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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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最近のブログ記事


日本橋 桜フェスティバル2018

[サム] 2018年3月19日 09:00

DSC02068ELS'.jpgDSC02066''RSG.jpg 3月16日、日本橋地区に於いて、春の恒例イベント「日本橋桜フェスティバル」が開幕。(3月16日~4月15日)

日本橋は「江戸桜通り」「日本橋さくら通り」等桜の名所が点在し、桜を愛でながら、食を楽しむ文化が花開いた街。

歴史的要素と現代的要素が混在、融合する日本橋に相応しい花見を満喫して貰おうとの企画です。

★SAKURA TUNNEL

アートな桜並木を表現した幻想的インスタレーション。

★桜ライトアップ

三井本館他中央通り沿い施設を、桜色にライトアップ。

★日本橋桜メニューウォーク

日本橋リアの約150店舗のフォトジェニックな桜メニューを食べ歩き。

★ニホンバシ桜屋台

福徳神社周辺にて、3月31日/4月1日限定、オリジナル屋台メニューを出品。

アーティスティックに楽しむ、日本橋ならではの花見体験です。

 

 

東京凬月堂の素敵な紙袋

[佃のうさこ] 2018年3月17日 09:00

久しぶりに会う友人に、銀座らしいお菓子を手土産にしたいと思い、銀座2丁目にある東京凬月堂に立ち寄りました。

購入した品物を入れて頂いた紙袋の絵が、なんとも銀座らしく素敵だったのでご紹介いたします。

 

この絵は、世界のVIPに愛されるフランス料理店で有名な「シェ松尾」のオーナー、松尾さんによって描かれています。去年の9月13日に新しくリニューアルオープンした東京凬月堂は、松尾さんのお店とグループ提携され、その記念で描いて頂いたそうです。

 

片面は、現在の銀座・凬月堂がパリの街角のカフェよろしく、賑やかな笑い声も聞こえてきそうな明るい色彩で描かれています。

 

風月堂表.jpg

 

片面は、東京凬月堂の歴史と明治時代の銀座の風景とが、大変マッチした絵となっています。

  

風月堂裏.jpg 

「凬月堂」は、江戸時代の1812(文化9)年に大老松平定信から与えられた屋号で、菓子屋なのに虫がいては都合悪いだろうと「風」が、旧漢字の「凬」になっているのが、ユニークなエピソードです。

 

画面中央には、1882(明治15)年、日本で最初に新橋・日本橋間を走った東京馬車鉄道が大きく描かれ、その奥には1900(明治33)年に馬車鉄道がすべて電化された東京鉄道があります。

 

チョコレートやマロングラッセ、シュークリーム、マシュマロなど今、私たちが大好きな洋菓子は、ここ東京凬月堂(前身、米津凬月堂)によって作られ日本に初紹介されました。

 

145年の歴史を持つ東京凬月堂のお菓子を、その歴史を一気に味わえる紙袋と一緒に、大切な方へのお土産にいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

春の訪れを告げる白木蓮

[サム] 2018年3月13日 18:00

DSC02036ELS'.jpgハクモクレン(モクレン科)RS'G.jpg あかつき公園(築地7)のハクモクレンが開花中。

ハクモクレンは中国原産のモクレン科モクレン属の落葉低木で、古く日本に渡来。モクレンの名でも知られていますが、本来 "モクレン" は赤紫色の花を咲かせる "シ(紫)モクレン" を指します。

春先に、葉に先立って、倒卵形で肉厚の、上向きで、閉じ加減の花を咲かせます。

3枚の萼と6枚の花弁は同形同色で、全部で9枚の花弁のように見えます。

ハクモクレンが持つ白い清楚な美しさは格別。

柔らかな陽光を浴び、純白の花を枝いっぱいに付ける様は見事で、風が上品な香りを運び、春先の季節感を醸し出しています。

 

 

 

桂川 甫周の屋敷 あかつき公園 筋向いにも?

