中央区観光協会オフィシャルブログ

中央区観光協会特派員ブログ

中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

執筆者一覧

>>このブログについて

最近のブログ記事


現代版『橋づくし』~橋と時代をこえて~

[Hanes] 2018年4月30日 18:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
新緑が眩しい季節となり、自然と歩く時間が増えてきた今日この頃...
やはり、「期間限定の展示を見に行く」、「評判のスイーツを食べに行く」といった
何らかの目的があると散歩のモチベーションが上がりますよね

今回は、築地・新富エリアを舞台にした三島由紀夫短編小説『橋づくし』に基づく
ワクワク、ドキドキする散歩ルートをご紹介します
まず、その小説の内容を簡単にご説明しますと、陰暦8月15日の満月の夜に
4人の女性が7本の橋を渡り、願掛けをしようとするというものです。

しかし、ただ橋を渡って願い事をするだけではありません!
・願い事をお互いに言ってはならない
・家を出てから、7本の橋を渡りきるまで口をきいてはいけない
・知っている人から話しかけられてはいけない
・同じ道を二度歩いてはいけない
といったルールがあり、それらに加え、橋を渡る前と後には、
手を合わせてお祈り(合計14回)をしなければなりません。
大したことのないルールのようですが、守るのが意外と難しいのです

私は興奮と不安が入り混じる中、それらのルールを頭に叩き込み、
現代版『橋づくし』と称した願掛けを早朝に決行することにしました
まず、第一、第二の橋である三吉橋(橋が2本架かっているため2カウント)へ向かい、
橋の袂にある『橋づくし』に言及した碑をチェックします。
昔、川があった場所も一目で把握できますね!

DSC_1881.JPG

そして、この小説が収録されている本を片手にいよいよスタート

DSC_1883.JPG

朝日に照らされた中央区役所方面を臨み、小説の該当箇所を読みます。
「橋の欄干は低く、その三叉の中央の三角形を形づくる三つの角に、おのおの古雅な鈴蘭燈が立ってゐる。鈴蘭燈のひとつひとつが、四つの燈火を吊るしてゐるのに、その凡てが灯つてゐるわけではない。月に照らされて灯つてゐない灯の丸い磨硝子の覆ひが、まつ白に見える。」(p. 320)

DSC_1882.JPG

生憎月ではなく太陽が出ている時間帯でしたが、鈴蘭燈と思わしきものを発見

DSC_1885.JPG

小説に登場するものと同じものが見られるなんて、物語の世界に入り込んだようでなんだか不思議な気分
思わず歓喜の声をあげそうになりましたが、ぐっとこらえて次の橋を目指します

第三の橋は、築地橋

DSC_1886.JPG

DSC_1887.JPG

願掛けを終えて小説を読み返すと、
「ここに来て気づいたのだが、都心の殺風景なかういふ橋にも、袂には忠實にが植ゑてある。ふだん車で通つてゐては気のつかないかうした孤獨なが、コンクリートのあひだのわづかな地面から生ひ立つて、忠實に川風をうけてその葉を揺らしてゐる。深夜になると、まはりの騒がしい建物が死んで、だけが生きてゐた。」(p. 322)
とあります。

川は埋め立てられてしまいましたが、
なんと、今でも窮屈そうに柳が生えているではありませんか

DSC_1889.JPG

「もしや...これは小説に登場するあの柳なのでは?」と淡い期待を抱きつつ、
第四の橋である入船橋へ歩を進め、願い事を済ませます。

DSC_1890.JPG

そして、第五の橋に向かう途中、小説には、
「やがて左方に、川むかうの聖路加病院の壮大な建築が見えてくる。それは半透明の月かげに照らされて、鬱然と見えた。頂の巨きな金の十字架があかあかと照らし出され、これに侍するやうに、航空標識の赤い燈が、點々と屋上と空とを劃して明滅してゐるのである。病院の背後の會堂は灯を消してゐるが、ゴシック風の薔薇窓の輪郭が、高く明瞭に見える。病院の窓々には、あちこちにまだ暗い燈火をかかげてゐる。」(p. 325)
という描写があります。

DSC_1900.JPG

小説同様、薔薇窓を横目に見ながら先を急ぎます。

この時ちょうど早朝パトロール中のお巡りさんを見かけ、
「小説同様に声をかけられたらどうしよう」とドキドキしてしまいました!
それでも無事に無言のまま築地川公園にある暁橋に到着。

