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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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中央区の歩道っておもしろい!6 【銀座1丁目】

[湊っ子ちゃん] 2018年5月25日 14:00

中央区には、地域のみなさんに親しまれ、愛称を持った道が98路線あります。どの道にもストーリーがあり、様々な表情で私たちに語りかけてくれます。そしてじつは、愛称を持たない道にも、たくさんの魅力が詰まっているんです。今日は、そんなさりげない道に、スポットライトを当てたいと思います。
 

♪ 高速下のレトロな道
 
こちらは、銀座1丁目17番、「木挽町仲通り」の始まる一歩手前の道です。愛称はありません。あえて言うなら、特別都道451号線。首都高の銀座一丁目駐車場があり、その隣には京橋消防署が並びます。昭和通りからひとつ入ったところの、ひっそりとした道でありながら、車も人通りも多く、生活に欠かせない道です。
 
江戸時代の慶長期、外堀から楓川を目指し開削された約600mの水路、「京橋川」。戦後の復興事業の一環として、昭和29年(1954)から埋め立てが始まり、昭和34年(1959)に姿を消しました。ちょうどこの辺りに、「白魚橋」が架かっていたはずです。今は頭上を高速道路が横切り、日陰を作ります。

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この銀座1丁目駐車場は、一面レンガ張りになっています。どことなく懐かしい雰囲気が漂っています。駐在さんがおり、大きな窓越しに、思わず目が合ってしまうところも、なんだか人情味があります。歩道のわきには、小さな植え込みがあって、花が咲いています。コンクリートと車の騒音に囲まれたなかで、小さな花たちは、健気に季節を伝えてくれます。

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隣の京橋消防車は、住所が変わり、京橋3丁目14番になります。銀座1丁目駐車場との間の隙間から覗き込むと、通りの向こうはぐっと沈み込んだ地形になっており、かつての楓川を、猛スピードでゆく車たちが見えます。エントランスの植え込みには、かわいい花が咲いていました。そして、キュータくんがポーズをとっているのです。さらに、キュータくん用のミニのカーブミラーもあり、何ともかわいいです。

 

♪ 自動電話交換発祥之地
 

銀座1丁目駐車場の反対側は、もう木挽町仲通りです。セイコーウォッチの大きなビルに出会います。角を曲がって新金橋方面を向くと、敷地内の植え込みに「自動電話交換発祥之地」碑をみつけました。記念碑にはこうあります。

kyu03.jpg― 我が国における自動電話交換方式の発祥は、大正15年1月20日、旧京橋電話局の交換業務開始による。自動電話交換開始50年に当り京橋電話局跡であるこの地に、記念碑を造り昭和50年1月20日除幕した。記念碑は当時の自動電話交換機の回路図の一部を図案化したものであり、「自動電話交換発祥之地」は米澤滋博士の筆によるものである。―

(東京都中央区銀座1丁目26番1号)
 

この記念碑が除幕された昭和50年(1975)、ここに建っていたのは、ホテル銀座ラフィナート(旧名 京橋会館)という建物だったそうです。その時は、今よりもっと大きな回路図が、エントランスの外壁に掲げられているのを写真で見ました。セイコーウォッチのビルが建ったのは、平成28年(2016)5月です。この記念碑もそれに合わせ、新しく造り替えられたのだと思います。現在は、NTT東日本京橋ビルが、銀座2丁目にありますね。 こうして見ますと、名もない道にも、かけがえのない"あゆみ"があります。だから、中央区の歩道っておもしろい!と思うのです。

中央区観光特派員 湊っ子ちゃん

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第11号 平成30年5月20日

 

 

湊の画家 小川幸治の描く街

[湊っ子ちゃん] 2018年5月23日 18:00

小川幸治さんは、昭和23年(1948)、中央区湊町(現在の湊)にお生まれになりました。昭和51年(1976)より、古い街並みの姿を留めたいとの思いから、中央区内のスケッチをはじめられたそうです。小川さんの眼差しは、著名な建物はもちろんですが、とくに何気ない路地の様子や、街角に注がれています。

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― 私が生まれ育ったのは、東京中央区、鉄砲洲の湊です。生家は格子の出窓のある"しもた屋"でした。「小川君の近所は面白い家が多いね。」芸大の同級生にそう言われてみて、なるほど銅張りの商店や、押しぶしの長屋、出し桁造りの店、レリーフにカラフルなタイル張りの家と、個性に富んでいて調和もある街並みだなと再確認したのですが、その中で生まれ育った私は、それが当たり前と思っていました。(特別展冊子より、以下同じ)―

10m2m.jpg― 昭和51年、老朽化した我が生家の建て替えを機に、隣り近所の家並みから日本橋や銀座へと足をのばして、思い出の街を描き始めました。折しも東京は地価が高騰し、祖父・父・私と三代育ててくれた街並みが、再開発のもとに次々に地上げされ、子供の頃より見慣れた風景や潤いのあった日常生活は消えてしまいました。その時、私は強い危機感と使命感を感じはじめたのです。―

