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小網神社どぶろく祭

[北遊人] 2010年11月30日 09:30

旧東堀留川の河岸地にある小網神社で、29日、どぶろく祭りが行われました。

祭りの謂われは、11月28日の新嘗祭に供饌されるどぶろく(神饌田でその年にとれた新米をかもして作った濁酒)を参拝者に振舞うところから名つけられた。

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小網神社の説明板です。

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隣接されている神楽殿です。

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振舞いのどぶろくです。

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強運厄除けの みみずく がお目見えです。

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ちょうど、民俗文化財のお神楽を聞くことが出来ました。

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現社殿、神楽殿は昭和4年に造営され、戦禍にも免れ現在、日本橋地区に残されている唯一の木造ひのき造りの神社建築であり、中央区文化財に指定されている。

 

 

日本橋の人形山車 ~とちぎ秋まつり~

[O傘] 2010年11月22日 12:49

江戸時代の天下祭「山王祭」に参列していた「静御前」(しずかごぜん)の山車(だし)はじめ、10数台の人形山車の絢爛豪華な巡行が、栃木市の中心街「蔵の街大通り」で行われました。「とちぎ秋まつり」です。

IMG_7267comp.JPG祭りは隔年で開催されているそうですが、今年(2010年)は開催の年にあたっていて、1113日(土)、14日(日)の2日間行われました。

ガイドのサポーターも兼ねて「絢爛とちぎ山車祭見物」のイベントに参加することになり、

 

日本橋の町内が所有していた「静御前」などの人形山車【参考1】の巡行を、初日(11/13)に見てきましたのでご紹介します。

 

東武浅草駅を10時30分発の特急に乗り、約1時間10分で栃木駅に到着です。

祭りは14:30の開始なので、それまで街の散策をしました。

【街の紹介】

IMG_7217comp.JPG IMG_7200comp.JPG街には、いたるところに古い蔵(土蔵)が現存し、出桁(だしげた)造りの家も多く目にします。明治、大正の昔に返ったようです。

 

これらの多くは文化庁の登録有形文化財県の文化財に指定されています。

IMG_7171comp.JPG街の中心には、流れの穏やかな清流「巴波川」(うずまがわ)が流れ、

祭りに来たお客を川舟にのせ、船頭が土地の民謡や蔵の話を披露しながら竿を操っていました。

川床には藻が揺らぎ、たくさんの鯉が泳いでいます。見ているとゆったりした時の流れを感じます。

 

栃木市の街の歴史については【参考2】をご覧下さい。

 

 

 

【とちぎ秋まつり】

 

IMG_7262tcolcomp.JPG オープニング・セレモニー(出発式)で、栃木市の鈴木俊美(としみ)市長の挨拶があり、

「今回の秋つりは、3月に近隣3町を合併し人口も倍近い14万人になった新生栃木市の最初のとちぎ秋まつりで、大変意義深い。

また小江戸と呼ばれる川越市、旧佐原市や、中央区墨田区とも幅広くお付き合いをしている。」

などの挨拶があり、

来賓として香取市、春日部市などに並んで、

中央区から区長代理の中央区文化・生涯学習課長の鈴木 浩(ひろし)氏が紹介されました。

 

大勢の見物客が両側の歩道をうずめる中、絢爛豪華な人形山車の巡行が始まりました。

 

IMG_7221coltcomp.JPG お目当ての「静御前」の山車には、太鼓席の横に「元江戸山王祭 九番山車」【参考3】の札が立ててありました。

多数の山車が連なり巡行する様子を見ていると、江戸時代の山王祭を見たような気がします。

歌川広重の「名所江戸百景」に「糀町(こうじまち)一丁目山王祭ねり込(こみ)」の絵があり、山車が連なり、

桜田濠越しに半蔵門から江戸城に練り込む様子が描いてあります。

この「とちぎ秋まつり」を見て、当時の天下祭りで使用された高さ7mもある人形山車45の行列がいかに絢爛豪華で壮大だったかを思わずにはいられませんでした。

そして日本橋で所有していた「静御前」の山車に会えたのも嬉しく、感慨深いものがありました。

中央区と交流のある「小江戸」栃木市を是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。

【参考1】栃木の山車

IMG_7230colcomp.JPG 「とちぎ秋まつり」に、江戸時代の天下祭「山王祭」に出御(しゅつぎょ)した「静御前」(注)の山車は、日本橋の町内が所有していたもので、明治初期に栃木の倭(やまと)町3丁目が購入したものだそうです。

