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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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築地市場駅出口にマグロの碑があります。

[kimitaku] 2014年2月28日 14:00

 

 大江戸線「築地市場駅」を、浜離宮方面へ出ると、交差点の手前に、「マグロの碑」があります。

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 碑文を読んでみました。

 

 昭和29年3月1日の南太平洋のビキニ環礁で水爆実験が行われました。

 そして被ばくした「第5福竜丸」から水揚げされたマグロが市場に一部入荷し、東京都の検査で放射能汚染が判明。

 汚染した魚(サメ、マグロ)がこの一角に埋められました。

 全国でも850あまりの漁船から460トン近くの汚染した魚が見つかり、日本中がパニックとなって築地市場では「セリ」が成立しないなど、市場関係者、漁業関係者も大打撃を受けたと書かれています。

 

 このような核の被害がおこらぬよう全国からの多くの子供たちの募金(10円)でこのプレートが作られたと書かれています。

 プレートの作成年月日は 1999年3月1日となっています。

     

交叉点を背にしたところにある、ほんの小さな碑です。

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◆中央区 ここに歴史あり(56) 日本初の火力発電所 ~電燈供給発祥の地~

[巻渕彰/写楽さい] 2014年2月21日 09:00

日本初の火力発電所は中央区にあった。日本橋茅場町に「電燈供給発祥の地碑」(写真)がある。明治20年(1887)11月21日、東京電燈会社(現東京電力)が発電所を建設し、付近の会社に電燈を供給したという。

 

0913_56_140220hatsudennsho.JPGのサムネイル画像記念碑には、配電線による最初の電燈供給で、30馬力の横置汽機を据え付け、20KWエジソン式直流発電機1台を運転。210ボルト直流で、電燈は日本郵船会社、東京郵便局などに供給された、とある。

 

エジソンが発明した世界初の火力発電所は1881年、ニューヨーク市への電力供給であったそうだ。その技術が6年後、日本のこの地にも導入されたことになる。石炭を燃料に発電した電力量は、白熱電球でわずか1600個分という。当時は電燈のみに電力を使っていたので、それで足りたようだ。しかも直流(現在は交流)で供給していたので、送電範囲は数km程度と狭かったようだ。明治期の古地図を見るとこの地には「電燈局」の表示がある。

 

明治初期から第一国立銀行の創設をはじめとして、この地域一帯をビジネス街として計画していた実業家・渋沢栄一は発明したエジソンと会っていた。明治42年(1909)、渋沢を団長とした渡米実業団一行はエジソン電気会社を訪ねている。

 

作家・谷崎潤一郎は自叙伝『幼少時代』で、発電所の音が聞こえるこの付近に住み、坂本小学校に通った、と著している。この発電機は上野の科学博物館に「エジソンダイナモ」=日本最初の事業用火力発電所で使われた、として展示されている。@巻渕彰

 

 

東京みなと館

[橘] 2014年2月20日 14:00

中央区・江東区連携事業である「船上ガイド育成研修会」が行われた"東京みなと館"へ行ってきたのでご紹介します。

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東京湾はかつて江戸湊と呼ばれていた頃から発展し1941年に国際港として開港し、時代の流れと共に在来船からコンテナ船への対応が功を奏し東京港は外貿コンテナ貿易額が日本一となりました。


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    (隅田川から新川への入口)                    (青海コンテナヤード)
 

そして、当地区は現在臨海副都心として開発が進められていますが、当館はその流れを大型模型や記録写真等で紹介しています。

fukutosinn.jpg当館は青海地区にあるビルの20階にあるので、360度とはいきませんが、とても見晴らしが良く周りの風景が楽しめます。

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東京みなと館
  江東区青海2-4-24 青海フロンティアビル20階(ゆりかもめ/テレコムセンター駅 1分)

   TEL: 03-5500-2587 

  開館時間:9時半~17時

  休館日: 月曜日

  入場料: 200円

 

 

開設350年、京橋・大根河岸をゆく

[下町トム] 2014年2月19日 14:00

数々の歴史に彩られた中央区は、どこを歩いても興味深い史跡やゆかりの場所に遭遇します。この日は京橋界隈を歩いてみました。

 京橋親柱201402_R.JPG

昨今、このあたりも再開発が進み、観光特派員とも縁の深い〔FM中央〕のスタジオがある〔京橋スクエアガーデン〕も新たなランドスケープになってきましたね。

 

そのビルからもほど近いところに、皆さんおなじみの「京橋親柱」が残されています。前のオリンピックのときに首都高速建設のために埋め立てられた京橋川に架かっていた「京橋」。1959(昭和34)年に川が無くなって半世紀を超えました。しかし、この親柱を見ると、往時のことが偲ばれます。

 

昔の京橋.jpgかつて京橋川の北西側には野菜の荷揚げ場があり、〔大根河岸〕と呼ばれて大変賑わったそうです。東京近辺の農村から運ばれてくる野菜をここで取引していたわけで、今で言う青果市場の原型です。以前は近郊野菜である〝亀戸大根〟や〝練馬大根〟などが水運を利用してたくさん運び込まれ、その印象から「大根河岸」と呼ばれたようです。

やがて、関東大震災の後に、市場の機能は築地や神田に継承されていきました。

 

 

京橋大根河岸1_R.JPGなんと今年は大根河岸ができてから350年目の記念すべき年にあたるそうです。(2月が生誕の月という説があるのでまさしく今がそのときです!)

江戸幕府4代将軍・家綱の時代にルーツを遡れると聞くと重みを感じます。「京橋大根河岸会」の皆さんがそれを記念して2年前から毎月中旬に大根や各種野菜を無料配布するという記念行事を開催されています。2月は14日(金)の予定でしたが、あいにく大雪で中止になったようです。次回は3月14日(金)正午から開催される予定ですので、一度是お訪ねください。

 

 

 

京橋大根河岸2_R.JPG〔大根河岸〕の跡地には記念碑が建立されており、歴史と風格を感じます。また、地元の方がこの由緒にちなんでプランターに大根を植えて育てていらっしゃいます。現代にささやかな〔大根河岸〕の再現ができることを楽しみにします。

 

それから、余談ながらお話ししますと、歴史小説の金字塔「鬼平犯科帳」には、この〔大根河岸〕にあったという〔万七〕という料理屋が登場します。夏場は店を閉めているというこの店は、〝兎汁〟で有名だったという設定です。鬼平ファンにはよく知られたスポットです。

江戸時代は原則肉食禁止でしたが、いろいろ工夫して食べていたことは知られています。〝ウサギ〟も鳥の一種だと無理やりみなしてOKサインだったのですね。したがって、ウサギは鳥と同じように「一羽、二羽・・・」と数えます。

 

いろいろそんなことを考えながら歩く京橋界隈。このあと、銀座に向かうか、日本橋に向かうか、ぼくにとっては、江戸の〝思案橋〟でもあります。

 

 

銀座「安藤七宝店の悠久の翔」

[Mr.Chuo-ku] 2014年2月18日 09:00

銀座4丁目の和光ビルの東向いにある「安藤七宝店」の壁面には、からくり人形のモニュメントがあります。

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このモニュメントは、銀座の街角に憩いと潤いをもたらし天空に翔く「天の童子たち」をイメージして制作されたそうです。

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衣装姿の人形、七宝をあしらった飾り台、木製歯車など、コンピュータにより制御されているそうです。音楽とともに約5分間の演技がなされます。
演技時間
13:30 15:30 17:30 19:30

 

公式ホームページ
http://www.ando-shippo.co.jp/attraction6.html

 

 

 
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