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西郷どん(せごどん) ~ 千疋屋総本店 ~

[rosemary sea] 2017年2月14日 09:00

『ギフト、そして自分も楽しむ』をインターフェイスとして取材します、 rosemary sea です。

 

DSC01900a.jpg今回またも本来の『ギフト』と離れますが、『微笑みのおすそ分け』というこれもある意味ギフト、と信念を抱いて書きます。

 

千疋屋総本店さんご紹介はロズマリとして4度目ですが、内容としてままだ紹介し切れていません。

 

株式会社 千疋屋総本店 営業本部 アシスタントマネージャーの山口さんにご協力いただきました。

営業本部が入っているのはお店の向かい側のビル。1階にはアンテナショップの三重テラス。(右の写真)

 

中央区観光協会発行の「中央区はじめて物語マップ」に掲載されているところでは、千疋屋さんは『日本で最初の果物専門店』。

 

三代目大島代次郎氏が国産果物の品質改良、外国産の果物、種の輸入にちからを注ぎ、果物専門店を創立。・・・このお話は1月の千疋屋さん1回目のご紹介で触れました。

歴史ある千疋屋さん、いろいろ逸話も豊富のようです。今回もひとつ。

ちょっと遠めからご説明します。しっかりついてきてください。

 

2018年のNHK大河ドラマ第57作は「西郷どん(せごどん)」。西郷隆盛さん、1990年の「翔ぶが如く」に続き2度目のクローズアップです。

原作:林真理子さん、脚本:中園ミホさん、主役は鈴木亮平さん。今発表されているのはこのくらいです。7月クランクイン予定とのこと。

これからどのような役者さんが脇を固めるのか、気になります。楽しみですね。

 

この西郷さん、中央区に詳しいかたはご存知と思います。

西郷さんは明治4年(1871年)に参議に就任し、上京しました。親父橋界隈には大名屋敷があり、旧酒井雅楽頭の中屋敷跡、ここに屋敷を構えました。

DSC01915b.jpg日本橋1-1-17、日本橋小学校の正面玄関左脇に説明板があります。(左の写真)

書生15人、下男7人、猟犬数頭。もちろん散歩も日本橋をうろうろ。

西郷さんは千疋屋さんをひいきにしており、二代目大島文蔵氏の奥さん、むらさんに絶大な信頼を寄せていました。

暑い夏の日、「おっかあ、でっかな西瓜持って来いよ」と大きな声が店頭に響くことも。

明治6年(1873年)、征韓論に敗れ、西郷さん、鹿児島へ帰ってしまいましたが、屋敷を引き払う際むらさんに「この屋敷、あげようか?」と、失意を隠すための精一杯の冗談とも本気ともつかない言い振り。

むらさんは「あまりにお屋敷が大きすぎて」辞退。実は広さは2633坪。

むらさんはこのやりとりに西郷さんの胸の内の空しさを垣間見た気がしたといいます。

 

DSC01901a.jpg千疋屋総本店 日本橋本店

日本橋室町2-1-2 日本橋三井タワー内

三井タワーの中央部は5つ星ホテルのマンダリンオリエンタル東京、左側は三井記念美術館、右側が千疋屋総本店日本橋本店となっています。(右の写真)

03-3241-0877(販売部)

03-3241-1630(フルーツパーラー / レストラン直通)

営業時間

1Fメインストア  10:00~19:00

1Fカフェディフェスタ 9:00~20:00(19:30)

2Fフルーツパーラー&レストラン 月~土 11:00~22:00(21:30)

日、祝日 11:00~21:00(20:30)

2FWINE&DININGデーメテール 

月~土 11:30~14:00 、 17:30~22:00(21:00)

日、祝日 11:30~14:00 、 17:30~21:00(20:00)

カッコ内はラストオーダーです。

フルーツ食べ放題開催日の2Fパーラー&レストランのラストオーダーは21:00です。

元日を除き無休

ただし、2月26日(日)はビル全体の電気系統点検日となりましてお休みです。

 

千疋屋総本店さんのホームページはこちら ⇒ http://www.sembikiya.co.jp/

 

 

