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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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シーボルトの胸像があかつき公園にあります。

[朱房の十手] 2017年4月22日 14:00

シーボルトDSCN0647.jpgシーボルトの胸像

 

シーボルトは、オランダの陸軍軍医でした。

医者の仕事ばかりでなく日本との貿易の為、日本のことを調べるようにも命じられていました。文政6(1823)年長崎に到着しました。その後オランダ商館長と共に江戸参府に同行し、旅の途中で植物や動物を採取、山の高さの測量もしました。江戸では、多くの医者や学者と交流しました。その際、散瞳薬の実験を行いました。その話を土生玄碩が聞き、薬品製法をシーボルトから教示されました。その謝礼に将軍家より拝領の葵の紋服を贈呈してしまいました。その3年後帰国の途中に船が難破してしまい、禁制品の日本地図や紋服などが発見され厳しい取り調べの上、国外追放されました。

 

シーボルトの娘(いね)も医者になり、築地で産婦人科を開院したことなどのゆかりから胸像が建てられました。

 

 

明治時代の演説会場〔明治会堂跡〕

[ジミニー☆クリケット] 2017年4月22日 09:00

「明治になって、英語の「speech」を『演説』と訳したのは福澤諭吉である」という私の中にあったあいまいな記憶が、「ああ、やっぱりそうだったのか」と確認できた説明板が、銀座3丁目にあります

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今まで何度も通った場所で、気がつかなかったのが不思議なくらい、見落とすはずのないところに、この説明板があったことは驚きです

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説明板には、「明治会堂跡」とあり、この建物の説明が書かれていました

説明によれば、この明治会堂明治14年(1881)に、福澤諭吉の発案()で建設されたそうで、約3,000人が収容できる当時としては画期的な「演説会場」だったそうです。約200人が入れる食堂もあったとのこと

残念なことに、大正12年(1923)関東大震災の際に焼失してしまったそうです

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説明板が立っているのは、歌舞伎座の裏通りというか北側の通りと木挽町通りの四つ角のところです。昭和通りから祝橋に向かうちょうど中間地点です。

上の地図赤〇のところです。

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東銀座にお出かけの際は、立ち寄ってみてください

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この説明板から数メートルのところには、「専修大学発祥の地」の記念碑も立っています。

 

 

え~銀座4丁目に、稲荷神社があるの?

[朱房の十手] 2017年4月21日 12:00

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文久元年(1861)発行の地図です。江戸時代からこの辺りに宝童稲荷神社があります。

 

矢印の場所に弥左衛門町と見えます。今の並木通り辺りになります。稲荷信仰が盛んな江戸時代に将軍家の跡継ぎの成長を守るため江戸城内に祀られていた神社です。堂守りの弥左衛門が神霊の分神を受けて建立したのがはじまりといわれています。

 

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また弥左衛門は居をこの地に置き、生涯稲荷のお守りをしました。そのため弥左衛門町と呼ぶようになりました。

 

宝童稲荷神社は、子宝、商売繁盛を祈願として、よきご縁を授ける社として今でも厚い信仰を集めています。


銀座でお買い物ついでに、お参りしてもしてみませんか。

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流石に宝童稲荷神社です。

ファイルおみくじとは凝っています。お土産になります。

勿論ファイルとして使用出来ます。

 

かなり分かりにくい場所です。

晴海通りを築地方向に向かって銀座天賞堂前のエンジェルを左折し50メートル位でまた左折です。

 

 

海軍兵学寮・海軍軍医学校跡の記念碑

[ジミニー☆クリケット] 2017年4月19日 14:00

国立がんセンターの建物の工事が終わり、築地5丁目にある海軍兵学寮・海軍軍医学校跡の碑を見ることができるようになりました

 

下の写真の黄⇒のところです

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場所は、下の地図の赤〇の位置です

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国立がんセンターの敷地内北側、首都高速寄りの場所です

銀座みゆき(御幸)通りは、明治天皇が皇居からこの通りを通ってここにあった兵学校を訪れた事に因ります

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明治2年に、築地に海軍士官の養成所として、海軍操練所が創設され、3年海軍兵学寮と改称、9年には海軍兵学校と改称され、21年広島県江田島に移転した後、その校舎は海軍大学校として使用されたそうです

海軍軍医学校も、廃校になるまでここにありました

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この海軍兵学寮跡の記念碑は、昭和9年に建てられたそうです

お出かけに最適の季節です

築地にお越しの先には是非立ち寄ってみてください

 

 

 

偉業 四千万歩の旅

[あすなろ] 2017年4月19日 09:00

4月19日は地図の日。

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 <江東区、伊能忠敬銅像 

 

寛政12年旧暦閏4月19日に測量の旅がはじまり、その歩いた道のりは4万km、17年もかかりました。

 偉業を成し遂げた伊能忠敬の痕跡が中央区にも残されています。

 

地図御用所。住居兼測量図を作成するために利用され、日本初の実測による全土地図が完成しました。

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亀島橋の袂。晩年最後の測量地であり、永眠についた地には説明板があります。

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近代的測量技術や移動手段がなかった時代に、地球一周と同じ距離を測量する 

とてもすごいことですね。

この機会に忠敬さんの偉業を感じてみてはいかがですか。

東京都中央区日本橋茅場町、八丁堀周辺

 

 

 

シリーズ・子連れで春の日本橋おさんぽツアー その3:日本橋の獅子と麒麟

[えだまめ] 2017年4月13日 14:00

 

前回の「春の日本橋おさんぽツアー」のつづきです。
 

つづきまして。

日本橋を渡り切ったところで振り返ると。

そこには

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獅子さんがこんにちは

ここで中央区観光検定でよくみかける問題でクイズ。

Q:この獅子さんは大事なお役があります。何でしょう??

 

「何か持ってるよね?」

「船によくついてる舵?」

正解は・・・「東京市の守護」。

獅子さんが持っているのは今でも東京都の紋章として使われているマーク。

今だと東京都のお知らせなどには緑色のイチョウの葉っぱの形のマークが使われていることが多いから

意外とこの紋章の方をあまり認識してない人も増えているのかもしれないですね。

 

ちなみに気づいてた?橋の真ん中には

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麒麟さんがいるんだよ~

「え、キリン???」

あ、首の長い方じゃなくって・・・

「ビールのラベルになってる方ね♪」

という大人の皆様の素敵な反応でした。

こちらも中央区観光検定でよくみる問題。

「東京市の繁栄」を表しているんですよね。

さて。そろそろお時間。

本日のメインイベントに参ります!

 

~つづく~

 

 
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