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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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本銀通り 日本橋室町4丁目から本石町付近まで

[銀造] 2017年9月 6日 12:00

昭和通りに面した、中央区立地蔵橋公園に、

『 千代田区神田「竜閑川埋立記念」中央区日本橋 』という札が立っています。

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ここが、中央区と千代田区との区境で、中央区立地蔵橋公園です。ここを真っ直ぐ進むと「福田稲荷神社」が鎮座されています。

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この一つ南側の昭和通り沿いの陸橋の下に、交番があり、そこから西に向かって「本銀通り(HON-SHIROGANE-DOORI)」が伸びています。

この界隈は、日本橋室町4丁目で、沢山の企業が活発に営業なさっているので、飲食店も多いです。

この通りでは、「匠上 日本橋室町本家」という焼肉・しゃぶしゃぶ・すき焼きの店を見つけました。日本橋室町4-6-5室町CSビルB1Fです。沢山ある肉類のメニューからランチを選びましたが、生憎写真を撮影するのを忘れてしまいました。()

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 親切な店員さんが、「夕方5時から30分間、¥500の飲み放題プランがありますよ!」と教えてくれたので、次回は仲間を誘って行こうと決めました。

 

そして、中央通りまで来て、案内板を確認してみました。区境がハッキリ確認出来ました。

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ここから中央通りを越えて直ぐの右側に「家内喜稲荷神社」が鎮座されています。案内板の間から、鳥居が見えますでしょうか?

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 ここを真っ直ぐ行くと、左側には蕎麦の名店「室町砂場」があります。(写真は逆方向からの撮影)

「室町砂場」は、天ざる・天もり発祥の店と、中央区はじめて物語マップで紹介されています。そこには、『「そばの芯だけを挽いた更科粉を卵でつないだ「天ざる」を創案したといわれています。暑い夏でも天ぷら蕎麦を食べやすい様に、つけ麺状にしたものが天ざるのはじまりといわれています。』

 

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室町砂場から、堀田丸正と進んでいくと、竜閑橋のところまで到達するのですね。 

 

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達成感で充実した2週間がかりのツアーでした。

 

 

 

日本橋クルーズ

[達磨] 2017年9月 5日 09:00

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異常気象が毎日の夏休み、歴史好きの6年生の孫と日本橋川~隅田川~神田川の船旅です。家康の開拓した足跡を巡ります。

日本橋魚河岸跡のトイレを使い、架橋100周年(2011年)を機に造られた「日本橋船着場 双十郎河岸」から出航です。

 

日本橋川】・・・天井に手が届きそうな距離で迫ってくる「江戸橋」―1872年創架「兜橋」―「茅場橋」―日本橋水門―「湊橋」  ~墨田川に注ぐ河口部に架かる1698年創架「豊海橋」をくぐると、下流近くに創架1698年筋骨隆々「永代橋」です。

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隅田川】・・・スカイツリーを水面正面に水辺の景観を愉しみながら運河船が進みます。
上流の1979年架橋「隅田川大橋」-1928年竣工「清澄橋」-右手小名木川-1693年創架「新大橋」-1659年架橋当時大橋の呼び名の「両国橋」・・・

 

1698年創架「柳橋」をくぐって【神田川】に入りました。屋形船が並び、江戸の舟遊びの賑やかさに触れました。

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旧平川水路の【神田川】を名橋「聖橋」「万世橋」「御茶ノ水橋」・・・と千代田区、文京区の街中を進みます。
後楽園先を折れて、-明治期には掘り直しで外濠川と呼ばれた日本橋川を進むと「雉橋」「一ツ橋」「錦橋」、この間の城側岸には江戸城の藩の刻印がある石垣が残っていました。

 

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下流中央区、都内最古の石橋・・・
「常磐橋」は、老朽化と東日本大震災により、落橋の危険性があるために、改修工事中。「一石橋」-「西河岸橋」を進んで、飾灯柱にライトが灯る日本橋船着場に戻ってきました。

 

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日本橋には橋(8×4)にちなんで、
32頭の獅子像が配置されているとか・・・

橋上からは見えない獅子のお迎えでした。

 

 

椙森神社「富塚祈願祭」

[クラさん] 2017年9月 4日 14:00

9月2日は、語呂合わせ(「くじ」)で、「宝くじの日」です。

 

