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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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戦争の傷跡

[北遊人] 2013年3月10日 09:00

 清洲橋通りを南に歩いて行くと、右側久松町のところに"きくの家"という洒落た和食のお店があります。このお店の通り側壁面に終戦の日の浜町周辺のパネル写真をみることができます。

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 一面焼け野原で空襲の惨劇がそのまま残されている感じです。

明治座まで歩いて行きますと、前の浜町公園への緑道入り口に小さなお堂が見えます。

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 "明治観音堂建立の由来" 碑には

 本堂は昭和20年3月10日の戦災に依り死没せる幾多の霊の冥福を祈る為建立す

      昭和25年12月

       発願主  新田新作

とあります。(新田新作氏は明治座再興に尽力された方です)

 明治座は空襲時の避難場所にもなっており昭和20年3月10日の東京大空襲の被災時に大勢の方々が亡くなられたそうです。

 奥に見える貼り紙は3月10日の明治座で行われる慰霊供養に関するお知らせです。

 3月11日は東日本大震災の2周年に当たり、こちら(東京大空襲)は徐々に風化されていくのでしょうか、、。

 

 

 

浜町水天宮(仮宮)ーその2

[北遊人] 2013年3月 3日 09:00

3月1日、浜町水天宮へ行ってみました。

通勤の人に混じり、すでに参拝している人もいました。

外表面からのものです、まだ案内板も中身なしです。

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境内表面から拝殿に向かったものです。

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午前9時に祈祷殿に入られました。

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浜町水天宮(仮宮)

[北遊人] 2013年2月27日 13:00

日本橋浜町明治座角、浜町公園遊歩道の向かい側に新しい御宮が出現しました。

手前からの全景です。

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正面からの撮影です。

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誰も居ずひっそりとしてしていましたので、蛎殻町の水天宮へ行ってみました。

ちょうど今日25日は戌の日でしたので境内は大勢の人であふれていました。

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社務所で浜町のお宮についてお尋ねすると、建て替えのために3月から浜町へ移るとのことでした。

すると今日がこちらでの最後の戌の日ということです。明日26日は大安ですのでまた混み合いますね。

水天宮で発行されている「みすず」誌4号(平成25年1月1日)に有馬頼央宮司さんの新年の挨拶文が載っていますので紹介します。

 

新年を迎えて

 新たな年を迎えました。いよいよ今年は、伊勢神宮での第62回式年遷宮が行われます。20年に一度の大祭とあって、我々も身が引き締まる思いでございます。

 水天宮におきましても江戸鎮座200年記念事業といたしまして、社殿建て替えを行うこととなりました。水天宮は江戸後期の1818年に久留米藩有馬家の上屋敷に久留米本宮より分祀されました。

その後、赤羽橋、青山を経て現在の日本橋蛎殻町に鎮座し、皆さまに親しまれて参りました。

 去る平成24年9月20日には仮宮鎮座地である日本橋浜町で地鎮祭を斎行し、現在新築工事を行っております。平成28年を予定しております新社殿完成の暁には、より多くの崇敬者、参拝者の方々が安心してご祈願や御守授与が受けられます様、なお一層の努力をしてまいる所存でございます。

         水天宮 宮司 有馬頼央

    平成25年 1月吉日

とあります。

 蛎殻町水天宮があと数日で一時浜町へ遷座し、4年後新築なった蛎殻町へ戻られるとのことです。

 仮宮の所在地は, 中央区日本橋浜町2-30  です。

 

 

人形町の芝居町跡

[北遊人] 2012年10月11日 09:00

 人形町交差点西側歩道を北へ少し歩くと、植え込みの中に"堺町・葺屋町芝居町跡"の説明板が見えます。

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 説明文を紹介します

  堺町・葺屋町芝居町跡

 所在地 中央区日本橋人形町三丁目二~七番地域


 堺町は慶長年間(1596~1615)に沼地を埋め立てて起立されたといわれ、明暦二年(1656)のころには西半分の上堺町が葺屋町として分かれ、東半分の下堺町は堺町として残りました。

 江戸時代、この辺りには芝居小屋やそれらを取り巻く茶屋などが集まっており、大変賑っていました。芝居小屋のなかには、江戸三座と呼ばれた官許の芝居のうち、歌舞伎を興行した中村座と市村座(ほかに現銀座六丁目あたりの森田座)があり、このほかにも人形浄瑠璃の芝居小屋も多数ありました。江戸三座筆頭である中村座は、京より江戸に移り住んだ猿若勘三郎が、寛永元年(1624)に猿若座(後の中村座)を中橋南地(現京橋一丁目辺り)に創設し、これが現在につながる江戸歌舞伎の発祥となりました。寛永九年には禰宜町(現日本橋堀留町一丁目辺り)に、慶安四年(1651)には下堺町へと移転し、二代勘三郎のとき本姓の中村を名乗り「中村座」と改称しました。この間、堺町では、上堺町において寛永十年に都座が、寛永十一年には村山座(後の市村座)が創設されました。

 歌舞伎に先んじて京より下ってきたのが人形浄瑠璃でした。猿若座と同じ中橋の地において、元和三年(1617)には興行が始まっていたようです。やはり寛永九年禰宜町移転を経て、慶安四年下堺町に移されました。人形浄瑠璃の芝居小屋は、江戸、薩摩、丹波、天満、土佐、虎屋、肥前など、数多くありました。

 堺町・葺屋町の芝居小屋は、天保の改革により天保十三年(1842)から翌十四年にかけて、猿若一丁目から三丁目(現台東区浅草六丁目辺り)を起立してそこに移されるまで、二百年前後この地にありました。

