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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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肉酒場ビストロ男前 日本橋三越前店

[ジミニー☆クリケット] 2017年11月20日 14:00

日本橋室町1丁目、日本橋北詰交差点からも歩いてすぐですが、日本橋の西側にある西河岸橋の北側たもとにある肉料理のお店です

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下の地図、赤〇の場所です

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ランチタイムにお邪魔しました

お店は、1階から3階まであり、2、3階は掘りごたつの座敷で靴を脱いで上がります

1日5食限定の「特製ハンバーグ定食」は、既に終わっていました

店長にうかがうと、ランチタイム11時からなので、11時30分頃までに来ないと終わってしまうとのこと(次回はもっと早く来ます)。

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注文したローストポーク丼です

最高級ベジョータ使用イベリコ豚ローストポーク丼です

ガーリックチップワサビが付いていて、ローストポークワサビは合います

柔らかいおいしい

味がしっかりしています

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ランチはすべてスープサラダが付きます

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こちらは、看板メニュー1番人気ローストビーフ丼です

希少部位ミスジを使用しているとのこと

こちらもお肉が柔らかい

肉増し)」等の注文にも対応してもらえます

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これ以外のランチも、「肉屋のミートソース」「男前 焼き肉カレー」「山盛りローストビーフのせミートソース」などなど、食欲をそそられるメニューが並びます

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ディナータイムは、午後5時からです

の「肉バル」としての評価も高く、次回、お昼早めに来るか、夜来るか、迷うところです

今回の取材および写真撮影については、中島店長にご協力、ご了解をいただきました

ありがとうございます

肉酒場ビストロ男前 日本橋三越前店のHPはこちら ⇒

http://cococino.co.jp/shop_otokomae-nihonbashi-mitsukoshimae.html

 

 

京橋 満津金  ~1周年おめでとうございます~

[東京ダンボ] 2017年11月20日 09:00

今年の4月に京橋 満津金さんで御朱印張を誂えたのですが、既に一杯になってしまったため、新たに作成していただきました。墨の裏写りもなく、ちょっと大判でとても気に入っています。

 

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今回は江戸伝統の鮫小紋です。鮫小紋は細かい霰地の文様のように染めた小紋のことで、細かい丸文が、鮫の皮のように、全面に細かい点をすきまなく染め抜いた、鮫皮状の文様です。整然と並んだものを行儀鮫、そうでないのを乱れ鮫というそうで、東京ダンボのは行儀鮫になります。

 

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製作をお願いして約2週間、受け取りに行くと「1周年おめでとうございます」と書かれた胡蝶蘭が飾られていました。京橋 満津金としての営業は1年ですが、金陽社印刷所としては90年近い歴史と伝統を有しています。

 

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1周年記念を送られたBUNGUBOX 山岸薫さんは浜松のペンショップさんで、表参道に東京店もあるそうです。その山岸さんとのコラボで東京メトロカラーの付録につく東京メトロ塗り絵をデザイン・開発されたそうです。いいですね!

 

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また、七つの「福」を一冊に納められる満津金の七福神御朱印帳。描かれている七福神は江戸町火消錦絵師 岡田 親 画によるものです。

 

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日本の伝統にスポットを当てた新たな展開の数々、目を離せませんね。 

 

日本に来られる外国の方々にも是非お勧めしたい日本を感じられるお店が京橋にあること、素晴らしいと思います。

  

 

 笑顔が素敵な京橋 満津金ご主人です。

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京橋 満津金:中央区京橋二丁目6-5 TEL 080-3543-2668

営業時間:12:00~18:00 定休日:毎週日曜日・月曜日・祝日年末年始

http://www.kin-yosha.co.jp/matsukin.html

 

 

 

