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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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椙森神社 べったら市2017 富くじ

[銀造] 2017年10月23日 14:00

椙森神社は、江戸時代から福徳。商売の神として信仰されてきました。毎年10月には恵比寿神大祭が盛大に行われています。

社殿には、社務所、神楽殿、水盤舎、鳥居があり、中央区区民有形文化財(建造物)に登録されています。

 鳥居の横には、神社の氏子さん達の名前が掲げられており、三越など日本橋の有名企業が信奉されていることが覗えます。

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 神楽殿では、大祭を祝うお囃子が披露されていました。 ずっと後世に伝えて頂きたいと思いました。

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 椙森神社は、江戸時代に大流行した富くじ興行の場所としても有名で、敷地内には「富塚の碑」が当時の隆盛を物語っています。

そういうわけで、「富」と刺繍された黄金色の「富くじ入れ」を頒布して頂きました。

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 皆様にも、ご利益があります様に。

 

 

落語に登場する町並みを歩く

[達磨] 2017年10月22日 14:00

龍閑橋2.jpg龍閑町(現・内神田)と旧本銀町(現・本石町)を結ぶ「龍閑橋」は大正12年に造られた日本初の鉄筋コンクリートトラフト橋の大変珍しい橋で、龍閑町の名は、近くに旧幕府坊主「井上龍閑」の家があったことに由来するという(説明板)。

 

落語「藁人形」神田龍閑町の糠屋の娘おくまは、食うに困って女郎屋に身を売ったが、身請けしたいという西念という坊主から、金をだまし取った。恨んだ西念は藁人形を油で煮立てておくまを呪った。"藁人形なら釘を打たなきゃ"『だめだ、おくまは糠屋の娘だ』...落とし噺の一席です。

 

 

いま修復工事の常盤橋から江戸通りを行くと斜角、室町3丁目「本石町十軒店跡」です。現在は超高層オフィスビル建設中、交差点の新日本橋駅4番出口には「長崎屋跡」の説明板です。

 

宝町21.jpg落語「長崎の赤飯」は、隣地「金吹町」(現・本石町)金田屋の親父が息子を勘当して噺が始まる。母親の息子への愛情、伯父の世話で長崎の大店に婿入り、親父は赤紙つきで帰省させて八丁堀与力の娘と嫁取り算段、長崎の嫁は乞食に身を隠して400里の距離を江戸に無事到着、与力は貞女に感激して、関所破りの罪を見過ごす裁き、輿入れ予定の与力の娘は尼に、江戸でもとの鞘に収まった夫婦、最初の子供は長崎に渡して、『初節句には十間店の武者人形を送り、お返しには長﨑からお返しに赤飯が届いた』と...江戸の真ん中を舞台に、空想と現実がごちゃごちゃの人情噺の長編です。

 

 

十軒店から浮世絵小路、コレド室町、寶田恵比寿神社、椙森神社を歩いて、15分ほどで日本橋堀留の三光新道、三光神社です。

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明治初年まで日本橋浮世小路にあった会席料理屋百川舞台の一席です。

 

落語「百川」 田舎出の百兵衛、葭町の口入屋「桂庵」千束屋の紹介でに奉公に来た。新入り百兵衛は気が荒い河岸の連中だからと、釘を差されて二階に。訛のひどい百兵衛に客にはチンプンカンプン。客から使いに出された百兵衛、「常磐津の歌女文字(カメモジ)」と間違えて「外科医の鴨池(カメジ)玄林先生」を連れてきた。両先生とも三光稲荷の小道近 くに住んでいた。お前抜け作だよ、「どのくらいだ」、どのくらいじゃない。みんな抜けてらぁ~『カメモジ、カモジ、たんとではねぇ、たった一文字だけだ』と、オチも地方訛で笑える。百川の宣伝用に創られた噺とか。

 

 

「薬祖神祭」 -福徳の森-

[クラさん] 2017年10月18日 12:00

日本橋「福徳の森」の薬祖神社で10月17日(火)、東京薬事協会の主催で「薬祖神祭」が開催されました。江戸時代初期から多くの薬種問屋が軒を並べ、"くすりの町"として知られる日本橋本町は、現在も多くの製薬会社が本社を置いています。

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同祭は明治41(1908)年、東京薬種貿易商同業組合(現・東京薬事協会)が五條天神社(台東区)から医薬の神の御霊を迎え、同町で行った大祭が起源です。昭和4年(1929)年から同協会事務所建物の屋上に薬祖神社を造営し毎年例大祭を行ってきましたが、昨年9月に社殿は「福徳の森」に移転し、昨年に続いて同社殿での2回目の大祭でした。神社前の広場脇には会員名が書かれた多くの奉納提灯が配列されていました。

 

