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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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あかつき公園のハクモクレン

[ジミニー☆クリケット] 2017年3月 8日 18:00

築地七丁目にある「あかつき公園」(下の地図、赤〇)のハクモクレンが咲いています

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ハクモクレンは、真っ白な花がの訪れを感じさせてくれる落葉高木の1つで、に先立って、大きく上を向いた花を咲かせる姿がとても印象的です

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同じく白い花でを感じさせてくれる「こぶし」との違いは、ハクモクレンの花が、斜め上か上向きに閉じた形なのに対して、「こぶし」は花の向きがいろいろな方向へ開いた形であることや、ハクモクレンが開花中はをつけないのに対して、「こぶし」は開花中、を花の下に1枚だけつけるという点にあります

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ハクモクレンの花は大きくて見応えがあるのですが、開花期間が短いので、咲いているハクモクレンがあったら、是非立ち止まってを訪れを感じてください

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現在、あかつき公園一部改修工事中のようで、私が訪れた時は、新しい遊具が搬入されて、設置を待っている状況でした。

 

 

つきじTASSぎゃらりー若松屋 森からのメッセージ、中村道雄『組み木絵の世界』展

[銀造] 2017年3月 8日 16:00

 "つきじTASSぎゃらりー若松屋"さんは、築地6丁目12-3にあり、銅板の看板建築が町のランドマークです。

毎年秋の中央区まるごとミュージアムに参加され、多彩な作家さんの作品を紹介して頂いています。

 

今回は、西多摩郡日の出町の作家さん、中村道雄さんの作品展が開催されています。 期間は、3月6日から11日(土)までです。

原画の作成過程です。 右側においてあるのが出来上がりの絵葉書です。

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 椅子に加工した作品です。

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"組み木絵"とは、数十種類の木を使って生み出された絵です。 木の "ぬくもり" が伝わってきて、心が落ち着いて きます。 

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作品は、日本人の心のよりどころ、富士山、東京タワーなどがあり、見ていて心が癒されます。 是非、お立ち寄り下さい。

"つきじTASSぎゃらりー若松屋"の住所:中央区築地6-12-3、 電話:03-3541-0124

 

 

「桜のシューアイス」新登場

[サム] 2017年3月 8日 14:00

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DSC03831RS'G.jpg 浜離宮恩賜庭園では、遅蒔きブロックの菜の花も満開となり、鳥除けネットが外され、一段とスケールアップ。

一面黄色い絨毯が敷き詰められたような光景です。

梅林の中咲き、遅咲きのウメも見頃で、初春の花々を視覚と嗅覚で堪能できます。

桜の季節を迎えるに当たり、花巡りの一休みに、「花の色香を添えたスイーツがあれば・・・」との想いから、公益財団法人東京都公園協会と㈱洋菓子のヒロタでコラボ開発したオリジナルの「桜のシューアイス」。

3月4日(土)から新登場。

花木園脇の濱見世(KIOSK)他、都立公園内の売店等で販売されています。

一口、口に入れただけで、ふわりと桜茶と同じ「関山」の香りが広がります。

 

 

東京タワー ダイヤモンドヴェール「ドリームピンク」

[サム] 2017年3月 6日 16:00

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DSC_0064RS'G.jpg 季節毎に姿を変え、季節に因んだ演出が楽しめる、週末の東京タワー ダイヤモンドヴェール。

2月4日(土)、春を告げる桜色カラーのダイヤモンドヴェール「ドリームピンク」が点灯しました。

点灯時間:20:00~22:00

勝どきの隅田川テラスから築地市場越しに、ピンク一色の春らしい耀きを望めます。

一足早く春の気分に浸っていただき、美しくも儚い桜の花の季節を少しでも長く楽しんでいただこうと、大展望台内2階では今年も、春限定ディスプレイ「SAKURA EASTER」を、3月1日より開催中(5月8日迄)。

また、4月23日迄毎晩開催中のプロジェクションマッピング「CITY LIGHT FANTASIA ~FUTURE TOKYO TOWER~」も、3月から「夜桜」をイメージしたバージョンに仕様変更の由。

因みに、この日の日没~20:00、22:00~翌明け方迄は、定番の「ランドマークライト(冬バージョン)が点灯。

 

 

