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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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舟運ガイド講習(東京湾岸編)(2)

[CAM] 2015年11月 5日 18:00

 10月25日(日)も好天で、船から眺める東京湾岸の風景は素晴らしかった。

 

 その後、船は晴海運河を入ってきました。 相生橋の手前、右は越中島東京海洋大学キャンパスです。

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 永代橋方向を臨みます。

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 中央大橋です。中央大橋は、佃地区の再開発に伴い、平成6年(1994)に架けられました(ものしり百科;58頁)。

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 船上から「リバーシティ21」の高層マンション群を見ます。「リバーシティ21」は、石川島播磨重工業跡地に建設されました。右に見えるのは「石川島灯台跡」です(ものしり百科;108頁)。

IMG_0441.JPG 左に見えるのは「佃大橋」です。佃大橋は、昭和39年(1964)、佃の渡しに代わって架けられた橋で、長さは約220m、幅は約25mです(ものしり百科;104頁)。

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舟運ガイド研修(東京湾岸編)

[CAM] 2015年11月 5日 16:00

 10月25日(日)に、舟運ガイド東京湾岸編実地講習があり、参加してきました。ここに少し記録しておきます。

  

 

 出発前の、明石町船着場

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 船上から見た晴海埠頭と湾岸風景

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 建設中の豊洲新市場

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 豊洲の風景

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 豊洲のマンションですが、タワーマンションが続々と登場する以前のものでしょうか、比較的低層です。しかし、眺望は素晴らしいのではないでしょうか?

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月島散歩 2015秋

[銀造] 2015年11月 5日 12:00

 ある日の午後のひと時、晩酌には、ちと早い3時頃。

月島もんじゃ振興会協同組合に立ち寄り、情報を仕入れました。残念ながら、この時間にはもんじゃ焼きのお店は開店していません!

 

それではと、「肉のたかさご」で、お土産用に、" 焼き豚 "を買い求め、

次には相生橋手前に移転していた「元祖 月島レバーフライ ひさご家阿部」にて、レバーフライを買い食いし、

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相生橋手前の"相生の里"を右折し、堤防に守られた小道を進みました。

都内では、珍しい「すすき」がありました。  花の咲かない、かれすすき~DSC08122 (300x169).jpgDSC08124 (300x169).jpg

 

堤防に面したスペースは、ちゃんと区切られていて、まるで家庭菜園ならぬ、個々のお宅のお庭の様でした。

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 その区画には必ず、植木鉢を置く台が設置されております。

お花や盆栽のお世話をしている方にお話を聞きますと、

以前は、ベッドなどの粗大ごみを捨てていかれて大変困っていた。区の方で、植木鉢などを置く台を設置してくれたから、皆が植物の世話をするようになり、その良い効果で、ごみを捨てるのが無くなった。」ということです。

ごみが出ない様にするのに、堤防とのスペースに植木の台を設置し、緑化することで、ごみの不法投棄がなくなり、町は美化され、本当に良い政策だと思いました。

 

 良いお話を聞いて、月島の西仲通へと戻った私。 一人傾けるジョッキのビールが美味しかったです。

月島散歩、11月の中旬までなら、丹精込め手入れをされた菊の花がご覧になれるでしょう。

月島でのお買い物、「肉のたかさご」については、こちらをご覧下さい。

http://www.chuo-kanko.or.jp/search/index.php/show/shop/12-24?t=1446030700

 

 

区界を歩く1 龍閑川

[佐平次] 2015年11月 4日 16:00

 日本橋川に架かる鎌倉橋から下流方向を望むと、その左岸に水門を見ることができる。
これが旧龍閑川が日本橋川にそそぐ川口の跡である。

 

竜閑川河口.jpg 
 もっとも川といっても龍閑川は明暦の大火(1657)の後、防火帯として町人たちが自費で開削した堀川で、戦後の廃材処理のため昭和25年に埋め立てられるまでありました。

 明暦の大火は本郷、小石川、麹町が出火元とされているが、小石川からの火の勢いは、日本橋などの人口が密集する町人地を焼きつくし死者は江戸の人口の4分の1以上の10万人以上といわれている。

 神田が火元となると冬場の乾燥した北西の風に煽られ大火になりやすく、実際、神田佐久間町は「アクマ町」といわれるほど大火の火元となった場所であったのでこの場所でこの防火の川が掘られたのは必然だったのだろう。

 この防火のための掘割が明治11年以降神田区と日本橋区の境界になり、戦後、埋め立てられた後も千代田区と中央区との境界となっている。

  

 水門となっている部分の地表は水道局の施設があり、外堀通りを挟んで、かつての龍閑橋の欄干が保存されて
いる。 この橋は大正15年(1926)に架け替えられた、日本で初めての鉄筋コンクリートトラス橋である。

 

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 龍閑橋及び川の名前の由来はこの川の西側にあった町に、幕府の茶坊主(殿中接待役)の井上龍閑の家があったことから付けられた。

 この龍閑橋の欄干のすぐ裏手の路地が龍閑川(堀)があったところであり、現在もこの路地が千代田区と中央区の区界になっている。

 この路地を数百メートルほど進むとJR線のガードをくぐる。上には大正、昭和、平成の高架橋に、さらに東北・上越新幹線も通る。
 神田駅の南側に位置し、今川小路と呼ばれるガード下には十数軒の飲み屋が軒を連ねている。

 

