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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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晴海橋梁を豊洲側から。

[えだまめ] 2018年9月19日 14:00

子連れ特派員のえだまめです

先日、ちょっとお隣・江東区の豊洲までお出かけしてきました。

近くの映画館で見たいもの(3歳の娘あずきも大好きな子ども向け定番番組「おかあさんといっしょ」の映画版)が上映されていなくって、豊洲の映画館まで遠征!となったわけで。

ランチを食べ、映画を楽しんで大満足!

・・・「あれ、ここまでだと全く中央区関係ないじゃん!」って話ですよね。

まあ、最後までお付き合いくださいませ。


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ご存知の方も多いかと思いますが、豊洲の「ららぽーと」には船着き場があります。

そう。中央区側からも隅田川を遊覧するのがよく見える「ヒミコ」なども、ここに立ち寄ったりするのです。

写真の奥の方に写っているのですが伝わりますかしら?宇宙船みたいな船です。

それもそのはず、デザインは「銀河鉄道999」の松本零士さんなのです。

よく我が家でも隅田川を眺めては、あの船かっこいいねぇ、なんて話になってます。
 

そして、なんでここに船着き場なのか。

「ららぽーと豊洲」、もとはIHI(石川島播磨重工業)の東京第一工場(造船所)があった場所なのです。

そう。IHI。

中央区の石川島で江戸時代末期に造船が始まったことがこの会社の始まりです。

江東区なんだけれど、ほんのりと中央区風味(?)のするエリアなんだなぁと思ってもらえるでしょうか。

まあ、春海運河を超えればそこは中央区、ですものね。

で、その名残でもともと造船のためのドックがあった場所をこうして活用してる、というわけなんです。
 

そして、ここは今となってはみんなの気持ちのいい憩いの場。

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大きなベンチもたくさんあって、のんびりするのにぴったりです。
 

のんびりしていると見えたのは

DSC_3844-1.jpg

こんな風景。

目の前に広がるのは対岸・中央区の風景です。

遠くに築地の聖路加タワーなんかも見えますが

「・・・あれ?あの茶色く見える橋って・・・!」

特派員魂がむくむくとしてきたえだまめ

帰り道は月島まで歩いてみよう!と

お散歩がてら、ちょっと近寄ってみました。
 

DSC_3862-1.jpg

そう、これは「晴海橋梁」。

以前にも何度か先輩特派員さんが取り上げてくださっている場所ですが改めて。

http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/08/post-4583.html

http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/02/post-3007.html

1957年から1989年まで晴海埠頭と貨物駅・越中島を結ぶ貨物専用線が通る橋として使われていたものです。

ですが、トラック輸送にその立場を代わられた貨物路線。

1989年に廃線となると同時にこの橋も使われなくなってしまいました。

※表記についてですが・・・

Wikipediaには「晴海橋梁」、橋梁作成者であるIHIの記録には「晴海鉄道橋」

そしてGoogle map ですと「春海橋梁」となっています・・・。

なので、色々な場面で色々な表記がされているのですが

全部同じものをさしているのです。
 

DSC_3864-1.jpg

豊洲側の川岸から。

線路内には立ち入れないよう、大きなフェンスで囲われていますが

その向こうに線路が見えますね。

老朽化が進んでいる橋なので、再整備の話も上がっていますが

今までのところなかなか進んでいないようです。
 

ですが・・・昨年夏に東京都が海上公園の整備に関する中長期指針を発表。

http://www.kouwan.metro.tokyo.jp/jigyo/plan/kaijoukouenvision.html

その中でこの橋の遊歩道化計画についても触れられていました。

※リンク先のPDF内・46ページに

歴史的な価値を有する旧晴海鉄道橋を遊歩道化するなど、水際にまとまった歩行空間を確保していくとともに、砂浜や近自然型護岸の整備により多様な生き物が生息する水辺の環境づくりを進めていきます。」

との記述があります。

今後の整備が進むきっかけになるでしょうか。

楽しみにしつつ見守っていきたいと思います。

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そんなわけで、川の反対側からみた中央区、のお話でした。

いつもと少し違った角度で見える中央区の風景も良いものですね。

 

