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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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初氷

[サム] 2017年1月16日 09:00

DSC_0669''LS.jpg 1月12日、東京管区気象台から「初氷」が報じられました。

毎冬初めて観測される結氷を「初氷」、その日が結氷初日とされます。

12月以降、東京の最低気温0℃台は3日を数えますが、初氷ならず、5日ぶりに最低気温が0℃台に下がったこの日、4回目にしてようやく初氷の観測。

DSC03509RRSG.jpg平年比26日遅く、観測史上、昨年の1月13日に次ぐ2番目に遅い記録の由。

次いで1月15日は、日本の上空にこの冬一番の寒気が流れ込み、強い冬型の気圧配置の影響で、北日本から西日本の日本海側を中心に広範囲に雪が降り続き、各地で今シーズンの最低気温を更新。

東京のこの日の最低気温はー2.3℃。

佃公園の池も一面氷に覆われました。

それでも子供たちは元気。

氷を割って喚声をあげていました。

 

 

海水館跡と植栽

[ジミニー☆クリケット] 2017年1月14日 14:00

佃3丁目初見橋交差点から清澄通り相生橋に向かい、150mほど歩いたところで右に折れて少し歩くと堤防に突き当り、その堤防のすぐそばに、海水館跡石碑説明板があります

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海水館は、明治38年坪井半蔵によって建設された割烹旅館で、当時、月島東京湾を臨む風光明眉な地だったそうで、ここに宮城県仙台市の建物を移築して旅館兼下宿として開業しました

閑静な地であったため、明治末期から多くの文学者執筆場所として利用したそうです

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島崎藤村は、ここで「」を執筆し、小山内薫は「大川端」を執筆、詩人の吉井勇は、歌集「毒うつぎ」を創作し、三木露風は、詩集「白き手の猟人」をまとめたそうです

残念ながら、海水館は、大正12年関東大震災で全焼してしまいました

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この石碑が建っている場所の周辺は当時の面影もなく、明治から大正にかけて著名な文学者が、ここから房総の山々を眺めながら執筆した場所としてイメージするのはむずかしいのが現実です

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ただ、違った意味で趣きがあるなあと思ったのは、石碑の間近に迫る堤防補強壁によって区分されたスペースを利用して、さまざまな草花盆栽果樹等が植わっている(育てられている)風景が堤防沿いにずっと続いていたことでした

当時の面影は無くなっても、吉井勇のこの歌が、この季節周囲の風景にぴったりでした

冬の海 見ればかなしや 新佃 海水館は わび住みにして (吉井 勇)

 

 
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