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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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老舗鶏肉専門店の玉子焼・焼き鳥  ~ 鳥忠 ~

[rosemary sea] 2018年1月20日 09:00

『ギフト、そして自分も楽しむ』をボリューミーに取材します、 rosemary sea です。

 

人形町甘酒横丁の鳥忠(とりただ)さんは明治44年(1911年)創業の老舗です。

 

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鶏肉鶏卵の卸業かた洋食店を経て、再び鶏肉鶏卵専門店、そして現在は卸をやめ、地鶏専門店として三大地鶏のほか、玉子焼・焼き鳥・もも焼きなどを販売されています。

毎朝店内で、新鮮な鶏肉鶏卵を焼き上げています。

 

有限会社鳥忠 木越近治(きごしちかはる)専務にお世話になりました。

 

・・・それでは商品のご紹介です。

 

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親子焼

1日限定30本の、特別な玉子焼。

著名人にもファンが多く、人気商品です。

新鮮な地卵に鶏肉、選りすぐった三つ葉、そして水にまでこだわって作られています。

秘伝のだしを使い、手間もかけられています。朝から1つ1つ丁寧に焼かれています。

地鶏のひき肉と細かくした三つ葉を入れ、仕上げに青々しい三つ葉で表面を飾り、焼き上げてあります。

近隣の安産の神様・水天宮にちなみ、参拝に訪れる親子の健康を祈って、現在の四代目店主:木越忠雄氏が考案されたとのこと。

DSC03213a.jpgここでロズマリ食リポ隊の登場です。

「玉子の甘さがほどよく美味です。」S井さん。

「だしの香りと甘さが口の中で広がります。とても美味しいです。」初登場:H田さん。

「甘い玉子焼と鳥そぼろがマッチして美味しい。」T山さん3号。

「親子丼を食べているようで、ごはんが欲しくなります。」I倉さん。

「ジュロッと甘じょっぱいだしが広がっておいしかったです。」F川さん。

「関東風の甘さ、しょう油、だしが良くまとまっていて美味です。」K子さん。

「子供の頃を思い出す昔ながらの甘い玉子焼でした。」S枝さん。

「甘く程よいしょっぱさで、とてもおいしいです。」T山さん2号。

「だしの味と甘さが二度味わえる親子焼です。」F雄さん。

「関東風の甘~い玉子焼!ごはんのお供に!」Oさん。

 

 

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玉子焼

新鮮な卵と秘伝のだしで焼き上げられています。長年愛される鳥忠さんの味です。

 

 季節限定の玉子焼もございます。

  ・松茸入り

  ・菜の花入り

  ・枝豆のすり流し

などです。

それぞれの旬に販売となります。

ホームページなどでお知らせとなるそうです。

 玉子焼は全国(沖縄、離島を除きます)に宅配できます。

ご注文いただいた翌日にはお届けすることも可能です。

お支払方法・送料など、詳しくは下欄のお電話で。

玉子焼の他にもお届けできる商品もございます。

 

 

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焼き鳥

毎朝店内でさばいた新鮮な鶏肉を串に刺し、高温で焼き上げられています。

包丁の入れ方にも食べやすい工夫がされているとのこと。

 

 

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三大地鶏

名古屋コーチン【上段右から2つめ】、薩摩軍鶏(さつましゃも)【上段左から2つめ】、比内鶏(ひないどり)【上段右から1つめ】。

こちらが三大地鶏と云われているものです。

この他、宮崎県の「日向鶏(ひゅうがどり)」【上段左から1つめ】、宮城県の「香地鶏(かおりじどり)」なども取り扱いされています。

この取り揃えは豪華そのもの、パーフェクトなラインナップです。

それぞれの個性に合った食べ方があるそうです。ご相談ください。

 

 

DSC03173a.jpg鳥忠

日本橋人形町2-10-12

 

人形町通りから甘酒横丁に入り、明治座浜町公園に向かってください。

甘酒横丁ほぼ入り口の、50mほど歩いたところ、左手です。

03-3666-0025

営業時間  月曜日~土曜日 9:00~19:00

定休日  日曜日・祝日

鳥忠さんのホームページはこちら

⇒ http://www.toritada.co.jp/

 

 