DSC_1891.JPG

これまでの橋と異なり、橋を渡っているという実感はありませんが、
後ろ側から見ると、橋らしさが感じられます

DSC_1892.JPG

公園内を移動し、第六の堺橋の親柱を発見

DSC_1895.JPG

ここまできたら何としてでも無事に第七の橋を渡りきりたいという気持ちが強くなり、
小走りで向かった備前橋

DSC_1897.JPG

小説にある
「三味線の箱みたいな形のコンクリートの柱に、備前橋と誌され、その柱の頂に乏しい灯がついてゐる」(p. 329)
を思い出し、実際の橋と見比べたうえで、最後の願い事をしました。

普段歩きなれた道ですが、現代版『橋づくし』をしてみたところ、
むしろ新鮮で、これまであまり意識することのなかった何十年と変わらない風景に気づくことができました
温故知新という四字熟語がぴったりですね!

その一方、高いビルが増えたことで、見えなくなってしまった風景もあります。
さらに数十年過ぎた頃、小説に登場する満佐子や今の私と同じくらいの年齢の女子が、
原作の時代と2020年のオリンピック前の築地・新富エリアに思いを馳せながら、
新たな時代の『橋づくし』に挑むのかもしれません
その頃までに、このエリアはどのような変貌を遂げているのでしょうか...

築地・新富エリアで散歩をする際は、そのような時の流れを思い出しつつ、
ワクワク、ドキドキに満ちた体験をしてみてはいかがでしょうか

【参考文献】(本記事内のページはこの文献に基づいています。)
三島由紀夫(1973)『三島由紀夫全集第十巻』新潮社.

【関連記事】
特派員の先輩方も『橋づくし』のルートを歩いていらっしゃいます
滅紫さん:「三島由紀夫『橋づくし』を歩く―三吉橋から備前橋まで―」
CAMさん:「橋づくしツアー」(1)「橋づくしツアー」(2)

 

 

人形町・椙森神社、三年に一度の例大祭!神輿担ぎ手募集中。

[柴犬] 2018年4月28日 09:00


ご創建から1000年近くを数え、江戸三森(椙森・柳森・烏森)、また江戸三富(椙森・湯島・谷中天王寺)とも呼ばれる、椙森神社。べったら市でもお馴染み。日本橋七福神として、宝くじに霊験あらたかと信仰されています。そんな椙森神社で今年、三年に一度の例大祭が開催されます。平成最後の例大祭となり、大神輿渡御もあります。

 
日程は、

 
5月17日(木)
宵宮

  18日 (金)本社大神輿渡御

  19日 (土)子供神輿渡御・子供縁日

 
となっております。

 
現在、お祭りのお手伝いや神輿担ぎ手も募集中です。性別年齢は問わず、町内会でない方・遠方にお住いの方も応募可能!町内会の半纏や、お祭り後のシャワーも使えます。 詳しくはこちらをご覧ください。先着順ですので、気になる方はお早めにどうぞ。

 
椙森神社は人形町と小伝馬町の中間、堀留町に
あります。ここはかつて江戸物流の要である堀割の留地でもありました。その名残の細い道や窪んだ道が現在でも多く残っています。大通りに面していないため存在に気付かれないことも多いですが、それゆえに江戸情緒、また昭和の風情が残る静かな場所です。観光地化されていない地域の神社の良さがふんだんにあります。

 
細い道が多い神社...ということは、撮影スポットということです!大都会を背景に不思議な神社の写真が撮れます。今時の縁日や、安くて美味しいお店もたくさんあります。人形町をブラブラしながら一日楽しめるかと思います。

 
いよいよ初夏を迎えお祭りシーズンに入る中央区に、ぜひ遊びにいらして下さい。

 

 

 

中央区アンダーグラウンド

[Hanes] 2018年4月24日 09:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
突然ですが、皆さんは東京の地下を見たことがありますか?
毎日地下鉄で通勤している方、百貨店の食料品コーナーに行かれる方にとっては、
地下は既に馴染みのある場所なのかもしれません。
しかし、そんな方もまだ知らないであろう地下を中央区では見ることができるのです!