[朱房の十手] 2018年3月13日 12:00

DSCN1034.JPG

写真(桂川屋敷)は、区教育委員会設置 史跡案内板(築地7丁目十番地)

 

 桂川家は享保年間(1716-1736)ごろから築地に居を構えていました。

 

和欄外科医の奥医者として名を馳せ、登城のさいは11名の供を従え、旗本も道を譲るほどでした。

 

明治維新の前(1863)に築地で大火があり桂川家の向いから出火、類焼は免れたものの火災の直後に「柳生対馬守」の屋敷を譲り受け転居しました。

 

面積は1200坪余りあり、広い庭がありました.。明石堀(あかつき公園)を挟んで、中津藩 奥平家の屋敷があり、福沢諭吉が蘭学を教えていました。

(「名残りのゆめ」 甫周 長女 みね追憶談 より) 

 

 

 

東日本大震災復興祈念特別ライティング

[サム] 2018年3月12日 12:00

DSC02047ELS'.jpgDSC02029'RS'G.jpg 東日本大震災から7年となる3月11日、東京スカイツリーでは、被災した地域の復興への思いを込めた「明花」と名付けられた特別ライティングが点灯。

17:45~24:00

永代橋越しに色鮮やかな輝きが望めます。

「明花」は、「明るい未来」をテーマに2013年地元墨田区の小学生からライティングデザインを募集した際の代表作で、東日本大震災で被災した日本を花になぞらえ、萎んだ花が種を残し、再び咲く様子を色とりどりの5種類の花をモチーフに表現した、復興への気持ちが込められた作品と聞きます。

東京大空襲から73年に当たる前日の3月10日には、犠牲者への鎮魂の思いを込めた厳かな白い光で照らし出されました。

 

 

ちゃんと覚えていたい「3月10日・東京都平和の日」

[えだまめ] 2018年3月12日 09:00

子連れ特派員のえだまめです


今日、3月10日。

いたって普通の土曜日なので、娘あずきを連れて隅田川テラス方面へお散歩に向かいました。

その途中。

浜町区民館(児童館も入っているのであずき共々よくお世話になっています)の前にたくさんの人。

DSC_2774-1.jpg

そして、いつもと違いお花も供えられていて、みんなで手を合わせていて。


ああ、そうか。



今日は、東京大空襲のあった日です。

1945年(昭和20年)のきょう、深夜0時8分にアメリカ空軍のB29爆撃機が

東京上空に飛来して大空襲が行われ、最大級の被害がもたらされました。

現在東京都としては、この日を「東京都平和の日」とし、様々な行事を行っているようです。


そして、浜町区民館になぜ多くの人が集まるのか。

理由はこちらのレリーフを。

DSC_2773-1.jpg

当時、ここには「浜町小学校」がありました。

そして東京大空襲の夜、お二人の先生と用務員さんがここで殉職され、

小学校も灰塵に帰すこととなったのです。

また、関東大震災を経て火災に強いように再建された学校が多かったので

多くの方が小学校に避難されていたようなのですが

アメリカ軍の空襲の威力は予想をはるかに超えるもので

避難された方も多く犠牲になってしまったようなのです。

レリーフは平成2年に浜町小学校の同窓生の皆様が作られたものですが

「天国からあなたの子供達に話しかけ子供達をお守り下さい

私たちの脳裏に刻み込まれた おやさしかった皆様の

生前のお姿をしのび霊安かれとご冥福をお祈り申し上げます」

ということばは胸にしみるものがありました。


どうしても翌日・3月11日の東日本大震災の記憶の方が新しく、

かつ自分自身が体験したことの方が思い出されやすいものだから

(実際、あの日私も帰宅難民になり、結局勤務先で一夜を過ごしましたし。)

東京大空襲のことが思い出されにくくなっている現状もあるように思えます。


それでも。

平和の尊さを考える日のことを、決して忘れてはならないと思うのです。

レリーフの文章の後半

「再び此の様な災禍のなからんことを誓う」

この言葉をかみしめたいと思います。

浜町区民館(浜町小学校跡)

中央区日本橋浜町3-37-1

http://mappage.jp/cml/SMAP.php?X=139.7945767088&Y=35.6822381386&L=12#S04

 ※レリーフは入り口の左手の外壁にあります