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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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居心地も味も◎!隠れ家風洋食店「キャプリス」

[Hanes] 2018年12月30日 12:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
クリスマス当日、皆さんは何か特別なものを食べましたか?
私はというと、1年以上気になっていた隠れ家風洋食店「Caprice(キャプリス)」へ念願のランチに行ってきました。

周りは比較的住居が目につく八丁堀のエリアなのですが、
お店のドアには、ヴィクトリア朝のステンドグラスのようなものがはめられており、
英国都市の路地裏に佇み、地域住民に親しまれるティールームのような可愛らしい外観が特徴です

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こちらのお店のオススメは、日替わりのワンプレートランチ
ワンプレートというとカフェ風の響きですよね?
利用日は、若鶏モモ肉のコンフィ、サゴチ(シマアジに変更)の香草焼きに加え、サラダ、バターライス、スープというメニュー。
果たしてどんな見た目と味なのか、ワクワクしながら店内に入ると...

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まさにcosyという単語がぴったりの、小ぢんまりとした居心地の良い空間になっていました。
外観からは想像がつきませんでしたが、お洒落な洋楽が流れているのも高評価

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スープはセルフサービス&おかわり自由ということで、
スープを取りに行き、お店の雰囲気を楽しんでいると、
香りのよいバターライスとお目当てのワンプレートが運ばれてきました

「なんだかカフェより本格的」と良い意味で予想を覆されたうえ、
サラダの量と鮮度の良さはポイントが高かったです!
サラダや前菜が先に出てくるお店が多い中、メインを食べながら時々野菜をいただきたい場合、こういうワンプレートもありなのではないかと再確認

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このコンフィと香草焼きのカリっとした焼き上がりは写真で伝わりますでしょうか?
ちょうどよい焼き具合で、ソースの塩加減が絶妙
そして、何より感動したのがコンフィ!
一見シンプルな調理のように見えて、実は手間がかかっています。
肉は柔らかく、グレイビーとオイルが程よく混ざり合い、
ホームステイ先で食べた家庭料理のような懐かしい味で美味しかったです

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スープは洋食にも和食にも合いそうな後を引く味で、
油揚げ、ベーコン(塊)、アスパラ菜(オータムポエム)、豆腐が入っていました。
真似して作ってみたくなります

夜は別メニューでの営業となるので、近隣にお勤めでない方は、夜の利用が良いかもしれません

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雰囲気も味も◎なうえ、お店の方がとても親切で申し分のないこちらのお店ですが、
支払いは現金のみですのでご注意ください。
本当に「隠れ家」のように利用したくなる人は私だけではないはずです
八丁堀周辺にお越しの際には、立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

■Caprice(キャプリス)
住所:東京都中央区八丁堀2-10-3
営業時間:ランチ (月~土) 11:45~14:00
     ディナー(月~金) 18:00~22:30
定休日:日・祝

※お店の方にご紹介許可をいただいております。

 

 

【中央区観光検定対策】俳句・川柳編

[Hanes] 2018年12月28日 18:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
中央区観光検定受験日が近づいてきましたが、勉強は順調に進んでいますか?
今回は俳句・川柳対策を兼ねて、中央区の史跡を巡ってみたのでご紹介します。

■九条武子夫人歌碑
彼女は西本願寺門主の次女として京都に生まれ、21歳で男爵九条良致と結婚
夫の英国留学・勤務により別居生活が10年近くにおよびましたが、
その間、和歌(佐佐木信綱)、絵画(上村松園)、生け花(西川一草亭)を学び、才能に磨きをかけました。

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彼女が残した歌集には『金鈴』『薫染』、随筆には『無憂華』があり、
築地本願寺にある歌碑に刻まれた「おおいなる もののちからに ひかれゆく わがあしあとの おぼつかなしや」はおさえておきたいですね

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■五世川柳・水谷緑亭句碑
佃島の風紀を心配し、自宅で忠孝節義の話をした彼の句は、住吉神社の境内で見ることができます。
「和らかで かたく持ちたし 人ごころ」

■銅鐘 石町時の鐘
この鐘は二代将軍徳川秀忠の時代に本石町に設置され、江戸城下の人々に時刻を知らせていました
近くに長崎屋(オランダ商館長の宿所)があったことから、詠まれた川柳が...
「石町の鐘はオランダまで聞こえ」

■石川啄木歌碑
彼は京橋区滝山町(現・銀座6丁目)の朝日新聞社に入社し、
肺結核等で26歳の若さで亡くなるまでの約3年間、校正係の仕事をしながら創作活動を行いました。
「京橋の 滝山町の 新聞社 灯ともる頃の いそがしさかな」

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また、彼の第一歌集『一握の砂』が、「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」で始まることもおさえておいて損はありません

■越後屋
蕉門十哲のひとりで、江戸座(江戸っ子気質を反映した派手な句風が特徴)と呼ばれる一派の代表である榎本(宝井)其角は、越後屋についてこんな句を詠んでいます。
「越後屋に きぬさく音や 衣更」
情景がふと目に浮かぶようですね

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せっかくなので、其角のその他の句も合わせて覚えておきましょう
(ここでは詳しく解説はしませんが、それぞれの句が詠まれた背景も合わせて確認しておくことをオススメします!)