待合茶屋: 亀の尾

[yaz] 2017年11月17日 14:00

明治6年作成の沽券図(不動産登記簿)によれば、中央区日本橋の中央通り室町三丁目と本町三丁目の角に最首五郎兵衛という人の家作がありました。土地の大きさは187坪。江戸時代には町年寄「喜多村彦右衛門」の屋敷であったところが、私の中学校の同級生の家になっていました。ここで待合茶屋「亀の尾」を経営していたようです。歌舞伎の演目で「亀の尾」というのがあるそうですから、日本橋芸者(檜原芸者)が来る楽しい場であったと想像されます。

 

1830年当時には喜多村町年寄宅はありますが、明治6年(1873年)には最首宅に変わっていますので町中にも幕末は大きな変化をもたらしたものと想像されます。

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(明治6年の沽券図より抜粋)

 

 

明治時代に行った待合茶屋に関する落語家へのインタビュー記事に「亀の尾」に関わるものが残っていますので紹介します。

 

「其の頃は、駿河町の亀の尾、日本橋の寿、芝では千歳と此三軒けァなかッたものです。外にも在ッったか知りませんが、此三軒が一番名うてでした。女を呼んで酒は飲みましたが、今のように寝泊まりはしません。情人(いろ)でもこさえて出会をするには、向島水神の八百松か植半、それから今は在りませんが、三囲の柏屋と云う意気なお茶屋がありましたが其所へ行ッったもんです。居廻りや近所で会ふのは情夫(いろ)じゃァないと云ッてた位でした」

 

貸席業としての待合は,江戸時代の待合茶屋を起源としています。待合茶屋は,商人の寄合いや旅人の送迎など,本来の待合せに利用する茶屋でありましたが,明治初年以後は花柳街における芸者との遊興場所として急成長しました。

 

現在までの調査では歌舞伎の演目「亀の尾」については情報が一切ありません。最首さんへの聴取・歌舞伎座へのアプローチを行いますので、情報を入手次第皆様にお知らせします。ご期待ください。

 

 

 

日本橋とやま館 素敵な工芸品 利き酒

[銀造] 2017年11月17日 09:00

 そう、場所は日本橋。 

日本橋三越新館、大栄不動産のすぐ近く、道路元標の広場に最至近の場所にある、「日本橋とやま館」。

その1階に、富山県が誇る工芸品、民芸品の数々が展示即売されています。

今日は、神田の方から日本橋に来た「日本橋道路元標」の広場で、

「ちょっと、喉が渇いたね。 利き酒をして行きませんか?」という私の提案に、ニコッと応えて下さった、素敵なお姉様方二人、そしてもう一人の4人で、「日本橋とやま館」に出かけました。

 

 何度か、訪れていますが、此処での "利き酒は初めてです。

新酒が出来た、届いたことを知らせる "杉玉" が、微笑んだような気がしました。

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 黒部川の清流の水と富山の美味しいお米で出来た、美味しい日本酒が勢揃いです。

夫々(sorezore)が、吟米酒とか、大吟醸とかのラベルを見ては、はしゃぎ乍ら、どのお酒にしようかしらと迷っています。

これが、「利き酒」の正しく そして(&) 楽しいプロセスです。 注文したお酒に、皆、ぞれぞれが納得、感激していました。

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日本橋の袂で、ふと、立ち止まって、お休み。 利き酒をして、ゆったりと、日本橋をお楽しみ下さい。

「日本橋とやま館」の詳細は、https://toyamakan.jp/

 

 

 

日本橋 熈代祭

[saru] 2017年11月16日 14:00

10月20日から11月7日まで日本橋のコレド室町、福富の森周辺で「熈代祭」を開催していました。今年で2回目だそうです。ちなみに字が難しいですが、「きだいまつり」と読みます。東京メトロ三越前駅に行くとみられる江戸期の日本橋の繁栄を描いた絵巻「熈代勝覧」から名付けたのでしょうね。「熈代勝覧」の意味は「熈(かがや)ける御代の勝(すぐ)れたる景観」という意味だそうで、現代にその賑わいを再現したということでしょうか。

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会場では日本橋にある各地のアンテナショップの出店や日本酒の呑み比べ、また和楽器演奏やけん玉など伝統パフォーマンス、華道や水引き、わら細工などの伝統技術の青空教室も開かれ、たくさんの子供たちが喜んで参加していました。

