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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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「餅つき大会」 -人形町通り-

[クラさん] 2017年12月 4日 18:00

12月3日(日)、今年も日本橋三の部町会連合会による恒例の「餅つき大会」が開催されました。人形町、蛎殻町、箱崎町等の15町内会の参加で行われ、人形町通りの車道の半分を閉鎖した路上に各町内会のテントが張られ、もち米の蒸し場から運び込まれた蒸米を杵と臼で手早くお餅がつくられていました。

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各テントでは、町内の女性方により出来上がったお餅を、きな粉と小豆餡を添えてパックに入れられ配られていました。また、200円で購入することもできました。

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路上の各テント脇では机と椅子が並べられ、大勢の人々がお餅と共に各町内で用意された豚汁・うどん等も楽しんでいました。

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師走の青空の下、活気に満ちた下町のイベント風景でした。

 

 

木下杢太郎と八重洲橋

[yaz] 2017年12月 3日 09:00

 先日静岡県伊東市に用事があり一泊したので、翌日伊東駅から徒歩5分程度の距離にある木下杢太郎館を何らの知識もなしに訪問した。入館してみて中央区とのかかわりが非常に強いことに吃驚したので報告させて頂きます。

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〔記念館所在地〕414-0002 伊東市湯川二丁目11番5号

私が訪問した日がたまたま入館無料だったようです。

 

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太田家の家計図です
 

 

<理由>

* 杢太郎自身は菊池寛などと共に作ったパンの会のメンバーとして中央区日本橋小網町にあった「メゾン鴻ノ巣」(日本最初のカフェーと言われる説あり)及びその後開かれた「カエー プランタン」などの銀座のカフェーを足しげく訪れていた。

* 医者・文士であるにも拘わらず東京駅前に明治時代に架かっていた八重洲橋を設計した。その上、4歳年上の兄「太田圓三」は関東大震災後に帝都復興院土木局長に就任し、後藤新平の下で

* 昭和通り・靖国通り等の復興道路の建設計画を立案

* 永代橋・清洲橋などの橋梁の架橋計画・施工を担当

など近代都市・東京をデザインし、その基礎を築いた。

 

兄弟はこのように中央区と強い縁を持つことを知ったので、これから3ケ月に亘って背景を調査しブログとして連載する予定です。

1回目(12月): 木下杢太郎と八重洲橋

2回目(1月):  太田圓三の生涯

3回目(2月):  木下杢太郎とカフェー

 

中央区とは直接の関わりはありませんが、三女「たけ」と樋口一葉が一緒に移った写真が記念館に飾られているので紹介します。一葉の髪をさげた珍しい姿です。太田たけが大柄なのか、樋口一葉が非常に小柄ですね。

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1) (第一回)木下杢太郎と八重洲橋

1)-1 木下杢太郎のプロフィール

1885年(明治18年)静岡県賀茂郡(現在の伊東市湯川)に、右上の写真のように父・惣五郎、母・いとの末子として生まれた。父は米惣という雑貨問屋を営んでいた。兄は太田圓三、甥には動物学者の太田嘉四夫(北海道大学教授)がいます。家業は「米惣」という雑貨問屋であった。

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当時の米惣の「暖簾」です

 

1906年(明治39年)、東京帝国大学医科大学へ進むと翌年(1907年)には与謝野鉄幹の新詩社の機関誌「明星」の同人となりました。これから中央区との強いかかわりが始まるのですが、1908年(明治41年)には北原白秋・吉井勇らと『パンの会』を立ち上げます。定期的に集まる場所を探していた当会にとって、メゾン鴻ノ巣の開店はグッドタイミングでした。「メゾン鴻ノ巣」があった日本橋小網町の日本橋川にパリのセーヌ川の雰囲気を見出したからです。3年半に亘って、頻繁にこの集いは開催され、鉄幹、永井荷風、小山内薫、高村幸太郎、武者小路実篤、谷崎潤一郎、岡本一平らも顔を出しました。

 

杢太郎は、1911年(明治44年)東京帝国大学医科大学を卒業し、森鴎外の勧めで皮膚科の土肥慶蔵教授の下でライ病の研究を志しました。留学の後、1937年(昭和12年)、東京帝国大学医学部教授となりました。皮膚科・伝染病の研究を継続しライ病の世界的な権威と言われるようになりました。

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また、絵画にも目覚め872枚の植物写生画も残しています。その一部は木下杢太郎記念館に展示されています。

1945年(昭和20年)胃幽門の癌のため亡くなりました。

 

