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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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晴海にも「史跡」が。『晴海見本市会場』記念碑

[与太朗] 2013年7月31日 09:00

 晴海地区は江戸時代は海の中、大正時代に埋立が始まり、昭和6年(1931)に完了、「月島第四号埋立地」23万坪が京橋区に編入され、昭和12年(1937)に「晴海」と名付けられました。新しい土地なので、「史跡」などとはご縁がないところだと思われますが、意外にも立派な記念碑が建てられています。

IMG_0763.jpg 晴海といえば私のような年寄りは国際見本市会場をまず連想しますが、中央清掃工場(晴海5-2-1)の入口近くにその記念碑があります。

 晴海では昭和30年(1955)に第1回日本国際見本市が開催され、昭和34年(1959)には当時わが国最大の見本市会場が完成。東京モーターショー、エレクトロニクスショー、データショー、コミックマーケット等々が開催された、日本を代表するコンベンションセンターでした。平成8年(1996)、有明の東京ビッグサイト完成に伴い閉場となりましたが、最盛期には年間600万人の入場者があったといわれます。

 6万坪以上の敷地に七つの建物が並んだ見本市会場・・・当時を思い起こすよすがとしては、本を開いた形をしたこの記念碑があるのみです。

 (訪れる方は少ないようです。「ほっとプラザはるみ」にお出かけの際は、お隣ですので、寄ってみてください。)

 

 

 

銀座五~八丁目散策 Ⅰ

[wombat] 2013年7月27日 14:00

歩行者天国にて闊歩する人たちを尻目に、ちょっと静かなそれでも色々と歴史的な遺跡が散在する銀座五~八丁目を散策してみました。

今回は太文字で示している場所のレポートをします。次回も楽しみにしてください 

 

<行    程>

銀座駅・・・数寄屋橋の碑・・・北村透谷&島崎藤村記念碑・・・石川啄木歌碑・・・歩行者天国・・・商法講習所跡・・・金春屋敷跡・・・銀座煉瓦遺構碑・・・銀座柳の碑・・・芝口御門跡・・・三十間堀跡・・・元国鉄踏切信号機・・・検査業務開始地・・・銀座案内所・・・新橋演舞場・・・東京商工会議所の跡・・・佐久間象山塾跡・・・狩野

銀座駅から出発、、、
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数寄屋橋公園にある「君の名は」の記念碑

 

数寄屋橋は江戸時代初期の江戸城の外堀に
架けられた橋。

埋立てにより昭和33年に撤去。

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北村透谷・島崎藤村の碑

 

透谷・藤村の出身校である

泰明小学校の前にこの碑がある

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昭和53年6月25日は
泰明小学校創立100周年の日

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泰明小学校の前の通りがみゆき通り。
我々には懐かしい通り。

みゆき族なんて知っているよね~~~。

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銀座にもこういう標示が
あるのだ!

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石川啄木碑
啄木が朝日新聞社で頑張っている様子が、、、。

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あの有名な交詢社

竹中工務店によって
大きなビルになっても昔の面影を残してくれた! 
感激!


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商法講習所


なんとまあ、大通りの松坂屋の前にあり!!

一橋大学の前身。森有礼が開講した。

 

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銀座煉瓦遺構の碑
よくぞこれも残してくれたものだ!感激!!

 

  

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金春屋敷跡

 

幕府直属の能役者。
この下働きの女性たちが、粋な新橋芸者を形作っていく。この近くに有名な金春湯がある。

 

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街路樹のため松・楓・桜を植樹しょうとしたが、全部だめ。柳だけ根付いた。

 

「銀座の柳」の歌の歌詞と譜面の碑

ck1309_2013072312.jpg宝永7年(1710)、朝鮮通信使の江戸参府に際し、我が国の威光を示すために、新橋の北詰に枡形門が建造された。この門が芝口御門と呼ばれた。同時に新橋も芝口橋と一時改称された。

しかし、享保9年に焼失し、それ以来再建されず石垣も撤去。芝口橋は新橋という旧名に戻った。

当時の門の意匠を施した銅版。昔の面影を偲ぶ。

 

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三十間掘跡
慶長17年(1612)に開削。
堀の幅が三十間あることによってこの名がついた。
文政11年(1828)に堀幅が十九間に縮小。
昭和27年(1952)に埋め立てる。

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上記の説明版の横に三個の大きな石がある。その石群の説明版。

これらは高速道路出口にあり。

わかりにくい。

以上、前篇はここまでです。 

 

 

区内で出逢った素敵な人 ~その3~ 「日中友好は身近なところから」

[下町トム] 2013年7月26日 09:00

中央区にお住まいされている方、あるいは勤められている方の中から、素敵な人をご紹介することにしています。今回は第3回目です。
お訪ねしたのは、銀座2丁目にオフィスを構える「飯沼総合法律事務所」の顧問であり、法学博士である胡健芳さんです。 ティファニービル.JPG

 