椙森神社では、くじの日に当たる9月2日(土)の10時3分(「「とみ」」)から「富塚祈願祭」が行われました。

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富塚は、大正9(1920)年に建立されましたが、関東大震災によって倒壊しました。その後、氏子の人々は有志を募り昭和28(1953)年に再建されたのが、今の富塚です。この富塚は他に類を見ないと言われ、日本で唯一のものだそうです。祈願祭は昨年から始まったそうですが、雨の中を氏子の方々を始め、多数の人々が参拝しました。富塚での祈願と共に、本殿前では御神酒をいただきました。

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社務所前には、御朱印や御守護・富久當籤入れ等を求める人の行列ができていました。

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椙森神社は遠く一千年の昔、江戸が武蔵野の原と言われた時代の創建だそうです。江戸時代には江戸三森の一つであり、江戸三富の一つにも数えられる程の数多くの富籤が興業された事が、記録に残されています。また、五代目 柳家小さん師匠の噺『宿屋の富』では、この椙森神社や宿屋の場所が馬喰町である事が語られています(湯島天神を舞台とする噺もある)。 今日では宝くじの元祖として当神社の「富塚」を、多くの人々が心中祈願をしているようです。

 

 

 

東京タワー ダイヤモンドヴェール<プラネットグリーン>

[サム] 2017年9月 4日 12:00

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DSC00672RS'G.jpg イベントや記念日に加え、基本的に毎土曜日の20:00~22:00の2時間限定で実施されている東京タワーの特別ライトアップ「ダイヤモンドヴェール」。

躯体から外に向かって輝く総ライト数は276とされ、17段ある光の階層がそれぞれ、7色に可変で、色ごとにメッセージが込められていると聞きます。

9月2日(土)、「プラネットグリーン」が点灯。

「地球の大地の緑」に因むという、青みがかったグリーンのライティングです。

「地球・平和」というメッセージが込められている由。

勝どきの隅田川テラスから築地市場越しに、安らぎを覚える印象の、ダイヤモンドヴェール・プラネットグリーンが輝いています。

 

 

ハナモモの実〔入船橋付近〕

[ジミニー☆クリケット] 2017年9月 2日 09:00

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毎年になると、入船橋付近で美しいピンクを咲かせるハナモモは、既にこのブログでも紹介済みですが、が終わってからは、近くを通ることはあっても、あまり関心を持ってこのを見ていませんでした

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先日、近くを通ると、ハナモモの木に、梅の実よりも大きながたくさんついていて、びっくり

しかもモモそっくりハナモモだし

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場所は、築地2丁目築地橋入船橋の間の、もとは築地川だったところの南側の植栽エリアです

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想像を超えて大きなだったので、さっそく、観賞用に作られたと思われるハナモモが果たして食べられるものなのか調べてみると、なんと、ジャムなんかにして、食べられているようです

そもそもモモの仲間なのだからそうなのでしょう(食べられない品種もあるようですが)

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ハナモモは食べられますか」的な質問とそれへの回答が、インターネットの中でたくさん交わされていて、みんな考えることは同じだなあと一人納得しました

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今年4月の「ハナモモ満開」の記事はこちら ⇒

http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/04/post-4196.html

 

 

茅場町周遊散歩 歴史探訪と神社参拝

[銀造] 2017年9月 1日 16:00

 普段訪れる事の少ない、茅場町と新川付近を散歩してきました。 静かな佇まいの地域で、お散歩には最適です。

 コース:東京メトロ東西線八丁堀駅3番出口から。お散歩の時間:茅場町周遊で1時間。全体なら約1時間半

 

1)河村瑞賢屋敷跡:所在地 中央区新川1-8、「ホテルヴィラフォンテーヌ茅場町」の前の道の植栽にあります。

 江戸時代、この地域には幕府の御用商人として活躍していた河村瑞賢(16181699)の屋敷がありました。

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 瑞賢(瑞軒・随見とも書く)は、伊勢国の農家に生まれ、江戸に出て材木商人となりました。明暦3年(1657年)の江戸大火の際には、木曽の材木を買い占めて財をなし、その後も幕府や諸大名の土木建築を請負い、莫大な資産を築きました。また、その財力を基に海運や治水など多くの事業を行いました。

 瑞賢の業績の中でもとくに重要なのは、奥州や出羽の幕領米を江戸へ廻漕する廻米航路を開拓して輸送経費・期間の削減に成功したことや、淀川をはじめとする諸川を修治して畿内の治水に尽力したことがあげられます。晩年にはその功績により旗本に列せられました。

