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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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中央通りの新春ディスプレイ

[ようちゃん] 2019年1月13日 14:00

 日本一の繁華街であり、常に最新の流行を発信続ける「銀座」と江戸時代からの老舗や有名百貨店が立ち並ぶ「日本橋」を結ぶ「中央通り」を彩る、2019年新春のウィンドウ・ディスプレイに感嘆しながら「銀ブラ」を楽しんできましたのでその一部を紹介します。

                                                       

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GINZASIX        NISSANCROSSING

  

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銀座三越

  

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itoya           和 光

 

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ポーラ          東京鳩居堂

 

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東京日本橋タワー         榛原 

 

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高島屋

 

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日本橋三越          山本海苔店

 

                 

 

 

銀座の道路愛称名

[ようちゃん] 2018年12月31日 14:00

1 はじめに

中央区では、区民の生活空間として重要な役割を果たしている道路に愛称をつけ、わかりやすく親しめるものとして、京橋地域に43路線、日本橋地域に45路線、月島地域に10路線の合計98路線が設定されていますが、今回は銀座地域の昭和通りの北側に絞って調べてみました。ちなみに中央区で、正式に道路に名称を付与するようになったのは、昭和63年からだそうです。その際昔から一般に慣用されている名称は、できるだけそのまま使用し、新たに「中央区道路愛称名設定要綱」を策定し、ガイドラインを定めました。現在の要綱は、平成14年に策定されています。愛称をつけようとする場合は、書類を添えて区長に提出し、選定委員会で協議され、区長が承認することになります。選定の基準としては、「広く一般に慣用されている名称は尊重する。」「文化財、著名な地域、坂、橋梁及び公共的施設等の名称で、それが一般にわかりやすく、親しみ深いものはできる限りこれにちなんだ名称を用いる」「企業名などの名称は、原則として用いない」等が定められています。

2 銀座地区道路愛称名マップ

地図は手書きになっており、見苦しいことと思いますが、ご容赦願います。

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3 名称の由来

(1) 銀座コリドー通り:昭和31年に外濠を埋め立てて完成した高速道路下にある銀座コリドー街からとったもの。「コリドー」とはフランス語の回廊の意味で銀座の西側の回廊のようだから。

(2) 泰明通り:沿道にある泰明小学校を由来とし、「泰明小路」または「泰明通り」の命名希望が地元から出され「泰明通り」となった。

(3) 数寄屋通り:旧町名「数寄屋橋町」による。

(4) 花椿通り:資生堂が整備資金等を出資し、資生堂のシンボルマークの「花椿」を通り名とした。

(5) 交詢社通り:沿道に交詢社ビルがある。

(6) ソニー通り:沿道にソニービルがある。

(7) 並木通り:江戸初期の名主内山惣十郎が住んだ「惣十郎町」に西洋風の並木(プラタナス)を植えた。

(8) 見番通り:明治・大正・昭和の新橋花柳界の料亭、芸妓、置屋で構成される組合の事務所として「見番」がこの通りにあり、当時この周辺では中心的役割を果たしていた。

(9) 西五番街通り:ニューヨークで流行していた「五番街」に西銀座の「西」を加えた。

(10) 銀座レンガ通り:明治10年に出来た銀座の繁栄のもとになった銀座煉瓦街の親しみと暖かみのある煉瓦街の記憶を後世に残す。

(11) 御門通り:宝永7年東海道の廓門として新橋北詰につくられた「芝口御門」があった。

(12) 金春通り:江戸時代に能楽の金春流の屋敷があった。

(13) 銀座鈴らん通り:すずらんの花のように鈴なりで沢山の店が軒を連ねている様子から名付けられた。

(14) 銀座ガス燈通り:明治7年に東京で最初のガス燈がつけられた。「銀座ガス燈通り」の愛称は平成5年に設定された。

(15) 信樂(しがらき)通り:江戸時代の芝口御門で入口に面し、休憩所「信樂茶屋」があり、「信樂新道」(しがらきしんみち)と呼ばれていた。

(16) あづま通り:町会名「4丁目東町会」による。途中で表示がないのは、三越の私有地のためです。

(17) 銀座三原通り:昔は「三十間掘川」が流れ、三原橋という橋があった。

(18) みゆき通り:明治天皇が築地の海軍兵学校や水交社、海軍軍医学校などに行くのに通った。

(19) 銀座松屋通り:松屋デパートが整備資金を出資し名付けられた。

(20) 銀座マロニエ通り:通りにはパリをイメージさせる店や建物が銀座地域の中でも多く、パリの代表的なマロニエを通り名に入れた。現在もマロニエ(セイヨウトチノキ)が植えられている。

