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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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中央区面積とお祭り

[にゃんボク] 2017年9月29日 09:00

「小さくともキラリと光る、魅力あふれる都心のまち」と称される中央区の面積は約10.1平方キロメートル。

 

東京都23区の中では一番大きい大田区が約60.4平方キロ、2番手の世田谷区が約58平方キロ、3番手の足立区が約53.2平方キロであり、 23区の平均が約26.9平方キロであることと比較しても、確かに中央区は小さいですね。(台東区に次いで22番目に小さいとのこと。 ここまで来たら一番小さければ良かったのに、と思うのは私でしょうか)

 

よく広さの比較などで、東京ドーム○個分と言われますが、これと中央区を比べてみるとどうなるでしょう。 東京ドームの面積は建築面積も入れれば46,755平米。つまり、中央区は東京ドーム約216個分です。

ちなみに一番大きい自治体は岐阜県 高山市で、なんと広さは 2,177平方キロメートル。これ、中央区の約216個分です。東京ドーム×216個=中央区×216個=岐阜県高山市。単なる偶然ですが、ちょっと面白いですね。

 

閑話休題。そろそろ秋の訪れも感じられる10月を迎えるにあたり、中央区では様々なお祭りや協賛イベントが開催されます。

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https://www.city.chuo.lg.jp/event/matsuri/calendar/calendar201710.html

https://www.city.chuo.lg.jp/event/matsuri/kankousyougyoumaturi.html

引越や転勤などにより幾つかの自治体を移り住んだ私にとって、この中央区に住んで驚いたことの一つが、「とにかく祭りやイベントが多い」ことです。 例えば、埼玉に住んでいた子供のころに祭りと言えば7月末の夏祭り一択、の記憶しかない私としては、屋台が出るようなお祭りがこれだけ多いのは驚愕。

日本三大祭りの一つ、天神祭のお膝元の大阪市に住んでいたこともありますが、一つの区としてどれだけのお祭りイベントはありませんでした。

 

そんな環境にせっかく身を置いている/アクセスできるのであれば、日々出かけて存分に楽しみたいですね!

・・・色々な指標がある中で、「単位面積当たりのお祭りの多さ」でいったら、中央区は自治体において日本一ではないかと思うのですが、どうでしょうか・・・

 

 

 

銀座エリアの郵便ポスト

[O'age] 2017年8月28日 14:00

「銀座発祥の地」碑の京橋寄りに灰色の目立たないポストがあるのをご存知の方も多いと思います。街の美観に配慮しているのでしょう。

 
中央通り東側歩道、銀座2丁目

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さて、並木通り等ではダークグリーンで同じく目立たないポストです。都内他の地域では見かけたことがないように思います。

 

並木通り東側歩道、銀座5丁目

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みゆき通り南側歩道、銀座6丁目

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並木通り西側歩道、銀座7丁目

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並木通り西側歩道、銀座8丁目

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また、銀座エリア内の小さい郵便局は貸しビルの一階でなく、地下だったり、2階以上にあったりと、これも銀座という高価な商業地の特性ではないでしょうか。

 

 

 

「第十三回 居合道会 国際大会」~中央区総合スポーツセンター~

[クラさん] 2017年7月31日 14:00

7月29日(土)、今年も中央区総合スポーツセンターで古流居合道である無外流の諸派を横断する、国内最大級の居合道会が主催する「第十三回居合道会国際大会」が開催されました。無外流を始めとした流派を問わず全世界、そして全国の剣士が集まり大勢の参加者が日頃の稽古の成果を競いました。

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太鼓の音と共に選手全員による入場式が始まり、海外からも含めて350名の参加者、とのことでした。会長や来賓の挨拶の後、会場には厳粛で凛とした空気が張りつめる中を先ずは、4組の各模範演武が行われました。

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続いて競技が始まり、一般の部・中高校生の部・小学生の部と部門ごとに競われました。午後から決勝戦が行われ、激戦には大きな拍手と歓声が送られていました。

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予選から決勝戦まで激戦が繰り広げられた大会は表彰式と進み、各部門ごとの優勝・準優勝・第三位の表彰および成績優秀者3名には文部科学大臣賞・東京都知事賞・中央区長賞のそれぞれにトロフィーが贈られました。

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初めての観戦でしたが、真剣の鋭い"ビューッ"という音とシャープな動作の中、日頃の鍛錬で身に付けた「居合道」を見ることが出来た1日でした。

 

 

外国人向け英語ガイドクルーズ  Tokyo River Special Cruise

[HK] 2017年6月27日 14:00

 

6月17日(土)にNPO法人水都東京を創る会による外国人対象の英語ガイドクルーズが開催されました。 

 

On Saturday, June 17th, "Tokyo River Special Cruise" was held for non-Japanese guests organized by NPO Suito Tokyo wo Tsukurukai.