 斎藤月岑(さとうげっしん)の「武功年表」によると、瑞賢は貞享年間(16841688)頃に南新堀一丁目(当該地域)に移り住み、屋敷は瓦葺の土蔵造りで、塩町(現在の新川1丁目23番地域)に入る南角から霊岸島半丁一円を占めていたと記されています。表門は今の永代通りに、裏門はかつて新川1丁目7番・9番付近を流れていた新川に面し、日本橋川の河岸には土蔵四棟があり、広壮な屋敷を構えていたようです。

 「御府内沿革図書」延宝年間(16731681)の霊岸島地図を見ると、瑞賢が開削したとされる堀割に新川が流れ、その事業の一端を知ることができます

 次は道なりに進んで、隣接のアクロス新川ビルを右折、次の角をまた右折して、新川大神宮へ。

 

2)新川大神宮:

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 境内に掲示された「新川大神宮再建由誌」によれば、

新川大神宮の由来は、伊勢内宮の社僧・慶光院所蔵古文書『慶光院由緒』ならびに江戸名所図会に詳しい。当宮は慶光院周清上人が寛永2年(1625)徳川2代将軍から江戸代官町に屋敷を賜り、邸内に伊勢両宮の遥拝所を設けられたのにはじまり、其後、明暦3年(1657)江戸の大火で類焼したので、この年、替地を霊巌島に賜り社殿を造営、以来実に300年を経た。爾来当地は河村瑞軒が隅田川に通じる水路を開いて舟楫の便に利するに至って新川と称し、当宮を中心として酒問屋櫛比し殷賑を極め今日に至るまで酒類の一大市場となった。当宮は夙に当地産土神として庶民の崇敬を集め、とくに酒問屋の信仰篤く、毎年新酒が着くと、これが初穂を神前に献じ、然る後はじめて販売に供した。
明治維新により幕府の庇護が絶えてからは専ら酒問屋の守護神として崇敬厚く奉齋し来ったが、昭和20年(194539日の戦災に罹り社殿を烏有に帰した。その後、新川も戦災焦土で埋め旧態を失ったが、再び往時の繁栄を回復しつつあるのはまったく当宮御神威の賜ものである。
偶々昭和27年(1952)が講和条約発効独立回復の年にあたる故を以って、酒問屋有志は深く当宮の御神徳を景仰し感激措く能わず、即ち社殿の再建を発起し、洽く協賛を全国同業者に求めて同年57日地鎮祭、95日上棟祭、1017日竣工遷宮ならびに例大祭を執行、聊か神慮に応え奉り、敬神崇祖の微衷を捧げた次第である。
ここに当宮再建の由来を記し、同業協賛の美挙を載せて後世に伝えるものである。 昭和271017日 

 新川大神宮のHPはこちらです。 http://shinkawadaijingu.or.jp/

  次は今来た道をアクロス新川ビルの角まで戻って右折・南下。越前堀跡(越前堀公園)へ。

 

3)越前堀跡(越前堀公園):所在地 中央区新川12丁目地域

 滑り台の向こうに、「霊巌島之碑」と「霊巌島の由来」(by 霊岸島保存会)の説明碑があります。

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「霊巌島の由来」(by 霊岸島保存会)によると、

 江戸時代、この辺りは越前福井藩主、松平越前守の屋敷地でした。屋敷は三方が入堀に囲まれ、これが「越前堀」と通称されていました。越前堀の護岸は石積で、今でも建設工事中や遺跡の調査中に、越前堀のものとみられる石垣石が出土することがあります。堀の幅は1215間(2030m程)もあり、運河として用いられ、荷を積んだ小舟が通っていたようです。

 明治になり、越前守の屋敷地が「越前堀」という町名となりましたが、堀は次第に埋め立てられて行きます。大正12年(1923年)の関東大震災以後、一部を残して大部分が埋め立てられ、わずかに残っていた隅田川に近い部分も、戦後完全に埋め立てられました。その後町名が改められ、「新川」となって現在に至っています。

 今では往時をしのぶ「霊岸島」や「越前堀」の名は、歴史でしか学ぶことができません。

写真の左手に越前堀公園が、正面奥に見えるのが明正小学校の建物です。

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 次は隣接する明正小学校の建物を拝見しましょう。   

 

4)明正小学校、

  平成28年に創立90周年を迎えた、大変由緒ある小学校です。

 昭和2年(西暦1927年)31日に、霊岸島(明治991日創立)、越前堀(明治4218日創立)の両尋常小学校を合併し、新たに東京市明正尋常小学校として開校されたとのことです。<中略> 平成2691日に新校舎での教育活動が再開されました。

