から今では銀座周辺には採蜜のために緑化も広がっています。

 

そう言えば!銀座のお隣り築地は、明治時代の始め外国に対して開市され「築地居留地」となりました。そこには多くのミッション系スクールが開校し、現在の女子学院や雙葉学園の発祥の地となっています。日本の女子教育がスタートした地、築地に隣接する銀座のデパートと銀座地域の皆さんの協力が、世界でまだまだ読み書きの出来ない子ども達を救っている、、、とても素敵なチャリティー活動ですね。そしてピンバッジファンのうさことしては、今年のコレクションがまた増えて嬉しいです。

 

ピンバッジもキャンドルも数に限りがございますので、早めにお出掛けください。

 

Room to Readの詳しい情報はこちら

銀座ミツバチプロジェクトの詳しい情報はこちら

 

 

 

 

 

 

ミズノプリンティングミュージアムでの感動体験!

[佃のうさこ] 2018年11月21日 09:00

11月4日中央区まるごとミュージアム2018が開催され、普段では一般訪問できない会社との共同イベントも数多くありました。その一つ、入船2丁目にあるミズノプリンティングミュージアムでの、手引き活版印刷機の印刷体験に参加して来ました。

 

印刷機.jpgコロンビアンプレス機 1850年製造 イギリス

  

フロアに並べられた、初めて目にする印刷機の黒光りする重厚さと、その大きさに驚くばかりです。鉄製の印刷機が世界で初めて作られたのは、1800年頃のイギリスです。

 

印刷体験.jpgアルビオンプレス機 1860年製造 イギリス

  

 体験したのは、1860年にイギリスで製造されたアルビオンプレス機です。当初の機械よりは、コンパクトにシンプルになったとのことですが、ハンドルは重くいかに印刷業が重労働であったかがわかります。

 

この印刷機では、今現在でもデパートのバック売り場や寝具売り場でモリス柄として人気があるウィリアム・モリスが、世界で最も美しい本の一つといわれる「チョーサー著作集」を印刷しました。

 


モリス1.jpg
モリス2.jpg 

モリスの描いた細やかな縁飾りや、挿絵の美しさに息を吞むほどの感動です。モリスは本の完成後、真似られるのを避けるために使用した活字、装飾等すべて廃棄してしまったそうです。

 

 これらコロンビアンプレス機やアルビオンプレス機が明治期に輸入されるようになると、日本での活版印刷の先駆けとなった築地活版製造所の平野冨二は、それを模して国産の印刷機を製造するようになりました。

 

 中央区にゆかりある人の書籍では、福沢諭吉の「学問のすすめ」がありました。

 

学問のすすめ.jpg  

 明治5年に初編が出版されると大評判となり、明治9年にかけて全17編が出版されました。明治を通じて350万部の大ベストセラーになった本書ですが、こちらの収蔵品の初編は、現在10部が確認されているものの一冊です。

 

 さらに、明治4年11月から明治6年までの約2年間派遣された岩倉使節団の周遊記がありました。(この間の留守政府を任されたのが、現在日本橋人形町1丁目に居住していた西郷隆盛です。)

 

使節団.jpg使節団2.jpg 「特命全権大使米欧回覧実記」は、平野冨二の師、長崎の本木昌造が鋳造した活字(その後の明朝書体を決定づける)で印刷されています。さらに、明治初期の銀座煉瓦街に印刷関連の会社が集まった史実の証拠に、この本は、銀座4丁目博聞社の刊行物です。

 

 本日のご紹介は、「印刷の存する処文化存する」の一念で収集されたミズノプリンティングミュージアムのごくごく一部ですが、貴重な収蔵品に出会える機会になった中央区まるごとミュージアムでした。

 

 普段、こちらの見学には予約が必要です。希望の方は、事前に電話03-3551-7595へご連絡ください。ご案内者が一名なので、よろしくお願いします、、、とのことでした。

 

 

 

 

 

 

 

東京都の鳥、冬鳥のユリカモメ本年初飛来!で、区の鳥って?

