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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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佃へ行ってきました!

[株式会社 彦晴] 2017年10月31日 14:00

台風一過で久しぶりに天気がよかったのでぶらり、佃へ行ってきました。

現在の佃は江戸時代の石川島と佃島が起源となっています。

今日は旧佃島、現在の佃1丁目付近をぶらぶらとしてきました。

皆さんもご存じのとおり、佃島は摂津国西成郡佃村の名主森孫右衛門に従って

江戸に下った漁師たちが築いた島です。

 

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住吉神社は1646年に摂津国西成郡佃村の住吉神社を分社したことにはじまります。

 

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住吉神社の陶製扁額と水盤舎はみどころのひとつです。

扁額は有栖川宮幟仁親王の染筆によるものです。

また、水盤舎の欄間部分には帆をはった回船や潮干狩りの風景など、

佃島の風景が彫られています。

 

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水盤舎の水盤の背面には「天保十二年 丑正月 白子組」と刻まれています。

住吉神社陶製扁額・水盤舎どちらも区民有形文化財に登録されています。

また、住吉神社の境内には五世川柳・水谷緑亭句碑があり、「和らかでかたく持ちたし

人こころ」の句が刻まれています。

 

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住吉神社の鳥居をくぐり隅田川方面に歩くと佃島渡船場跡の石碑が目に

入ってきます。渡船は昭和39年に佃大橋の完成で廃止となりました。

近くには江戸時代から続く3件の佃煮屋さんが今でも営業しています。

 

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佃島渡船場跡の隣には佃まちかど展示館があり、獅子頭や神輿を

見ることができます。

 

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住吉小橋を右手に旧石川島方面を見ると石川島灯台跡を確認することが

できます。また住吉水門をまじかに見ることができます。

水門は通常、船舶の出入りのため開放していますが、高潮、津波時には

閉鎖され地域の住民の生命・財産を守るそうです。

 

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佃を歩いていると、現役の井戸がいくつかありました。

そして佃小橋です。佃小橋には住吉神社の大祭で使われる大幟の柱が腐敗

防止のために川底に埋められています。白い看板には「此の場所には

江戸時代後期寛政拾年(一七九八年)徳川幕府より建立を許された

大幟の柱・抱が埋葬されておりますので立入ったり掘り起こしたり

しないでください。 佃住吉講」と書いてありました。

そして、最後の写真は佃小橋の背後にそびえたつ「リバーシティ21」の

高層マンション群です。この情緒ある佃の街並みにマッチしているのか?

していないのか?私にはよくわからなかった。・・・

 

 

 

白秋 灯火親しむ

[あすなろ] 2017年10月29日 16:00

 
本に親しむ読書週間中です。

 

 まちの図書館は、そのまちに暮らす人たちのニーズを

把握し、それに応えていく身近な情報の入り口といった

存在でしょう。そして、多様な催しなどを通じて

新しいコミュニティを模索しているように思います。

 

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今年の4月に新しくなった日本橋図書館で催しがあります。

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「日本橋の神社展」

 日本橋地域にある神社の祭神や由緒などを写真や地図

で紹介し、関連書籍がキュレーションされています。

この他にも、常設の日本橋コーナーや江戸、東京、中央区

に関する歴史・地誌も充実しています。

 身近な図書館の機能と特徴を理解して、上手に活用

したいですね。

 
◆日本橋と神社展

日時:10/27(金)~11/23(木)
場所:日本橋図書館 展示コーナー7F
   東京都中央区日本橋人形町1-1-17

 

 

 

135年前の電気街灯点灯

[ジミニー☆クリケット] 2017年10月28日 09:00

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日本で初めて電灯がついたのは、明治15年1882年11月1日銀座でのことです

今からちょうど135年前)です

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当時は、あまりの明るさに、この「アーク灯」を一目見ようと多くの人が集まり、こは銀座の名所になったそうです

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日本最初の電気街灯建設の地」を記念して、関係者の手によって昭和31年10月1日銀座記念灯が建てられました

その後、この記念灯は数度の建て替えを経て、現在のもの昨年9月に復元されたものです

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場所は、中央通り銀座マロニエ通りが交わる銀座2丁目交差点のところです(上の地図赤〇の場所)。

この交差点を構成する4つの店舗は、ブルガリルイヴィトンシャネルカルティエという最強ブランドの4トップです

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カルティエのお店の、銀座マロニエ通りに面する壁面には、「電気灯柱記念碑」がはめ込まれています。

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椙森神社 べったら市2017 富くじ

[銀造] 2017年10月23日 14:00

椙森神社は、江戸時代から福徳。商売の神として信仰されてきました。毎年10月には恵比寿神大祭が盛大に行われています。

社殿には、社務所、神楽殿、水盤舎、鳥居があり、中央区区民有形文化財(建造物)に登録されています。

 鳥居の横には、神社の氏子さん達の名前が掲げられており、三越など日本橋の有名企業が信奉されていることが覗えます。

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 神楽殿では、大祭を祝うお囃子が披露されていました。 ずっと後世に伝えて頂きたいと思いました。

