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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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おいしい干物の定食・めし屋

[坂の上のねこ] 2012年2月21日 08:30

ハッピー食事券の使用期限が近づいてきました。何となく使い惜しみしているうちに、行こうと思っていたお店がスタッフの帰国でしばらくお休みになったり、改装中だったりして、このところ使うあてが外れることが続いてちょっとがっかり。


そんな我が家の強い味方は月島の「めし屋」。近所なので、普段からちょくちょく行くお店ですが、ハッピー食事券があるとさらに頻度が増します。結果的に、今回購入したハッピー食事件の90パーセントは「めし屋」で使いました。


「めし屋」は、佃・月島エリアでは我が家の評判ナンバー1。実家の両親もわざわざ千葉から食べにくるほどです。干物がおいしい定食屋さんですが、お刺身もおいしいし、夜はいろいろなおつまみを楽しみながらお酒も飲めます。

P2190456.JPG


今日はおすすめ定食のA。銀鮭と小あじの干物に、ご飯とお味噌汁と大根おろしがつきます。

P2190463.JPGでもそれだけれはありません。「めし屋」の大きな魅力は、テーブルの上にど~んと置いてある3つのガラス瓶。

P2190458.JPGお漬物、いかの塩辛、数の子の粕漬け、海苔の佃煮などが入っていて好きなだけいただけます。特に粕漬けは私の一番のお気に入り。これが置いてあるテーブルを狙って座ります。


「めし屋」は築地の干物専門店の社長さん、つまり干物のプロが経営しているお店です。
お店では干物を購入することもできますから、お土産にもおすすめです。

P2190460.JPG  P2190461.JPG


実はマル秘情報にしてあった「めし屋」。おととい、観光協会特派員の銀造さん、ゆりかもめさんとご一緒した際にぜひブログで紹介してと言われたので公開することにしました(観光協会特派員になると、こんな特派員同士の交流も楽しめますよ)。


場所は月島駅7番出口を出たところにある「もんじゃ総合案内所」の向かい側です。

住所:月島1-9-15

電話:03-3534-0486

営業時間:11:30~14:45 17:30~21:45 (平日・土曜)

       12:00~20:45(日・祭)


おまけ:銀造さん、ゆりかもめさんと行ったスワンカフェで食べたいちごのデザート。
(撮影:銀造さん) いちごスイーツ.jpg

 

 

真砂座跡碑

[北遊人] 2012年2月21日 08:30

 中央区循環バス、"江戸バス"北循環コース"中州"で下車しますと、道路沿いのマンション脇に"真砂座跡"の碑が見えます。右肩には"漱石「猫」上演の地"の添え書きがあります。

Masagoza 003.JPG

 右側の説明を読みますと、

  夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」は、小山内薫によって脚色された。

  伊井蓉峰らが出演し、日本橋区中洲の真砂座跡で、
  明治三十九年(1906年)十一月三日から

  三十日にかけて上演された。

    平成十五年十月吉日

     早稲田大学十四大学長 奥島孝康 識    とあります。

 

地域案内図 AREA MAP を見ますと、日本橋浜町から清洲橋へ向かい、高速下を抜け隅田川近く、右に折れた所です。

Masagoza 001.JPG

 真砂座は、明治半ばからは新派の名門劇場だったようです。も一つの劇場は、"本郷座"とのこと。座頭は、伊井蓉峰であり、小山内薫は脚本や演出を担当していたとのこと。

 小山内薫は、その後市川左団次と結びつき、自由劇場、築地小劇場などを舞台に活躍します。


説明版では、明治39年の漱石の"猫"について書かれているが、37年に小山内薫訳「ロメオとジュリエット」、38年には、尾崎紅葉の"金色夜叉"が上演されている。

永井荷風は、若いころ隅田川で泳いで水着姿で真砂座の芝居を見物している、とのこと。


この頃は花街であり周辺は賑っていたことでしょう。

ここから清洲橋通りへ出ると、向かい側に鳥居が見えます。

金刀比羅宮のようです。

Masagoza 007.JPG

 右側の碑を覗いてみると、この地にあった船玉琴平宮が関東大震災で焼け、昭和29年再建とある。


 入って左手に"記念碑"がある。

Masagoza 015.JPG

 後ろに廻ってみると、

昭和61年に建てられたもので"中州築立百周年の記念碑"と判る。

表の題字は 鳩山威一郎 の書とある。

説明書きを紹介する。


  中州は特別な歴史を有する。

 江戸時代の中州は須磨明石に勝る江戸随一の納涼観月の名所であった。

 明和年間に築立され三股富永町として繁栄したが寛政年間には埋め戻された。

 明治十九年、中州は再び築立されて旧日本橋区中洲町となる。

 明治、大正、昭和時代を通し、大川端の地として小山内薫等多くの文化人が往来し、

 その作品の舞台となる。

 明治の築立から本年四月で百周年を迎えるにあたり、ここに記念の碑を建立する。

    昭和六十一年八月吉日

 

周囲の塀に賑いの跡が見られる。

Masagoza 021.JPG Masagoza 020.JPG 現在は、箱崎川も埋め立てられて、高速道路下の公園にかつての菖蒲橋の名残りの"あやめ"の名が残されているのみです。 

 

 

 
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