佃島4稲荷社初午祭・地口行灯の風情

[サム] 2017年2月13日 12:00

DSC03691'ELS.jpg 

DSC03695RS'G.jpg 2月12日は初午。

旧佃島地区には稲荷神社が3個所4社鎮座しています。

一部(上町)には、住吉神社の境内社のひとつで、明治2年、大伝馬町1丁目より遷座したとされる「入船稲荷神社」。

二部(下町)には、佃島の開祖森孫右衛門一族が奉祀した屋敷神が発祥とされる「森稲荷神社」。

三部(東町)には、玉垣の刻銘に元漁師町の残影を残す「浪除稲荷神社・於(御)咲稲荷神社」。

稲荷神社の総本社、京都伏見稲荷大社の祭神が臨降したとされるのが、和銅4年(711年)2月初午の日。

豊作を祈る農村のお祭りが原型となり、稲荷信仰が結びついたのが「初午祭」とされます。

江戸時代、初午祭には、地口(駄洒落の意)の絵行灯が神社を飾り、賑わったとされますが、佃地区には、今でもその風情が残っています。

芝居などの台詞や成句などを捩(もじ)ったもので、飾られた行灯のひとつは「ゑんま舌の力もち(縁の下の力もち)」と読めます。

祭典の運営は佃住吉講の講員があたり、10:00から住吉神社平岡宮司が各稲荷神社を回り、修跋式が執り行なわれます。

神饌として油揚げの他、酒、海の幸、山の幸等々が供えられ、各々の神社名を染め抜いた奉納旗が並び、太鼓の音が響き、祭りムードを盛り上げています。

 

 

◆ 今年は歌舞伎を観てみたい

[隅田の花火] 2017年2月10日 09:00

 

昨年の秋、旅行に行った滋賀県の近江八幡。水辺のある風景や、古い商家が連なる街並みがとても綺麗なところである。

街を散策していて趣のある古具屋に立ち寄ると、店先に乱雑に置かれている冊子が。右から書かれている『歌舞伎座』という文字が目にとまった。

 

s_hanabi43-1.jpg歌舞伎座の興行の時に歌舞伎座で売られていたと思われる古い冊子。『昭和7年11月』と書いてある。かなり古いなぁと思いながらも、結構綺麗な保存状態であるのに驚いた。

 

歌舞伎座は東京の中央区にある。何だか特派員の私に向けて『買ってください』と言われているような気がして、値段を見たら500円、帰りの新幹線で読むことにした。

 

 

『9代目團十郎30年追遠興行・昭和7年11月』。

 

2013年に亡くなった市川團十郎は12代目なので、その3代前。台東区の浅草寺にある團十郎の像。この方が9代目である。

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昭和7年は西暦では1932年で今から85年前、関東大震災後の復興がほぼ終わりを迎え、次の時代に向けて歩み始めた頃である。

 

この興行は、9代目團十郎が1902年に亡くなられてから30年後の、1932(昭和7)年11月に行われた。

 

 

昭和7年の冊子をめくってみる。演目が書かれていた。

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実は私は観劇自体を殆どしたことがないので、歌舞伎についてはあまりよくわからない。「勧進帳」はなんとなくわかるが、「口上」って何だ??そんな情けないレベルである。  

 

 

わかるページをパラパラと探す。

 

歌舞伎座の中の各食堂のメニューの値段が書いてある。聞き慣れた店の名もある。 

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 コーヒー   ・・・15銭

 ソーダ水   ・・・20銭

 親子飯    ・・・70銭

など、いっぱい書いてあるが、一番高いメニューは竹葉亭の上蒲焼、2円だ。

 

因みに観覧席の値段。一番高い席は7円80銭、安い席は90銭。今となっては逆に想像が難しい。

 

 

歌舞伎座の建物写真や座席図も載っている。

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昭和7年頃、歌舞伎座の建物は3期目の建物でその後の空襲で焼けてしまった。この3期目の建物は真ん中に大きな破風屋根があったのが特徴だ。現在の建物は数年前に完成したタワービル併設の建物で5期目となる。

 

 

「9代目團十郎の功績」を解説した長文のページ。読むのに苦労したが、少し整理してまとめてみた。

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江戸時代、中央区にいくつかあった歌舞伎の芝居小屋は江戸末期の天保の改革で浅草に移ることになるが、この頃に9代目團十郎は生まれている。

 

明治の時代となり、守田座が今の中央区新富に戻ってくる。その後守田座が『新富座』と名を変えたのと同じ頃、1874(明治7)年に9代目團十郎を襲名。この頃にまだ歌舞伎座は無かった。

 

9代目團十郎の一番の功績は、演劇改良運動の一環で「活歴」と呼ばれる新しい劇に「挑戦」したこと。史実と異なる内容や演出を改めて、史実を尊重した脚本としたり、本物に近い衣装や小道具を使ったりする新しい劇に取り組んだ。

 

新富座の新しい建物が1878年にできるが、ガス灯のある近代的な建築であるこの新富座は、明治という新時代において演劇界の文明開化の象徴的な場所となるだけでなく、團十郎の挑戦を後押しする場所となり、歌舞伎興行の中心となった。

 

この新しい劇は歌舞伎の「活歴物」というジャンルになったが、実際のところ観客の評判はあまり良くなく、なかなかうまくいかないこともあった。

 