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 そして、この路地・龍閑川跡が中央通りと交わるのが今川橋である。(今川橋交差点とは少しずれている)
この橋の近くで小麦粉を水で溶いたものを型に入れて焼いた焼き菓子を売っていた。つまり、今川橋は今川焼き発祥の地なのである。

 

今川橋説明.JPG

 中央通りを渡り尚も進むと昭和通の手前に小公園があり龍閑川埋め立ての記念碑がある。昭和通は横断歩道橋を渡らなければならないが路地は続く。

 

解説板.JPG

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 人形町通りを渡り尚も進むと小伝馬町を過ぎたところで公園に突き当たり此処で旧龍閑川跡は終わる。

 この公園、千代田区と中央区の区界らしく、中央区側は「龍閑児童遊園」千代田区側は「龍閑児童公園」と名前が異なっている(笑)

 

竜閑児童遊園.JPG

  竜閑児童公園.JPG

 この公園の裏手から尚も路地は続くが龍閑川の跡ではなく、その証拠に?道の両側は共に千代田区東神田である。 この路地の一本南東側の道路(割と広い一方通行路)が区界になる。 中央区側は馬喰町1丁目だ。

 

馬喰町・東神田.JPG

 やがて、靖国通りに出て、渡り左衛門橋通りが区界と思っていたら何故か1ブロック西側までが中央区だった。

 

地図.JPG左衛門橋.JPG

 神田川の左衛門橋、浅草橋、柳橋で台東区との区界となり、隅田川に出て、両国橋で墨田区との区界になり区界を歩く散歩は終わる。 小一時間の散歩でした。

  

浅草橋.JPG

  柳橋.JPG

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 あとは隅田川の下流からは晴海運河、東京湾に向かって江東区との区界となる。

 

 

Autumn Rose Garden 2015

[サム] 2015年11月 4日 12:00

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 ファンケル銀座スクエア(銀座5)10Fテラス付サロンスペース「ロイヤルルーム」にて、GINZA 秋のフラワーガーデン第二弾の「オータムローズガーデン2015」が開幕。

会期:10月30日~11月6日 11:30~18:30

秋のバラが、地上40mの空中庭園を8日間、華やかに彩ります。

今回の目玉は、創業35周年の記念として、ファンケルが命名権を取得した新種のバラ(左上円内画像)と、お客様からの投票により決まったという「名前」のお披露目。

注目のその名は、バラの花言葉の「永遠の美しさ」を意味する『エターナルビューティ』。

淡いオレンジからコーラルピンクへと、微妙な色合いのグラデーションは、蕾から満開まで様々な表情を見せてくれそうです。

期間中、10月31日(13:30~、15:00~)には、江辺雄亮氏によるフラワーアレンジのデモンストレーションが、11月1日(13:30~、15:00~)には、村上敏氏のトークイベントが各々組まれています。

やわらかな秋の日射しが注ぐ中、今年も香しい多彩で華麗なバラたちとの出会い。

まるごと緑茶やジャスミンティーなどのフリードリンクも用意されています。

尚12月14日(~12月20日)からは、本年度最後の冬のガーデンイベント「クリスマス イルミネーションガーデン」が開催予定です。 

 

左から、黒真珠、ホットココア、FLジョージバーンズ、ローラ、オードリーヘップバーン 

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左から、丹頂、パローレ、ピンクフレンチレース、チャイコフスキー、セントパトリック

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「交詢社通り」

[CAM] 2015年11月 3日 20:00

 今回の「まるごとミュージアム」バスルートでは、外堀通りと昭和通りにおいて、銀座6~7丁目地点で交差する「交詢社通り」を少し探索しました。

 

 その名のもととなった「交詢社」は福沢諭吉が1880年(明治13年)に設立した、政治家や経営者のための日本で最初の会員制社交クラブです。交詢社の名は福沢諭吉の「知識を交換し世務を諮詢する」というスローガンからとられました。
 1923年(大正12年)の関東大震災により旧社屋が全壊し、1929年(昭和4年)、2代目のクラブハウスビルとして交詢ビルディングが再築されました。
 その後、70年を経て、老朽化や耐震上の面から建て替えが決定され、2002年に解体、現在の交詢ビルは2004年10月にオープンしました。地下1階から5階は商業施設「交詢ビル DININGS & STORES」 となり、『バーニーズ ニューヨーク銀座店』『寝具御誂専門店 IWATA銀座店』等のショップ、『赤坂璃宮』『人形町今半 銀座店』等のレストランが入居。6階から8階は事務所、9・10階は一般財団法人交詢社となっています。
『バーニーズ ニューヨーク』は、同社サイトによると、「1923年、マンハッタンの7番街17丁目にバーニー・プレスマンによって設立され、現在、米国内に30店舗(CO-OP、アウトレット含む)、日本では2011年9月にオープンした日本第5号店となる福岡店を含め、合計11店舗(アウトレット6店舗含む)、およびオンラインストアを展開しています」ということで、銀座店は日本3号店のようです。

 「寝具御誂専門店IWATA銀座店」は、京都で天保元年(1830年)より寝具を作り続ける創業180年の京都の老舗寝具店イワタの東京初進出直営店です。

 

「ものしり百科」では、この三代目のビルを「当時の建築美を感じさせるメインエントランスのファサードの一部を新ビルに活用するという粋な計らいを見せている」と紹介しています(63頁)。

 

交詢ビル

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LOUIS VUITON 店

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