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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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中央区の歩道っておもしろい!13【兜町・茅場町編】

[湊っ子ちゃん] 2018年8月22日 09:00

こんにちは、湊っ子ちゃんです。

今日は、日本橋兜町と茅場町の歩道にやってきました。
 

♪ 歩道美術館へようこそ!
 
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茅場町1丁目のバス停の足元に、都電の絵をみつけました。

絵の都電は19系統のようです。

通り三丁目から、王子駅までの路線でした。

その他にも、茅場町を通る系統はたくさんあり、当時は交通の要所だったようです。
 

東京に、路面電車が走り始めたのは、明治36年にもさかのぼります。

時は変わり、昭和30年代、40年代に入り、都電から地下鉄へと交通網も大きく変化しました。

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兜町側の歩道にも、都電の絵がありました。

こちらは夕暮れどきでしょうか。藍色に染まる空がきれいですね。

さぁ、鎧橋方面へ歩いてゆきましょう。
 
花の絵をふたつ、みつけました。
この辺りには、植木長屋と呼ばれていた通りがあります。
縁日に、植木や盆栽を売る市が立ったそうです。

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兜町・茅場町は、3つの川に囲まれた町。
日本橋川、楓川、亀島川。
江戸時代は川沿いに、荷揚場や土蔵がたくさん建ち並んでいました。
 

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明治5年、近代資本主義の父 渋沢栄一氏が兜町に住居を構え、第一国立銀行や、東京株式取引所を創設します。

遠くに見える、天守閣を洋風に模した五層楼閣の建物は、第一国立銀行でしょうか。

さぁ、東京証券取引所前の歩道です。
 
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円筒形の本館が完成したのは、昭和6年のことです。

ドリス式のオーダー円柱、商・工・農・交通をあらわす像が上部に置かれていました。

後部には、市場館が続いていました。天井は、淡い色調のステンドグラスをはめこんだ天窓になっており、雄大な空間でした。

昭和63年、今の建物に改築されました。
 

絵のある歩道というのは、おもしろいですね。

その町の表情が見えるような気がします。

これからも、素敵な歩道との出会いを大切に、中央区を歩きたいと思います。

 
中央区観光協会特派員 湊っ子ちゃん

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第20号 平成30年8月19日

 

 

中央区の歩道っておもしろい!11 【続佃1・2丁目】

[湊っ子ちゃん] 2018年8月 9日 09:00

佃島を歩いていますと、三角形の空間と出会うことがよくあります。

それに沿うように、歩道も三角形をしています。

三角形の空間ができた理由は、"町並みの向き"にあるようなのです。
 

♪ 佃島と新佃島

地図を眺めていると、佃島の町並みは、江戸側とほぼ揃っているのに対し、新佃島は、月島と同じ向きをしています。

その昔、摂津国西成郡佃村(現在の大阪府西淀川区)の漁師たちは、家康に招かれ江戸入りし、白魚献上の御用を務めました。その後、正保元年(1644)に、佃島を築造しました。

そのとき、佃島は江戸城を向くように造られたそうです。そのため、佃島は江戸の町と向きが揃っているようです。

 
一方、新佃島は明治29年(1896)に誕生しました。月島地区と同じ時期に埋め立てられ、築地や深川と向きが同じだということです。なるほど、深川との間には相生橋があり、まっすぐな道でつながっていますものね。
そこで、三角形の空間ができたのですね。

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佃島を黒線で囲みました。

左、赤枠は新佃島。右、間にできた三角形の空間。

(中央区立京橋図書館「郷土室だより」付録地図をもとに作成/明治44年)
 

 
♪ 佃島と佃大橋

sankakutukoo.jpg◀ 春の佃大橋

昭和39年(1964)開通

佃大橋と新月陸橋の軌道も、三角形を作っているようです。
佃大橋は、隅田川を渡ったところで、大きく軌道を変えています。道路の向き、ないしは町の向きが違うからですね。


三角形の空間は、公園になっています。

歴史のある町というのは、地形や道に表情があって面白いですね。

歩くたびに新しい発見がある、そんな中央区がやっぱり好きです。

 

中央区観光特派員 湊っ子ちゃん

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第18号 平成30年6月22日

 

 
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