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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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映像で見る銀座の今と昔  二夜限りの特別上映会

[ゆりかもめ] 2010年5月26日 09:00

ファロ資生堂ラウンジで食事をした時に知ったスペシャルナイト企画を皆様にお知らせします。

二夜限定で「銀座百年」と「WOMAN」の上映会が特別開催されます。

「銀座百年」   富沢幸男監督 1967年 約30分

三度の大きな災害を乗り越えて、復興した銀座の街の100年をコンパクトに纏めたセミ・ドキュメンタ  リーフイルム。 明治時代から1960年代までの銀座の変貌を紹介しています。

「WOMAN」   永田 琴監督  2007年  約15分

銀座の今を写すショートフイルム。

本当の銀ブラの発見と歴史ある銀座の名店・名所も登場します。

     日時  :     5月28日(金)  5月29日(土)

     上映時間 :   第1回 18:30~19:15 

                第2回 19:30~20:15

                 第3回 20:30~21:15

    

     場所 :   東京都中央区銀座7-5-5(銀座並木通り、資生堂本社ビル2階) 

                                        電話  03-3571-0401  

     費用 :   無料

 

 

 

◆中央区 ここに歴史あり<21> ~賀茂真淵と門人たち~

[巻渕彰/写楽さい] 2010年5月20日 08:45

日本橋久松町の交差点近くに「賀茂真淵県居(あがたい)」説明板(写真上左)がある。江戸時代中期に発展した国学の研究拠点となったところだ。 

国学は日本の古典を学ぶもので、古事記や万葉集、源氏物語などは国学の発展によって真価を認められるようになったといわれている。賀茂真淵を師として集まった中央区ゆかりの門人たちに焦点を当ててみたい。

 

0913_21_100327kamonomabuchi.jpg真淵は元禄元年(1697)、遠江国敷智郡(現浜松市)に生まれ、荷田春満(かだのあずままろ)から国学や和歌、儒学などを学んだ。41歳のとき江戸に出て、神田明神の神主のもとに寄寓した。現在、同神社境内には「国学発祥の地」碑が建っている(写真上右) 

 

その後、日本橋小舟町の干鰯問屋村田春道宅にも身を寄せた。村田春海(はるみ)は父春道とともに入門し、苦学しながら歌を詠み「県居四天王」と呼ばれた。十八大通のひとりにも数えられ、八丁堀地蔵橋辺(現日本橋茅場町)にも住んだ。墓は深川本誓寺にある。

 

やがて八丁堀の町奉行所与力であり門人の加藤枝直(えなお)の屋敷地を借りて一家を構えた。その子加藤(本姓橘)千蔭(ちかげ)も入門し作歌にすぐれ、春海とともに江戸派と称された。著作に『万葉集略解』などがある。能書家としても知られ真淵の墓碑を揮毫した。また流麗な書体は「千蔭流」と呼ばれ、樋口一葉の筆致につながる。死後は両国回向院に葬られた。 

 

「甘藷先生」で知られる青木昆陽も真淵と親交があったといい、同じく前述の八丁堀・加藤家屋敷地に住んでいたとされる。「マルチ人間」の平賀源内も門人として学んだそうだ。

 

真淵は、御三卿の田安宗武家に仕えた。この間に、伊勢松坂で本居宣長の訪問を受け、入門を認めたことが、その後の国学の隆盛を高めたことになった。宣長は土地の名家小津家の出身で、小津家は小津和紙(日本橋本町)のルーツといわれる。

 

真淵が浜町山伏井戸(現日本橋久松町付近)に居宅を移したのは晩年となった68歳の明和元年(1764)で、田舎風な佇まいから「県居」と名づけ、家号となった。340人ほどの門人たちを「県門(けんもん)」という。73歳で世を去り、品川東海寺に葬られている。(写真下左は、東海寺にある国指定史跡の賀茂真淵墓所、下右は千蔭筆による「賀茂縣主大人(うし)墓」碑

 

 

 

今年もあります!「古典芸能鑑賞会」

[坂の上のねこ] 2010年5月14日 14:30

昨年このブログでご紹介した「古典芸能鑑賞会」が今年も開催されます。

昨年の記事はこちらをご覧下さい。

今年も、講話、小唄振り、琵琶、曲芸、舞踊常磐津と、盛りだくさんの演目。

梅雨時の宵に古典芸能鑑賞・・粋な過ごし方ですねえ。

ちなみに、会場に集まるお客さんたちの和服姿を眺めるのも楽しみのひとつです。

第12回古典芸能鑑賞会.JPG

↑今年のチラシ

日時:平成22年6月19日(土) 開場 4時30分 開演 5時

会場:日本橋劇場

費用:2000円(当日会場支払い)

 

<お問い合わせ・お申し込み>

中央区文化・国際交流振興協会

電話:03-3297-0251

*区内在住・在勤者に限らず、誰でも申し込めます。

*440名の限定です。申し込みはお早めにどうぞ。

 

三日月さんも、昨年この鑑賞会を楽しまれたようです。

三日月さんの記事 

 

 

 

人形町〝玄冶店〟あたりを歩く

[下町トム] 2010年5月11日 09:00

人形町末広1.jpg

 

 

人形町交差点を少し堀留町方面に入った右側に、近代的なビルと古風な仕舞家(しもたや)風の店構えが並んでいるところがあります。building

 

 

 

 

 

人形町玄治店.jpg

 このあたりは、かつて〔玄冶店〕(げんやだな)と呼ばれた町並みです。歌舞伎の世話狂言『世話情浮名横櫛』(よはなさけうきなのよこぐし)に」すなわち、「お富さん」で有名な舞台です。通りにはその縁を示す説明板が設置されています。memo