なお、映画「祈りの幕が下りる時」ロケ地めぐり番外編として、鳥忠 木越専務のお話を後日掲載する予定です。

ご期待ください。

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(C)2018映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

映画「祈りの幕が下りる時」の公式サイトはこちら

⇒ http://inorinomaku-movie.jp/

 

 

 

映画「祈りの幕が下りる時」 ロケ地めぐり ⑩

[rosemary sea] 2018年1月16日 09:00

『ギフト、そして自分も楽しむ』のプライオリティーとして取材します、 rosemary sea です。

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(C)2018映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

 

映画「祈りの幕が下りる時」は1月27日の公開です。

映画「祈りの幕が下りる時」の公式サイトはこちら

⇒ http://inorinomaku-movie.jp/

 

ロズマリの中央区内のロケ地めぐり、今回は File NO.19、明治座さんです。

明治座さんでは昨年7月12・22・25日の3日間、ロケを行いました。

明治座さんの前回記事はこちら

⇒ http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/12/post-4816.html

 

お話し下さるのは、株式会社明治座 制作部 三田光政部長です。

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なお、映画「祈りの幕が下りる時」ロケ地めぐり①の記事はこちら

⇒ http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/12/post-4817.html

 

それでは・・・

明治座さま客席 Epro-01a.jpg

一番難しかったのは撮影日程を決めることでしたね。

明治座もお芝居を観にお客様が毎日いらっしゃるので。

休演日あるいは、夜の部休演日に夕方から撮影するという、その二択でした。

とにかく、明治座をロケ地のお貸ししたことで、翌日公演の幕が開かないという事が一番あってはならない事なので、よほど特別なものでない限り、我々としては明治座でのロケを許可できない場合が多いですね。

 

役者さんのスケジュールとロケハンについても、TBSさんと東宝さんとでだいぶ前から検討してきました。

7月に明治座で撮影すると決定しましたが、その半年ほど前から福澤監督が下見に2度いらっしゃって、ここからこんなふうに撮ろうとか、打ち合わせをしましたね。

監督はてきぱきと、いかにも体育会系という印象を受けましたが、撮影スタッフは、さすがみなさんプロですね。

ほとんどリテイクもなく、着々と進めておられました。

 

ロケ当日は、通常通り明治座公演もございましたので、舞台上には芝居の大道具があり、映画の劇中劇シーンでは、それらの道具をうまく隠しながら撮影を行いました。

 

明治座舞台のスタッフが劇中劇の2シーン分のセットを作って、撮影に使っていただきました。

ひとつは東宝さん製作で明治座でもここ12年の間に4度上演させていただいている名作『細雪(ささめゆき)』中の「展覧会の場」の舞台セット、もうひとつは松嶋菜々子さん演ずる舞台演出家が演出した舞台を上演している、という設定での舞台セットです。

 

この劇中劇シーンは、直接ではなく、非常に効果的に映り込みをしています。

映り込みに過ぎないとはいえ、本物を使っていますので、そこはかなりリアリティーが出るはずです。

通常、舞台の方がメインですけれど、今回の映画の場合、松嶋さん演じる舞台演出家に焦点があたっていますので、舞台そのものは背景になってしまうんです。

でもそこをしっかり作ることで、明治座としては最大限の協力をさせていただきました。

 

エキストラは人形町商店街や地元の方々などにもご協力頂き、各日程で約千人づつお集まりいただきました。

観客として明治座でお芝居を観ているというシーンと、劇場前で当日券を買い求める観客が長蛇の列をなしているというシーンです。

結構長時間になった撮影に、みなさんよくぞお付き合いくださったなぁと思います。

 

仕事柄、わたくしも役者さんともお会いすることが多いのですが、阿部寛さんも松嶋菜々子さんも、実にいい役者さんだなぁと感じました。

この映画も、そんなおふたりのぶつかり合いが見どころでしょうね。

松嶋さんはこのシリーズ初めてのご出演なのですけれど、きっちりと演じていらっしゃる!

本当にお綺麗で・・・魅力的な方だなぁ、と思いましたね。

溝端淳平さんはとても爽やかな方ですね!

