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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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縹色 閑寂な四葩の花

[あすなろ] 2018年6月 6日 09:00


人形町の紫陽花も見頃ですね。

日本紫陽花の在来種、額(萼)紫陽花です。

 末廣神社_450.jpg

ガクアジサイは、よく見かける華やかな品種と比べると

少し地味な感じですが、

控えめに咲く花は、雅な趣がありますね。

鑑賞花として改良され、

日本に逆輸入された西洋紫陽花も

梅雨の季節に、鬱陶しい気分を晴らしてくれます。

 人形町_450.jpg


「紫陽花や はなだにかはる きのふけふ」/子規 


 時の移ろいと重ねて、観るのもいいですね。

レトロな街並みに縹色の紫陽花がよく似合います。


◆末廣神社と人形町界隈(
東京都中央区日本橋人形町2-25-20

 

 

楓川跡を歩く(2)

[ジミニー☆クリケット] 2018年6月 4日 14:00

楓川跡を歩く)」の続きです

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楓川は、昭和30年代まで中央区に存在し、日本橋川兜町付近から南へ分流して、京橋川八丁堀桜川合流地点に至る河川でしたが、埋め立てられて、現在は首都高速道路都心環状線がその跡を通っています

上の地図黄色の部分です

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)は久安橋です

この橋は、八重洲通りが「首都高速」(旧・楓川)を渡る橋です

現在の橋は、関東大震災復興事業により、八重洲通りの造成と共に架け替えられたもので、重量感のあるアーチ橋です

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久安橋は、江戸時代に桑名藩松平越中守の上屋敷前に架けられ「越中橋」と呼ばれていましたが、明治元年に江戸幕府の名残りである「越中」の名が取られ「久安橋」と改称されたそうです

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宝橋)です

宝橋は、京橋八丁堀を結ぶ一方通行の狭い通りが、 「首都高速」(旧・楓川)を渡る橋です

下の写真は、宝橋上から南側の高速道路を見たところです

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宝橋の名称は、当時の楓川西側一帯の「京橋区 宝町」という町名からきているそうです

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)は水色の鳥居の天祖神社宝橋のすぐ近く、ビルの脇の細い参道を進んだ先に本殿があります

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小さな神社ですが、歴史があり、江戸時代前期の寛永元年に、伊勢長官出口市之正伊勢神宮皇大神宮別宮である伊雑宮を江戸日本橋通3丁目に奉斎したことに始まるそうです

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寛永10年には、八丁堀松屋町替地300坪および門前地をもって幕府の命により遷座したそうです

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松幡橋)です

東側の松屋町、西側の因幡町から各町名の一字ずつを取って、名付けられたそうです

江戸時代には松屋橋とも呼ばれました

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楓川の一番南端に架かる橋が弾正橋鍛冶橋通りにある橋です

こちらも、現在の橋は、関東大震災後の帝都復興事業によって架け替えられました

江戸初期には、東側に島田弾正忠利の屋敷があり京橋川白魚橋三十間堀川真福寺橋と併せて「三ツ橋」と呼ばれたそうです

明治11年には、日本初)の純国産鉄橋が架けられています

この鉄橋は昭和4年に江東区内に移設され、八幡橋と改称されています

下の写真は、弾正橋から南側の高速道路を眺めたところです

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今回、楓川沿いを歩いてみて1キロちょっとの距離でしたが、「川と掘割」によって積み重ねられた歴史の重みを感じることができました

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楓川跡を歩く

 

 

映画で旅するヨーロッパ:EU Film Days 2018

[Hanes] 2018年6月 3日 12:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
26日(土)から国立映画アーカイブ(旧:東京国立近代美術館フィルムセンター)にて、
EU加盟国の選りすぐりの映画を上映するEU Film Days 2018が始まりました。

昨年6月、「善意の行方」(オランダ)と「検事、弁護人、父親、そして息子」(ブルガリア)を観に行ってから、次の開催をずっと楽しみにしていたのです!
以前は、「ハリー・ポッター」のような有名なフィクション映画を観ていましたが、
英国留学中にお世話になったホストマザーの影響で、
日本で大々的に公開はされないものの、制作国で高く評価された作品にも興味を持ち、
機会があれば観に行くようになりました

そんな私がこのイベント初日に選んだ映画は、「キッツ先生の子供たち」(オランダ/原題:De kinderen van juf Kiet)!
シリアから戦火を逃れてオランダにやってきた移民や難民の子供たちと
彼らを受け持つキッツ先生のありのままの日々を収めたドキュメンタリー映画で、
なんと日本初公開
子供たちそれぞれの成長や等身大の悩みがとらえられており、
子供ならではの天真爛漫さには、たびたび笑いが起こっていました