 建築は、複合施設となっており、児童館も入っています。 高級マンションの様な大変素敵な設計です。 明正小学校等複合施設基本計画の概要、「その他」の所に、『現校舎の意匠を外観デザインとして継承するとともに、部材の利活用を図る。機能を充実した新川児童館を併設する。』 と記載されています。その詳細は、こちらのHPに書かれていますので、ご参考にして下さい。

https://www.city.chuo.lg.jp/kosodate/kyouikuiinkai/kaitiku/meishokaichikukeikaku.files/meisyokaichikukyogikai.pdf#search=%27%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA+%E6%98%8E%E6%AD%A3%27

  http://fkaidofudo.exblog.jp/10731739/

 

5)亀島橋

 橋の袂には、「亀島橋」、御船手組(将監河岸)、河村瑞賢の説明のパネルが設置されています。

 橋を渡った右手の植栽の中に、「堀部安兵衛武庸之碑」が建っています。

  橋の反対側(南側)には、東洲斎写楽、伊能忠敬についての説明のパネルが設置されています。

  右折して、亀島川を北上して、新亀島橋へ向かいます。

 

6)新亀島橋

 ①「正一位 純子稲荷大明神」が鎮座されています。

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 御鎮座は、元和二年1120日。

神璽は伏見稲荷大社、御神名は「純子大神」御祭神は豊受大神、宇賀之御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四之大神とあります。

御神徳が精神、生命、生活、生業、生産、心身健全、御神意が家内安全、五穀豊穣、商売繁盛、福徳円満、芸能成就、往来安全とあります。 まさに、All right. 御祭日は、二月の初午の碑、4月、11月御鎮座の日、元文2年(西暦1737年)1120日です。 町奉行所内の千代田稲荷の分霊を勧請して、お祀したと言われています。 

  純子大神と名付けられた経緯は、継続して調べることにします。

 ②大震火災遭難者追悼碑、戦災遭難使者慰霊碑が新亀島橋西詰めに設置されています。

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  大震災、戦災で亡くなった方々のご冥福を祈りました。

 道なりに亀島川河畔を真っ直ぐ進み、台南茶寮という中華料理屋さんを左折して、少し南下します。

 

7)地図御用所跡の碑:

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亀島橋の南側にも、伊能忠敬先生についての説明がありましたが、ここに伊能忠敬先生が住んでいらっしゃったこと、測量図を作製するための地図御用所として利用されていたことが説明されています。

 ここまでで1時間の周遊コースです。茅場町駅へはスマイルホテルの前を通るのが近道です。

 

8)鳥居稲荷神社:茅場町3丁目20

 こちらは、鳥居丹波守忠瞭(下野壬生藩主)の上屋敷があり、その邸内社であったとの由来が説明されています。

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 朱の鳥居がとても鮮やかで、崇敬されていらっしゃる方の熱意が伝わってきます。

すこし北に行き、センターホテルの前を通過し、坂本小学校横、警視庁中央警察署の向かい側、千代田橋の手前に、大原稲荷神社が鎮座されています。

 

9)大原稲荷神社:

立派な社殿の裏には、御神木と思われる大銀杏がそびえています。私は、毎年東京マラソンの度に、参拝しています。 若い人たちは、パワースポットとして、元気を頂くためにお参りしているそうです。

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この地は日本橋川から楓川に通ずる運河要衝の地であったことから海運の神様、藤間流宗家在住の地であったことから芸能の神様として信仰されてきたようです。(藤間流は、藤間勘兵衞によって始められた。 勘兵衛は 能の狂言師で, 宝永年間に江戸へ出て 日本橋で踊りの師匠となり, 歌舞伎の振付師に取立てられたと伝えられる。)

左横から入る、裏の境内の銀杏は火災にあって被災していますが、逞しい生命力を感じます。また、神様のお使いである狛犬は、虎か豹の様な姿をしていました。

大原稲荷神社の社務所は隣のビルの7階にあるようですが、土曜日はドアが閉まっていました。

詳しく知りたい方は、社務所を訪れてはお聞きになっては如何でしょうか。

 さて、喉が渇いたし、お腹も空いてきました。 近辺には、手頃で良心的なお店が沢山あります。 その情報は、別途掲載します。 それでは、ごきげんよう! 20170805

 

 
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