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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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東京タワー 「山の日ダイヤモンドヴェール<ピュアグリーン>」

[サム] 2017年8月14日 14:00

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DSC_0722RS'G.jpg 8月11日は2016年から新たに国民の祝日となった「山の日」。

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日」で、全国各地で式典や記念講演、ハイキングなどのイベントが予定されています。

東京タワーでは、ゴールである大展望台を山頂と見立て、そこからの景色を味わってもらおうと、通常土日祝日の11:00~16:00にオープンしている大展望台(150m)までの外階段を、「山の日」限定で9:00~22:00の間特別解放し、夜間は、山の緑をイメージしたライトアップ「ダイヤモンドヴェール <ピュアグリーン>」が日没~23:00まで点灯。

この日は曇り空で大気が霞みがちだったものの、勝どきの隅田川テラスから築地市場越しに、特別ライトアップが輝いています。 

 

 

◆ 東京駅八重洲口発のバスに乗って

[隅田の花火] 2017年8月13日 09:00

土曜日の夕方の東京駅。いやぁ、今日も暑い1日だった。

これから中央区の勝どき駅に行かないといけないので、八重洲口から出ている「深川車庫前」行きのバスの乗り場を探した。

 

丸の内南口から出ているバスを使っても、勝どきに辿り着くことが出来る。しかも有楽町や銀座や築地の街並みを見ながら。でも今日は、八重洲口発の都営バスにしてみた。

 

このルートのバス停はたぶん、東京に詳しくない人だと、聞き慣れない名前が多いかもしれない。

 

   17:46 東京駅八重洲口

   17:47 通り三丁目

   17:49 八丁堀二丁目

   17:50 亀島橋

   17:51 新川

   17:54 新川二丁目

   17:55 鉄砲洲

   17:57 湊三丁目

   17:58 明石町

   18:00 聖路加病院前

   18:01 築地七丁目

   18:03 勝どき橋南詰

   18:04 勝どき駅前

 

中央区の中でも下町色の濃い、ディープなエリアを通るこのバス。本数こそ少ないが、乗るたびに違う味がしてくるので、たまに乗りたくなってしまう。列に並び、バスに乗り込んで、今日は初めてバスの一番前に陣取ってみた。

 

 

バスは東京駅から八重洲通りを真っ直ぐに、新川・佃方面へと走っていく。八重洲通りの左側が昔の日本橋区、右側が京橋区だったので、その境を走っている。

中央通りとの交差点にある『 平和の鐘』を横目に過ぎていくと、不思議な名前のバス停「通り三丁目」に停まる。

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名の由来は、八重洲通りでもなく、中央通りでもない。昔の町名「通(とおり)」から来ているらしい。

今の中央通りは江戸時代、日本橋を起点として延びていた東海道の道筋で、その東海道の最初の区間、日本橋と京橋の間の道沿いに賑った細長い町の名前が「通」。江戸時代の初めから栄えた商業地だ。

昭和48年にその町名は消えてしまったものの、バス停にその名前を残してくれている。なんとも嬉しいバス停である。

 

 

バスはビジネス街を抜け、亀島川に架かる亀島橋を渡り、新川地区に入っていく。

 

「新川」の名前は、かつて東西に流れていた運河の名前に由来するというが、今はもう、埋め立てられてしまっている。

 

今度の日曜日の深川八幡祭りでは、この辺りも55基のお神輿が巡行する。隅田川の人気のある2つの橋をお神輿が渡るので、とても好きな夏祭りだ。

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深川から清洲橋を渡ってきて、箱崎や、ここ新川地区を通り、永代橋で隅田川を渡り直して深川の富岡八幡宮へと戻っていく。特に永代橋辺りは見物人の溢れる人気エリアとなっている。

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この祭りの特徴でもある「水かけ」の風景は各所でみられ、それを見ているだけでも、この祭りにかける人々の情熱を体感でき、感動もできる夏祭りである。

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また新川地区は、昼食のための休憩タイムにあてられているエリアなので、その間、お神輿の博物館状態になる場所でもある。まじまじとお神輿自体を見物してみたい人には、良い場所かもしれない。

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さて、このまま八重洲通りを真っ直ぐに進んでいくと、「中央大橋」で隅田川を渡ることになる。しかしバスは八重洲通りをサヨナラして右に曲がる。

 

