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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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築地本願寺 2018年は開く

[銀造] 2018年1月17日 16:00

 築地本願寺に参拝に行ってきました。 ご本堂に手を合わせると、いつも、心が落ち着きます。

ご本堂の左側には参拝記念カードとして、いつもお言葉を記したものを頂いております。私の心の道しるべ、栞(しおり)としています。

2018年1月の【宗務長新年の書】は、『開』 です。

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『開』に込められた思いは、「築地本願寺では2017年11月より「ひらけ!! 築地本願寺。」のスローガンのもと、『「寺と」プロジェクト』をスタートしました。『「寺と」プロジェクト』とは、今までお寺とご縁が薄かった方々に向け、これまでのお寺の活動を大きく展開させた新しい活動です。 今後の「ひらかれた築地本願寺」の活動にご期待ください。 とのお言葉です。

 新年もお参りが楽しみです。

 

 

勝どき・豊海歴史資料展示館 晴海の名前の由来

[銀造] 2018年1月15日 14:00

 「勝どき」は、中央区で一番新しい地域で、そして現在一番活気のあるエリアでしょう。 人口は、平成30年1月1日現在 26,533人で、中央区の人口156,823人の約17%を占めています。(勝どきを含む月島地区は、72,539人で全体の46%を占めます)

新しい方々が転入されて、「勝どきって、どんな町? 豊海って、どんな町?」とお思いになられるでしょうか。

そんな時、勝どき・豊海歴史資料展示館に展示されている神輿とその説明などを読むと良く解ります。

神輿の写真

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 神輿の横の説明、『二号地大神輿について』

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 火消しの纏、「す組」です。

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纏の説明(第一区六番組の纏について)、

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 もっと詳しく知りたい方は、

中央区郷土天文館が発行の、「区政70周年記念 中央区のあゆみー戦後の発展とまちの変化」を読むと歴史年表から、そして写真入りの解説で良く理解できます。

そして、中央区観光協会発行の、 「中央区ものしり百科」で、旧町名の由来を確認すれば、、『晴海は、昭和12年7月に晴海町一丁目から六丁目ができた。町名は当時の京橋区会議で「いつも晴れた海を臨む」という希望から決定された住居表示の実施により「町」の字がなくなった。』という事も知ることが出来ます。 

 蛇足かもしれませんが、昭和40年から昭和62年までの15次にわたる住居表示の実施により姿を消した町名があるようです。 大体は、宝町は現在の京橋1~3丁目になりましたが、 大体は簡素化で、『新富町が新富に、入船町が入船に、湊町が湊に』という風になったようです。

 晴海は、これからも美しい東京湾を臨み、発展していきますね。

 

 

日本橋三越本店「歴史ツアー」

[みど] 2018年1月12日 14:00

日本橋三越本店は平成28年(2016年)7月に、本館が国の重要文化財 に指定され歴史的にも見どころがたくさんある施設と言えましょう。 その三越本店で小・中・高校生を対象とした無料の「歴史ツアー」が あることをご存知でしょうか。 ツアーの所要時間は約1時間30分で、店内の見所ををガイドさんが 案内してくれて、百貨店誕生の秘話や珍しい話題を説明していただけます。 また参加者からの質問にも丁寧に回答してもらえますので、色々と 勉強になろうかと思います。 定員は2~12名、参加料は無料とのこと。

 

歴史ツアーで回る国指定重要文化財は、以下の通りです。  

 三越の守護神とも言うべき「ライオン像」  

 豪華絢爛な美しさの「天女(まごころ)像」  

 昭和2年(1927)に開設した「三越劇場」  

 アンモナイトなど恐竜時代の「化石」  

 中央区民有形文化財にもなっている「パイプオルガン」  

 日本初のエスカレーターがある「中央ホール」  

 屋上にある隅田川七福神の一つ「三圍神社」など

 

日本橋三越本店「歴史ツアー」の申し込みは希望月の前月5日までが 締め切りで、同社ホームページの「申込みフォーム」にて事前申し込み が必要だそうです。

 

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問合せ先

三越 日本橋本店 

営業運営担当 お客さまサービス 接待 小中高生対象 歴史ツアー担当

 

 

 

三光稲荷神社 新年の寿ぎ 縁起の良い 御由緒

[銀造] 2018年1月11日 16:00

三光稲荷神社に初詣に行き、御由緒書きを頂いてまいりました。

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 ご祭神は、三光稲荷大神(立像大神)、田所稲荷大明神(立木柱像)です。

(日本橋二の部町会史ー昭和41年発行)によれば、今の三光稲荷は「江戸惣鹿子」(元禄二年、1689年)によれば、「はせ川町、三十郎稲荷」とあるが、それといわれ、名人芸をうたわれた歌舞伎役者 関三十郎(二代目)の屋敷内に勧請されていたので、その名があったが、それがいつとはなしに、三光稲荷と改まったとされている。(中略) 堺町(今の芳町二丁目一町会史編集時の町名)中村座で出演した大阪の歌舞伎役者、関三十郎が演技中、場内に霊光(電光ならん)のごとき閃きあり、観客は彼の芸体に放光せし如く見えて賞賛される名声を不動のものにしたと伝えられている。 彼は、伏見稲荷の神璽を庭内に奉斎しているので、これは神明の加護によるものと、自分のの二字をもって、三光稲荷と称し、これを長谷川町の建石三蔵が庭内に安置し、町内の氏神として崇敬したといわれる。(以下、割愛させていただきます)