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― 銀座の賑わい、築地の魚河岸、モダンな下町、路地の植木、老舗の日本橋。歴史ある街にはそれぞれの味わいがあります。テアトル東京、日劇、東京証券取引所等の建て替えの話を耳にすると、早々に行って、写生するようになりました。―

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― 東京の街が大きく変わたったのは、関東大震災、第二次世界大戦、地上げ旋風の三回でしょう。東京の街はあまりにも広く、たくさんの問題を抱えていて、とても興味深いところです。―

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rain00m.JPG平成19年10月、中央区立郷土天文館タイムドーム明石にて開催された、「第4回特別展 小川幸治の東京画 20世紀末の銀座・佃・日本橋」の冊子に収められた小川幸治さんの言葉より、引用させていただきました。20世紀末、昭和から平成にかけて、それは東京が大きく変わった時代でした。そして21世紀、東京は新たな時を刻み続けています。

小川さんの作品は、社会福祉法人レインボーハウス明石の建物、1階エントランスのフリースペースで見ることができます。石造りの壁に直接印刷されており、古き佳き街並みを、私たちに伝えてくれます。(作品はこちらで撮らせていただきました)

中央区観光特派員 湊っ子ちゃん

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第10号 平成30年5月19日


 

 

アジサイの通り

[ジミニー☆クリケット] 2018年5月22日 12:00

アジサイの季節が開幕です

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下の地図、昭和通りから三吉橋に向かう通り(青色の部分)には、何種類ものアジサイが植わっていて、それぞれ開花し始めています

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アジサイ紫陽花)は、アジサイ科アジサイ属落葉低木です

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日本ヨーロッパアメリカなどで観賞用に広く栽培され、多くの品種が作り出されています

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アジサイの原種は日本に自生するガクアジサイで、これが花序の周辺部を縁取るように並び、園芸では「額咲き」と呼ばれるそうです

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ガクアジサイから変化し、花序球形ですべて装飾花となったアジサイは、「手まり咲きと呼ばれます

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この通りには、ガクアジサイも「手まり咲き」のアジサイも、花序円錐形柏の葉に似たカシワバアジサイも勢揃いしています

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アジサイは、花もちがよく、長く楽しむことができますが、それは、アジサイに見えている部分が花びらではなくて、がく)だからです

この萼の色が微妙に変化していくのを楽しむことができるのも、アジサイ楽しみ方の一つです

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松屋通りアジサイ開花し始めています

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これらの通りの他にも、中央区の多くの通り公園アジサイを楽しむことができますよ

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一昨年、同じ通り開花中アジサイを紹介したブログはこちら ⇒

http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2016/06/post-3392.html

 

 

中央区の歩道っておもしろい!5

[湊っ子ちゃん] 2018年5月22日 09:00

中央区には、素敵な歩道がたくさんあります。なかでも、町の特徴を表す絵が描かれている歩道は、愛嬌があってとても面白いと思います。そんなユニークな歩道たちを、ぜひ紹介させてください。

♪ 歩道美術館へようこそ!

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こちらは、中央区役所前、三吉橋たもとの歩道です。三吉橋の絵が描かれていますね。絵の中では、遠くに木が何本か立っています。きっとこれは、区役所から三吉橋を見下ろした風景だと思います。それも、まだ川が流れていた頃の風景です。昭和5年の写真を見ますと、現在三吉橋に立っているものと、同じ外灯と防護柵が写っていました。区役所の庁舎も、当時は丸みを帯びたレトロな雰囲気でした。

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こちらは、三吉橋の絵のある歩道を、銀座方面に向かったところです。番地が描かれていますね。あいだが抜けているのは、そこだけ歩道の工事があったのでしょうか。絵ではなく、文字として町名を描くというところに、地域の方々の"わが町"への誇りを感じます。

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同じく銀座、8丁目の「御門通り」です。宝永7年、芝口御門が建造された場所ですね。今は高速道路の走る、旧汐留川に架かっていた新橋の北詰です。近くには、銀座の柳四世の姿もありました。






904.jpgこちらは、平成通りの歩道でみつけた絵です。月と太陽ですね。近くの歩道も調べてみたのですが、絵があるのはここだけでした。この、ほんわかしたかわいい絵は、誰が描いたのでしょうか。近くに坂本小学校がありますので、もしかしたら生徒さんの作品なのかもしれませんね。

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さて、こんな小さなマンホールをみつけました。区の花つつじと、区の木やなぎが描かれています。そして、「灯」の文字。これは、街灯の配線などが収められているそうです。鮮やかな色合い、小さな円のなかにバランスよく並んだ絵と文字に、感動しました。湊っ子は、このマンホールを、亀島川にかかる「高橋」のたもと、湊1丁目側と、それから明石町でみつけました。他にも、色違いなどあるようですので、探してみたいと思います。