曲がったかと思えば、すぐ「新川二丁目」のバス停で停まり、発進したら目の前にある「高橋」を渡らずに左へと折れる。何だか慌ただしくなってきた。

この慌ただしさは、バスが亀島川を渡るのにわざわざ「南高橋」を選んでいるせいではないのか、という疑念を生じさせる。

 

南高橋は、この辺りの橋の中でも、粋な作りの橋だ。関東大震災の復興で架け替えられた旧両国橋の部材を使っているので、レトロ感が満載である。川を渡るのにこの橋を選ぶとは、このバスも、なかなかニクいことをしてくれるものである。

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バスは、鐵砲洲稲荷神社の前にさしかかる。バス停も「鉄砲洲」。面白い名前である。かつて隅田川の河口辺りにあった洲が、鉄砲のような細長い形をしていたから、とも言われているが、面白い名前にしては、少し理由がつまらない。

 

佃大橋の高架の下をくぐった先が明石町。やたらと「◯◯発祥の地」という、石碑やら記念碑やらの多いエリアに入っていく。

この辺りは開国後「築地居留地」として、東京の中でも新しい外国の文化が、いち早く入ってきたことがその理由だが、そもそもこの明石町という名の由来は、兵庫県の明石の浦の風景に似ていたから、という説がある。

江戸時代の人は、明石町の海の先に浮かぶ佃島を淡路島に見立てていたに違いなく、きっと綺麗な江戸の海の風景が広がっていたのだろう、と想像ができる。

 

 

『平和の橋』の下にある「聖路加病院前」のバス停で停まった。この『平和の橋』の名付け親は、先日105歳で永眠された日野原重明先生なのだそうだ。

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微かに鐘の音が聞こえてくる。聖路加病院の18時の鐘の音である。雰囲気のよい場所には、よいメロディが流れるものだ。この鐘の音とともに、日野原先生の平和への想いも、ここ明石町の空の下で受け継がれていくのであろう。

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そしてバスは、昔、小田原町と呼ばれていた街を抜けていく。この辺りを裏築地と呼ぶ人もいて、隠れた名店が多いところであるが、路地裏の道に入っていったりすると、思わぬ建築が目の前に現れたりして、ビックリする場所でもある。

 

晴海通りを左に曲がるとすぐ勝鬨橋。この橋が一番格好よく見えるのは、自分で車を運転して渡る時だと、この前運転して思った。なので今日は一番前に陣取って橋を見てみたかった。やっぱり自分で運転した時のほうが、格好良く見えたと思う。

 

橋を渡った先が勝どき。いろいろな所を巡ってきたが、意外とあっという間である。

 

 

時間があったので「勝どき橋南詰」のバス停で途中下車した。今日は隅田川の夕暮れが綺麗そうなので、勝鬨橋まで少し戻ってみようと思ったからだ。

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雲が多かったけれど、暮れていく水面を見ることができた。良い景色である。もう少し経てば、東京タワーにも明かりがついて、屋形船もたくさん現れてくる。

 

隅田川テラスにおりて、夕涼み、といきたいところだったが、駅に向かわないといけない。仕方なくこの場所を後にし、勝どき駅まで歩いて、ちょっとした小旅行を終わらすことにした。

 

 

 

サークル活動で暑さを吹っ飛ばそう!〔築地社会教育会館〕

[ジミニー☆クリケット] 2017年8月12日 14:00

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築地4丁目にある築地社会教育会館に行くと、中央区区民部文化・生涯学習課が編集・発行した、できたてほやほやの「サークルガイドブック2017」が置いてあります

もちろん、日本橋月島社会教育会館にも置かれています

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2年に1度発行されるものだそうで、中央区で活動している社会教育関係の登録団体が網羅されています

55ページにわたって、サークルが紹介されており、こんなにたくさんのサークルが活動しているのかと驚かされます

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このガイドブックは、これからサークル活動を始めようという方のための、お役立ちガイドブックです

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暑い夏夏は暑いものなのです

読書の秋サークルの秋)に一足早く、社会教育会館へ行って、興味のあるサークル活動に参加してみましょう

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少なくとも、私のお邪魔した築地社会教育会館内は、エアコンが効いていて、サークル活動に最適の環境でした

当日も、館内の各部屋では、各種サークルが活動していましたよ

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築地社会教育会館は、新大橋通り市場橋交差点采女橋とのほぼ中間にあり、市場橋公園と並んで道路に面して建っています