元祖カツカレーのお店〔バー&グリル 銀座スイス〕

[ジミニー☆クリケット] 2017年3月 6日 12:00

築地2丁目にある「バー&グリル 銀座スイス」は、昭和22年創業老舗洋食店支店になります

銀座スイスは、カツカレー発祥の店として有名で、その誕生エピソードとしては、銀座本店の常連だった巨人軍千葉茂氏の「カレーカツをのせてくれ」の一言で、昭和23年に誕生したとのことです

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ちなみに、千葉氏は、読売ジャイアンツで活躍された往年の名選手で、背番号は、千葉氏が現役引退後、昭和33年に入団した新人の長嶋茂雄氏に譲り渡されました

監督に就任した近鉄バファローズの、バファローは、千葉氏の現役時代のニックネーム猛牛千葉」にちなむそうです                                                                                                            

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ランチで、「ポークカツカレー」を注文

温かいカップスープ付きです

ポークカツは、衣がサクサクで、カラッと揚がっており、あまり厚みがないのも、カツカレーカツとして合っています

カレーは時間をかけて煮込まれていて、シンプルカレーでも楽しめます

中辛具合も私には合っています

カツカレーの組み合わせは最高です

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お店の対応はとても丁寧です

ランチメニューは、日替わりの盛り合わせランチハンバーグステーキスープライス付き)、ハヤシライスなどもあります

銀座スイスのHPはこちら ⇒

http://ginza-swiss.com/index.htm

 

 

◆ 隅田川 わたしの記憶めぐり <渡し編>

[隅田の花火] 2017年3月 6日 09:00

2月最後の土曜日の朝、築地でご飯を食べました。

ここは波除稲荷神社の隣、築地場内市場の「海幸橋門」。場外市場に新しくできた「築地魚河岸・海幸橋棟」の建物があるところです。

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築地は隅田川の河口近くにありますが、この近辺にはかつて、かちどき・月島・佃の3つの渡し舟がありました。今日は風もなく良い天気。時間もあるので渡し舟の面影を探しながら散策してみることにしました。まずは近くの勝鬨橋へ。

 

 

歩いて4分くらい、勝鬨橋のたもとには大きな「かちどきの渡し碑」があります。説明板をみると先程の「波除稲荷神社」の辺りに渡船場があったと書いてあります。

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神社の隣の「海幸橋門」の名前は、もちろん「海幸橋」に由来します。そこは隅田川から離れた内陸の場所になるのですが、昔は隅田川に繋がる川が流れていて海幸橋のあたりに渡船場があり隅田川に舟が出ていたようです。

 

近年に川が埋め立てられ、橋も無くなり、わずかに橋の親柱と築地場内市場の「海幸橋門」という名前だけが残りました。豊洲への市場の移転が予定されている今、「海幸橋門」の名前は無くなってしまうと思うのですが、川の跡地に建てられた「築地魚河岸・海幸橋棟」の名前が川と海幸橋のわずかな記憶をつないでいくことになりました。

 

 

勝鬨橋を渡りました。対岸の「勝どき」から見た隅田川、築地方面の風景です。

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勝どきという町名と勝鬨橋という名前は「かちどきの渡し」に由来します。渡し場の名前はその土地の名前から付けられることが多いですが、ここは渡しの名前の方が先でした。

1905年正月、日露戦争で旅順の要塞を攻略したことを記念して京橋区民の有志が渡船場を設置し「かちどきの渡し」と名付けました。築地はかつて海軍関連の施設が多くあったという歴史があるのですが、それも関係しているのでしょうか。

 

勝鬨橋ができた1940年に渡し舟はその役目を終えました。

 

勝どき側のかつての渡船場は、今工事中の隅田川テラス、ここのちょっと左側辺りです。渡し舟の名残は今は見つけられませんでした。

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ここ勝どきから月島にある「月島の渡し跡」に向かいます。

 

 

 

月島で一番隅田川に近い道沿いを歩くと「わたし児童遊園」という公園があり、ここに「月島の渡し跡」という説明板があります。渡し舟の名残はこの説明板と公園の名前ぐらいでしょうか。

月島や勝どきは埋立地です。この辺りが埋め立てられた後、程なくして渡し舟が作られました。渡し舟は月島の土地のはじまりと共に時を重ねてきたことになりますが、ここも近くに勝鬨橋ができたことにより廃止となりました。

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ここに隅田川河畔によくある案内板がありましたので、今日歩いたところを説明してみます。赤い線が歩いたところ。月島から川をさかのぼって佃まで行き、最終的には佃大橋を渡って鉄砲洲の湊公園までのルートです。