★おまけ★

地図.jpg

今回私が歩いたルートは↑の地図の通りです。

特筆すべきは何かというと・・・

「オールバリアフリー!」ということです。

晴海橋梁に並行してかけられている「春海橋」

晴海エリアから月島エリアへ渡る「朝潮大橋」

階段などなく、広めの歩道が備わって

ベビーカーでのお散歩に最適なルートでした。

ららぽーと豊洲から続く運河沿いの遊歩道から

春海橋に行くのにもちゃんとスロープがあって移動もスムーズでしたしね。
 

最近あずきがちゃんと歩くようになってきてベビーカー利用が減ってしまい

あまり「バリアフリールート」を意識しないことが多くなってしまっていたのですが

子連れにとって実は大事な情報だと思うので書き残しておこうと思います。

 

 

日仏交流160年記念特別ライトアップ

[サム] 2018年9月17日 18:00

DSC07192ELS'.jpgDSC07197RS''G.jpg 日仏友好160周年を記念し、現在フランスで開催中の「ジャポニスム2018:響き合う魂」の一環として、パリ・エッフェル塔にて実施の「ジャポニスム2018特別ライトアップ エッフェル塔日本の光りを纏う」に呼応し、9月14・⒖日、東京タワーにフランス国旗の3色の特別ライトアップが点灯。

日没~23:00

勝どきの隅田川テラスから築地大橋越しに、トリコロールカラーで華やかに彩られた東京タワーが輝いています。

ゴッホやモネの芸術にも多大な影響を与えたジャポニスム。

今回は、パリ内外の会場で展覧会や舞台公演に加え、様々な文化芸術活動が紹介され、時を越えて現代日本が創造する新たなジャポニスムの発信がふたたび世界を魅了することが期待されます。

 

 

中央区の歩道っておもしろい!14【本銀通り編】

[湊っ子ちゃん] 2018年9月14日 18:00

「本銀(ほんしろがね)通り」は、中央区に数ある愛称のついた道路のうちで、一番新しく命名された通りです。平成27年(2015)の誕生。日本橋本石町4丁目2番から、日本橋本町4丁目6番までの、520mの道のりです。

100年近い時を経て、よみがえった「本銀(ほんしろがね)」の名には、感動的なエピソードが詰まっていました。

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♪ 本銀(ほんしろがね)町
 

江戸時代、神田との境、神田堀と外堀に面したところに、「本銀町」と呼ばれていた町がありました。現在の日本橋本石町・日本橋室町・日本橋本町の、各4丁目の北半分にあたる場所です。町名は、銀細工職人が集住していたことと、その後神田に起立した新銀町と区別するため、本の字を冠したことに由来します。

東西に延びる町屋であった本銀町は、武家の消費需要を賄う町人地として、大いに発展しました。刀脇差細工・縫箔屋・指物屋など、じつにさまざまな諸職名匠が暮らしていました。

さて、神田堀は、またの名を「龍閑(りゅうかん)川」といいます。日本橋と神田の間に築かれた掘割で、本銀町には6つの橋が架かっていました。

それでは、当時の暮らしぶりが垣間見える、ふたつの橋をご紹介しましょう。
 

♪ 今川橋
 

今川橋は、日本橋から中山道へ向かう、たいへん重要な橋でした。天和の頃(1681~83)この地の名主 今川善右衛門の尽力により架けられたことから、その名がついたと云われています。

橋の周辺には、陶器(瀬戸物)をあきなう商家が多く、たいへん賑わいました。「江戸十組問屋便覧」には、瀬戸物問屋として、本銀町1丁目の西村屋勘兵衛、同2丁目および3丁目の今川屋嘉兵衛の名を挙げています。
 

ryu03m.JPG♪ 龍閑橋
 

龍閑橋(当時は竜閑橋)は、江戸時代こそ木橋でしたが、大正15年(1926)、震災復興事業により架け替えられた橋は、"日本最初の鉄筋コンクリートトラス"として、大変貴重な文化財となっています。

橋の上を市電が通っていたため、強度を保つ工夫がなされていました。また、震災復興橋梁の特徴として、橋台を護岸から突出させて、橋の存在感を強調させることが挙げられますが、龍閑橋の場合、その特徴が著しく見られます。

龍閑橋の一部は、かつての橋詰広場に今も残ります。(所在地 中央区日本橋本石町4丁目・千代田区内神田2・3丁目)
 
 
♪ あとがき

旧龍閑橋の近くの工事現場で、おもしろい絵をみつけました。

防音壁に描かれた江戸時代の絵。店頭に着物を掛けて並べています。古着店の賑わいを描いたものと思われますが、注目すべきは、その縁取りの部分です。中央区と千代田区の区章が、コラボレーションであしらわれているのです。

橋がつなぐ、人々の賑やかな往来や、人情豊かな営みが聴こえてきそうですね。

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「本銀(ほんしろがね)」の町名は、大正の震災復興事業により失われましたが、町を東西に貫く通りは、今日まで守られました。