その地下の正体は、共同溝と言います。
「共同溝って何?」という方のために、簡単にご説明いたしましょう。

共同溝とは、電話、電気、ガス、上・下水道等のライフラインを地下収容した施設で、
①スムーズな道路交通の確保(路上工事の縮減)
②安全なライフライン収容空間の確保
③都市景観の向上
④都市防災機能の向上
を主な目的としています。

そのような普段なかなかお目にかかれないインフラを、
中央区では以下の2ヶ所に設置されている見学窓から見ることができます

◼️日本橋のサービス管共同溝 銀座線日本橋駅B1出口付近

DSC_1668.JPG

少々わかりづらいのですが、地上に出られない左側の階段の先に窓があります
この共同溝は、1972年6月に日本橋室町3丁目から京橋3丁目までの国道両側歩道下に設けられました。
両側合わせて、2.7kmに及ぶそうです。

DSC_1669.JPG

覗いてみると、都市を支えるインフラがきれいに収容されていました!

IMG_7063.JPG

◼️銀座共同溝 銀座線銀座駅A13出口(松屋直結)付近

DSC_1641.JPG

1832年のコレラ大流行をきっかけに、下水処理対策として翌年パリで誕生した共同溝
日本では、関東大震災を受けた帝都復興事業の一環(1920年代半ば)として
八重洲通りを含む3ヶ所で試験的に導入されたものが初と言われています。

銀座のこの共同溝は、1968年10月に明治百年記念事業として
銀座通りの1丁目~8丁目の両側歩道下に設けられ、両側合わせて2kmに及びます。
このことで、銀座から電柱がなくなり、街路樹や街路灯が生まれ変わり、
柳並木が銀座の景観として印象付けられるようになりました
その変遷は、共同溝が整備される前の写真を見ると明らかです。

■1900年の銀座通りの様子

Ginza Dori.jpg

■1911年の銀座街道の様子

Ginza Dori 1911.jpg

柳のようなものが写っているにせよ、電柱や電線が目立ち、
今のすっきりとした銀座の景観には程遠いのではないでしょうか。

銀座に初めて柳が植えられたのは、1877年。
しかし、共同溝の歴史を念頭に置くと、
柳が銀座らしい景観として定着するまでには約1世紀を要したことが分かります。
今では当たり前になった銀座の景観ですが、
インフラが地下に収容されることで実現されたものだとは意外な発見でした

便利な世の中になった今、普段目につかないインフラのことは忘れがちですが、
中央区ではそれを身近に感じることができます。
通勤・通学、お散歩、ご旅行でお立ち寄りの際に、ちらっと窓から覗いてみてはいかがでしょうか?

【参考文献・ウェブサイト】
小池百合子・松原隆一郎(2015)『無電柱革命:街の景観が一新し、安全性が高まる』PHP研究所.
国土交通省 関東地方整備局 東京国道事務所「地下空間事業」http://www.ktr.mlit.go.jp/toukoku/chika/index.htm

【写真】
国立国会図書館「写真の中の明治・大正 ―国会図書館所蔵写真帳から―」http://ndl.go.jp/scenery_top/
いずれも国会図書館所蔵のデジタル画像で、著作権保護期間が満了しています。

 

 

「西郷どん」屋敷跡 日本橋小学校

[さとけん] 2018年4月23日 14:00

2年間のブランクを経て、久しぶりの投稿です。特派員としての活動が再びできることをうれしく思っています。しばらく区内を見ていないうちに銀座、日本橋と変貌してきています。気候が良くなるこれからの時期、精力的に区内を歩きたいと思います。再開の手始めは、もう有名ですが、大河ドラマ「西郷どん」の西郷隆盛の屋敷跡にある日本橋小学校です。

この小網町にある屋敷は明治維新後大久保利通などに任せて、鹿児島に帰って政権と距離を置いていましたが、混乱する国をまとめるのに再び、懇願の上、上京して居を構えた場所です。(正確ではないかもしれませんが)建物前にある案内板には、明治6年からとあります。西南戦争は明治10年ですので、征韓論などで揺れる政府にこの場所から通っていたかと思うと、感慨深いものがあります。

日本橋小学校の建物自体、昨年リニューアルされ、併設の図書館もきれいになりました。同じ建物に図書館、プール、駐車場もあり、都会ならではの、使い方となっています。毎週のように図書館に行っていますが、大河ドラマのおかげか、建物前で写真を撮る方を多く見かけます。

  

20180422_142253.jpg

  20180422_142236.jpg

 

 

【築地で夜活】日本橋オペラ「イリス」立ち稽古

[Hanes] 2018年4月20日 18:00


こんにちは!新人特派員のHanes(ハネス)です

先日中央区でできる朝活について取り上げましたが、
中央区勤務の方の中には、「朝はバタバタしているけれど、夜なら時間が取れる!」という方が多いのではないでしょうか?
そして、東京に観光に来られた方の中には、文化施設が閉館した後でも
「中央区ならではの特別な経験をしたい!」、「夜でも楽しみたい!」という方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?

