中央区観光協会オフィシャルブログ

中央区観光協会特派員ブログ

中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

執筆者一覧

>>このブログについて

最近のブログ記事


地名 永代通りを挟んでも、兜町は南北に

[銀造] 2017年8月16日 16:00

 8月の暑い日、都営浅草線日本橋駅D1を上がったところで、外国人のご夫婦が大きなバッゲージを持って、何やら困った様子でした。

お節介の銀造は、近づいて、Excuse me. May I Help you?と声を掛けましたが、何やら通じないので、スペイン語に切り替えて話すと、"Kabuto-cho"という返事。 兜町なら、東京証券取引所のあるところだからと、北を指さして、"あっちでしょ!"といったのですが、どうも合点がいかない様でした。

 ご主人が地図を持っていたので、ビルの曲がり角などを図示した写真も載っているメールを見せて頂いて、

"それなら、こっちです。" 、 Vamos !  と歩き出しました。

無事、ご案内出来て、ホっとしました。 喜んで頂いて何よりでした。

DSC07032 (400x225).jpg

 「センターホテル東京:日本橋兜町15−13」と「新馬場区民館:日本橋兜町11番9号」のある辺りは、兜町なのですね。 外国人に教わりました。

*ちなみに、茅場町は、永代通りより北側が茅場町一丁目、永代通りより南側が二丁目、三丁目です。

 

 

2017 富岡八幡宮例大祭 「深川八幡祭り」

[サム] 2017年8月15日 18:00

DSC_0080ELS'.jpg 

DSC_0051RS'G.jpg 富岡八幡宮の祭礼は深川八幡祭りとも称され、寛永19(1642)年に将軍家光の長男(後の家綱)の世嗣祝賀を執り行なったのが始まりとされています。日枝神社の山王祭、神田神社の神田祭と並んで江戸三大祭りのひとつに数えられ、「神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王様」とも謳われる程、その神輿ぶりが有名で、昔ながらの「わっしょい、わっしょい」の掛け声と共に、沿道の人々から清めの水が威勢よく浴びせられ、「水掛け祭り」としても親しまれています。

今年は3年に1度の本祭り。中でも、8月13日に挙行された、氏子各町53基(1~55番。4番、42番は欠番。)の大神輿が勢揃いして練り歩く、「各町神輿連合渡御」は圧巻です。

富岡八幡宮を起点に、永代通り~大門通り~江戸資料館通り~清洲橋通り~清洲橋~箱崎湊橋通り~永代橋~永代通りと約8kmを巡行。

見せ場のひとつが永代橋袂の永代橋西交差点。両側から消防用ホースで大量放水され迫力満点。「揉み上げ」「差し上げ」「舞い上げ」等、粋なパフォーマンスも繰り広げられ、担ぎ手と観衆が一体となって盛り上がりを見せます。 

 

 

深川祭 神輿連合渡御

[saru] 2017年8月15日 14:10

8月13日に深川富岡八幡宮の神輿の連合渡御がありました。お隣の江東区門前仲町にある富岡八幡宮の氏子には中央区の新川と箱崎も含まれています。今年は3年に一度の本祭で各氏子町会の55基の神輿が繰り出し、江東区と中央区を「ワッショイ、ワッショイ」と威勢の良い掛け声で練り歩き、沿道からは別名「水掛け祭」ともいわれるとおり、さかんに水がかけられました。深川八幡様のお祭りは神田祭、山王祭と並んで「江戸三大祭り」の一つ。朝早くに八幡様を出発した神輿は、江東区を練り歩いたのち、清洲橋を渡って中央区へ。箱崎を通り、新川でお昼を迎え、永代橋を渡って、再び八幡様へ。江戸時代にはこの永代橋が祭でごった返す中で崩落。大惨事になったことは有名で落語「永代橋」の題材にもなっています。この日の前後は天気が悪かったですが、この日は幸い雨も降らず、日の光に掛ける水がキラキラと反射し、熱気の中にも幻想的な写真が撮れました。

DSCN5768.JPG

清洲橋を渡って中央区箱崎へ

DSCN5829.JPG

DSCN5845.JPG

DSCN5862.JPG

DSCN5801.JPG

永代橋を渡り、再び深川へ。水上バスの人の視線も橋上へ。

 

 

スマイルホテル レストラン・シェルブール Resturant Cherbourg at Smile Hotel, Nihombashi Kayabacho

[銀造] 2017年8月15日 12:00

 東京メトロ東西線の茅場町駅3番出口を上がって、30㍍、1分程度のところにあるスマイル・ホテル。

 

ホテルの地下には、レストラン・シェルブールがあります。

日替わりメニュー¥930で、この日は、サーロイングリルと週替わりの魚ランチがありました。+200円で、スープ、ドリンクが自由になる、「ドリンク・バー」制があります。ビーフコンソメ、クリーム・コーンシチューを美味しく頂きました。

友人は、150g以上ありそうなサーロイングリル。 お肉がジュージューと湯気を立てて、テーブルに。

1502247015339.jpg

 

 私は、大きなメカジキのフィレのソテーです。 Ummai ! Gostozo!