しかしこういった演劇改良運動は初の天覧歌舞伎に繋がり歌舞伎の社会的地位向上に寄与するだけでなく、さらには1889年の「歌舞伎座」設立にも繋がり、「団菊左時代」の一翼として明治期の歌舞伎界を盛り上げていくことになる。

 

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(現在の歌舞伎座の建物)

 

要は30年後の昭和7年に記念の興行が行われるような功績を残した凄い人だった、ということだ。

「9代目團十郎」というひとりの人間を通して歌舞伎の歴史を見てみると、断片的な知識が線で繋がったような感じでとても勉強になった。

 

 

 

でもなぜこの冊子は近江八幡にあったのだろう。

 

近江八幡は戦国時代に造られた水運の発達した城下町で、「近江商人」を生み出した商業の街。近江商人は各地に進出し江戸時代を通じて江戸の日本橋でも活躍していたようで、今の中央区日本橋にも近江商人をルーツとする企業が名を連ねているらしい。

 

そのような縁で東京見物で歌舞伎を観にきたのかも、と想像してみた。

 

 

昭和7年は銀座にこの建物が竣工した、そんな年であった。

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歌舞伎座のある東銀座からは歩いて数分。歌舞伎を堪能したあと、この冊子を手にしながら真新しいこの建物を目にしたのかもしれない。

 

 


少しだけ歌舞伎に興味が湧いてきた。

この冊子を見つけたのも何かのご縁。今年は歌舞伎座で歌舞伎を観てみようかと思う。

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(人形町にある勧進帳・弁慶の像)

 

 

5日の日曜日に早速、歌舞伎を観に行ってきた。

まずは無料で観られる『新富座こども歌舞伎』。この新しい歌舞伎の挑戦も今年で10年目を迎えたそうだ。

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(新富座こども歌舞伎・口上)

 

この活動に参加するこども達、かなりの「挑戦」だと思う。『新富座』の名に恥じない、こどもながらのプロ意識にとても感服してしまった。
 

 

 

初午 おいなりさんの名店

[あすなろ] 2017年2月 7日 09:00

今年の初午は、2月12日。

京都伏見稲荷大社の伝承から、日本各地の稲荷神社では、

狐の好物とされる油揚げや、

油揚げに寿司を詰め込んだものを奉納します。
 
このことから、食卓にも油揚げやいなり寿司など

が並ぶようになったそうです。

 いなり寿司.jpg

いなり寿司を売るお店の屋号に「しのだ」が多いのは、

伝説の狐、葛の葉が息子に書き残した和歌

 

恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる
            信太の森の うらみ葛の葉

 

の信太(しのだ)からといわれます。

 

 外観.jpg

人形町の志乃多。明治10年(1877年)創業。

いなり寿司の名店です。

とてもバランスのいい味付け。つゆだくではないので

持ち歩いても汁がこぼれる心配はないでしょう。

人形町のお土産に、差し入れに、旅のお供にいかがですか。

 

志乃多寿司總本店
東京都中央区日本橋人形町2-10-10

 

 

東風 中央区の天神さん

[あすなろ] 2017年2月 5日 09:00

立春(2月4日)を過ぎると、暦の上では春ですね。

この時期、東から吹いてくる風、「こち」。

東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ


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菅原道真公が詠んだ有名な歌。

ご祭神としてお祀りする天満宮・天神社は

全国に、およそ1万2千社を数えるといわれます。

東京都中央区には鎮座するは、「元徳稲荷神社綱敷天満神社」。

進学の神、産業、商売繁昌、火伏せの神としてのご利益も

伝えられています。

 
 鳥居.jpg

 
◆元徳稲荷神社綱敷天満神社
中央区日本橋浜町2-3-5

 

 

老舗 ワンコインで満喫

[あすなろ] 2017年2月 3日 09:00

「上から読んでも、下から読んでも」のコマーシャル

でも有名な山本山さん、日本橋本店には喫茶室があります。

煎茶セット.jpg

お茶と、日本橋菓子司「長門」のおせんべいと、
山本山の海苔せんべいがセットで500円(税込)。

 

この他、和菓子のセットも数種あり、
日本橋界隈の老舗の味がコラボでいただけます。

 

二煎目からは、ポットのお湯を湯冷まし用の器に移し
自分で淹れます。

素人ながら、お茶を淹れ、味の変化を楽しみました。

 

店内では、昭和初期頃までの看板が飾られ、茶器の展示など、

くつろぎ処としてもおすすめです。

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山本山 日本橋本店
東京都中央区日本橋2-10-2
 

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江戸風御菓子司 日本橋 長門
東京都中央区日本橋3-1-3