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「町」ものがたり...箱崎町今昔...その4

[寿敦卿] 2009年7月14日 12:00

 中央区沿革図集・日本橋篇所載の明治6(1874)年沽券図をもとに当時の土地所有状況をまとめてみれば次の通りです。
 なお、沽券は土地売渡証文のことで、沽券図には土地の区画毎に地主名、面積、沽券高(土地価格)が明記されています。
 
(地     番)(区画数) (地主数)  (面積・坪)   (構成比・%) (沽券高・円) (単価/坪・円)
箱崎町1-1      1     1      945       3.1        6,500        6.88  

同   2-1~17   17    13     1,879      6.1     4,602      2.45
同 2-18        1     1     2,835    9.2       981     0.35
同 3-1         1     1      8,085        26.2        ー        ー
同 4-1         1     1     13,433    43.5     4,649    0.35 
箱崎町小計      21    17   27,177    88.1    16,732    0.62
北新堀町1-21   21    14   3,673     11.9    19,100    5.20 
総計           42    31  30,850   100.0    35,832    1.16 
旧武家地合計     3     3   24,353        78.9     5,630    0.23
町地合計       39    28       6,497    21.1    30,302    1.16 

(注)1.箱崎町1-1 :三井八右衛門所有
   2.箱崎町2-18:旧関宿藩主・久世氏邸
   3.箱崎町3-1 :開拓使貸付会所(官有地)旧土井大炊・松平伊豆邸
   4.箱崎町4-1 :旧土佐藩主・山内邸

   
 大名藩邸公収の翌年の時点、このデータは江戸期の地域実態をそのまま反映していると見ていいでしょう。
 武家地と町地の比率はほぼ80対20,江戸市街地の平均的な割合は武家地75に対し、寺社地・町地それぞれ15とされていますので、構成比はほぼ平均並みといえるでしょう。
 箱崎町2-1~17の1区画当たり平均面積は111坪に対し、北新堀町は同175坪、規模格差は1.58倍に達します

 

 

「町」ものがたり...箱崎町今昔...その3

[寿敦卿] 2009年7月 7日 16:35

 中央区沿革図集・日本橋篇所載の御府内備考をもとに、江戸中期以降の箱崎地区をめぐる変化の跡をまとめれば大略次の通りです。
 
延宝 7(1679)年:湊橋架橋、霊岸島と初めて直結。
元禄11(1698)年:永代橋架橋、隅田川対岸の永代島と初めて直結。
            豊海橋架橋、永代橋西橋詰に広小路。
同 17(1704)年:永久橋架橋、蛎殻町と初めて直結。
享保18(1733)年:箱崎町・永久橋間の河岸地745坪を埋立。
            従来の箱崎町を1丁目、新埋立地を2丁目に。
天明 5(1785)年:箱崎町2丁目河岸先304坪埋立完了。

 元禄11年の永代橋架橋により、北新堀通は日本橋方面と、富岡八幡宮や深川不動尊(永代寺)などの名所、さらには、門前仲町辺の岡場所などの盛り場とを結ぶ最短ルートとなり、人通りはかなり多かったといわれています。
 元禄15年12月15日、本所松坂町吉良邸に討ち入り上野介の首級を挙げ本懐を遂げた赤穂浪士47人の引き上げ経路は、両国橋袂から隅田川左岸を南下、永代橋で隅田川を渡り、箱崎地区(北新堀町)に入っています。
 以後の経路が豊海橋経由か湊橋経由かは判然とはしませんが、彼等がこの地区に足を踏み入れたことだけは確かです

 

 

日本橋川・神田川クルーズ乗船記

[寿敦卿] 2009年7月 6日 12:00

 当初は、日本橋川・新三崎橋防災船着場発着を予定していましたが、当日の潮位が低く、乗・下船時の危険を避けるため上記の通り市兵衛河岸防災船着場発着に変更されました。
 運行主体はNPO法人「あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」といいうことで、使用船舶は定員12名と小型ながら、バッテリー駆動の「環境に優しい」エレクトリック・ボートでした。
 

  船長のガイドは簡にして要を得たもので、江戸城外濠石垣や消滅した支流の痕跡など歴史的遺産のみならず、日本橋川の潮位差は最高2メートルにも達すること、普段の透明度は2メートル以上あるが、雨が降ると合流下水道の影響もあり30㎝程度まで落ちること、さらに、微生物を活用した水質浄化努力が重ねられていることなどをも網羅し、エコツアーの名に恥じない、レベルの高いものでした。

 しかし、日本橋川に架かる24橋のうち、首都高速道路に覆われていないのは最下流の湊橋と豊海橋の2橋のみという現実を改めて再確認させられ、強い憤りを感じたことを付け加えておきます。
 なお、このツアーのプロモーターは"ぽけかる倶楽部"(03-5652-7072)でした。

 

 
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