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一般の参拝では近隣の会社員等が多数参列し、数人ずつが宮司よりお祓いを受けた後、無病息災を願っていました。参拝後には"参拝賞"が手渡され、その横では特設の舞台が設けられていて"祭礼ばやし"を奉納していました。

 

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また、近くの同協会が入る「昭和薬貿ビル」では、小舟町の老舗「日月堂」のお汁粉が振舞われると共に、恒例の福引も行われ"副"を引当てた人には景品の詰まった"福袋"が配られました。

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「薬祖神祭」は、1日だけで午後の数時間の間だけですが、来年も参拝して無病息災を願いたいと思っています。

 

 

 

「おもてなしの庭」

[ジミニー☆クリケット] 2017年10月17日 14:00

緑の環境デザイン賞」の特別企画「おもてなしの庭」で、「おもてなしの庭大賞を受賞した「京橋大根河岸おもてなしの庭」が整備されて約半年が経ち、植栽も落ち着いてきました

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場所は、かつて京橋川に架かっていた京橋北詰西側橋のたもとになります

中央通りに面していて、通りの向かい側にはポリスミュージアム警察博物館)があります

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京橋川は、水運の要所として大変賑わっていたそうですが、1964年に開催された東京オリンピックに合わせて首都高速道路を整備するにあたり埋め立てられました

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この一角には、「京橋大根河岸青物市場跡」の記念碑があります

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江戸時代、京橋北詰西側の河岸地は、大根を中心とした野菜荷揚場で、新鮮な野菜を提供するが立っており、この河岸は関東大震災まで続いたそうです

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もうひとつ、「江戸歌舞伎発祥の地」の記念碑もここにあります

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これは、寛永元年1624年)に猿若座(のちの中村座)の猿若勘三郎中橋南地(現在の京橋1丁目周辺)で櫓を上げたのが始まりで、これを記念したものです

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また、整備工事の際、埋め立てられた京橋川護岸が見つかり、その一部も人々の目にふれるように整備保存されています

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京橋京橋川に関する説明板中央通りに面してあり、歴史がわかりやすく書かれています

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街歩きに適した気候になりました

銀座からも、日本橋からも、東京駅からも歩いて来れる距離ですので、「京橋大根河岸おもてなしの庭」に立ち寄ってみてください

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縁起 神無月のえびす様

[あすなろ] 2017年10月16日 16:00


江戸中期から続く、日本橋恵比寿講べったら市。

日本橋界隈の商家が商売繁盛を願って恵比寿神を祀る

お供えのため、市が立ったのが始まりです。

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写真は昨年の様子

 

宝田恵比寿神社周辺には多くの露店が軒を連ね、

夜は提灯が彩り、19日はお神輿が出て、独特の雰囲気を

醸し出します。

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べったら漬けは、「運がべったり付く」と、縁起の良い

言われもあります。

伝統を味わってみてはいかがでしょうか。

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日本橋恵比寿講べったら市
開催日:10月19日(木)~20(金)

 

 

英語併記説明版

[CAM] 2017年10月15日 18:00

 先に、人形町界隈の説明板に英語説明が併記されていない、ということを述べましたが、区内でも相当数の説明板では、英語表記のものに変わってきているようです。例えば、晴海の「日本万国博覧会事務局棟跡」、佃の「海水館跡」に設置されたもの等です。

 

「海水館跡」説明板は、平成21年(2009)3月と表示されていますから、8年以上も前に設置されたものです。(『ものしり百科』の「区民史跡」の部分で挙げられていた写真は、英語併記がなされていない時に撮影されたものであることが明らかでしたが、2017年10月発行の最新版では、やっと最新の写真に入れ替えられたようです)。

 

 英語で説明する場合、例えば、中央区の大部分は埋め立て地(reclaimed land)である、などと話しても、この中にはRとLが複数含まれていることもあり、口頭だけでは果たして通じたかどうかは覚束ない感じがします。なるべく同意語を重ねるように努めてはいるのですが、例えば、辞書によると"reclaim"とは海を、"fill up"とは、池・川などを、埋め立てる意で使われるそうなので、誤訳にもなりかねないのです。

 

 誤解を避けるためにも、口頭のみのコミュニケーションとするのではなく、英語での説明を示しながら、その要点を口頭で話す、というパターンがよいのではないかと思います。

 

 私は、あるアジアの国で、運転手があまり飛ばすので、"Safety First"と言ったら、ギョッとしたような表情で振り向かれて、思わず「危ないじゃないか!」と叫びそうになったことがあります。後から考えると、"Safety First"という語句が和製英語くさいし、どうも、"First" を"Fast"(速く)と聞きとったようでした。"Safety Fast" などと言われれば、ギョッとしたのも当然です。

 

 そのように、口頭だけでは思わぬ誤解も生じます。そうした意味も含めて、区内の説明板は早急に英語併記のものに改めるべきでしょう。

 

「海水館跡」説明板

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