銀座のメインストリートにひときわ眼を引くオシャレな〔ティファニー〕のビル。その7階に「飯沼総合法律事務所」が入居されています。ある日の夕方、こちらに胡さんをお訪ねしたところ、気さくにインタビューに応じていただきました。にこやかに丁寧に対応していただいたので、少し緊張していたぼくの気持ちもすっかり和らぎました。

 

胡さんは、中国・上海のご出身。名門・復旦大学をご卒業後、海外への留学を決意されました。米国、豪州、日本の3国に絞り込んだ結果、日本に決められたそうです。日本を選んでいただき、嬉しく思います。ただ留学前には日本のことをそんなに詳しく知っていたわけではなく、日本語もほとんど話せなかったそうです。そんななか勇気をもって決断し実行された行動力に頭が下がります。

 

中国語契約書.jpg

日本では上智大学で法学を学ばれました。大変良い先生にめぐり合えたそうです。その後も法律の勉強を続けられ、今では、諸外国とのビジネスにおける契約のアドバイスやコンサルティングを主なお仕事にされているとのことです。著書もいくつか上梓されています。海外ビジネスがますます進化する現代においてはご活躍の場が一層拡がっているようです。

 

 

トム 「海外でのビジネス展開において必要な考え方はどのようなものでしょうか?」

胡さん 「哲学+ビジネス+法律の3つがきちんとつながることです」

トム 「そうですね。うっかりすると目先の利益に眼を奪われて本当にやりたかったことを見失うことにもなりかねませんね。〝哲学〟って大事ですね」

胡さん 「そのとおりです。何か迷ったら一度原点に戻って考えてみるということが大切です。すなわち〝哲学〟の無いビジネスは長続きしません」

 36計.jpg

胡さんは「ビジネスには〝哲学〟が大事」とおっしゃるように、普遍的な価値について深く考察されているようにお見受けしました。事実、高校時代から興味があったという「兵法」をどうビジネスに生かせないかと思案されているとのことです。日本でもよく知られている「孫子の兵法」のほか、有名な「兵法三十六計」の一部を教えていただきました。36のうちの一つ「抛磚引玉」というものは「価値の無いものを敵に渡して、価値の高いものを手に入れる」という意味だそうですが、確かに現代の外交やビジネスでも使える教訓だと思います。ちなみに「三十六計逃げるに如かず」という言い草はこの兵法には直接関係無く、恐らく誰かが「兵法どころかとにかく逃げろ」というような意味で用いたもののようです。

 胡先生と.JPG

胡さんと話していると、けっこう話が弾んで、とてもリラックスした気分にさせていただけました。胡さんのお人柄だと思います。日中間では政治的にはギクシャクした部分もありますが、こうして身近なところから心を開いて交流することの重要性を再認識しました。隣国同士なんですから〝日中友好〟を進めたいものです。

 ミキモトラウンジ.jpg

 

帰りがけに胡さんに〝おすすめのランチスポット〟を教えていただきました。同じ銀座2丁目にある〔ミキモトブティック〕3階にある〔ミキモトラウンジ〕。1,500円でゆったりと豊かなランチタイムを愉しめるとのことです。う~ん、確かに素敵そうだけど、男一人では入りにくい感じがします。でも一度訪れてみようと思いました。

 

 

胡さんとの爽やかな会話を終えて銀座の町に足を踏み出せば、夏の宵の薄明るさの中に都会のおしゃれなセンスが風に舞っていました。

 

 

◆中央区 ここに歴史あり(54) 建築家・前川國男の代表作品~旧日本相互銀行ビルの遺構

[巻渕彰/写楽さい] 2013年7月25日 09:00

外堀通りと永代通りに面した呉服橋交差点の東南角に三井住友銀行呉服橋ビルがある。その正面に「時をつなぐ」と題したモニュメントが設置されている(写真)。これは建築家・前川國男が設計した代表作である旧日本相互銀行本店ビルの部材の一部で、日本初の鉄骨造全溶接工法など先駆的な技術を伝えている。

 

0913_54_130724maekawa.JPG前川國男(明治38年(1905)-昭和61年(1986))は新潟市で生まれ、東京帝大卒業後、パリのル・コルビュジェ事務所に入る。日本建築家協会会長など歴任。主な作品は東京文化会館、東京海上火災ビル本館、東京都美術館など。アントニン・レーモンドのもとでも学び、戦後の近代建築界をリードしたという。上野の東京文化会館はル・コルビュジェが設計した国立西洋美術館と並び建ち、師弟対決建物として知られている。

 

日本建築学会賞作品賞を受賞した旧日本相互銀行本店ビルは昭和27年(1952)に建築された。軽量化を図るため、2階までを鉄骨鉄筋コンクリート造、3階から9階までを鉄骨造全溶接工法とし、外壁に当時高価であった特注アルミサッシュと軽量コンクリートパネルを採用したのはいずれも日本初であった。

 

戦後の間もない時代に、カーテンウォールなど新技術の導入と徹底した工業化に挑んだ革新的な建物として特筆すべきものとされた。旧ビルの歴史的価値を伝える史料展示室が現ビルの1階にある。旧ビルは平成20年(2008)に解体、現ビルに建て替えられた。@巻渕彰

 

 
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