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「わたし児童遊園」からは隅田川テラスに出ることができるのですが、今は工事中で出られず対岸を見ることができません。

そこで少し上流にある「月島3丁目児童遊園」から、対岸の渡船場があった方向を写しました。老舗料亭「治作」が見えるあたりに渡船場があったようです。その奥の白い建物はポンプ所です。

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この対岸にも「月島の渡し」の説明板があります。説明板には、おおまかにこのようなことが書かれています。

 

・月島の渡しは明治25(1892)年、土木請負業の鈴木由三郎が明石橋橋詰の南飯田町(現在の築地7丁目18番)から月島(現在の月島3丁目24番)へ手漕ぎの船で私設の有料渡船を開始したことに始まる。

・明治34(1901)年に月島への交通の重要性を考慮した東京市が渡船の市営化を決め、翌35年に明石町(現在の明石町14番)に渡船場を移設し無料汽船曳舟2隻で交互運転を開始した。

 

後日写真を撮りました。説明板のある一角は築地七丁目、左の奥にある建物が明石町の「治作」でそのうしろに隅田川が流れています。不思議なのはこの説明板は隅田川岸際から結構離れた場所にあることです。

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渡船場は「明石橋橋詰の南飯田町」と説明板に書いてありますが、何処だかわかりません。

ここで、中央区観光協会のスマホアプリ「中央区まち歩きマップ」を開きます。このアプリの特筆すべきところは、江戸・明治・昭和の各時代の中央区の古地図が見られるところで、今自分がいる場所もGPS連動で古地図上に示されます。

 

なんとこのあたりには昔、隅田川に斜めにつながる水辺があったところで、ポンプ所は水辺の跡地、治作の前の道は「明石橋」が架かっていた所でした。明石橋の橋詰は、現在説明板のある場所でまさしくここに渡船場がありました。治作のあたりは明石町14番なのでのちに渡船場が移った近辺と思われます。

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ちょっと強引に昔の水辺を水色で塗ってみました。今の「あかつき公園」はかつて「明石堀」と呼ばれた広い水辺空間でした。ここから「鉄砲洲川」が今日のゴール地点の近くまで流れていました。

古地図を見て歩く楽しいところは、「宝の地図」を見てお宝を探すような気分を味わえるようなところでしょうか。

  

  

 

「佃島渡船の碑」がある佃まで来ました。江戸の初期からあった佃島の歴史ですが、この佃の渡し舟の歴史も同じ頃から始まります。渡し舟にはいろいろな変遷があったようですが、オリンピックのあった1964年に佃大橋が開通したことで長い歴史に終止符が打たれました。

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この碑の写真をバシバシと撮っていたら、老夫婦が近づいて来ました。月島から歩いてきてこれから住吉神社にお参りに行く、とのこと。90歳のおじいさん。ゆっくりといろいろな話をしてくださいました。

  

3つの渡し船が動いていた頃のことをすべてご存知でした。勝鬨の渡しの船が一番小さかっただとか、橋ができて舟が無くなったとか、豊海の埋め立て地はまだ無かったとか。

 

まさにお宝の時間でした。どうもありがとうございます。

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佃大橋を渡り上流を眺めます。佃大橋のたもとに桜の木があるのですが、その下にもうひとつの佃島渡船の碑があります。ここが渡船場だったところです。桜が咲いてテラスを歩けるようになるのも、あとちょっとです。

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かつての鉄砲洲川の河口があった辺りにある「湊町第1児童遊園と汐見地蔵尊」。川は関東大震災の頃に埋め立てられたとのことですが、佃の渡しの渡船場はこの河口付近にあった時代もありました。

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ここに川が流れていたということは今は全く想像ができないのですが、風景が変わってしまっても水辺の記憶というものは探してみると意外なところに息づいているもので、もしかしたら何かを見つけられるのかもしれません。

 

 

ゴール地点の「湊公園」。隅田川テラスの工事が終われば直接テラスに出られるようになる公園です。

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上流には「中央大橋」が見えるなかなか景色の良いところ。江戸時代、このあたりは遠方からやって来た大きな帆船がたくさん停留し、小さい船に荷を移して江戸市中に運んでいったところといいます。そういう景色を想像し、思いを馳せるのにも気持ちが良い公園になりそうです。