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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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夏越 茅の輪くぐり

[あすなろ] 2017年6月19日 14:00

 
「水無月の夏越の祓する人は
   千歳の命延ぶといふなり」

 小網神社.jpg
<小網神社>

6月晦日の大祓は夏越の祓と呼ばれます。

参道に茅を束ねて輪の形に作った茅の輪が設けられ

これを3回くぐったり、上記の歌を3度唱えてからくぐり

心身を清めるものです。

 

 末廣神社.jpg
<末廣神社>

大祓は多くの神社で執り行われます。

 
◆小網神社
 東京都中央区日本橋小網町16-23

◆末廣神社
 東京都中央区日本橋人形町2-25-20

 

 

 

名水 白木屋の井戸

[朱房の十手] 2017年6月17日 18:00

DSCN0742.JPG 名水白木屋の井戸 

 

江戸初期に埋め立てられた日本橋地区

 

元々は海です。武士も町人も良水の不足に苦しんでいました。

 

日本橋で大呉服商であった白木屋 二代目 木村彦太郎は私財を出し、1712年に清水がこんこんと湧き出る井戸を掘りあてました。将軍家にも献上されました。大名また付近の住民にも広く使われ、数百年使用されました。

 

いまは、コレド日本橋アネックス広場に左写真の石碑が建つています。

日本橋でお買い物ついでに、ご覧になってください。

 

 

ここは江戸時代、以前は「海」でした。

[朱房の十手] 2017年6月16日 09:00

DSCN0770.JPGここは 八丁堀三丁目です。遺跡を発掘中

 

京華スクエアー正門前を茅場町方向にすずらん通りぞいを30メート位行った場所です。古地図で見ると江戸後期は町屋です。

 

6月14日に、見てきました。

5名位で丁寧に作業をされていました。

 

DSCN0772.JPG掘り出された土の色は濃く、海岸の砂のようです。

 

随所に貝殻や木片が見受けられます。丈夫そうな木で組まれた木樋などがみうけられます。

 

どんなものが出てくるか楽しみです。

足の便の良い場所です。歴史のロマンス?感じられるかも・・・・

 

 

 

家内喜稲荷神社

[TAKK...] 2017年6月12日 16:00

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近所やお勤め先近くに、小さいけれどそこに行けば心が和む、そんな神社ありませんか?
江戸時代には、多いものの代表として「伊勢屋」などとともに「稲荷」が挙げられることも。
そんな地域の方に親しまれている神社を巡るシリーズの2回目です。

 

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千代田区との区界近く、ビルの谷間に、ひっそりと都会の坪庭のように家内喜稲荷神社があります。

地元の町会の方々に親しまれているようで、とてもきれいで上品さを漂わせています。

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小さな可愛い花が咲いていることも。

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日本橋から大伝馬町 老舗巡りと歴史散歩 日光街道を行く

[銀造] 2017年6月10日 16:00

 今日は、江戸時代から続く老舗巡りと歴史散歩です。

先ずは、扇子と団扇の専門店、創業天正18年(西暦1590)の「伊場仙」さん。

店内で素敵な扇子などを拝見し、贈答用のプランを練りました。 こちらは、店舗の右側が、「伊場仙まちかど展示館」になっていて、浮世絵と共に、これからの季節の必需品、浮世絵を印刷した素敵な団扇も展示されていました。

お店のHPは、http://www.ibasen.co.jp/index.html

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 お店を出ると、椙森神社に向かいます、途中、堀留一丁目の舗道には、素敵なタイル模様が。椙森神社では、無病息災、宝くじ当選祈願を致しました。

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 続いて、少し北上した角から右手に見える「東京スカイツリー」を遠望して、そこへ行くまでの大伝馬町には、歌川広重が描いた名所江戸百景の「春7景 大てんま町 木綿店」「秋74景 大伝馬町ごふく店」があったのだなと、手元の「広重の大江戸名所百景散歩」を眺め入ります。 

 そして、その少し向こうには、「蔦屋重三郎の耕書堂」があったのだと、同版元が世に出した天才画家、東洲斎写楽の代表作品、「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」、「市川鰕蔵の竹村定之進」をを脳裏に思い起こします。

 

 次に訪れたお店は、こちらも江戸時代から続く、刷毛の専門店、創業享保3年(西暦1718)の「江戸屋」さん。こちらでは、馬毛を使用した歯ブラシを購入しました。ここ5年ほど、ずっと愛用しています。

お店のHPは、http://www.nihonbashi-edoya.co.jp/

お店の向かい側には、「旧日光街道の本通り」の碑が建立されています。

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 次に少し北上して、道の角にある「馬込勘解由屋敷跡」の説明碑を見て、

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 宝田恵比寿神社に参拝。神社のご由緒書きを拝見し、「べったら漬」の名前の由来などを学びました。

 

 老舗巡りの締めとして、承応2年(1653)創業の「小津和紙」さんの店舗とミュージアムを訪問。新旧のお店周辺の地図を拝見しました。

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 世界文化遺産に指定された和紙の数々について、勉強するとともに、素敵な和紙製品の数々を拝見しました。 こちらの2階では、接客用に無料の給茶機を設置して頂いており、本当にありがたいおもてなしです。

お店のHPは、http://www.ozuwashi.net/

 

 

 

築地外国人居留地跡とヘンリー・フォールズ住居の跡

[みのり] 2017年6月10日 12:00

こんにちは、みのりです

 

聖路加ガーデン近くの「ヘンリー・フォールズ住居跡」と、明石小学校の校庭の外壁にある「築地外国人居留地跡」に行ってきました。

いい天気の暑い日でした。

 

【築地外国人居留地跡】明石小学校の外壁にあります

●居留地時代のレンガ塀遺構

イギリス積みで積まれたレンガ塀は、明治期に居留地の40番と52番に建てられたもので、明治期に外国人居留地があったことを示す貴重な遺構。

 

●ガス街灯の柱

上部左右にある腕金や下部に施された帯状の繰り型など、特徴的なコリント式の装飾がみられる。照明ランプは電気灯として使用されていたものを修復し、後年に取り付けたもの。鋳鉄製の柱は、形状や材質から明治末年頃のガス街灯の柱と推定される。

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【ヘンリー・フォールズ住居の跡】聖路加ガーデン近くにあります

明治初期にあった築地居留地18号地で、明治7年(1874)から明治19年(1886)まで居住しました。

宣教師であり医師である英国人ヘンリー・フォールズは、スコットランド一致長老教会の宣教師でした。キリスト教の布教のかたわら、築地病院で医療に従事しておりました。

築地病院は、のち明治35年(1902)宣教師トイスラーにより聖路加病院と改称して発足し、大正6年(1917)には聖路加国際病院と改められました。

ヘンリー・フォールズは、日本の拇印と古代人の指紋をヒントに「指紋は個人認識に利用できる」ことを発見し、犯罪捜査に大きな効果をもたらしました。

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<参照>

築地外国人居留地跡記念碑

ヘンリー・フォールズ住居の跡碑

『歩いてわかる中央区ものしり百科』監修中央区観光検定委員会 より

 

 
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