 

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日本橋から乗船し、隅田川に向かい、清澄橋から蝋燭のようにそびえ立つスカイツリーを眺め晴海運河へ。 

 

Guests boarded from Nihonbashi Wharf, headed for Sumida River, observed Kiyosumibashi and Tokyo Skytree which looked like candle standing from candle stand, and went into Harumi Canal.  

 

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その後東京湾に出て、晴海埠頭やレインボーブリッジを眺め、浜離宮や築地市場を左手に上流し、亀島川から日本橋方面へ戻るコースでした。 

 

From Harumi Canal, the boat went out to Tokyo Bay seeing Harumi Pier and facing Rainbow Bridge, turned back to see Hmarikyu Garden and Tsukiji Fish Market on the left and sailed through Kamejima River to return for Nihonbashi.  

 

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外国人のお客様は皆大喜び、クルーズは盛況裏のうちに終了しました。 

 

Every guest enjoyed this fabulous cruise and the event ended successfully.

 

 

 

え~銀座4丁目に、稲荷神社があるの?

[朱房の十手] 2017年4月21日 12:00

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文久元年(1861)発行の地図です。江戸時代からこの辺りに宝童稲荷神社があります。

 

矢印の場所に弥左衛門町と見えます。今の並木通り辺りになります。稲荷信仰が盛んな江戸時代に将軍家の跡継ぎの成長を守るため江戸城内に祀られていた神社です。堂守りの弥左衛門が神霊の分神を受けて建立したのがはじまりといわれています。

 

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また弥左衛門は居をこの地に置き、生涯稲荷のお守りをしました。そのため弥左衛門町と呼ぶようになりました。

 

宝童稲荷神社は、子宝、商売繁盛を祈願として、よきご縁を授ける社として今でも厚い信仰を集めています。


銀座でお買い物ついでに、お参りしてもしてみませんか。

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流石に宝童稲荷神社です。

ファイルおみくじとは凝っています。お土産になります。

勿論ファイルとして使用出来ます。

 

かなり分かりにくい場所です。

晴海通りを築地方向に向かって銀座天賞堂前のエンジェルを左折し50メートル位でまた左折です。

 

 

私の「月島物語」Back to 1997@月島

[月島菜々子] 2017年3月27日 16:00

1997年3月27日、私の月島物語が幕を開けました。

今回は私の月島在住20年の節目にあたり、当時の月島界隈の様子を記憶に基づいてご紹介します。書きながら懐かしさで胸がいっぱいになりました。

 

月島・東仲通り

では、月島第一公園から。最近は元気なちびっ子で賑わっていますが、当時は中央にある小高い山から滑り台で降りるアクティブすぎる構造で、子供も少なく、木が生い茂った森のような公園でした。近くにアジの天日干し屋さんがあってその奥には、つきじ入船の工場がありました。年の瀬が近づくと朝早くから蒸気が立ち昇っていました。

近所のよしみで我が家のおせちは入船さんでした。
  

月島・西仲通り

1997年4月に44店が加盟して月島もんじゃ振興会が発足し、既にもんじゃ通りと呼ばれていましたが、まだ、手芸屋さん、おもちゃ屋さんなど小売店が結構がありました。警視庁最古の現役交番のお巡りさんにご挨拶するのも日課でした。今は「西仲通り地域安全センター」になり地域安全活動の拠点になっています。ちなみに当時の清澄通りは都営12号線の工事中で、大江戸線月島駅の開業は2000年12月12日のことです。

 

晴海

1998年に閉店しましたが、東京ホテル浦島の裏手にあった大型シーフードレストラン「ピア晴海」はバブル時代の象徴、ウオーターフロントの先駆けスポットで海に面した大きな水槽が印象的でした。その後、晴海は高層ビル街へ変貌を遂げていきました。毎年5月になるとトリトンスクエアの建設現場に何匹もの鯉のぼりが掲げられ、風に泳ぐ姿が目に焼き付いています。
 

(番外編)明石町1998年5月7日

hideさんのこと。X JAPANのメンバーだった彼の告別式がこの日築地本願寺で行われました。お別れに集まったファンが築地から隅田川、聖路加ガーデン沿いに長蛇の列を作りました。去年の紅白で、歌でゴジラを退治したX JAPANを見てあの時多くの若者を動かしたものは何だったんだろう、と当時を改めて思い起こしました。
 

さて、これから20年後に月島はどうなっているのでしょうか。月島を語るうえで不可欠な名著、「月島物語」の著者、四方田犬彦さんは1990年代の初頭にその後の10年間に起こりうると想定される月島の変貌を危惧されていましたが、それから30年弱、月島の街は時代のうねりを呑み込んで、しぶとく存在しているように私には思えます。西仲通りではまた新たな大規模再開発が始まり、2020年に向け東京自体が動きだそうとしている時代、月島がその流れに中でたとえ姿形を変えても、いつまでも生き残り、人を引き付ける街であってほしいと願っています。

 

参考文献:

アエラ1999.12.20、日経新聞、四方田犬彦「月島物語」集英社

 

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