(21) 銀座柳通り:街路樹に柳の木が植えられている。

(22) 銀座桜通り:街路樹に桜が植えられている。

4 おわりに

 愛称が付けられた通りの多くに、銀座花椿通り商店振興会、銀座みゆき通り美化会、銀座すずらん通り商店会等々の通り会があり、道路の清掃、年末年始のイルミネーション装飾の実施、イベントの開催等地域の活性化に努力されています。このような方々の地道な活動が銀座全体の賑わいのもとになっていることを心の片隅において銀ブラを楽しみたいと思います。。

 

 

 

 

佃・月島・勝どき・晴海エリアを守る水門

[ようちゃん] 2018年11月14日 14:00

佃・月島・勝どき・晴海エリアは、水害から町を守るために5つの水門があります。水門というのは、外部堤防により仕切られた外水域と内水域の境に設定され、高潮等で外水域の水位が高くなった場合、水門を閉鎖して内水域の水位上昇を防ぐ役割をするものです。エリアは①住吉水門②佃水門③朝潮水門④浜前水門⑤月島川水門の5門で守られています。5つの水門それぞれが形が異なっていて興味深かったので紹介します。

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①住吉水門

佃地区を高潮等の水害から守る水門です。単葉ローラーゲート形式で、径間は4m×1連です。昭和40年に竣工しました。

②佃水門

晴海運河から朝潮運河に入る入口の水門です。複葉ローラーゲート形式で径間は11.4m×2連です。昭和38年に竣工しました。

③朝潮水門

朝潮運河と東京港を結ぶ入口の水門です。大きな船舶が入れるように高さ制限のないスイングゲート形式で有効幅員11.4m×2連の観音開きが採用されました。昭和39年に竣工しました。現在は、築地大橋を築地川から渡ったあと、勝どき側から晴海側にわたる環状2号線の黎明大橋ができたため、高さの高い船は通れなくなりました。

④浜前(はまさき)水門

新月島川からの水害を防ぐ水門で、径間8.4m×1連の単葉ローラーゲート形式ですが、ローラーゲートの上部に操作室がない水門です。昭和39年に竣工しました。

⑤月島川水門

月島川からの水害を防ぐ水門で、径間11m×1連の単葉ローラーゲート形式です。昭和39年に竣工しました。

 

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①住吉水門       ②佃水門      ③朝潮水門

  

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④浜前水門        ⑤月島川水門

 

月島川と新月島川はともに隅田川と朝潮運河を繫ぐものですが、月島川は河川で、新月島川は運河になっています。ですから佃水門と朝潮水門と浜前水門は、運河の管理者である東京都港湾局の管理となり、住吉水門と月島川水門は、河川の管理者である東京都建設局が管理しています。同じ地域である水門の管理者が違うという状況に、少し違和感を感じました。

 

 

みどりのふれあいコーナー(佃3丁目10番~11番)

[ようちゃん] 2018年10月 7日 12:00

中央区佃3丁目の晴海運河沿いの相生橋と朝潮大橋の間の堤防の側壁に約210mにわたって、植木鉢が並んでいる「みどりのふれあいコーナー」があります。春や秋には美しい草花が咲き、近隣の人々の目を楽しませてくれています。近くには島崎藤村や小山内薫達が逗留した海水館の碑(佃3-11-19先)もあります。ここは中央区の「水とみどりの課公園河川係」が管理している場所です。もともとは空き地でゴミの不法投棄に困った近隣の人々が、東京都に草花を育てる場所として貸してほしいと頼み込み、現在は「水とみどりの課公園河川係」が無料で近隣の人々に貸しています。区画は53区画あり、広さは5㎡ほどで、すべての区画に植木鉢が置いてあり、現在は空き区画はありません。空き区画が出たら、その都度看板を出し募集するそうです。各区画は中央区の方で棚が置かれ、散水栓が3か所、街路灯が8か所整備されています。貸し出しは植木を管理できる近隣の人に限られ、適正な管理ができないと取り消されるそうです。利用は2年間で更新したら2年間延長されます。またこの区画の利用にはルールがあり、「区画の又貸しをしない」「植木を置く場合は区が設置している棚の上に置く」「野菜類は植えない」などが決められています。区によるとこのような取り組みはここだけだそうです。近くには佃3丁目公園(トイレ有)もあり、ゆっくりできますので是非訪れてみてください。季節は春と秋がお勧めだそうです。