(行方不明の愛猫、無事帰る)

「三光稲荷神社参道」と銘ある石碑(昭和二十九年甲子一月)は新宿区下落合、三島徳七(燈台教授一冶金学)、二三子ご夫妻が、愛猫の不明に際し当神社に祈願したところ、三か月振りに無事帰った御礼に建立したものである。

(三光神社の御神体がお戻りになる)

関東大震災の時、三光神社の神主が御神体を、(福島県郡山市久貝の三春村へ)奉安して逃げ延び、その後、ようとしてわからままになっていたものだった。かくて、御神体は無事、堀留町に戻ってきた。 

 そして霊験の多い、こうした話も伝わり各方面の崇敬するところとなった。 <中略>

御由緒には、「江戸歌舞伎」、「吉原遊郭」の事も記されてあります。 次回、ご参拝の際には、御由緒書きも頂いて下さい。きっと、ご利益があるでしょう。

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新年1月4日は、お神酒を頂き、身体髪膚、五臓六腑が洗われて、清々しい気持ちになれます。

 

 

◆ 築地市場・新春の初荷旗

[隅田の花火] 2018年1月10日 12:00

1月5日の金曜日。築地市場・新春恒例の初市に行ってきました。

 

昨年の年末に、慌ただしい感じで、豊洲へ移転する時期が正式に決まった、築地市場。今年10月の移転なので、予定通りにいけば、今日が築地最後の初市です。

 

極寒の朝。「今年は豊洲移転かぁ」と、年始早々、ちょっと寂しい感じで、場内市場の海幸橋門へと向かいます。波除稲荷神社の鳥居の前に来ると、何やら神社の境内で報道陣の人だかりがザワザワとしています。

 

なんと、競りのあとの巨大マグロが「初荷旗」で飾られ、御披露目されていました。

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築地の初市でいつも話題になるのが、マグロの初競りですね。今年は、青森県の大間港でとても大きなクロマグロが水揚げされたと、初競りの数日前からニュースになっていました。津軽海峡大間産としては、史上2番目の大物なのだとか。

 

重さは405キロ。横綱白鵬関と鶴竜関の体重を足しても、あと100キロ足らないほどの重さです。3645万円の価格で競り落とされ、今年の初競りの最高値マグロになりました。

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お正月早々、こんなおめでたいものに出会えるとは。今年はいつもと違う、いい予感がします。

 

マスコミの取材や報道が終わると、御披露目も終わり、築地最後の初競りマグロは、波除稲荷神社の境内から、「初荷」として送り出されていきました。 

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「初荷」という言葉は、新年を迎えて、商品が初めて出荷される時によく使われます。

 

初荷は江戸時代から始まったとされる、縁起を祝う儀礼で、元々は正月2日に、問屋や商家が馬や荷車を華やかに飾り立て、それに荷を載せ、にぎやかに得意先へと送り出すものでした。

 

商家の多かった日本橋・京橋辺りでは、当たり前の正月風景だったといいます。

 

こういうお正月の初荷の風景は、もう見られなくなっていますが、築地市場では、この初荷の儀礼的な風習が「初荷旗」という形で残っています。

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「祝初荷」の文字の旗と、社名の入った旗の2つが細い竹に結びつけられ、いろいろなところに飾られます。ターレに取り付けて、風になびかせて走っている姿も見かけました。

 

初荷を祝い、商売繁盛を願う、この新春の初荷旗。今年は市場移転の成功の願いも加わります。

 

 

築地市場・場内の魚河岸水神社に来てみました。今年、いよいよ豊洲に遷座ということになりましょうか。

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1935年に開場した築地市場。以来、80年以上の歴史がある年始の風景も、今年が最後になる見通しです。そう思い、今日見ることができた風景を思い起こしてみると、とても感慨深いものがあります。

 

今年、波除稲荷神社の「つきじ獅子祭」は本祭りです。築地にとって忙しい1年になりそうね。

 

それと同時に、新しい築地に向けて第一歩となる、目が離せない、注目の1年となりそうです。

 

 

 

◆中央区 ここ歴史あり(69) ~南伝馬町「天王一の宮」を継承する日枝神社末社「八坂神社」

[巻渕彰/写楽さい] 2018年1月 9日 12:00

山王日枝神社(千代田区永田町)境内に末社の「八坂神社」が鎮座している(写真下)。かつて南伝馬町(現京橋1~3丁目の中央通り両側)の鎮守神だった天王社一の宮を受け継ぐ社である。大伝馬町の二の宮、小伝馬町(のち小舟町)の三の宮とともに江戸三天王の一角をなし、「江戸名所図会」に祇園会御旅所として賑いぶりが描かれている。

    

祭神は牛頭天王とスサノウノミコトで江戸期以前から商業・農業の守護神、厄病退治の信仰に篤いとされ、江戸期の三天王社は神田神社の境内に鎮座していた。明治18年(1885)に神田神社が火事に見舞われ、天王社も焼失したことで、南伝馬町氏子らが日枝神社境内にこの八坂神社を勧請した。

    

旧社に文政3年(1820)奉納の狛犬(写真下右端)と石燈籠は、明治34年(1885)に神田神社から移転設置された。燈籠には「天王宮」(写真左)「南伝馬町」(写真右)と刻まれていて、当時の人々の思いが語りかけてくれる。@巻渕彰

  

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