(注)静御前:京の白拍子(しらびょうし)(平安時代から鎌倉時代にかけて、歌舞を行う遊女)で源義経の寵女(おもいもの)。頼朝に捕らえられ、鎌倉「鶴ケ岡八幡宮」の舞台で直垂(ひたたれ)、立烏帽子(たちえぼし)に刀を差し「しづやしづ、賤(しづ)のをだまき、くり返し、むかしを今に、なすよしもがな」と頼朝の前で臆せず歌ったといわれます。

 

静御前の人形は嘉永元年(1848年)、「松雲斎 徳山」の作といわれ、栃木にある山車で最も古い人形です。

 

このほか三国志の「劉備」(りゅうび)、「関羽」(かんう)、「張飛」(ちょうひ)の山車もあり、これらは明治26年(1893年)、県の祝典のために日本橋本石町の人形師「三代目 原 月舟」に依頼して製作したものだそうです。

 

IMG_7285colcomp.JPG そして、「天照大神」(あまてらすおおみかみ)、「日本武尊」(やまとたけるのみこと)、

「素盞鳴尊」(すさのおのみこと)、「神武天皇」、「太閤秀吉」(たいこうひでよし)、「桃太郎」の山車もあり、「静御前」および三国志の3体と合わせて県指定有形民俗文化財です。

左の写真は、「天照大神」の山車

さらに「諌鼓鶏」(かんこどり)、「弁慶」、「仁徳天皇」の山車もあり、これらは市指定有形文化財に登録されています。

 

これらの山車は県や市が保有しているのではなく、各町会が保有・維持しているそうです。

 

栃木の山車は「江戸型人形山車」(えどがたにんぎょうだし)と呼ばれ、山車を覆う幕が金糸、銀糸で、山車ごとに特徴のある絢爛豪華な刺繍がなされています。そして高さ7mほどもある山車が江戸城の御門をくぐるために上げ下げ可能な2重構造になっています。

 

大通りにある「とちぎ山車会館」で本物の山車や「とちぎ秋まつり」の映像などをいつでも見ることができます。

 

【参考2】 栃木の街の歴史 ~例幣使街道と巴波川の海運~

 

栃木市は、埼玉県の川越市や千葉県の旧佐原市(現 香取市)にならんで「小江戸」と呼ばれ、

明治4年(1871年)の廃藩置県で、江戸時代の下野国(しもつけのくに)が、栃木県と宇都宮県に分割されましたが、明治6年に2つの県が合併して栃木県になり、この栃木市に県庁が置かれて政治・経済・文化の中心地として栄えたそうです。

その後、明治17年に県庁は宇都宮市に遷りましたが、県名は栃木県として残りました。

県庁堀」に県庁の名を残しています。

 

IMG_7159tcomp.JPG 江戸時代には、家康を祀る日光東照宮に、江戸時代には朝廷から勅使(ちょくし)「例幣使」(れいへいし)が毎年参向し、栃木は、その「例幣使街道」の宿場町(栃木宿:第13番目)として発展し、

さらに巴波川(うずまがわ)を利用して、江戸との間を舟運(ふなうん)により物資輸送を行ったことで、幕末期には栃木商人は隆盛を極めたといわれます。

栃木の「蔵」はやはり土蔵が多いのですが、石蔵、板蔵もあるそうです。用途は倉庫のほか、店舗としての「見世蔵」(みせぐら、店蔵)があります。この栃木には日本最古級の見世蔵があるそうです。

 

IMG_7305coltcomp.JPG 栃木は江戸時代に浮世絵師「喜多川歌麿」と交流があり、最近発見された「(しょうき)図」、「三福神の相撲」および「女達磨(おんなだるま)図」の3点の肉筆画を保有しています。

【参考3】 江戸時代の山王祭の山車行列

山王祭は、神田祭とともに将軍の上覧が許され江戸城内に入ることができたため「天下祭」(てんかまつり)と言われ、2つの祭りは交互に隔年で開催されました。

当時の山王祭の行列は大榊を先頭に、各町の山車(45基)、神輿(3基)が続き、このほか付祭(つけまつり)と称し、長唄や常磐津節などの音曲を伴った踊り屋台(移動式舞台)なども参加したそうです。

