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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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橘稲荷神社(人形町)

[橘] 2017年2月 1日 18:00

私のブログネームと同じ"橘"の名前が冠されている人形町三丁目にある「橘稲荷神社」をご紹介させて頂きます。

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この辺りは三代将軍徳川家光お気に入りの医師「岡本玄冶」が将軍家から賜った千五百坪の拝領屋敷があった所です。現在も碑が建っています。

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玄冶は拝領地に借家を建て庶民に貸し出しました。

歌舞伎狂言「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の「お富さん」の妾宅があったと設定されている場所です。

春日八郎さんのヒット曲「お富さん」でも有名ですね。



橘神社は、港区の御殿山にあったものが江戸城内に移り、更に玄冶に賜れ人形町に移されました。現在は、特定の個人や企業の所有ではなく、町のお稲荷さんとして親しまれています



神社の近くには、ミシュランガイドが東京で初めて出版された時に三ツ星を取得した料亭「濱田家」があります。現在の建物は外から見てもすっきりしていますが、私が子供の頃は確か黒板塀で囲まれていた記憶があります。

「濱田家」のオーナーの三田芳裕氏は「明治座」の社長でもあり、お嬢さんはフジTVアナウンサーの三田友梨佳さんですね。

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又、鼠小僧次郎吉が生まれたとされる、三光稲荷神社も近くにあります。こちらは、つい最近「ジミニー・クリケット」さんが '17年1月26日のブログで紹介されているので詳しい説明はご参照下さい。

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そして、有名な刃物屋さんの「うぶけや」があります。

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創業1783年の老舗で、「うぶけや」という屋号は、初代が打った刃物が"うぶ毛"でも剃れるという評判から名付けられたものです。



この他にも、以前は「人形町末廣」(1970年に閉場)がありました。

現在は、読売インフォメーションサービスのビルが建っていますが入口足元に「寄席人形町末広跡」の石碑が埋め込まれています。

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この辺りは堀留に近く人形町の中心からは少し離れていますが、人形町散歩の際に少し足を延ばしてごらんになっては如何でしょう。

 

 

【襲名披露と初舞台】新橋演舞場「壽新春大歌舞伎」

[お染] 2017年1月31日 12:00

先日、職場の方が歌舞伎観劇に行ったそうで「二代目市川右近ちゃんがすごくかわいくて、6歳なのにとても立派だった」と話してくれました。

   
市川海老蔵さんのブログ大谷廣松さんのツイッターで、楽屋の様子もちらちらと紹介されているのを拝見して、私は一撃でとりこになってしまいました。

    

    
そんな経緯で、これまでずっと「歌舞伎は観るにもルールがありそうだし、お話も難しくてわからないだろうなぁ」と思っていたのですが、かわいらしくて聡明な右近ちゃんの初舞台を見たい一心で、とにかくチケットを取って「壽新春大歌舞伎」に行ってきました!

(参考リンク→ http://www.kabuki-bito.jp/news/3712

    

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千穐楽まで間がなかったのでチケットがほとんどなくて、歌舞伎初観劇で桟敷席になってしまいました。でも、一等席と2000円しか違いがないのに、足がのばせてお茶がついてて机がある、しかも役者さんの表情はもちろん汗すらみえる!ので最高でした

    

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なんたる贅沢...

    

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襲名披露弁当。お祝いのお赤飯と、タケル君が好きなからあげが入っています。

(私もからあげ大好きですー!)

    

    

歌舞伎は全く初心者ですので、こちらのイヤホンガイドは心強いアイテムでした。
役者さんのお名前やあらすじだけでなく、小道具のことや歴史の背景など、いいタイミングで教えてくれます。

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劇場で借りれます。

   

   
演目は「雙生隅田川」というお話。
最終的にはめでたしになるのですが、途中感動のあまり3回くらい泣きました(^^;)

   

悪者に陥れられたとも知らず、大事な掛け軸を損じてしまったと思ったまま、人買いに売られて母にも会えなかった梅若丸...
大切な目標まであともう一息だったのに、最も望まないことを自らやってしまった惣太の激しい後悔...
息子を探し求めさまよった先で、梅若丸の幻を抱こうとしてもするりとその姿が消えてしまう、班女御前の悲しみ...

     

悲しいシーンや残酷なくだりも美しく表現されていて、なんだか余計に悲しかったです

     

     

古いお話であっても、人の心は変わらないんですね。深いところに響きました。
役者さんの熱演や日々の鍛錬に裏打ちされた何かが、観ている人の心を動かすのかなと。

伝統の枠組みを守りつつ高めていくのはすごいことなんだなと素人ながらに感じました。

    

     

テレビで拝見するような有名な役者さんだけでなく、脇をを固める方々も素晴らしかったです

悪者の景逸には本当に腹を立ててしまいました(^^ゞ 「これはお話だ」とわかっているのに...

        

     

そして、やはり二代目市川右近ちゃん。
6歳にして早替りと宙乗りをこなし、難しい言い回しも大きな声で、天才です

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班女御前役の猿之助さんが9歳の時に同じ役をなさったとのことで、その猿之助さんと右近ちゃんとお父様の右團次さんの宙乗りは、歴史や父子の絆を感じる素晴らしい3ショットだなと思いました。今後の活躍に目が離せません。

    

     

歌舞伎初めてで、しかも一人で行ったので(笑)、やや緊張したのですが、

劇場の方も親切で困ることはありませんし、お隣のお席の方が楽しむコツを教えてくださったり、存分に楽しむことができました (`・ω・)!