♪ まだまだ素敵な歩道がありそうです

中央区観光特派員 湊っ子ちゃん

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第9号 平成30年5月18日

 

 

「鷹の御茶屋公開記念」放鷹術実演

[サム] 2018年5月21日 09:00

P5201147ELS'.jpgP5201158RS'G.jpg 江戸時代、将軍が鷹狩りの際に、待合い・休憩所として使用していた、浜離宮恩賜庭園内「鷹の御茶屋」の復元整備工事が完了し、4月20日より内部公開を開始したことを記念して、公開開始1ヶ月に当たる5月20日、「鷹の御茶屋公開記念事業」の一環として、内堀広場にて、鷹匠による放鷹術の実演が行なわれました。

(12:00~ 14:30~)

江戸時代の将軍家お抱えの鷹匠の集団のひとつとされる "諏訪流" 放鷹術のパフォーマンス。

鷹匠が鷹を拳にのせ見物人の前をぐるぐると廻る「輪廻り」、鷹匠の拳から別の鷹匠の拳へ飛び移らせる「振替」、樹の枝と鷹匠の拳を行き来させる「渡り」等が披露されました。

記念撮影の時間帯に、間近で見る猛禽類のオオタカの眼力はさすがに迫力満点です。

 

 

中央区の歩道っておもしろい!4 【鉄砲洲通り編】

[湊っ子ちゃん] 2018年5月20日 09:00

中央区では、区民にとってわかりやすく、親しめる道になるようにとの願いから、98路線に愛称がついています。今日は、京橋地区「鉄砲洲通り」を歩きます。

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平成元年度に愛称のついた「鉄砲洲通り」は、八丁堀4丁目14番、亀島川に架かる「高橋」のたもとから、湊1丁目と2丁目を通り、佃大橋に出会う湊3丁目11番までの、約600mの道のりです。都バス、江戸バスともに、「鉄砲洲」「湊三丁目」と、2つの停車場を設け、地元の皆さんには、「バス通り」の名でも親しまれています。通り沿いには、鉄砲洲稲荷神社、鉄砲洲児童公園が並びます。

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tep03m.jpg♪ 櫻川

じつはこの「鉄砲洲通り」、今はもうないふたつの川と、深い関わりがありました。「高橋」と「南高橋」の間の歩道に、「稲荷橋」と書かれた親柱が残ります。これは、かつてここを流れていた「八丁堀」の名残です。

「八丁堀」は江戸時代初期、船運を目的に京橋川から墨田川を目指し開削された掘割で、長さが八丁(約872m)あったことからその名がつきました。明治期には「櫻川」と名を改め、昭和61年に、全域の埋め立てが完了し姿を消しました。亀島川に南高橋が架かったのは昭和7年のことですが、それまでの間、稲荷橋は墨田川を一望していました。また、「稲荷」とは、鉄砲洲稲荷神社のことで、明治に入って今の場所に御遷座されるまで、この水の神様は、まさに水の門「湊」から航海の安全を見守っていたのです。


♪ 鉄砲洲川

そしてもうひとつの川、「鉄砲洲川」。この川は、まさに「鉄砲洲通り」を流れていました。現在の明石町あかつき公園、かつての明石堀から延びるこの川は、鉄砲洲通りを抜け、湊二丁目と三丁目の堺に位置する路地を曲がり、そのまままっすぐ墨田川に注いでいました。

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現在、湊町第一児童遊園のある辺りに、鉄砲洲橋が架かっていたと思われます。この鉄砲洲川は、昭和4年、震災復興の一環として埋め立てられました。残念ながら、当時を忍ばせるものは何も残っていませんが、唯一、鉄砲洲通りから湊町第一児童遊園まで伸びる路地が、明らかに広いことが、河口部としての面影なのかもしれません。


♪ 親水空間

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鉄砲洲通りの歩道には、亀島川沿いに親水空間が設けられています。ここに設置されているベンチは、「中央区の森」で発生した間伐材が使われています。「中央区の森」事業は、平成18年10月、「美しい地球を未来のこどもたちに」をテーマに、東京都西多摩郡檜原村のNPO法人里山再成塾および森林所有者と、森林面積約37.4haにおいて森林保全に関する協定を結んだもので、区域を越えた地球温暖化対策に取り組んでいます。

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「鉄砲洲通り」は、街路樹がとてもきれいな通りです。大きく育ったプラタナスが、鮮やかな若葉を茂らせ、足元にはオレンジ色の道が続きます。歩道沿いの鉄砲洲児童公園には、小さな水辺と噴水。午後には、木漏れ日がきらきらと眩しくて、子供たちの元気な声がきこえてきます。通り沿いには古くからの商店が賑やかな雰囲気をつくり、近隣の住民や会社員さん、タクシーの運転手さんなどが、一休みする風景も見られます。ゆっくりと時間の流れる、そんな「鉄砲洲通り」です。


中央区観光特派員 湊っ子ちゃん
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第8号 平成30年5月17日

 

 
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