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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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循環 水上都市、中央区

[あすなろ] 2017年7月31日 16:00


8月1日は水の日。8月1日から7日は水の週間。

 

江戸時代以来、川や水路は交通の中心的な役割を担い
舟運による物流拠点から街の賑わいを形成しました。

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 日本橋、舟巡り>

 

近年、水辺空間に恵まれた中央区は、立地を活かした
まちづくりを進めています。

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 勝鬨橋、水上バス>

 

かつて、運搬の手段としてだけではなく、暮らしの
楽しみや風情を謳歌しながら活用されていた水辺で
あったように。

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 永代橋、屋形船>

 

緑道やテラス、水上バスが整備され、休憩、散策や
クルージングを楽しめます。当時の風景を想像しながら
水の恵について考えてみては如何でしょうか。

お出かけの際、日差し対策は万全に、水分補給も
心掛けてくださいね。

 

 

 

期間限定!日本橋の真ん中で昭和な夏祭り

[柴犬] 2017年7月29日 09:00

_1020904.jpg現在、コレド室町裏の福徳の森にて、「アートアクアリウム 夏祭り」が開催中です!

http://artaquarium.jp/ecoedo2017/aa-summerfestival/

日本橋付近で行われている夏の一大イベント「ECOEDO日本橋2017」の一環として、9月24日までの期間限定で開設されています。時間は、15時〜21時まで。荒天の場合は中止です。金魚すくいや射的など、懐かしい昭和のお祭りが堪能できます。また、人気DJによる盆踊りなど楽しいイベントも行われますので、ぜひHPをチェックしてみて下さい。

夏祭り会場のお隣りには、かつての芽吹茶屋が現在「英遊齋水戯庵」としてオープン。

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メニューはこちら!お酒や、インスタ映えしそうなものも色々あります。店内でも、お祭り会場でもお召し上がりいただけます。

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夏祭りの会場は、コレド室町の裏手、福徳神社のお隣りです。小さい広場ですのでお見逃しなきようお気をつけ下さい...!

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夜の日本橋は涼しくて爽やかで、行き交う人も穏やかでとても過ごしやすいです。治安がいいのもポイントです。

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いつもと違った風景が見れる「ECOEDO日本橋」、9月24日まで、江戸の涼を体感できます。夏祭りだけではなく様々なイベントが開催され、浴衣で散策して頂くと特典もあります! 夏の夜は、ぜひ日本橋にいらして下さい。

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越前堀と間知石(けんちいし)

[O'age] 2017年7月26日 09:00

中央区新川1・2丁目地域には江戸時代、越前福井藩・松平家の中屋敷がありました。屋敷は隅田川に面し、他の三面に堀が設置されていました。この堀は「越前堀」と呼ばれ、旧町名のもとにもなりました。詳しい説明板は、今年春リニューアルオープン、明るくなった越前堀児童公園内にあります。

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この堀の護岸は石積みで、堀幅は12~15間(20~30m程)あり、運河としても用いられたようです。この護岸の石は、道路工事などの際に掘り出され道路わきなどに展示されています。間知石といわれる形状のものです。石の表面は基本的には四角で、後ろの部分は四角錐の先端へ向けて細くなり、隙間には割石などを詰めて積み、擁壁を作るための石材です。

 

以下は中央区内・歩道脇での、間知石の展示です。

越前堀跡(新川2丁目付近)

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汐留遺跡関連(昭和通り・銀座8丁目付近)

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堀留川跡関連(小舟町)

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これらは道端の目立たない展示ですが、江戸時代の堀や水路などの遺跡を忍ばせる中央区内まち歩きの楽しい展示の一つです。

 

 

 

本願寺 「心の講座」

[皐月の鯉の吹き流し] 2017年7月25日 18:00

本願寺 「心の講座in東京」というタイトルで仏教に関しての講座がありました。

6月24日 築地本願寺第二伝道会館 主催 龍谷大学

 

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第1部  「シルクロードの仏教芸術」 龍谷大学 学長  大澤 崇 氏

「鑑真和上の教え」 律宗唐招提寺 長老 西山 明彦 師

「盧舎那大仏造立発願に込められた願いとは。」 華厳宗 東大寺 別当 狭川 普文 師

「仏法の種まき」 法相宗薬師寺 管主 村上 太胤 師

 

第2部 パネルディスカッション テーマ 「仏法の種まき」

コーディネーター 滝田 栄 氏 (仏師・俳優)

パネリストは第1部と同じ方々です。

 