(新参者シリーズの)撮影のおかげで、この界隈のお店とも顔見知りになれてとても嬉しいとおっしゃっていたそうです。

小日向文世さんと飯豊まりえさんなどもいらっしゃいました。

(サプライズで?)東野圭吾さんがご挨拶に来てくださいました。

原作でも、明治座という実在の劇場をストーリーの重要な舞台にしていただきましたので、この作品が映画化されるにあたり、明治座で撮影が出来てとても喜んでおられたと伺っております。

なにしろ明治座自体がセット場所として本物ですから!

そのリアリティーは映像でも迫力が出る、と思います。

 

ーーー監事室でも撮影されましたね。

奥行がとても狭い部屋なので、どう撮影しようか?と福澤監督もいろいろお考えになられたようです。

監事室とは、公演のプロデューサーや演出家が舞台を観ながらチェックするための場所なので、今回リアルな使われ方をしています。

例えば、演出家の石井ふく子先生は(ご自分の演出している公演の時)毎日ここでご覧になっていますから、監事室でのシーンは本当にリアルなんです!

 

何ごともそうですけれど、撮影までの下準備が一番大事ですよね。

かなり細かく打ち合わせして、スタッフの皆さんは下見だけでも熱心に7、8回は明治座に来てるんじゃないでしょうか。

どこかのスタジオで、ずっとセットがあるわけではないので、時間も限られています。

その限られた時間で撮り終えるために明治座は全面的に協力させていただきましたし、絶対に成功させようっていう撮影スタッフの裏の努力が大きいでしょうね。

 

ーーー皆さんの努力の結果が今回、実を結んだのですね。

 

客席より幹事室.jpg

幹事室より客席.jpg

監事室へは株式会社明治座 宣伝部 林菜穂子さんに案内いただきました。

監事室は舞台から客席後方に向かって左手奥にあります。

・・・こちらが監事室です。

実際、演出やプロデューサーが、上演中この中で舞台をチェックしますので、ここは中で話しても、お客様には聞こえません。

お芝居中は室内のライトを消しますと、カーテンが開いていましても、客席のお客様からは中があまり見えないようになっております。

 

三田部長、林さん、ありがとうございました。

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明治座

日本橋浜町2-31-1

明治座チケットセンター

03-3666-6666

受付時間  10:00~17:00

 

明治座さんの公式サイトはこちら

⇒ http://www.meijiza.co.jp/

 

 

Times Car PLUS ❎Ha:mo 〜超小型モビィティ体験〜

[東京ダンボ] 2018年1月15日 14:00

Ha:moってご存知ですか?

 

トヨタが取り組んでいる、パーソナルな乗り物と公共交通を最適につなぎ、シームレスで快適な移動と、地域の交通課題解決をサポートするという、次世代の交通システムづくりのことです。

 

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スマホから簡単に利用登録でき、乗りたいときにすぐ乗れ、必要な分だけ乗って、その分だけ支払い、駐車場代、燃料代もかからないというものです。

 

現在、愛知県豊田市、東京、沖縄、岡山市、タイ・バンコクで実証実験が行われていて、東京ではTimes Car PLUSとコラボし千代田区、中央区、港区、文京区、台東区、墨田区、江東区、江戸川区に約100箇所のステーションが配置されてます。

 

通常のTimes Car PLUSと同様に15分で206円ですが、一番の違いは他のステーションでの乗り捨てが可能という点です。

 

中央区には江東区の32箇所に次ぐ18箇所のステーションがあります。

東京ダンボは京橋1丁目にあるステーションから新富2丁目のステーションまで、

銀座→皇居を経由して体験ドライブしてきました。

 

専用ステーションにあるCOMSという一人乗りのEV車両にジッパーを開き乗り込みます。

 

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席の右側にスマホをかざすとアナウンスが始まり利用スタートです。

 

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とても小さな車両ですが、60km/hまでスムーズに速度が上がり、市街地での走行には問題ありません。なお、高速道路には乗り入れできないことには注意です。

また、後部にはトランクがあり、小さめのキャリーバッグぐらいなら入りそうです。

 

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まだまだ改善点もあるかと思いますが、都内のビジネス・観光の新たな足として実証実験をこれからも続けて欲しいですね。

 

Ha:moについてはこちらを http://www.toyota.co.jp/jpn/hamo/

Times Car PLUSについてはこちらを https://plus.timescar.jp/tcph/

 