1502247028886.jpg

 食後のコーヒーも美味しく、充実した気分で活力が漲りました。

 

期間限定ですが、ワイン単品60分¥980という催しを実施中でした。>今後の催しも見逃せませんね。

DSC07019 (225x400).jpg

 アフター・ファイヴは、雨が降っても、シェルブールで!

ホテルとレストランのHPは、こちらです。

http://www.chuo-kanko.or.jp/#we-page-entry?spot=118661&cat=10960&pageno=3&type=spot&theme=theme-1

 

レストラン・シェルブールのご案内は、こちらです。

http://www.cherbourg.jp/tokyonihombashi/

 

 

◆ 東京駅八重洲口発のバスに乗って

[隅田の花火] 2017年8月13日 09:00

土曜日の夕方の東京駅。いやぁ、今日も暑い1日だった。

これから中央区の勝どき駅に行かないといけないので、八重洲口から出ている「深川車庫前」行きのバスの乗り場を探した。

 

丸の内南口から出ているバスを使っても、勝どきに辿り着くことが出来る。しかも有楽町や銀座や築地の街並みを見ながら。でも今日は、八重洲口発の都営バスにしてみた。

 

このルートのバス停はたぶん、東京に詳しくない人だと、聞き慣れない名前が多いかもしれない。

 

   17:46 東京駅八重洲口

   17:47 通り三丁目

   17:49 八丁堀二丁目

   17:50 亀島橋

   17:51 新川

   17:54 新川二丁目

   17:55 鉄砲洲

   17:57 湊三丁目

   17:58 明石町

   18:00 聖路加病院前

   18:01 築地七丁目

   18:03 勝どき橋南詰

   18:04 勝どき駅前

 

中央区の中でも下町色の濃い、ディープなエリアを通るこのバス。本数こそ少ないが、乗るたびに違う味がしてくるので、たまに乗りたくなってしまう。列に並び、バスに乗り込んで、今日は初めてバスの一番前に陣取ってみた。

 

 

バスは東京駅から八重洲通りを真っ直ぐに、新川・佃方面へと走っていく。八重洲通りの左側が昔の日本橋区、右側が京橋区だったので、その境を走っている。

中央通りとの交差点にある『 平和の鐘』を横目に過ぎていくと、不思議な名前のバス停「通り三丁目」に停まる。

s_hanabi50-1.jpg

名の由来は、八重洲通りでもなく、中央通りでもない。昔の町名「通(とおり)」から来ているらしい。

今の中央通りは江戸時代、日本橋を起点として延びていた東海道の道筋で、その東海道の最初の区間、日本橋と京橋の間の道沿いに賑った細長い町の名前が「通」。江戸時代の初めから栄えた商業地だ。

昭和48年にその町名は消えてしまったものの、バス停にその名前を残してくれている。なんとも嬉しいバス停である。

 

 

バスはビジネス街を抜け、亀島川に架かる亀島橋を渡り、新川地区に入っていく。

 

「新川」の名前は、かつて東西に流れていた運河の名前に由来するというが、今はもう、埋め立てられてしまっている。

 

今度の日曜日の深川八幡祭りでは、この辺りも55基のお神輿が巡行する。隅田川の人気のある2つの橋をお神輿が渡るので、とても好きな夏祭りだ。

s_hanabi50-2.jpg

深川から清洲橋を渡ってきて、箱崎や、ここ新川地区を通り、永代橋で隅田川を渡り直して深川の富岡八幡宮へと戻っていく。特に永代橋辺りは見物人の溢れる人気エリアとなっている。

s_hanabi50-3.jpg 

この祭りの特徴でもある「水かけ」の風景は各所でみられ、それを見ているだけでも、この祭りにかける人々の情熱を体感でき、感動もできる夏祭りである。

s_hanabi50-4.jpg 

また新川地区は、昼食のための休憩タイムにあてられているエリアなので、その間、お神輿の博物館状態になる場所でもある。まじまじとお神輿自体を見物してみたい人には、良い場所かもしれない。

s_hanabi50-5.jpg 

 

さて、このまま八重洲通りを真っ直ぐに進んでいくと、「中央大橋」で隅田川を渡ることになる。しかしバスは八重洲通りをサヨナラして右に曲がる。

 