内容は シルクロードの東端は日本奈良だそうです。 一方西端付近では仏教文化と西洋文化の融合が見られ ヘラクルスに似た守護神像や羽を持ったエンゼル像に似た立仏像が

ガンダーラ(アフガニスタン)・パルミラ(シリア砂漠中央のオアシス)から 出土されているそうです。アフガニスタンは2001年の多発テロ以後 多数遺跡が破壊されてしまったようです。

 

仏教にも十戒と同じものがあり ・殺してはいけない ・盗んではいけない など同様な項目もありますが 仏教の十戒には ・他人の欠点や失敗をとがめてはいけない ・自慢をしてはいけない という項目があるそうです。

 

法律の「法」は仏教の言葉で、仏法いわゆる「お経」 のことだそうです。

 

唐招提寺、東大寺、薬師寺 は檀家を持たない 純粋な信仰のお寺さんだそうです。 そもそも檀家というのは、徳川家康が、現在の役所の戸籍管理を するために始めた制度との事でした

滝田栄さんのお話で 「仏教は他の宗教に比べ暗いイメージかせあるかと思いますが これは仏教≒お葬式のイメージがあるからで 本来の信仰としての仏教は暗いイメージのものではない」 とありました。

 

話題は変わり もうすぐ8月。毎年の納涼盆踊り大会が8月2日~5日にあり 櫓が準備されています。

 

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さて、今築地本願寺境内は工事をしています。

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以前はここに 間新六供養塔、森孫右衛門供養塔、等 ありましたが、現在は正門をくぐりすぐのところに移りました。 また、私の記憶ではこの工事区画には、防空壕の入り口があったと思います。

 

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もう一つ工事のお知らせ、地下鉄築地駅エレベータ工事しています。 完成すると直接本願寺へ行けるようになります。今は仮囲いが設置 されています。

 

 

 

◆ 隅田川・両国橋の球体ってなんだろう

[隅田の花火] 2017年7月24日 09:00

そろそろ隅田川に、夏の風物詩「隅田川花火大会」がやって来ます。いよいよ本格的な夏ですね。

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江戸時代から続くこの花火。打ち上げ場所は、浅草に近い桜橋・駒形橋辺りの2ヶ所なのですが、昭和の一昔前までは、少し下流の中央区・墨田区をつなぐ両国橋の辺りでした。

 

両国橋は江戸時代に隅田川で2番目に架けられた橋。その当時、武蔵国と下総国の2つの国をつなぐ橋だったので、いつしか「両国橋」と呼ばれるようになり、人が集まる場所として、花火が打ち上げられるようになったのだそうです。

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今の両国橋は関東大震災の復興で1932(昭和7)年に完成。橋は「桁橋」というタイプで、形はシンプルなのですが、橋に近寄ってみると、親柱にある大きな球体が目を引きます。昔からこの辺りは花火に関わりがあるので、球体はよく「花火玉」を型どったものだ、と言われます。

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よく見てみると、親柱の袖には9つの小さい球体があったりします。また、大きな球体の側面には横に長い四角形があって、中には横の「2本の線」と、縦の「4本の線」があるんですよね。大きな球体もそうですが、何だかよくわかりません。

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そんなある日、昨年の春ですが私は特派員ブログで両国橋の記事を書き上げました。その時、記事に載せた2つの写真を並べた時に、ふと思ったのです。

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「この四角形、橋じゃねぇ?」

 

球体の見方を変えてみるのです。四角形を球体の上に持ってくるような形で90度転がしてみた姿を想像します。それと江戸時代の絵を比較すると、この四角形は、上向きに弓なりになった橋に見えてしまいました。

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ひとたび橋に見えてしまうと、想像が妄想へと発展します。現地で両国橋を見て、思ってしまいました。

 

「この四角形、両国橋に違いない。。。」

 

実際の両国橋と四角形を比べてみます。

 

 

まず四角形の中の横の「2本の線」。

今の両国橋は真ん中に車道があって、その両脇に2つの歩道がありますが、2本の線はその境目を表します。

 

では縦の「4本の線」は何なのか?