IMG_7300coltcomp.JPG 山王祭の山車は、1番の諌鼓鶏(かんこどり)から45番猩々(しょうじょう)の山車まであります(文久2年)が、大多数の山車は現在の中央区の日本橋地区、銀座地区、新川地区の町が出したものでした。

 

山王祭も天保の改革の倹約令の対象となって以後次第に衰えますが、文久2年(1862年)の祭が、将軍上覧の最後の天下祭といわれます。

 

そして明治22年(1889年)を最後に、山車が山王祭に引き出されることは無くなりましたが、

これは市街電車の架線敷設により背の高い山車の巡行が出来なくなったとか、維持と巡行に費用がかさむなどの理由だと言われています。

 

そして人形山車は、次第に関東各地に分散していったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔見世興行の町で・・・

[下町トム] 2010年11月15日 08:30

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木枯らしが吹いて、紅葉の便りがあちらこちらから届く季節になりました。今年も考えてみればあと1ヵ月半を残すばかりですね。

そんなある日の夜、中央区銀座六丁目にある〔新橋演舞場〕の前を通ってみました。かつて公儀認定の芝居小屋にだけ許されたという〝櫓〟がライトアップされていました。〔歌舞伎座〕が改築休場中は、ここが歌舞伎の拠点を守ることになっています。bell

 


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11月は恒例により「顔見世興行」です。そもそも〝顔見世〟とは一年間の興行に出演する役者をお披露目するための企画だったわけですが、今では晩秋の風物詩となりました。


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東京のあとは、京都・南座で同じく「顔見世興行」が催されます。東西の名優が一堂に会する華やかな芝居であり、歌舞伎ファンが楽しみにするものです。

 

近くの時事通信社ビルには早くも設営されたクリスマスツリーが青白い輝きを放っていました。

季節感を感じながらの夜の散歩でした。

 

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銀座スペースデザイン 学生コンペティション 2010

[銀造] 2010年11月 6日 19:10

 今年も大学生の皆さんがデザインした衣装やDisplay が銀座の名店の

ショーウインドウを飾りました。 学生さんらしくフレッシュな感覚です。

 こちらは、wedding dress の Hatsuko Endoさんのお店。

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 銀座のヨシノヤさん。 遠近法で、銀座の街並を表現しています。

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 暖色系で纏めてあるのも良いですね。

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 天賞堂さん。 キューピッドも学生さんのdisplay を覗いています。

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 ミキモトさん。 紅葉を敷いて、宝石を浮き上がらせて演出。 憎いね!

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 ギンザのサエグサさん。 可愛いvirgo子供服。 (向かいのお店の広告が映っています。)

この子の未来を予想しているのかな。 素敵な女性になります様に!

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 HOUSE OF SHISEIDO.。 夜はどんな輝き shine なのでしょうか?

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 あなたも銀座をお楽しみ下さい。

 

 

銀茶会 2010

[銀造] 2010年11月 6日 18:38

 銀座の秋の風物詩、「銀茶会」は今年で9回目。

AUTUMN GINZAで見た案内で、心うきうき参加しました。

ご案内には、「茶道四流派が一堂に会する 銀座の秋の一日」とあります。

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 こちらは、薄茶席。 上等なお菓子と程よい渋さのお茶が供されました。

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 こちらでは、新橋のお姉様。 おしとやかなしぐさにうっとりheart04

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 やはり黒髪に和服の女性が点ててくれるお茶を頂きたいと並びました。

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 日本の文化の良さを満喫した銀造でした。 有難うございました。

 

 

銀座八丁神社めぐり 2010

[銀造] 2010年11月 6日 17:57

 今年は、幸稲荷神社、銀座稲荷神社、龍光不動尊、朝日稲荷神社、銀座出世不動尊

宝童稲荷神社、あづま稲荷神社、雨かんむりに鶴の「かく護稲荷神社」、成功稲荷神社

豊岩稲荷神社さんがご開帳して頂きました。 

昨年は、http://www.chuo-kanko.or.jp/blog/2009/10/post-190.html

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 銀座の中に、これだけの立派な由緒ある神社を楽しく巡ることができることに感謝。 

全ての神社を巡り、スタンプを全部押していただきました。

お土産は、下の写真には載っていませんが、資生堂さんからは、savon d'or を頂きました。

また思い出したCMソング。 贈り物にはnote 石鹸!

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 今年も残すところ、およそ1ヶ月半。 来る年が良い年となります様に。fuji