今回は、【中央区の夜活シリーズ】第一弾と称し、
これから約1ヶ月、築地でできる期間限定の夜活情報をご紹介します。

気になるその夜活とは...日本橋オペラ「イリス」の立ち稽古の見学です
オペラというと敷居が高いイメージがありますが、安心してください!
この稽古はなんと無料で一般公開されているんです

DSC_1869.JPG

ドキドキしながら稽古場である中央区立築地社会教育会館2階講習室のドアを開けると...

DSC_1870.JPG

日本橋オペラのメンバーの皆さんが振りの確認をしていました。

IMG_7410.JPGのサムネイル画像

見学時にいただいた解説によると、オペラには、
①音楽稽古
②立ち稽古(演出家がそれぞれの配役に動き方を細かく説明・指導する)
③通し稽古
の3段階あるそうです。
普段オペラ、演劇、コンサートに行かれる方でも、このような練習風景を見る機会はなかなかないのではないでしょうか?

今回公開されている立ち稽古では、作品を作り上げていく過程を見ることができます。
動きに込められた想いや意図、服装や小物の色・素材に対するこだわりも、
演出家から役者への指導を通して知ることができます

IMG_7403.JPG

立ち稽古をするからこそ見えてくる改善点もあるそうで、
オペラは決して台本通りのものではなく、演じる人や場所によって表現が異なる「生き物」なのだと実感できます。
また、このような場を見ておくことで、本番では「立ち稽古時のあの振りはこう仕上がったのね」とより楽しく鑑賞することができるはずです

そして、本番はもちろんですが、稽古でも素敵なピアノの音色や

IMG_7400.JPG

歌声を聞くことができます。

IMG_7406.JPG

指揮者の方もおられ、稽古を欠席した役者の代わりに該当パートを歌っていました。

IMG_7401.JPGのサムネイル画像

このような練習を通して作り上げていく日本橋オペラの今年の演目は、
ピエトロ・マスカーニ作曲歌劇「イリス」(イリス(Iris)=あやめ)

長崎を舞台としたプッチーニの「蝶々夫人」ほど知られてはいませんが、
同様に19世紀末のヨーロッパで流行したジャポニズムの影響を受けています。
「蝶々夫人」との大きな違いは、それが日本のメロディーを使ったのに対し、
「イリス」は全てイタリアのメロディーになっていることです。
しかし、登場人物名や歌詞に、オオサカ、キョウト、フジヤマ、シモノセキ、ムスメ、ゲイシャといった日本語が登場するので、
そこも観劇時には押さえておきたいポイントではないでしょうか

この作品の舞台は江戸で、盲目の父と暮らす少女イリスが騙されて吉原に売られていく話となっています。
ローマでの初演からちょうど120年
旧吉原が今の日本橋人形町に位置することもあり、ゆかりの地日本橋にて上演が決定
まさに、この記念すべき年に中央区で鑑賞したいオペラです

立ち稽古の見学は、事前予約不要!
お気軽にふらっと立ち寄っていただけます。
今後の一般公開の日時は、下記日本橋オペラのウェブサイトよりご確認ください。
http://www.music-tel.com/wargner/

直近では4月23日(月)、25日(水)、5月1日(火)の18時~20時に築地社会教育会館にて公開が予定されています。
稽古ではありますが、仕事の疲れを忘れて思わず見入ってしまうものとなっており、
充実感・満足感のある夜活になるはずです
オペラがお好きな方も、オペラ初心者の方も、これを機に日本を舞台としたオペラの魅力に触れてみませんか?