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これは「街灯」のある4カ所です。

 

両国橋が架けられた当初からあった、趣のある街灯。歩道と車道の境目のところに、片側に4つ、合計8つ立っています。四角形で考えると、横の「2本の線」と縦の「4本の線」でできる、8つの交点にこの街灯は立っているのです。

 

しかもご丁寧に、この「4本の線」は歩道に引かれているではありませんか。

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四角形はもう両国橋にしか見えなくなりました。

 

 

両国橋は「国と国とをつなぐ橋」。

 

四角形が両国橋だとすると、球体は「世界」とか「地球」のイメージが浮かんできます。球体全体でいうと「世界のどこかの国と国とをつなぐ両国橋」ということになり、「世界平和の祈り」のような思いがこの球体から伝わってきます。

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江戸時代の「明暦の大火」という災難を契機に両国橋は初めて架けられて、近隣にその被災者を弔う回向院が建てられたり、その後の時代に大飢饉の慰霊のために行った水神祭の折、川開きで花火を打ち上げるようになったり(隅田川花火大会のルーツ)と、両国という場所はいろいろな「祈り」がささげられてきた場所です。

 

そして起こった関東大震災という災難。隅田川には新たに橋が架けられたり、架け替えがが行われるのですが、

 

 相生橋  1926年(復興局架替)

 永代橋  1926年(復興局架替)

 駒形橋  1927年(復興局架橋)

 蔵前橋  1927年(復興局架橋)

 千住大橋 1927年(東京府架替)

 言問橋  1928年(復興局架橋)

 清洲橋  1928年(復興局架橋)

 厩橋   1929年(東京市架替)

 白髭橋  1931年(東京府架替)

 吾妻橋  1931年(東京市架替)

 両国橋  1932年(東京市架替)

 

両国橋は隅田川の震災復興橋梁としては一番最後に架けられた橋なのです。

 

復興の祈りをささげる場所として隅田川で一番ふさわしい、両国という場所。震災復興の締めくくりとして、「平和の祈り」を両国橋の親柱に表現したと考えるのも何ら不思議ではありません。

 

 

墨田区の両国駅の近くにある「東京都復興記念館」。ここにある震災復興当時に作られた東京の街のジオラマを見ると、隅田川に架けられた橋は震災復興の象徴であったことがよくわかります。

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この当時の隅田川下流の10橋を「隅田川十大橋梁」と言いますが、新大橋を除いて、残りの9つは震災復興で架けられた橋。東京の新名所となりました。

 

短期間にこれだけの多くの橋を架けることができたのは、この頃、ワシントン海軍軍縮条約で日本は軍艦の製造が制限され、鉄と工員を橋に回すことができたからなのだそうです。

その後の戦争で軍艦は海の藻屑と消えた傍らで、橋は残った訳ですから、軍縮により生まれた隅田川の橋はまさに平和の象徴とも言えるわけです。

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(震災復興下流の9橋・東京都復興記念館)

 

架橋が一番遅かった両国橋。架けられた時には全ての橋が揃っていました。

両国橋の小さな9つの球体ですが、これらにも橋が架かっているのではないか、と頭に浮かびました。大きな球体1つと小さな球体9つに架かる「隅田川十大橋梁」です。

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(十大橋鳥瞰図・東京都復興記念館)

 

隅田川の橋が表現する「世界平和の祈り」。

 ・・・少し妄想に過ぎますでしょうか。

 

 

そんなふうに思っていた矢先、昨年の秋に出版された「橋を透(とお)して見た風景」という本に、両国橋の親柱の球体の正体が書かれました。

 

この球体はなんと「地球儀」でした。「地球」という答えは、間違っていなかったみたいです。

 

でも球体を見てどう感じるかは人それぞれ。平和な感じがする「花火玉」でも良いような気がします。

 

せっかくなので、もっとスケールを大きく考えてみました。

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「四角い窓から望む大きな太陽と、太陽が照らす水金地火木土天海冥の9つの惑星。」

 

冥王星は今は惑星から外されてしまいましたが、アメリカ人により発見されたのが1930年2月。両国橋も1930年2月に着工。9つの惑星は既に揃っていました。

 


冥王星は英語ではプルート(Pluto)。この頃に始まったとされるあのアニメのキャラクターの名前に採用されたくらいですから、世間の注目度は大きかったでしょう。

 

橋の完成は昭和7年。この頃の人々の目は、花火を眺めるように空を向いていて、永遠の宇宙に夢を見ていたと思うのです。

 

 

<参考図書>

東京の橋~水辺の都市景観 伊東孝 1986年・鹿島出版会

半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義 2013年・文春ジブリ文庫

橋を透して見た風景 紅林章央   2016年・都政新報社

 

 

 

佃島の盆踊り

[TAKK...] 2017年7月21日 16:00

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佃島1丁目付近の広場中央にやぐらが組まれ、周囲を踊りながらまわる店頭的な盆踊りです。古くは踊り手が行列を組み、多くの人の志を受けながら、日本橋や京橋を回るのが習わしだったそうです。現在では東京都指定無形民俗文化財に指定されています。

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帰りに隅田川を渡りましたが、橋の上から見る船の灯りがきれいでした。

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