 

 

三光稲荷神社 新年の寿ぎ 縁起の良い 御由緒

[銀造] 2018年1月11日 16:00

三光稲荷神社に初詣に行き、御由緒書きを頂いてまいりました。

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 ご祭神は、三光稲荷大神(立像大神)、田所稲荷大明神(立木柱像)です。

(日本橋二の部町会史ー昭和41年発行)によれば、今の三光稲荷は「江戸惣鹿子」(元禄二年、1689年)によれば、「はせ川町、三十郎稲荷」とあるが、それといわれ、名人芸をうたわれた歌舞伎役者 関三十郎(二代目)の屋敷内に勧請されていたので、その名があったが、それがいつとはなしに、三光稲荷と改まったとされている。(中略) 堺町(今の芳町二丁目一町会史編集時の町名)中村座で出演した大阪の歌舞伎役者、関三十郎が演技中、場内に霊光(電光ならん)のごとき閃きあり、観客は彼の芸体に放光せし如く見えて賞賛される名声を不動のものにしたと伝えられている。 彼は、伏見稲荷の神璽を庭内に奉斎しているので、これは神明の加護によるものと、自分のの二字をもって、三光稲荷と称し、これを長谷川町の建石三蔵が庭内に安置し、町内の氏神として崇敬したといわれる。(以下、割愛させていただきます)

(行方不明の愛猫、無事帰る)

「三光稲荷神社参道」と銘ある石碑(昭和二十九年甲子一月)は新宿区下落合、三島徳七(燈台教授一冶金学)、二三子ご夫妻が、愛猫の不明に際し当神社に祈願したところ、三か月振りに無事帰った御礼に建立したものである。

(三光神社の御神体がお戻りになる)

関東大震災の時、三光神社の神主が御神体を、(福島県郡山市久貝の三春村へ)奉安して逃げ延び、その後、ようとしてわからままになっていたものだった。かくて、御神体は無事、堀留町に戻ってきた。 

 そして霊験の多い、こうした話も伝わり各方面の崇敬するところとなった。 <中略>

御由緒には、「江戸歌舞伎」、「吉原遊郭」の事も記されてあります。 次回、ご参拝の際には、御由緒書きも頂いて下さい。きっと、ご利益があるでしょう。

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新年1月4日は、お神酒を頂き、身体髪膚、五臓六腑が洗われて、清々しい気持ちになれます。

 

 

水天宮のお礼詣り 子宝いぬ 戌年なればの初詣

[銀造] 2018年1月 8日 18:00

 水天宮に初詣に出かけました。 お礼詣りに来られた若夫婦とご両親にお会いしました。新生児を抱いた娘さんの写真撮影の許可を頂きました。

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 今年の干支は、戌です。写真は、「子宝いぬ」と呼ばれる安産の象徴の銅像です。

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 犬は多産で安産なことからお参りする方が跡を絶たないようです。その祈願の方法の一つに「戌(いぬ)の日の安産祈願」がありますね。 私の長男は水天宮にお参りに来て10か月後に授かりました。そして、その長男の長女もお参りに来て10か月後に授かりました。 私は、水天宮のお犬様は、日本で一番に偉い犬だと(個人的に)信心しています。 

 私と同年代の女性が、「子宝いぬ」に触った手で、ご自分のお腹を触っていました。 「お腹が大きくなりますよ!」と言ったら、茶目っ気たっぷりに、「あらっ、それは困るわ!」という、楽しいご婦人もご参拝されていました。 戌年なればの、楽しい初詣でした。 水天宮と「子宝いぬ」のご案内は、こちらです。 http://www.suitengu.or.jp/keidai/

 

 

太田圓三の生涯

[yaz] 2018年1月 7日 18:00

2017年11月のブログで『木下杢太郎記念館(伊東市)を訪問したこと、木下杢太郎の人となり』を紹介した。

http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2017/12/post-4762.html

 

今回は"永代橋"の架橋を担当したことで有名な木下杢太郎の4歳年上の実兄、「太田圓三」を紹介する。

学生時代には東京で同居もしていた仲の良い兄弟であった。

木下杢太郎_家系図.jpg 太田圓三_顔写真.jpg

 