p-ふれあいコーナー4.jpg  ふれあいコーナー5.JPGのサムネイル画像

みどりのふれあいコーナー

 

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    散水栓          佃3丁目公園    

 

 

住吉神社大幟の柱の埋設作業

[ようちゃん] 2018年9月 3日 14:00

8月3日から6日までの4日間、3年に1度の住吉神社大祭が行われ、6本の大幟(おおのぼり)が住吉神社の大祭を大いに盛り上げました。祭が終わり、その19日後の8月26日に柱は、再び佃堀に埋められ、3年後の出番を静かに待つことになりました。

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8月3日~6日住吉神社大祭での大幟

   

そんな埋設作業を取材に行きましたので、その様子をお伝えします。

作業は、26日(日)の8時頃クレーン車が到着し、9時頃から始まりました。

40名位の人が、水につかり、ずぶぬれになって一致団結して作業に取り組みました。まず、佃川に大幟の支柱が浮かび、それを納める堀の水抜きが始まりました。

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  佃川に浮かぶ支柱     水抜き前の堀     水抜き作業   

     

水抜きが終わると、佃小橋の上に待機していたクレーン車が、佃川に浮かぶ支柱を吊り上げ、堀の中に並べていきました。

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 佃小橋の上のクレーン車      支柱の吊り下げと格納  

  

堀の中に支柱を、きれいに整頓して格納し、その上に土をかぶせ、埋設作業は、13時頃終わりました。その間約4時間、休憩も取らず、リーダーの統制のもと全員の方が熱心に作業されていました。

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整頓された支柱         土をかぶせられ埋設された堀

  

佃町のみなさん本当にご苦労様でした。また3年後を楽しみにしています。

 

 

レバーフライを食べたことがありますか?

[ようちゃん] 2018年8月 8日 18:00

1 はじめに

   月島と言えば「もんじゃ焼き」が有名ですが、月島で独自に考案され、月島の住民によってのみ愛好されている食べ物として、レバーフライ(またはレバカツ昔は肉フライ)があります。戦後の物資が不足していた食糧難の時代、安価で栄養価の高い食べ物として、牛や豚のレバーを薄くスライスしてパン粉を付けフライにし、秘伝のタレにくぐらせたものです。2010年7月のテレビ東京の「アド街ック天国」佃編では「ひさご屋阿部」が15位、2012年1月放送の月島編ではレバーフライとして4位にランクされています。持ち帰り用として200円以内というリーズナブルな価格です。10年くらい前だと4~5軒あったのですが、今は「ひさご屋阿部」と「持ち帰りの王道」の2軒だけになってしまいました。この2軒のお店を紹介します。

2 お店の紹介

 (1) ひさごや阿部

   中央区佃3丁目1-12の相生橋のたもとにある、昭和24年創業の元祖レバーフライです。四角く5cm四方ほどにスライスした豚レバーの片側に竹串をさして油で揚げ、秘伝のタレにくぐらせていただきます。1本150円、営業時間は11時~13時/15時~18時30分、定休日は:日曜、祝日、第1月曜日

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 「ひさご屋阿部」店舗           レバーフライ

(2) 味の王道

   中央区月島1丁目16-5の王道流の新レバーフライです。豚レバーをペースト状にしてパン粉を付け、串に刺さないで、揚げソースに浸していただきます。持ち帰りは一枚180円(店内で注文すると220円)、営業時間は平日は18時~/土日祝日は15時~

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 「味の王道」店舗      レバーフライ

3 その他

月島近辺の居酒屋等でもレバーフライを出す店があります。月島の裏名物レバーフライ。月島に立ち寄った際には是非ともご賞味ください。