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そんななか、SARUは特設ステージでの三遊亭遊馬師匠の落語「百川」を見てきました。「百川」は日本橋浮世小路にあった料理屋の名で、奉公人の百兵衛のお国訛りを客の魚河岸の衆が聞き違えて起こる大騒動を面白おかしく噺す古典落語です。日本橋と人形町が舞台なんですが、そういえばここが復活した新浮世小路ですね。少々肌寒い陽気でしたが、芸と笑いが堪能できて良い時を過ごしました。

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ちょっと蛇足ですが、百川ついでに。

百兵衛さんが使いに行くのが三光新道。今も人形町にあるそこの三光稲荷神社は失せ猫祈願でも有名です。(下の写真)江戸時代はペット時代の幕開けでもあったようで、猫侍ではないですが、迷子猫も多かったんでしょうね。

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昨年、ゴジラと戦った場所でございます。

[小江戸板橋] 2017年11月16日 09:00

「進行左手に見えてきましたのは、東京駅東口でございます。

2016年、鎌倉の由比ヶ浜から上陸したゴジラが、凍結作戦により動きを止めたのが、この周辺でした。

本日は雨のため、グランルーフの上空が見えにくいのですが、その体長118.5m。

第4形態に進化したゴジラの、なんと恐ろしい姿でしょうか。」

 

10月29日、「中央区まるごとミュージアム2017」の巡回バスのガイドを担当させていただきました。

バスは銀座六丁目バス停から外堀通りを北上、呉服橋交差点を右折して日本橋バス停へ向かいます。

今走っている外堀通りが、千代田区との区境界です。

東京駅西側には赤レンガ造りの丸の内駅舎があり、100年前の辰野金吾博士による設計当時の姿が復元されています。

東側八重洲口には、帆船の帆をイメージした大屋根、グランルーフがあるのですが、雨のためにくもるバスの窓越しには、全体像がはっきりと見えにくくなっています。

見えないならば、見えない話をしましょう。

(シン・ゴジラは、すでに地上波でも放送されましたが、ネタバレ注意です。)

 

東京湾から現れ、各地に甚大な被害を与えてきたゴジラ。

口から吐き出す熱線で、銀座四丁目の和光ビルを、一瞬で斜めに切り裂いてしまった。

首都圏に壊滅的な被害を与え、巨大化、狂暴化する、破壊神ゴジラ。

自衛隊、警察、消防、技術者、様々な部署で人々の決死の行動が続く。

ゴジラ凍結作戦。ヤシオリ作戦だ。総力戦となる。

「宇宙大戦争マーチ」に乗り、品川で待機していた東海道新幹線N700系2編成が、ゴジラの足元に突入する。無人新幹線爆弾だ。

八重洲通りから、または鍛冶橋通りから接近を試みたのが、特殊建築重機群第1部隊。

コンクリートポンプ車、タンクローリー群が、ゴジラの口中に血液凝固剤を投入する。

そして、荒れるゴジラを押さえるために、一気に全速力で突入する、山手線、京浜東北線、東海道本線、中央線快速の各列車。E231系及びE233系からなる無人在来線爆弾である。

すげーッ。

チェーンのように巻き付き、ゴジラの動きを制御する。

きっときっと、次の作戦に備え、地下を走る総武線や横須賀線、東京メトロの各車両も攻撃態勢を整えていたに違いない。

ゴジラは、東京駅八重洲側寄りの線路上で、その活動を停止させた。

 

「今では、東京駅でゴジラを見ることはできません。

もし、その姿をご覧になりたいのなら、そうですね。新宿歌舞伎町に行ってみてください。

新宿東宝ビルの上から、先代のゴジラが顔をのぞかせていますよ。

ちなみに、新宿区からは特別住民票が交付され、新宿観光特使に任じられているとか。

すごいですね。」

こんなこと言って、はしゃいでいました。

 

 
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