[佃のうさこ] 2018年10月28日 14:00

東京都の鳥に指定されているユリカモメが、本年も飛来しました。ここ3年間のうさこの野鳥観察によると、毎年10月20日前後にここ中央区にやって来るようです。

 

ユリカモメ1.jpg 

見つけた時には8羽ほど休んでいましたが、写真撮影タイムには飛んで行ってしまい、2羽しか残っていませんでした。

 

ユリカモメ2.jpg東京都の鳥「ユリカモメ」(品川区の鳥) 

 

ユリカモメが東京都の鳥に指定された経緯を調べてみると、指定されたのは昭和40年で、キジバト、ムクドリ、メジロなどから都民のハガキ投票で1位となったユリカモメが指定されたとありました。ちなみに、2位がメジロ、3位がヒバリです。

 

では、区の鳥は何が指定されているのでしょうか?

23区で、区の鳥が指定されているのは、品川区のユリカモメ、世田谷区のオナガ、千代田区のハクチョウ、目黒区のシジュウカラの、4つの区だけでした。

 

オナガ.jpg世田谷区の鳥「オナガ」

 

写真は、先月、佃で撮ったオナガです。羽がモフモフしているのは、巣立ちしたばかりの成鳥前の子だからです。カラスの仲間ですが、黒い頭と長い尾の水色が綺麗な鳥で、中央区でも明石町の木立や佃公園などで見られます。声がギーギーと特徴あるので、「変な声だなあ」と思ったら探して見てください。

 

白鳥.jpg千代田区の鳥「ハクチョウ」 

 

写真は、皇居のお堀にいるコブハクチョウです。このハクチョウばかりは、中央区では見られません。

 


シジュウカラ.jpg目黒区の鳥「シジュウカラ」

 

シジュウカラは、ツツピーツツピーと透き通るいい声で鳴きます。この写真は、中央区区役所の近くで、鳴き声で見つけ撮りました。こんなところにいる!と嬉しくなりました。街中でも比較的現れてくれる鳥です。

 

中央区の鳥が指定されていないのは残念ですが、それぞれの区の鳥は、中央区でも容易に見ることが出来ます。これからユリカモメもどんどん飛来して、隅田川テラスの柵いっぱいになる日ももうすぐです。

 

 

 

 

 

 

 

ハイアットセントリック銀座東京のアート空間を体感!

[佃のうさこ] 2018年9月19日 09:00

銀座6丁目に今年オープンしたばかりのハイアットセントリック銀座東京に伺いました。この場所はかつて明治21年から昭和2年までは朝日新聞社があり、明治40年からは主筆として夏目漱石が在籍し、明治42年からは校正員として石川啄木が務めていました。啄木の歌碑があるのは、みなさん良くご存知の通りです。

 

エントランス壁活字.jpg 1階エントランスで迎えてくれるのは、50年前まで実際に印刷で使われていた活字を用いて作られた銀座の地図です。赤いところが、こちらの場所です。江戸時代の町割りを今にも継ぐ銀座の碁盤目状の様子が、立体感を持って感じられます。

 

 

レストラン壁活字.jpg

3階、4階の吹き抜けの壁は、活字が現代アートになっています。

 

明治5年、政府の威信をかけて建築された煉瓦街ですが、一般店舗にはなかなか受け入れられず、交通の便と情報収集の良さに目をつけた新聞社が集まりました。一時期銀座は新聞社、印刷所などの関連会社が200社ほども集まる街となりました。

 

その時代の印刷は、金属に文字を彫り込み、活字を並べて文章にし印刷するもので、その手間と作業にどれだけの労力と時間を要したか、当時の凸版印刷をアートに仕上げた壁を見ながら想像してみます。

 

文字アート.jpg 

階段アート.jpg 

文字アートカニ.jpg 

いたるところに文字アート作品があり、探す楽しみに遊び心がくすぐられ、このホテルが目指す「訪れた人々が、銀座の魅力を知り、感じ、そして体験する拠点となること」に引き込まれていくようです。

 

インク試し刷り壁.jpg 

3階のダイニング&バーでは、新聞印刷スタート時の試し刷りで出る紙、廃棄する紙を壁紙にしています。

 