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国立がんセンター新橋演舞場のすぐ近くです

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なお、館内での写真撮影・取材につきましては、広報ご担当にご了解、ご協力をいただきました。

ありがとうございます

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築地社会教育会館のHPはこちら ⇒

http://chuo-shakyo.shopro.co.jp/tsukiji

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都旧跡 浅野内匠頭邸跡と芥川龍之介生誕の地

[みのり] 2017年8月 9日 18:00

こんにちは、みのりです。

 

浅野内匠頭邸跡と芥川龍之介生誕の地に行ってきました。

浅野内匠頭邸跡の近くに芥川龍之介生誕の地の説明板があったのでびっくりしました。

 

ck1303_201708092.jpg【都旧跡 浅野内匠頭邸跡】

もともと赤穂藩浅野家上屋敷は、浅野内匠頭邸跡の石碑のある聖路加国際病院と西南二面が築地川に面している八千九百余坪の地で、赤穂藩浅野家五万石 浅野内匠頭長矩の上屋敷でした。

浅野内匠頭長矩は浅野采女正長友の子で、長友が若くして世を去ったため、わずか九歳で家督を相続、十四歳にして十五位下に叙せられ内匠頭に任じられました。

元禄14年(1701)に勅使の接待役に推されたが、指南役の吉良上野介義央に江戸城内大広間と白書院をつなぐ松の廊下で切り付けたため切腹を命ぜられました。その後、江戸屋敷は幕府に取り上げられ、赤穂藩浅野家は断絶しました。

聖路加国際病院の敷地内には、浅野内匠頭邸跡を示す石碑と説明板が設置されています。東京都指定文化財です。

 

 

ck1303_201708091.jpg【芥川龍之介生誕の地】

その近くにあるのが芥川龍之介生誕の地の説明板です。

芥川龍之介(1892-1927)は、牛乳販売会社「耕牧舎」を経営する新原敏三の長男として、東京市京橋区入船八丁目一番地(現在の中央区明石町十番)で生まれました。生後まもなく母親のフクが発病したため、龍之介は母の実家の芥川家に引き取られて成長しました。夏目漱石門下で、『鼻』『羅生門』『河童』『或阿呆の一生』などの多くの文学作品を残しました。聖路加国際大学前に生誕地を表す説明板が設置されています。

 

<参照>

図説忠臣蔵 西山松之助監修 河出書房新社

江戸っ子が惚れた忠臣蔵ー赤穂義士の実像と虚像に迫る 菅野俊輔作 株式会社小学館

都旧跡 浅野内匠頭邸跡の説明版 中央区教育委員会

芥川龍之介生誕の地の説明版 中央区教育委員会

中央区ものしり百科 中央区観光検定委員会監修

 

 

第70回築地本願寺納涼盆踊り大会

[サム] 2017年8月 7日 09:00

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DSC00564RSG.jpg 築地本願寺での夏恒例の盆踊り大会。

会期は8月2日~5日の予定でしたが、3日は築地場外市場で発生した火災の為、一部催し中止。

4日以降は再び挙行の運びとなりました。

「日本一おいしい盆踊り!」をスローガンに、築地場外市場や近隣飲食店による屋台が出店し、近隣の住民や勤労者の他、国外からの観光客も含め、大勢の来場者で賑わい、熱気に包まれています。

「築地音頭」他次々と繰り広げられる盆踊りメドレー、踊りの合間の「大江戸助六太鼓」の演奏、4日には、男装・女装・コスプレなど自由な仮装で踊りの輪に加わる「仮装大会」が楽しめます。

今回で70回目を迎える歴史あるイベント。

境内に設えられた櫓の周りに飾られた提灯の灯りも煌びやかで、ライトアップされた本堂を背景に、暗闇に映えています。

 

 

築地 えとビルのチャイム

[銀造] 2017年8月 1日 16:00

「築地えとビル」は、ビルの壁面に描かれた十二支が楽しくて、皆さんに愛されている建物だと思います。

 

ある日の18:00、いつもの様に「築地えとビル」の前を通ると、

素敵な鐘の音が聞こえてきました。

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チャン チャン チャチャチャン、 チャン チャチャン チャチャチャン 

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このオブジェは9個のを内蔵しており、演奏するのを知りました。

大発見です 築地の街歩きが楽しくなりますね。

 

なんという名前のオブジェで、製作者が誰なのかは不明のままですが、メロデイの曲は「メンデルスゾーン作曲の結婚行進曲」だろうと思います。

 

 
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