1)-2 八重洲橋

「八重洲橋」は明治初頭から戦後までの約60年間に、以下のように架橋・撤去を繰り返した珍しい橋です。

① 明治17年(1884)に呉服橋と鍛冶橋の間に架橋

② 大正3年(1914)に東京駅の開業で撤去。

③ 大正14年に東京駅入口として再び架橋。

④ 昭和22年の外濠川埋め立てで再び撤去。

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写真上部は丸の内側から見た東京駅と「八重洲地域」です。右には八重洲橋が外堀に架かっていますし、左端には呉服橋、丸の内側には関東大震災で被災する以前の堂々とした東京駅が存在しています。

 

明治中期の以下の地図には八重洲橋が架かっていますし、現丸の内にも「八重洲」・「永楽」という旧町名が見られます。

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八重洲橋全景

 

野田宇太郎著『改稿東京文学散』の「丸の内」の章では、外濠川の埋め立て、詩人・木下杢太郎設計の「八重洲橋」が壊される愚策を涙ながらに記していました。

 

「ステーション・ホテルが東京の代表的ホテルとして出現して間もなく大正七年八月のこと、詩人木下杢太郎がその七十一号室に泊まった」と書き出す。満州赴任で遅れていた処女詩集『食後の唄』の序文を書くためだったが、彼は序文にこの二年間の東京の様変わりに抑えきれぬ腹立たしさを記せずにはいられなかったと記す。そして・・・

 悲しき運命をたどった八重洲橋

八重洲橋が木下杢太郎により設計されたことを知る人が少ないのは非常に残念です。木下杢太郎が「八重洲橋」を設計できたのは、永代橋を設計した建築家 兄「太田圓三」の存在が大きかったと思います。

 

 

 

鞍掛橋の紹介 小伝馬町にあります

[銀造] 2017年12月 2日 18:00

 街歩きをしていて、夏の暑い時に「竹森神社」からの帰途、

そして最近は、すき焼きで有名な小伝馬町の「伊勢重」さんの近くを通った時、

「鞍掛橋」という信号のある交差点に出ました。 きっと、馬がいて、そこに鞍を掛けたら、元気になったとか、風雨が治まったとかの言い伝えがある所だろうと思っていましたが、違いました

 親切な人がいて、その交差点近くの植栽の中に説明を置いていて下さいました。

それによると、鞍掛橋の名前の由来は、

「『江戸のはじめ伝馬町は、伝馬駅逓を司るところとして俗に大伝馬町は荷物の駅、小伝馬町は人間の駅として有無相通して両町は伝統と繁栄をきづいてきました。鞍掛橋を境に、馬喰町へ通ずるかなめでした。 この橋は伝馬の馬と博労の鞍ということが多いところであったため、この名前がつけられたと考えられます。

つまり伝馬駅逓や交通の要衝であったところです。付近に旅籠が多かったのもこうした関係です。文:日本橋二之部町会史より』原文のまま。」

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 また一つ、街歩きの楽しみが増えました。 有難うございました。

 

 

 

西郷隆盛と明治時代展(日本橋図書館)

[GPP] 2017年11月30日 09:00

 西郷隆盛屋敷跡に建つ、日本橋図書館で、西郷隆盛に関連する本の展示が始まりました。

 2018年にNHK大河ドラマ「西郷どん」が始まると、屋敷跡地を有する人形町に訪れる方も増えそうですね。


【7階展示コーナー】「西郷隆盛と明治時代」展


 場所: 中央区日本橋図書館 7階展示コーナー

 期間: 2017年11月25日~2018年1月24日

 https://www.library.city.chuo.tokyo.jp/infoevent?7&pid=887

 「NHK歴史秘話ヒストリア-歴史にかくされた知られざる物語」なども、すぐに読めてお薦めです

 

 

12月3日(日)は大江戸問屋祭り!注目の馬喰町で宝探し

[柴犬] 2017年11月28日 14:00

来たる12月3日日曜日の朝9時から、恒例の「大江戸問屋祭りが開催されます!

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このお祭りは年二回開催され、今回で26回目となります。日本橋地区の東端、馬喰町は江戸から続く問屋街。普段は一般の方は店舗に入れませんが、問屋祭りの日だけは誰でもお買い物OK!驚きの卸価格でがっつりお買い物が楽しめます。

 

毎回、吹奏楽やサンバなど楽しい出し物もあり、もちろん美味しい飲食の出店もあり(ちょっと座って休める場所などもあります)、朝から大賑わいとなります。特に、冬の問屋祭りは大変おすすめ。なぜなら、革製品やカシミア関係がとってもお安いから!一目で「あっ、良いものだな」とわかる手袋やストール、バッグ、コートなどが本当に驚きの価格で販売されています。婦人物紳士物、おばあちゃんが着易そうなもの、若いお嬢さん向けのおしゃれなものもちゃんとあります。雑貨も素敵なものがありますよ!問屋になった気分であれこれお店をはしごしてお買い物をするのはとても楽しく、全国から人が集まります。