 

 

 

 

 

 

 

 

人形町末広2.jpg先ほどのビルの1階部分には、1968(昭和43)年までこの地にあった、『人形町 末広』の跡を示す標識が埋め込まれています。

昭和の名人たちが芸を競った名物寄席でした。歌舞伎や落語に限らず、この辺りは江戸文化の風情を色濃く残す町です。camera

少し懐かしい気分に浸りつつ、散歩するのも楽しいですよ。

footfootfoot

 

 

 

続きを読む: 人形町〝玄冶店〟あたりを歩く

 

最強のパワースポット

[柳 さつき] 2010年5月10日 09:00

最近「パワースポット」が注目されています。

先日のTVで数あるスポット中でも「最強のパワースポット」として小網神社が紹介されました。
koami6.jpg

なぜ強運なのでしょう・・・・・・・・?
お聞きいたしましたところ、 関東大震災の時、小網神社も倒壊しました。
先々代の宮司さまはご神体を抱えて、近くの新大橋に避難なさいました。そこへ大挙して避難してきた人々も、新大橋自体もが落ちずに、助かったという言い伝えがあるそうです。
また東京大空襲のときは、周りが焼け野原となる中、小網神社は奇跡的に無傷で残りました。
太平洋戦争のときには、兵士として戦地へ赴く事になった氏子さんたちは、小網神社でお札を頂きました。
そういたしましたら・・・・お札をいただいた兵士の全員が生還なさったそうです。
TVや雑誌の影響で、しばらくは混みそうですが・・・・・・・、訪れたみなさまが(ルールとマナーを守って、ご参拝いただき)ありがたいご加護を受けることができますように・・・・・と、お願いして来ました!
小網神社といえば・・・・・・・「五角形の神楽殿」「どぶろく祭り」でも有名ですが、ありがたいご利益がまだあります!


koami7.jpg


銭洗い弁財天」さまもいらっしゃいますので、お参りに行かれる際には、どうぞお忘れなく!

http://www.k2.dion.ne.jp/~ba_cho/7hukujin/nihonbashi-7hukujin/koami.html

小網神社

〒103-0016 東京都中央区日本橋小網町16-23

03-3668-1080

 

続きを読む: 最強のパワースポット

 

「東をどり」

[銀造] 2010年5月10日 08:45

 新橋演舞場での「東をどり」を見てきました。

実は、中央エフエムのプレゼントに当選したのです。

今まで籤運が悪かったので、まさか当選するとは思いもしませんでした。 

 4月29日当日は天気もよく、沢山の方々が新橋演舞場に詰め掛けて

いました。今年で86回目にもなるのですね。

当日の演目は、「水仙丹前」、「江戸廓ばなし」、「新橋宵の賑わい」

でした。 

 CIMG4733.jpg  

 

いよいよ開場です。 「東をどり」の紅い提燈に、期待も膨らみます。

CIMG4735.jpg  

 

二階に設営されたお茶室では、綺麗な芸者さんと、

(此処、新橋では「お酌さん」という呼ぶ)可愛い半玉さんが、

がお茶を点ててくれました。

 

CIMG4739.jpg  

芸者さんが愛用の扇子が飾られていました。

CIMG4742.jpg

さて、そろそろ開演です。CIMG4747.jpg  

残念ながら、写真撮影は禁止でしたので、後は、踊りの報告をします。

 

番組案内によると、

一、上の「水仙丹前」は、江戸時代に丹前風呂と云うのがあり、ここに通う侍が、髪型や服装、歩く姿まで工夫を凝らして丹前風と謂われる様になり、これが舞踊に取り入れられたものが丹前振りです。

今回は、美しい遊女と若衆の五人立ちに依る華やかな開幕舞踊に仕立ててみました。」とありますが、

 正に、黄緑など春らしい衣装をまとった若衆が軽やかに踊る様を見て

自分が祇園で遊ぶ大石内蔵助になったような気分になりました。

 

二、下の「江戸廓ばなし」は、花魁と新造が華やかに繰り広げる粋な廓の情緒が、たっぷり伝わってきました。 浄瑠璃、三味線の伴奏がぴったり合って、「江戸時代の吉原の雰囲気」が窺えました。

30分の休憩の幕間には、芸者さんが、快く、写真撮影に応じてくれました。 

 休憩を挟んで再開された「新橋 宵の賑わい」は、正に芸のオン・パレード!

第二景の春景色は、鏡を使った障子に映る二人と舟の灯火。背景に紅白の花桃が。 鏡障子に映る芸者さんが何人にも増えて、幻想的でした。

 鶯の鳴き声を流しながら、一旦真っ暗になりました。

第三景は、急に明るくなって、梅林と竹林の前に七人の芸者さん。

元禄絵巻を見ている様でした。

第四景の川風、第六景の築地明石町も船の汽笛としっとりとした唄と

舞が見事でした。

最後の第九景は、フィナーレ。真っ暗になった中で、半鐘と太鼓の音。

ぱっと明るくなって、横一列になった18人のご挨拶をいただき

手締めの後は、総踊り。

ご祝儀の「東をどり」の手ぬぐいが投げられて、これもゲットしました。

こんな嬉しい体験をすると、「日本文化は守っていかないといけない」と、りきんだ私

 

「東をどり」のHPは、こちら。http://www2.odn.ne.jp/shinbashikumiai/

 

 中央エフエム84.0 のHPはこちら ↓

Hello Radio Cityのブログには、いろんな情報がたっぷり満載!http://fm840.jp/blog/hello/

 

 

 
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