ベランダ.jpg 

コーヒー.jpg 

また、銀座ではなかなか珍しい外の風に吹かれながら、車や人通りと遮断されたひと時を過ごすことも出来ます。並木通りの対面のビルとの空間は、まさに江戸時代からの横丁7間の町割り空間。のんびりと今から過去へ、過去から今へ、そして未来へ。時の空想旅行にも耽れる銀座では貴重な打って付けの場所です。是非みなさんも、銀ブラの途中に、もちろん宿泊にご利用されてはいかがでしょうか。 

 

 

 

 

 

 

住吉神社大幟(おおのぼり)の柱

[佃のうさこ] 2018年8月29日 18:00

本年8月3日から6日までの4日間住吉神社の3年に1度の大祭が催されました。安政4(1857)年刊、歌川広重による江戸名所百景にも祭りの様子が描かれ、中央の大幟は大変印象的です。

 

両方.jpg

この大幟を支える柱は、7月1日に佃堀から掘り出されました。午前中から始まった作業は、「ダキ」と呼ばれる柱を支える組み木、計6か所分も掘り出すために、柱がクレーン車によってつり上がったのは午後4時も過ぎ、炎天下の中で長時間におよぶ作業でした。

 

掘り出し7月1日.jpg  

柱は、一旦、2本は佃堀の近くに、4本は佃まちかど展示館近くに菰を巻かれ乾かされていました。

 

2本並ぶ.jpg 

この柱、形が違う?地元の世話役の方によると、丸い柱は江戸のもの、四角い柱は昭和のものとのことでした。

後日、「住吉神社例大祭の歴史」資料によると、支柱6本のうち4本は、昭和62(1987)年に新調とあるのを見つけました。

 

大祭での役目を終えた柱は、8月12日に堀の中に移動されました。

 

8月12日作業.jpg 

そして本日8月26日、3年後の大祭に向けて柱、ダキの埋設作業が行われました。

 

埋設作業8月26日.jpg

 

柱の新調のきっかけが気になっていたのですが、地元の方から、「深夜に車がロープを引っ掛けてしまい損傷した」と伺えました。新しい4本も、江戸の柱同様に歴史を刻んでいって欲しいですね。  

地元の方の心意気がこもった大幟が夏の青い空に江戸時代からはためいているということが、堀からの掘り出し、埋設作業を知ることで良くわかりました。 

 

 

 

 

 

今季4回目のカルガモの親子

[佃のうさこ] 2018年7月28日 09:00

佃・石川島公園で野鳥観察をしている うさこです。7月13日、今季4回目になるカルガモの親子に遭遇しました。3時間にわたる追跡となった今回、一部を紹介いたします。

 

雛は2羽です。隅田川テラスの柵の内側は、川の流れも船の波もゆるやかで安心ですね。

 

泳いでる.jpg 

ところが、突然現れた小型高速レジャーボートが高波を巻き上げると、雛はその波にもまれてしまいました。体はずぶ濡れ、雛の産毛は浮力を失ってしまいました。すると母親は、雛を隅田川テラスに誘導したのです。

 

陸へ.jpg  

全体.jpg 

青と.jpg

しばらく居心地の良い場所を探してウロウロしていましたが、遊歩道の真ん中に陣取りました。隅田川テラスの遊歩道は、太陽に温められて自然の岩盤浴ですね!賢いなぁ。母カルガモには、こんな知恵があったんですね。

 

相生橋と.jpg 

乾かして.jpg 

お母さんのお腹の下は、最高の安全地帯です。

 

ママのお腹の下.jpg 

ママと.jpg 

よーく乾いて来たのでしょう。雛の可愛い羽も見せてくれました。

 

羽見える?.jpg 

人間界も猛暑ですから、ちゃんと水分補給すると、

 

水飲み.jpg  

隅田川に帰って行きました。

 

帰る.jpg 

また来年、雛が親になり石川島公園の隅田川テラスに現れてくれるのが楽しみですね。

 

 

 

 

 

 
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