今回歩いた「本銀通り」は、歴史ある町名を取り戻したいという、地域の皆さんの想いが叶った、素敵な通りでした。

 
中央区観光協会特派員 湊っ子ちゃん

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第21号 平成30年9月11日

 

 

初秋のプランツウォーク

[サム] 2018年9月12日 18:00

DSC07180ELS''.jpgDSC07174RS'G.jpg 晴海トリトンプラザ2F「アイグリーン・ポケットプラザ 花・水・樹」の専属ガーデナーの案内で園内を散策する、毎月恒例のミニガーデンガイドツアー。

今月は3ヵ月ぶりに9月7日開催されました。

園内は夏の名残を留める花々と、秋の気配を感じさせる花々が入り交じる、季節の変わり目。

まだ色づかない青い実が、時のくるのを待ちながら、少しづつ成長している様がうかがえます。

中でも「緑のテラス」のトリトンパーキング棟脇の小路に植栽されているシシユズが、今年はたくさん実を付けているのが印象的。

ギョリュウ(左上画像)は淡い紅紫色の小さな花が穂状に纏まって咲くユニークな形状です。

ノボタンとシコンノボタン、ランタナとコバノランタナ、ホトトギスとタイワンホトトギス、ムラサキシキブとコムラサキの違い等々、今回もいろいろと学びを得たプランツウォークでした。

 

 

築地市場

[小猿] 2018年9月11日 14:00

市場閉場まで残り1ヶ月となった築地市場へ行ってきました。 まずは築地本願寺のカフェの朝粥定食で腹ごしらえ。これは「18品の朝ごはん」と名付けられていて、お盆の上に色とりどりの小皿が並んで、食欲をそそります。18というのは阿弥陀さまの48の誓願のうち、第18番目「あなたを決して見捨てない。」との本願にちなんでいるそうです。

写真 2018-09-08 9 54 19.jpg 写真 2018-09-08 9 04 23.jpg

おかずの中には、つきじ松露の卵焼き、築地紀文のお魚とうふおぼろ揚げ、築地江戸一の甘口昆布の佃煮など築地市場の食材が使われています。 仏さまの願を味わい、満たされた朝食になりました、

築地本願寺カフェ Tsumugi は 営業時間8:00~21:00  モーニング8:00~11:00

  

次に向かったのは16年に中央区が作った「築地魚河岸」のビルを通り抜けて場内市場へ。昭和10年の開場以来、1日約3000トンの魚や野菜の取引がされていた所です。

写真 2018-09-07 11 05 25.jpgのサムネイル画像

 

月島や晴海のビルを背景に、業務用の車が行き交ってました。開場から83年が経過、建物や設備の老朽化や衛生面での課題が豊洲移転へとつながりました、ネズミもたくさん生息しており、解体時に周囲に逃げ出さないよう、ネズミ退治大作戦がくり広げられています。

写真 2018-09-07 11 17 29.jpgのサムネイル画像 写真 2018-09-07 11 11 49.jpgのサムネイル画像

 

東京ドーム5個分のこの敷地、豊洲に移転後は、東京オリンピック・パラリンピックの車両基地として使われる予定で、その後は未定です。場外市場はこのまま残るそうで、築地場外市場にするか、ほかの名称にするかの選挙をして、今月下旬に決まるようです。 これからも美味しい買い物が出来ることに安堵しながら、築地本願寺や、浜離宮も近く、外国人にも人気の観光スポットが発展してくれることを願ってます。

築地市場閉場は10月6日、豊洲市場への移転は10月11日です。

 

 

ススキ開花

[サム] 2018年9月10日 14:00

DSC07184ELS'.jpgDSC07186RS'G.jpg 9月6日、東京管区気象台から、気象庁生物季節観測情報のひとつ「ススキ開花」が報じられました。

平年より3日早く、昨年より5日早いとの由。

その花穂が動物の尾に似ていることから、尾花の呼び名もあり、秋の七草にも数えられ、秋を象徴する植物です。十五夜の飾り、日本画や蒔絵などの秋のモチーフ、郷土玩具、茅葺屋根の材料にも用いられ、時を超え多くの人々に親しまれています。

園芸品種としてタカノハススキ、シマススキ、イトススキなどがあげられます。

箱崎河岸緑道沿いに、隅田川大橋を背景に、ススキが風に戦(そよ)いでいます。

川面を背に、ススキが陽を浴びて白銀色に輝く様は、初秋を代表するワンシーンです。

 

 
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