太田家の次男「圓三」は、東京帝国大学土木工学科を卒業後、逓信省鉄道作業局に入局し、橋梁設計を振り出しに、房総線工事や上越清水トンネル工事などを担当した。工事の機械化や路線の図上選定法の導入など、幅広く鉄道技術の向上に貢献し、「鉄道始まって以来の天才技術者」と呼ばれた。

 

大正12年(1923年)、関東大震災によって壊滅的な被害を受けた東京を復興するため帝都復興院が設置されると、土木局長に任命され当初は未経験の分野のため辞退したが、親友十河信二(戦後、東海道新幹線建設起工時の国鉄総裁)の強い勧めにより就任した。交通網や衛生設備、安全性、景観などを備えた「文明的都市・東京」を目指した。

*車社会の到来を目越した道路などの拡張

*土地区画整理

*永代橋・清洲橋など震災で焼け落ちたものや新設など約150もの橋梁について、

 弟・杢太郎や芥川龍之介・木村荘八などの芸術家の意見を聞き景観に配慮した架橋を

 行った。

 

以下の図は、永代橋・清洲橋などの橋デザインを示している。全て奇抜なデザインのため採用されなかった。

隅田川復興橋デザイン群.jpg

 

*高速鉄道(地下鉄9の必要性を説き、鉄道網の具体化に尽力した。

(下図の鉄道網図は小さくて駅名が見えないかもしれませんが、都電・省線(JR山手線・中央線など)と共にメトロ銀座線・丸の内線など高速鉄道(地下鉄)など将来を見据えた鉄道網を示す。東西線・日比谷線らしきものも描かれている。)

高速鉄道網図.jpg

 

圓三は現代まで続く近代都市・東京をデザインし、その礎を築いたのである。

 

帝都復興に心血を注いだ圓三であったが、大正15年(1926年)3月21日、志半ばにして自殺した。区画整理に対する無理解・復興局疑獄事件(土地買収にからんだ汚職事件)の発覚などによる心労が積み重なり、突発的な事件であったと言われる。

45歳の若さでこの世を去った。

 

昭和6年(1931年)隅田川相生橋畔中之島公園に肖像レリーフが設置された。しかし震災で破壊されたため昭和30年(1955年)現在の神田橋公園に移築された。

「(圓三が)万難を排して立案計画せられたる復興事業は、どこを切っても故人の血が流れ魂が生き続けてゆくだろう」(元鉄道大臣 井上匡三郎)

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兄圓三の死を悼む杢太郎の詩が雑誌「明星」第8巻4号(大正15年(1926年)6月)に掲載されている。

 

タイトル「永代橋工事」

過ぎし日の永代の木橋はまだ少年であったわたくしにどれほどの感激を与えたらう。

人生は悲しい、またなつかしい、面白いと、親、兄弟には隠した 酒あとのすずろ心で、伝奇的な江戸の幻想に足許危く眺めもし、佇みもした。

それを、ああ、あの大地震、いたましい諦念、帰らぬ愚痴。

それから前頭の白髪を気にしながら 橋に近い旗亭の窓から あの轟轟たる新橋建設の工事を うち眺め、考えた。

これも仕方がない、時勢は移る。

基礎はなるべく近世的科学的にして、建築様式には出来るだけ古典的な 荘重の趣味を取り入れて貰いたい。

などと空想して得心した。

それだのに同じ工事を見ながら 今は希望もなく、感激もなく、うはの空にあの轟轟たる響を聴き、ゆくりなくもさんさん涙ながれる。

あんなに好きであった東京、そして漫漫たる墨田のながれ。

人生は悲しい、ここは三界の火宅だと 

-ああ恐ろしい遺傳-多分江戸の時代に この橋の上で誰かが考えたに相違ない、それと同じ心持が今の私に湧く。

水はとこしへに動き、橋もまた百年の齢を重ねるだろう。

私の今の心持は ただ水の面にうつる雲の影だ。

 

行く水におくれて佇む木屑かな (大正15年5月)

 

 

いつの時代にも「基礎はなるべく近世的科学的にして、建築様式には出来るだけ古典的な 荘重の趣味を取り入れて貰いたい。」という意見が出るのは普遍的なものですね。同感です。

 

 

 
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