本映画は京都や広島の会場でも上映されるため、ネタバレを含む感想は控えますが、
監督であるペトラ・ラタスター・ジッシュ氏、ペーター・ラタスター氏をお迎えしたゲストトークより、撮影・制作の裏話を少しご紹介します

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■キッツ先生との出会い
オランダでは、先生たちの低賃金が問題視されており、
監督のお二方は当初、先生の地位向上を訴えることのできる映画を制作したいと考えていたようです。
そこで、先生間のネットワークに面白い先生がいないか尋ねたことが、
キッツ先生との出会いにつながったそうです。

■子供たちとの関係づくり
撮影が9月1日の新学期初日から行われたため、監督のお二方もはじめは先生のように見られていたようですが、
子供たちは教室にいてもおかしくない存在として徐々に慣れ、
お二方を受け入れてくれるようになったそうです

■学校が撮影地
移民や難民の子供たちの中には、複雑な家庭事情を持つ子もいます。
しかし、本映画ではあくまでも学校で成長する子供たちの様子が中心となっています
これは、キッツ先生と初めて話した際に決まったことで、
先生ではなく、子供たちの想いを映画に残すことを優先してくださいともお話しになったそうです。
そのため、撮影は子供たちの目線の高さで行われました

EU28加盟国中25カ国の作品が上映されるEU Film Days 2018。
監督をはじめとする映画制作関係者のゲストトークが行われる回もあり、
ヨーロッパ映画に触れ、内容を掘り下げて理解する貴重な機会となっています。
これを機に映画でヨーロッパを旅してみてはいかがでしょうか飛行機

EU Film Days 2018

【東京】
期間:2018年5月26日(土)~6月21日(木)
会場:国立映画アーカイブ 長瀬記念ホールOZU (2階)

【京都】

期間:2018年6月2日(土)~6月24日(日)
会場:京都府京都文化博物館

【広島】

期間:2018年7月1日(日)~7月13日(金)
会場:広島市映像文化ライブラリー

公式ウェブサイト:https://eufilmdays.jp/


【小話】
国立映画アーカイブになってから映画を観に行くのは初めてで、
チケットのデザインが変わったことに気づきました

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※欧州連合代表部、オランダ大使館、国立映画アーカイブ(50音順)のご担当者様より
 掲載の了承をいただいております。
 監督のお二方のお写真は、ご本人より掲載許可をいただいております。

 

 

明治の築地に鐘がなる

[マダムはるみ] 2018年6月 2日 14:00

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初めまして。今年4月~特派員となりました中央区晴海在住マダムはるみと申します。

緑も川も海もある、歴史も最先端のモノも情報もあるここ中央区の魅力を少しでもお伝えできたなら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、初めのご紹介は。。この鐘。名前は「ジョゼフィーヌの鐘」。文京区関口にあります「東京カテドラルカトリック関口教会」のお庭におかれています。この鐘について少し。。。

 

キリスト教が解禁されて間もない1877年。築地に聖堂が完成し2つの鐘がフランスから海を渡り運ばれてきました。そのひとつがこの鐘です。「日本近代法の父」と呼ばれるポアソードにより寄贈され、この名が名づけられました。実はこの2つの鐘は築地教会で二重奏を奏でていましたが、ジョゼフィーヌのみ1920年の東京大司教区移転の際に関口教会へ移されました。

 

もう一つは「江戸のジャンヌルイーズ」という名前のひとまわり小さな鐘。こちらは中央区民有形文化財で、今もカトリック築地教会の聖堂内に安置されています。築地教会といえば1927年に建てられたギリシャ神殿パルテノン様式の聖堂は、こちらも有形文化財で見応えも充分。

 

二つの鐘を眺めた後は、今は離れ離れの二つの鐘が一緒に奏でていた鐘の音が、明治時代の築地の空に響きわたるのを想像して耳を澄ましてみるのです。

 

 

楓川跡を歩く(1)

[ジミニー☆クリケット] 2018年6月 2日 09:00

先日(5月27日)、このブログでご紹介した「川と掘割"20の跡"を辿る江戸東京歴史散歩」(岡本哲志著、PHP新書)を読んで、かつて存在した楓川に興味を抱き、楓川沿いを歩いてみました