曲がったかと思えば、すぐ「新川二丁目」のバス停で停まり、発進したら目の前にある「高橋」を渡らずに左へと折れる。何だか慌ただしくなってきた。

この慌ただしさは、バスが亀島川を渡るのにわざわざ「南高橋」を選んでいるせいではないのか、という疑念を生じさせる。

 

南高橋は、この辺りの橋の中でも、粋な作りの橋だ。関東大震災の復興で架け替えられた旧両国橋の部材を使っているので、レトロ感が満載である。川を渡るのにこの橋を選ぶとは、このバスも、なかなかニクいことをしてくれるものである。

s_hanabi50-6r.jpg 

 

バスは、鐵砲洲稲荷神社の前にさしかかる。バス停も「鉄砲洲」。面白い名前である。かつて隅田川の河口辺りにあった洲が、鉄砲のような細長い形をしていたから、とも言われているが、面白い名前にしては、少し理由がつまらない。

 

佃大橋の高架の下をくぐった先が明石町。やたらと「◯◯発祥の地」という、石碑やら記念碑やらの多いエリアに入っていく。

この辺りは開国後「築地居留地」として、東京の中でも新しい外国の文化が、いち早く入ってきたことがその理由だが、そもそもこの明石町という名の由来は、兵庫県の明石の浦の風景に似ていたから、という説がある。

江戸時代の人は、明石町の海の先に浮かぶ佃島を淡路島に見立てていたに違いなく、きっと綺麗な江戸の海の風景が広がっていたのだろう、と想像ができる。

 

 

『平和の橋』の下にある「聖路加病院前」のバス停で停まった。この『平和の橋』の名付け親は、先日105歳で永眠された日野原重明先生なのだそうだ。

s_hanabi50-7.jpg

微かに鐘の音が聞こえてくる。聖路加病院の18時の鐘の音である。雰囲気のよい場所には、よいメロディが流れるものだ。この鐘の音とともに、日野原先生の平和への想いも、ここ明石町の空の下で受け継がれていくのであろう。

s_hanabi50-8.jpg 

 

そしてバスは、昔、小田原町と呼ばれていた街を抜けていく。この辺りを裏築地と呼ぶ人もいて、隠れた名店が多いところであるが、路地裏の道に入っていったりすると、思わぬ建築が目の前に現れたりして、ビックリする場所でもある。

 

晴海通りを左に曲がるとすぐ勝鬨橋。この橋が一番格好よく見えるのは、自分で車を運転して渡る時だと、この前運転して思った。なので今日は一番前に陣取って橋を見てみたかった。やっぱり自分で運転した時のほうが、格好良く見えたと思う。

 

橋を渡った先が勝どき。いろいろな所を巡ってきたが、意外とあっという間である。

 

 

時間があったので「勝どき橋南詰」のバス停で途中下車した。今日は隅田川の夕暮れが綺麗そうなので、勝鬨橋まで少し戻ってみようと思ったからだ。

s_hanabi50-9.jpg 


雲が多かったけれど、暮れていく水面を見ることができた。良い景色である。もう少し経てば、東京タワーにも明かりがついて、屋形船もたくさん現れてくる。

 

隅田川テラスにおりて、夕涼み、といきたいところだったが、駅に向かわないといけない。仕方なくこの場所を後にし、勝どき駅まで歩いて、ちょっとした小旅行を終わらすことにした。

 

 

 

越前堀と間知石(けんちいし)

[O'age] 2017年7月26日 09:00

中央区新川1・2丁目地域には江戸時代、越前福井藩・松平家の中屋敷がありました。屋敷は隅田川に面し、他の三面に堀が設置されていました。この堀は「越前堀」と呼ばれ、旧町名のもとにもなりました。詳しい説明板は、今年春リニューアルオープン、明るくなった越前堀児童公園内にあります。

IMG_9936.JPG IMG_9941.JPG

この堀の護岸は石積みで、堀幅は12~15間(20~30m程)あり、運河としても用いられたようです。この護岸の石は、道路工事などの際に掘り出され道路わきなどに展示されています。間知石といわれる形状のものです。石の表面は基本的には四角で、後ろの部分は四角錐の先端へ向けて細くなり、隙間には割石などを詰めて積み、擁壁を作るための石材です。

 

以下は中央区内・歩道脇での、間知石の展示です。

越前堀跡(新川2丁目付近)

IMG_9239.JPG IMG_9240.JPG

汐留遺跡関連(昭和通り・銀座8丁目付近)

IMG_9873.JPG IMG_9874.JPG

堀留川跡関連(小舟町)

IMG_9892.JPG IMG_9900.JPG

これらは道端の目立たない展示ですが、江戸時代の堀や水路などの遺跡を忍ばせる中央区内まち歩きの楽しい展示の一つです。

 

 

 
1234567891011