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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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明智光秀と佃煮

[ジミニー☆クリケット] 2011年5月 7日 08:30

先日sun、佃島をぶらぶらした折、醤油を煮詰める甘い香りに引き寄せられ、佃煮屋さんに入りました。

 

3軒あるという老舗の中で、お店に入ったのは天安本店さん。私が買ったのは「かつを角煮」、「あさり」、「きゃらぶき」(各100g、お値段は各々700円、700円、350円)です。

どれも素材の味がしっかりしていてとてもおいしく、ごはんがやたら進んでます。

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downwardleft 天安本店さん

 

 

 

 

 

 

 

 

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同じ並びにある佃源田中屋さん  downwardright

 

天安本店さんも佃源田中屋さんもお店の脇の細い路地が味わい深いです。

 

 

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downwardleft 付いていた案内書き「佃の地名と佃煮の物語り」によれば、佃島を作ったのは、佃村(今の大阪市西淀川区佃町)の漁師さんなのですが、その漁師さんたちを江戸に呼び、石川島に近い島を居住地として与えたのは、徳川家康だそうです。


 

  そもそも、佃村の漁師さんと家康との関係は、あの明智光秀が織田信長を討った本能寺の変が起こった時(1582年)に始まるとのこと。

 

 

当時、わずかな手勢で堺にいた家康は、信長と盟友関係にあったため、危険を察知してただちに三河への脱出を試みるのですが、その時、脱出用の船の調達などに献身的に働いてくれたのが佃村の漁師さんだったそうです。

 

江戸での漁業権を与えられ、江戸城へ白魚などを献上して生計を立てていた佃村の漁師さんが、自分たちの保存食にと作り始めたのが佃煮の発祥とのことです。

 

明智光秀と佃煮の間には意外な関係があったんですね。

 

なにはともあれ、ごはんの親友、佃煮の誕生にgoodsign01

 

 

五月の風に誘われて-佃公園と隅田川-

[ジミニー☆クリケット] 2011年5月 1日 05:47

季節はまさに新緑の五月sign01

何とはなしに出歩きたい、水辺に行きたいと、今日は佃島へ。

 

tukuda.JPGdownwardleft佃公園はサツキが満開

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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downwardright こいのぼりがファミリーで泳いでいました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

note春のうららの隅田川 上り下りの船人が・・・ noteと、河川テラスをぶらぶらしていると、水上バスが隅田川を上り下りします。

 

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downwardleft佃島の「少女の像」から佃大橋越しに明石町のビル群を望みます。

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downwardright 赤い船体の水上バスの名前は「竜馬」ぜよ

 

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downwardleft斜張橋の中央大橋の向うに見えているのは、東京スカイツリーでありんす。

 

 

 

 

 

 

     

水上バスの通り過ぎたあとの白い航跡や、波が川岸でタップンタップンいう音が、目と耳を楽しませてくれます。五月の風が体全体を包んでくれているようで、とてもいい気持ちです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽけぇ~~~っとベンチにすわって、時間がたつのを忘れるのもいいものですよwink

 

 
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