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楓川は、日本橋川兜町付近(現在の江戸橋ジャンクション付近)から南へ分流し京橋川八丁堀桜川合流地点(現在の京橋ジャンクション付近)に至る約1.2キロメートル の河川でしたが、1960年(昭和35年)から1965年(昭和40年)にかけて埋め立てられて、現在は首都高速道路都心環状線がその跡を通っています

下の地図黄色の部分がかつて楓川が流れていたところです

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そのスタート地点()は、かつて兜橋があったところ

下の写真は、兜神社前から兜橋が架かっていたであろう場所の眺めです

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兜神社です

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境内には、前九年の役で、源義家が立ち寄って戦勝を祈願したと伝えられる兜岩があります

これが兜町町名の由来となりました

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)は、海運橋の架かっていたところです

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江戸初期は髙橋、後に海賊橋将監橋と称されたとのこと

明治元年(1868年)、「開運」と掛けて海運橋と改称されました

現在は、2基の親柱のみが残されています

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千代田橋は、永代通り楓川を渡るのに架けられた橋です

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大原稲荷神社は、千代田橋の南側、歩いてすぐのところに、高速道路を背にして祀られています

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新場橋)です

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中之橋楓橋の別称もあったとのことで、延宝2年、西側に日本橋魚河岸に続く第二の魚河岸)として新肴場新肴場河岸)が設置され、新場と略されたそうです

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新場橋の橋上から北側高速道路を眺めると、高架から楓川川底に向かって道路が下って来ているのがよくわかります

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新場橋のすぐそば、さくら通りからちょっと入ったところにある鳥居稲荷神社です

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静かな場所に建っていて、「正一位」の文字が印象的です

楓川跡を歩くに続きます。〕

 

 

日本橋室町・本町で路地探検

[しばしばしばた] 2018年5月31日 12:00

こんにちは! きょうは、日本橋室町に残る路地をご紹介したいと思います。

 

日本橋室町というと、「中央通り」のイメージが強いかと思います。
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江戸時代からの江戸・東京を代表するメインストリートで、
日本橋三越本店三井本館(いずれも国指定重要文化財)、さまざまな老舗、
最近では地方のアンテナショップの数々も見どころです。

 

この「中央通り」から東側に入っていくと、
日本橋室町一丁目から日本橋本町一丁目にかけて、昔からの路地が多く残っています。

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(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平30情使、 第225号))

上の地図で赤く着色した道が、路地になります。

中央区の多くの地域では関東大震災後の復興事業によって広幅員の街路や区画が整備され、それが現在の街のベースとなっていますが、

その街区の中が小さな家屋で構成される場合、敷地の中に細い路地(私道)が引き込まれそれぞれへのアクセス路となっていたようです。

江戸の町人地の都市構造は、表通りに面したお店の間から路地に入って裏長屋につながるという形だったようですが、

ある意味、同じ構造が震災復興の近代化の中でも引き継がれているのではないでしょうか。

そしてその後、戦災、高度経済成長、近年の都市再生など様々な状況の変化を受けつつも、今も姿をとどめているのです。

 

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室町の路地のうちの1つです。中央通りとはうってかわって、生活感のある街並みになっています。

 

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表通り沿いがビルに建て替わっているところでは、暗がりの中でまるで探検しているかのような気分です。

 

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軒先に植物が置かれているところも多く、目を楽しませてくれます。

 

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少しマニアックな視点ですが...

日本橋周辺の路地の特徴として、「排水溝が道の真ん中にある」ことが挙げられます。

一般的な道路では、車両の通行を考慮して、道の両脇に排水溝が設けられますが、

ここでは道の真ん中がくぼみになり、水が集まるようになっています。

江戸では、当時から雨水や生活排水を流す下水道システムが整っていたといわれていて、

長屋の間の路地ではその水路が道の真ん中に流れていたそうです。

もしかしたら、日本橋の路地の排水溝は江戸時代の下水道の名残とも言えるかもしれません。

 

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多くの路地沿いでは、飲食店を中心にさまざまな店舗が営業されています。
隠れた名店を探す楽しみがありますね。

 
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中には写真の「金子半之助」さんのように、いつも行列が絶えないお店もあります。

 

今回記事を書くにあたり、室町1丁目~本町1丁目の路地を一通り歩きましたが、

路地それぞれが違った雰囲気を持っているのも魅力で、

日本橋をより一層深く楽しむことができました

 

参考資料:

・小林一郎(2014)「横丁と路地を歩く」

「江戸の下水道」(小平市ホームページ)

 

 
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