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 椙森神社は、江戸時代に大流行した富くじ興行の場所としても有名で、敷地内には「富塚の碑」が当時の隆盛を物語っています。

そういうわけで、「富」と刺繍された黄金色の「富くじ入れ」を頒布して頂きました。

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 皆様にも、ご利益があります様に。

 

 

落語に登場する町並みを歩く

[達磨] 2017年10月22日 14:00

龍閑橋2.jpg龍閑町(現・内神田)と旧本銀町(現・本石町)を結ぶ「龍閑橋」は大正12年に造られた日本初の鉄筋コンクリートトラフト橋の大変珍しい橋で、龍閑町の名は、近くに旧幕府坊主「井上龍閑」の家があったことに由来するという(説明板)。

 

落語「藁人形」神田龍閑町の糠屋の娘おくまは、食うに困って女郎屋に身を売ったが、身請けしたいという西念という坊主から、金をだまし取った。恨んだ西念は藁人形を油で煮立てておくまを呪った。"藁人形なら釘を打たなきゃ"『だめだ、おくまは糠屋の娘だ』...落とし噺の一席です。

 

 

いま修復工事の常盤橋から江戸通りを行くと斜角、室町3丁目「本石町十軒店跡」です。現在は超高層オフィスビル建設中、交差点の新日本橋駅4番出口には「長崎屋跡」の説明板です。

 

宝町21.jpg落語「長崎の赤飯」は、隣地「金吹町」(現・本石町)金田屋の親父が息子を勘当して噺が始まる。母親の息子への愛情、伯父の世話で長崎の大店に婿入り、親父は赤紙つきで帰省させて八丁堀与力の娘と嫁取り算段、長崎の嫁は乞食に身を隠して400里の距離を江戸に無事到着、与力は貞女に感激して、関所破りの罪を見過ごす裁き、輿入れ予定の与力の娘は尼に、江戸でもとの鞘に収まった夫婦、最初の子供は長崎に渡して、『初節句には十間店の武者人形を送り、お返しには長﨑からお返しに赤飯が届いた』と...江戸の真ん中を舞台に、空想と現実がごちゃごちゃの人情噺の長編です。

 

 

十軒店から浮世絵小路、コレド室町、寶田恵比寿神社、椙森神社を歩いて、15分ほどで日本橋堀留の三光新道、三光神社です。

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明治初年まで日本橋浮世小路にあった会席料理屋百川舞台の一席です。

 

落語「百川」 田舎出の百兵衛、葭町の口入屋「桂庵」千束屋の紹介でに奉公に来た。新入り百兵衛は気が荒い河岸の連中だからと、釘を差されて二階に。訛のひどい百兵衛に客にはチンプンカンプン。客から使いに出された百兵衛、「常磐津の歌女文字(カメモジ)」と間違えて「外科医の鴨池(カメジ)玄林先生」を連れてきた。両先生とも三光稲荷の小道近 くに住んでいた。お前抜け作だよ、「どのくらいだ」、どのくらいじゃない。みんな抜けてらぁ~『カメモジ、カモジ、たんとではねぇ、たった一文字だけだ』と、オチも地方訛で笑える。百川の宣伝用に創られた噺とか。

 

 

「薬祖神祭」 -福徳の森-

[クラさん] 2017年10月18日 12:00

日本橋「福徳の森」の薬祖神社で10月17日(火)、東京薬事協会の主催で「薬祖神祭」が開催されました。江戸時代初期から多くの薬種問屋が軒を並べ、"くすりの町"として知られる日本橋本町は、現在も多くの製薬会社が本社を置いています。

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同祭は明治41(1908)年、東京薬種貿易商同業組合(現・東京薬事協会)が五條天神社(台東区)から医薬の神の御霊を迎え、同町で行った大祭が起源です。昭和4年(1929)年から同協会事務所建物の屋上に薬祖神社を造営し毎年例大祭を行ってきましたが、昨年9月に社殿は「福徳の森」に移転し、昨年に続いて同社殿での2回目の大祭でした。神社前の広場脇には会員名が書かれた多くの奉納提灯が配列されていました。

 

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一般の参拝では近隣の会社員等が多数参列し、数人ずつが宮司よりお祓いを受けた後、無病息災を願っていました。参拝後には"参拝賞"が手渡され、その横では特設の舞台が設けられていて"祭礼ばやし"を奉納していました。

 

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また、近くの同協会が入る「昭和薬貿ビル」では、小舟町の老舗「日月堂」のお汁粉が振舞われると共に、恒例の福引も行われ"副"を引当てた人には景品の詰まった"福袋"が配られました。

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「薬祖神祭」は、1日だけで午後の数時間の間だけですが、来年も参拝して無病息災を願いたいと思っています。