【本番の詳細】
日本橋オペラ2018 歌劇「イリス」(ピエトロ・マスカーニ作曲)
場所:日本橋劇場(中央区立日本橋公会堂4階/日本橋蛎殻町1-31-1)
日時:2018年5月27日(日)14:00(開場 13:30)
チケット情報:e+(イープラス)http://eplus.jp/
       全席自由 一般 4,800円
       中央区民割引 2,400円、子ども(6歳以上)~学生 1,000円
       当日券あり。中央区民と学生の方は、身分証明書をご提示ください。

 

 

地図から消えてしまった800年以上の歴史ある熊谷稲荷神社が3月2日に銀座7丁目花椿通りにお帰りになりました!

[桜やよい] 2018年4月19日 14:00

平成30年3月2日に「熊谷稲荷神社」が銀座7丁目ビルの建て替えが終わって、約2年半ぶりにご神体が鉄砲洲稲荷神社から遷座されました。元の場所から約10m離れた花椿通り沿いにホテルミュッセ銀座店1Fに新たに建立されたために、どなたでもお参りできるようになりました。この花椿通りは、歴史小説作家の池波正太郎さんが頻繁に通ったと言われています。「鬼平犯科帳」の作品にもこの辺りの三十間掘が出ています。

IMG_20180409_094653.jpg IMG_20180409_094306.jpg IMG_20180409_094822.jpg

創業50年の中華の老舗「羽衣 銀座本店」の並びでもある。800年以上も地元の方々に愛されて、手厚く祀られているのは、開運と防火に霊験あらかたなお稲荷様だと思われます。1184年一ノ谷源平合戦後、熊谷次郎直実が鎌倉から郷里の埼玉県熊谷市に凱旋の折り、この地に護符の神札を授けたという由来のある神社です。鎮座地 中央区銀座7丁目12番9号-御祭神は「宇賀乃御魂神(うがのみたまのみこと)お稲荷様と「八幡大神」の2柱の神様を祀っています。大祭日 毎年旧2月2の午日ー800年以上の由緒ある神社です。雨がかからないように建っていたために、綺麗に保存されています。

IMG_20180409_094637.jpg IMG_20180409_094600.jpg IMG_20180409_094626.jpg

熊谷直実は、平安末期(1141年)から鎌倉前期(1207)の人で歌舞伎でもお馴染みの源 頼朝の家臣であり、一ノ谷の戦い「平家物語ー敦盛最後」の段で一騎打ちの相手として有名です。その人ゆかりの神社として地元の人が800年以上もの間、手厚く守ってきた神社でした。             神社の天上 

IMG_20180409_094929.jpg                                                              

地元の江戸消防記念会、第一区の頭が昭和63年に奉納した「千社額」が飾ってあります。この中に「竹本」の名前があります。銀座の町火消しの「も組頭竹本金太郎」は熊谷稲荷神社の傍に住家があり、第2次世界大戦の東京大空襲の際、も組頭の妻が戦火が迫る中、熊谷稲荷のご神体を抱えて逃げようとした所、急に重みを感じて動くことができなかったそうです。その時、熊谷稲荷が焼けなかったという実話があり、「防火」に霊験あらたかということがなるほどと頷けます。

IMG_20180409_094922.jpg

  

右側の狐像「阿形」子供を抱え、左側の狐像「吽形」宝珠を抱えているー鳥居の両脇に立っています。この像は結構歴史を感じさせます。赤い前垂れは「熊谷稲荷神社」の隣にお住まいだった方が手縫いで作ったお品だと伺いました。本当に地元の方が大切にお守りしていたことがよくわかりますね。

IMG_20180409_094947.jpg

                              

IMG_20180409_094839.jpg

明治時代の地図に「熊谷稲荷神社」がありました。①木挽町6丁目東豊玉河岸地の位置が最初にあった場所だと思われます。1950昭和25年に町民の発起より、破損した社殿を改築した姿が下の写真です。1988昭和63年から②の場所に遷座されたそうです。ここで銀座の町が大きく生まれ変わっていく様が「熊谷稲荷神社」にも影響してきました。江戸時代からずっとあった①の場所から②に遷座なさったため、ビルの中や奥まった場所にあったので参拝できなくなり地図から「熊谷稲荷神社」が消えてしまった一因にもなったことです。③タック銀座ビルの中では、①に近い路上側に遷座されたのでお参りができるようになりましたが、2009年平成21年12月号「散歩の達人銀座ぶらぶら」には1979昭和54年にあった熊谷稲荷神社が地図から消えてしまっていたと記載されているので、知る人があまりいなくなってしまったようです。非常に残念でしたね。