 

舞台となる馬喰町は、実は現在注目のエリア。西に日本橋、東に隅田川を抱え史跡も多く残る場所です。そこに、ここ近年なぜかハイセンスなカフェやレストラン、ギャラリー、インテリアやファッションを扱うお店が増えているのです。街歩きのテレビ番組でもよく訪れられるようになりました(残念ながら日曜日はお休みのお店が多いので、お目当てがある方はどうぞ開店時間をご確認ください!)。

 

問屋祭りの会場はホームページに載っているだけではありません。現地で詳しい地図が配られますが、幅広い場所でお店が待っています。通りの外れの方にも素敵なお店はありますので、ぜひ体力とご相談しつつ、お好みの「問屋街」を訪ねみてください。各店のマネキンにも個性がありますのでぜひチェックを!

 

最寄駅は、都営新宿線「馬喰横山駅」・都営浅草線「東日本橋駅」・JR総武線快速「馬喰町駅」・都バス東42「浅草橋」です(『浅草橋駅』の隣のバス停ですので要注意です!)。JR総武線浅草橋駅・東京メトロ日比谷線小伝馬町駅からは徒歩5分ほどです。

詳しくはホームページをご覧ください。→ 大江戸問屋祭り

 

地味に思われがちですが、とっても面白い、中央区指折りの楽しいイベントだと思いますのでどうぞ遊びに来てください。お待ちしております!

 

 

 

落語に登場する町並みを歩く(2)

[達磨] 2017年11月26日 09:00

江戸一番の旅館街として活況を呈したといいます馬喰町

 

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日本橋を起点に室町の通りをぶらぶら、総武線が走る江戸通りに出て、「石町時の鐘」の鐘楼に立寄る。

 

落語【ろくろ首】の鐘撞堂のおつねを思いつつ、浅草橋に向う。

 

日本橋から歩いて30分、馬喰町のファッションのまち並みです。

 

「郡代屋敷跡の植込みから馬喰町方面」↓

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ここには初音の馬場があり、浅草橋のふもとに「郡代屋敷跡」「初音森神社」。浅草橋から蔵前を抜けて浅草へ、「両国広小路」「両国橋」も近くです。

初音森神社sei.jpg両国広小路sei.jpg

 

 

この馬喰町には、郡代の役所に行くものとか、興行に行く!参拝!遊郭!買物!に都合のいい投宿場所だったようです。落語のネタでは馬喰町を舞台にたくさんの登場人物が行き来します。 以下、名作落語3席のあらましです。

 

落語『江戸の夢』では。静岡丸子宿の庄屋の下男・籐七、素性を言わなかったが、品性もあって、娘の婿にする。両親が江戸見物を計画。【馬喰町の宿】に入った。婿から「浅草の並木にある奈良屋に寄って、自分が育てた茶の出来栄えを鑑定してもらってほしい」。奈良屋宗味に会った「よい男でしたが、酒癖が悪く人に手をかけて、遠いところに行ってしまった」「よくぞ、この秘法を会得なされたと宗味が喜んでいたと、婿殿にお伝え下さい」...「あの人が藤七の親御さんだったんだね」、「氏(宇治)は争えないものだ」。・・・・歌舞伎作者宇野信夫が6代目円生のため落語化した噺です。

 

古典落語はいいです!江戸時代の「世情・文化・人情味・くらし」など・・・想像が広がります。

 

落語『文七元結』では。本所達磨横丁に住む左官の長兵衛、娘お久が吉原に身を沈めて作ってくれた50両を懐にして、大川の吾妻橋へ。「欄干から手を離せ!」、私は【横山町の鼈甲問屋】の手代です。「待て!待て!飛び込むな!...50両ここにあるから持っていけ!」、・・・お久は問屋主人から身請けされて、文七と夫婦になった。文七があみ出した元結は後々まで持て囃されたという。・・・圓朝の創作落語で人情噺の名作です。

 

落語『御神酒徳利』では【馬喰町一丁目の大店・旅籠】で働く番頭の善六さん、ソロバン占いで成功した。一回目は善六さん自身がしまい忘れた家宝の御神酒徳利を見つけたことにして礼金をせしめた。・・・3回目は、苦しい時には神頼みで、水垢離を続けた。大阪鴻池主人の娘の病気も治って、金を出してもらい【馬喰町に立派な旅籠屋】を建てた。ソロバン占いで、生活が桁違いに良くなった!のだという。(笑い)・・・大阪から入った噺です。

 

おわり!

 

 
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