   

    
観劇に際して3000円ほどで託児ができる日もあるようです。

詳細はこちら→ http://www.shochiku.co.jp/play/kabukiza/nursery/

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2月は歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」で中村勘九郎さんの息子さんが初舞台とのことですので、こちらも楽しみですね。
数日前までの私のように「興味はあるけどよくわからなくて行けない」のであれば、とにかく行ってみることをお勧めします!

    

    

◆歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」
http://www.kabuki-bito.jp/

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「猫ブーム」と三光稲荷神社

[ジミニー☆クリケット] 2017年1月26日 14:00

日本橋堀留町2丁目にある三光稲荷神社です

人形町通りに面して、参道の表示があります

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最初、三光(稲荷)神社と見て、大阪天王寺区にある「真田丸」の神社との関連を想像したのですが、ここはまったく由来も別三光稲荷神社でした

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この神社は、江戸初期に、中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者関三十郎伏見より勧請したそうで、「三十郎稲荷」とも呼ばれて崇敬されてきたそうです

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参道の説明板には、「古くから娘、子供、芸妓等の参詣するものが多く、ことにを見失ったとき立願すれば霊験ありと云う。」とあり、江戸の昔から、飼い猫がいなくなってこの神社にお願いにくる飼い主がいたんだなあと感心しました

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ここ数年、「ブーム」と言われ、日本に飼い猫約987万頭)いるそうで(2015年 一般社団法人ペットフード協会による調査結果)、失踪したの捜索で、お願いにくる飼い主さんもいることでしょう

ただ、昔と違って、マンションでの「家飼い」だと失踪もないのでしょうね

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「銀座、次の100年のためのStudy展」

[サム] 2017年1月24日 18:00

DSC_0721LSF.jpg 銀座レトロギャラリーMUSEE(銀座1)にて、現在「銀座、次の100年のためのStudy展」が開催中です。

(2月19日迄)

同ギャラリーは昭和7年竣工のレトロビルを保存改修して平成25年に新たにオープン。

今回の企画は、銀座の都市景観を考える建築展で、これまでの銀座の歴史を俯瞰し、未来

DSC03530RSG.jpg(次の100年)の銀座を「MUSSEの可能性を引き出す」をテーマに、来廊者と共に考察検討=スタディする試みと聞きます。

因みに「スタディ」とは、建築の完成に向け、検討を繰り返すことの意との由。

各フロアと屋上でそれぞれ異なるテーマを設けて展示されています。

1Fの「銀座を訪れる」では、明治・大正・昭和の街の風景の写真絵はがきを紹介。

2Fの「銀座を問う」では、同ギャラリーの仮想リノベーション計画の建築模型などを展示。

3Fの「銀座を触る」では、現存するレトロなビルを地図上にマッピングした1000分の1の模型などを展示。

屋上の「銀座を見上げる」では、摩天楼と空の広がりを象徴する2枚の鏡を使ったインスタレーション「プラットフォーム」が設えられています。

 

 

初音森神社

[O'age] 2017年1月23日 18:00

日本一の繊維問屋街に鎮座する商売繁盛の神、地域の産土神(馬喰町・横山町・東日本橋の鎮守)として信仰を集めている初音森神社にお参りしました。1階には総武快速線建設時出土の浅草御門の門柱などが展示されております。以下「ものしり百科のP95~96」より。

 

初音森神社
ビル内に組み込まれた鎌倉時代創始の神社
鎌倉時代の創始と伝えられ、この地に祀られていたが、現在の馬喰町付近に郡代屋敷を建てる際、隅田川対岸の本所(現在の墨田区)に遷宮させられた。昭和23年(1948)、現在地に再建された本殿は、ビルの2階に組み込まれており、ビル前に鳥居がある。(東日本橋2-27-9)

 

上記関連写真とその説明
現在の東日本橋の初音森神社

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浅草御門の門柱などの展示

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浅草橋・南西橋詰の「郡代屋敷跡」の中央区教育委員会説明板

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隅田川対岸の本所(現在の墨田区千歳)の初音森神社・本社

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空襲を受けた銀座

[CAM] 2017年1月23日 18:00

 三島由紀夫と三谷信氏は、学習院での同級生であるが、三島は、先に応召入隊した三谷と葉書を遣り取りしていた。そうした葉書を中心に、三谷が、三島の思い出を語った著作が『級友三島由紀夫』(単行本1985年刊、中公文庫1999年刊)であるが、その中の「昭和二十年二月十九日の便り」で、銀座への空襲について、以下のように記述しているので、紹介しておきたい。

「・・・・銀座の焼跡へも行つてみました。山野のあとには焼けた楽譜がヒラヒラ風に舞ひ、焼あと毎に立札が立つて山野や御木本旧蹟の地の存在を主張し、名刺受まで設けられて、多摩墓地のやうです。あたりの塀に白墨で『―― 一家無事。・・・・方に避難中』などと大書してあり、それはともかく、いつもの通りあるいてみて、空つぽになった服部と教文館ビルの間がいやに近いのでおどろきました。銀座が丸焼けになつても、これなら大した感慨も湧きさうにありません。郷里の隊で(注;故郷の加古川での入営検査の際)明治学院出の一等兵君から、心配さうに銀座の安否をきかれたことを思ひ出しました。東京の人にとつての恋人であるこの街。自分ひとり知つてゐた筈の小さな一ト隅が、焼跡になつたときいておどろく悲しみは、所謂銀座通には大きいことでせう。・・・・」

 銀座の焼跡を「多摩墓地のやう」だと評している。これに続く「二月二十四日の便り」では

「・・・空襲のため、久々の大顔合せの演舞場もなかなか初日があかず、芝居のない東京は火の消えたさびしさです。・・・・・」などという記述も見られる。