IMG_20180409_101753.jpg

    

斎主様から伺った話の中でホテルミュッセ銀座店を建てる時に三十間堀後の堀が深く、2m50cm掘った下にさらに10m近くの土手が表れ、沢山の石が出てきたそうです。徳川家康が江戸を開く際に西国大名に工事を命じ、1612慶長17年に三十間堀を掘らせ、1828文政11年に十九間に狭められた経緯があります。近くにお住まいの方は家を解体するときに人骨が出てきたという話をされていました。そういう意味でも「熊谷稲荷神社」がこの土地を守ってくださっている存在が大きいことがわかります。

  

銀座熊谷稲荷変遷.jpg

  

銀座八丁神社巡りー東京中央区観光ガイドマップに記載されています。

a幸稲荷神社ー銀座一丁目(並木通り)

b銀座稲荷神社ー※普段は非公開となっています。

c朝日稲荷神社ー大広朝日ビル

d銀座出世地蔵尊(区民文化財)ー三越銀座9階

e宝童稲荷神社ー天賞堂脇の路地裏

fあづま稲荷神社ーあづま通り・三原小路

g霞護稲荷神社ーGinza six

h成功稲荷神社ー※普段は非公開となっています。

j豊岩稲荷神社ー銀座すずらん通りから路地を入る。

k歌舞伎稲荷大明神ー歌舞伎座正面右側

江戸の川柳に「江戸の華、家事と稲荷と犬の糞」と読まれているように銀座には数多くの稲荷神社が残っています。流石、商業の盛んな地域柄ですね。

   

お知らせ「熊谷稲荷神社祭典」平成30年6月6日

14時      鉄砲洲稲荷神社 中川文隆宮司 祈祷

14時15分    黒田月水 琵琶演奏  「平 敦盛」一部分

14時30分    真言宗 吉祥山延命寺 伝燈大阿闍梨 口羽秀典住職 施餓鬼供養

15時00分開場  場所:ホテルミュッセ銀座店2F「ベル・マルシェ」

15時30分開演  黒田月水 琵琶ライブ「平 敦盛」「平家物語」

        ケーキ・コーヒー付ーチケット 3,000円程度 

※ 中川文隆宮司     熊谷稲荷神社は鉄砲洲神社の祭祀範囲でもあります。中川宮司様から土に付いているお稲荷様は格が高く熊谷直実ゆかりの鎌倉前期から縁起されている神社なので、これからも沢山の人に参拝していただくことが望ましいということも教えていただきました。

 黒田月水        琵琶奏者  高知県出身 土佐琵琶 創始者
薩摩琵琶大家 中谷襄水に師事。全国一水会琵琶楽コンクール優勝・NHK邦楽オーデション合格後、NHKFMラジオ「邦楽のひととき」に27年間出演ー繊細な琵琶の音色と豊かな声量・表現力には定評があり、古典はもとより各分野とのコラボレーション・邦楽器・ジャズやお芝居・声を形で観る特殊な共感覚を生かし、「ボイスリーディング」を行い、プロ・アマ問わず声の指導をし、声観師など幅広く活躍中。

※ 口羽秀典住職ー出雲橋・出雲町があった土地柄でもあるので、斎主様が島根県(出雲)からお越しいただいているということでした。 1949年島根県生まれ 真言の二大修行「虚空蔵求聞持法」「焼八千枚護行」高野山奥の院極寒冬断食・熊野山伏奥掛け・全国霊山登拝・滝行修行する傍ら、師の「食えなくても、日本のために拝め」の言葉を胸に、全国(原住民族アイヌ・東北3.11の被災地など)だけでなく、アメリカ(広島・長崎に原爆投下されたウランを強制発掘・製造させられて被爆したインディアン居留地・真珠湾攻撃を受けたハワイ)にも施餓鬼供養を精力的に行っていらっしゃいます。      

東京中央区・銀座の地を守ってくださっている熊谷稲荷神社に、皆様も参拝と祭典にご参加くださいませ。

銀座八丁神社巡りー東京中央区観光ガイドマップに記載の中に是非「熊谷稲荷神社」を加えていただければと願っております。

(熊谷稲荷神社斎主様・鉄砲洲稲荷神社宮司様の了解を得て記載しております)