 近年、日本橋人形町三丁目において発掘調査が行われ、茶屋や芝居に関する遺物も出土しています。

平成二十三年三月  中央区教育委員会


東都名所図が載っていますので紹介します。

手前が東堀留川、通り奥が中村座でしょうか。

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 路地を歩いてみましたが170年も経た今日、すっかり変わってしまいました。

しかし、残された痕跡を二つ紹介します。

この説明板の通りの反対側に、"三光稲荷神社"があります。

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人形町通り側路地入り口に"三光稲荷神社 御由来"の説明板が見えます。

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紹介します、

 三光稲荷神社  御由来

 祭神  三光稲荷大神

      田所稲荷大明神

      大正十三年区画整理にて旧長谷川町と旧田所町が合併して現在の堀留町二丁目

      になっていますので、田所大明神さまも当神社に奉祀されています。

 創建  中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者 関三十郎 が伏見より勧請したと

      伝わる当神社は「江戸惣鹿子」元禄二年(1689年)には記録があるところから、

      それ以前と推測される。

 拝殿  右上の額「日本橋区長谷川町守護神 三光稲荷神社」は神田神社社司 平田盛胤

      氏の揮毫である。

 江戸時代

      近隣には吉原や歌舞伎小屋の中村座、市村座、更には操り人形や人形浄瑠璃

      の小屋等があり、それを背景とした(江戸落語)に「三光新道」や「三光神社」が

      登場するところとなった。

      古くから娘、子供、芸妓等の参詣するものが多く、ことに猫を見失ったとき立願す

      れば霊験ありと云う。「三光稲荷神社参道」と銘ある石碑や境内にある猫の置物

      は猫が無事に帰ったお礼に建立、奉納された。

  この文言から嘗ての芝居町の様子が偲ばれます。

 

  次は"出世稲荷"です。

 こちらは、旧芝居町側人形町三丁目から外れ堀留一丁目に入ったお店の壁に見つけました。

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紹介します、


   出世稲荷の由来

 江戸時代は当稲荷敷地は新材木町十六、十七、十八番地稲荷です。

 その昔徳川家康入城天正八年(1590)頃此の付近は芝原宿という村落でした。

 杉の森林の多い所です。

 江戸城拡張以来江戸町割当地慶長九年(1604)頃材木置場が多い所から新材木町と

 町名が出来た由。 尚元和三年(1617)親爺と呼ばれた北条家浪人庄司甚右衛他数名の仮屋敷内に有り 京都伏見稲荷より祭神を戴き守護神として祭りし後当地世話人一同が現在迄守護致して居ります

 当社は明暦三年(1657)江戸大火振袖火事、安政(1854)大地震、明治六年(1873)大火、関東大震災大正十二年(1923)、近くは昭和の太平洋戦争まで本尊災禍を免れました。

 関東大震災の時社殿焼失致し現在堀留町一丁目十番地椙森神社の拝殿取壊し材料(杉の木)削り直し昭和六年(1874)に落成し現在まで数多くお信仰者があります。

 江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげた由、尚当地より出世致した商店、芸能関係、各個人等数多く出ております。

 初午毎年三月岩代稲荷と合同で堀留町一丁目町会応援にて執行いたします。

 応長見聞集寛永図経、先祖の言い伝えとの事

   昭和五十六年五月吉日(1981)

出世稲荷世話人一同


 初代市川団十郎ほか多くの方がこのお稲荷さんを信仰し出世していったようです。

 此の路地を少し進むと幟と標示が見えます。

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本殿はこの奥にあります。

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"岩代稲荷神社"と"出世稲荷大明神"とあります。

お参りされる場合は、集合住宅の奥に祀られていますので気配りの程を。   

 

 

全日本綱引きフエステイバル

[北遊人] 2012年8月11日 08:30

 人形町通りに"全日本綱引きフェステイバル"のポスターが並んでます。

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 チラシを手に入れました。

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内容を紹介します。

日時  2012年8月19日(日) 9:00~16:00

場所   中央区総合スポーツセンター・浜町公園

主管   東京都綱引連盟

 

同時開催 屋台村

      石巻・喜多方・気仙沼・宮城の東北の名産品が勢ぞろい!!

      銀座や築地、人形町のお店やアンテナショップも出店します!

 

体育館の方では、綱引き大会

屋外では、屋台村 で楽しめるようです。

綱引き大会は、競技者、一般、ジュニアと分かれ、35チームが参加予定とのことです。

チラシの上部には、"東日本大震災復興支援"とあります。

綱引きの応援と東北復興応援におでかけください。

 

 

人形町せともの市、始まる

[北遊人] 2012年8月 6日 11:20

8月6日、7日、8日の3日間、恒例の"せともの市"が始まりました。

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残念ながら、雨のスタートとなりましたが大勢の方がお見えになり品選びをされていました。

お店は、家庭用品のせともの、漆器類から江戸切子、備前焼、有田焼等のブランドを掲げた店もあり

楽しめます。

主催は、蛎浜会(セトモノ問屋)であり、チラシの

"なぜ人形町で せとものまつり" を紹介します。

 江戸時代、日本橋川と箱崎川に挟まれた人形町一帯は、海路交通が便利だったことから、酒、砂  

 糖、醤油、穀物など、生活物資の集積所として、たいへん栄えました。

 それらといっしょに浜町、蛎殻町の陶磁器問屋が関東一円の家庭のうつわをまかないました。

 昔からの賑いを今に伝える「せともの市」を毎年8月の第一週の3日間、開催しています。

 

大観音寺前では、"ロクロ体験教室"も開かれています。

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もうすでに始まっているようです。

こちらは、会費 1500円(送料含) で、

"自分の手で世界に一つだけの作品を作ってみませんか?

 いろいろの釉薬をかけて、お家までお届けします。" とあります。 

 

 

 
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