「日の春を さすがに鶴の 歩み哉」
「鐘ひとつ 売れぬ日はなし 江戸の春」
「この人数 舟なればこそ 涼みかな」

■海水館跡
明治38年に開業した「海水館」は、仙台市から移築した木造2階建ての割烹旅館。
当時このあたりは東京湾が一望できる風光明媚で閑静な場所であったため、名だたる文化人が滞在しました。
海水館に関する一首は以下の通り
「冬の海 見ればかなしや 新佃 海水館は わび住みにして」
(吉井勇の歌集『毒うつぎ』より)

■十返舎一九墓
『東海道中膝栗毛』の作者である彼の墓(真円山東陽院)の左側面には、
有名な辞世の句が刻まれています。
「此の世をは とりやお暇に 線香の 煙とともに 灰さようなら」

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■吉田松陰終焉之地
幕末の志士の多くを育てた優秀な人物でありながら、小伝馬町牢屋敷内で処刑された彼の辞世の句が、小伝馬町に設置されています。
「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留置まし 大和魂」

■寿司
すしを握る職人の手つきが忍術使いの呪文を唱える様子に似ていることから、こんな句が詠まれました。
「妖術と いう身で握る 酢の飯」(川柳句集『誹風柳多留』)

ここまで俳句や川柳をピックアップしてみましたが、
どれも記憶に残るような印象的なものばかりですよね
知らない句があった方、検定前にチェックしてみてはいかがでしょうか?

※本記事は、個人的な検定対策の一部をご紹介するものです。
 ここに書かれた内容を覚えると合格できるというものではございません。
 予めお含みおきくださいませ。

 

 

橋の工事

[皐月の鯉の吹き流し] 2018年12月27日 14:00

この時期よく耳にする「平成最後の・・・・・」、これもその平成最後の橋の大規模工事です。永代橋、清洲橋、その間の日本橋川に架かる豊海橋の工事。この3つの橋が同時に補修・改修大規模工事は今しか見ることができない光景です。

 

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永代橋、清洲橋は橋の構造において対照的で、仮設足場で囲われていてもその特徴が分かります。

 

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何回か同じ角度で撮った隅田川大橋からの東京スカイツリーを背景にした永代橋。

写真は中央大橋からですが、隅田川大橋からは、永代橋・清洲橋、両方見ることができます。

スカイツリーは世界で最も高い電波塔ですが、日本の伝統技術や工芸を取り入れています。

 

建築構造は五重塔のような制振構造で建築物の中心に心柱がありその周囲を三角形のトラス構造で接合したものだそうです。この三角形は強度の点ではこれほど細かくする必要はないとのことですが、江戸切子を意識したデザインだそうです。

また外観は心柱を中心とした対称ではなく、日本刀をモチーフにした非対称になっています。

 

 

さて、豊海橋の工事は橋の補修・補強および嵩上げを行っています。今年の初めより来年の5月末までの予定なので、平成から次の時代をまたぐ大がかりなものです。

 

豊海橋_000.JPG

 

豊海橋_002.JPG

 

豊海橋_004.JPG<<<<< 豊海橋工事の進捗がわかります >>>>>>

 

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< これが仮設の橋 歩行者・自転車はここを渡ります 自動車は通れません >

 

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八丁堀の「日比谷」?

[yaz] 2018年12月17日 18:00

『何を言っているのですか?』という声が聞こえてくる感じです。日比谷は「日比谷公園」のある日比谷に決まっているでしょと。でも八丁堀高橋そばに、日比谷神社・日比谷河岸があります。

 日比谷河岸地図_詳細.jpg

 

室町時代の長禄元年(1457年)、太田道灌が千代田城を築いたとき、天地の恵みに感謝して日比谷公園の地に奉斎したのが「日比谷稲荷神社」の起源です。徳川家康が入府すると、江戸城の大拡張工事が始まり、日比谷御門が建設されることになり追い出されました。代替地として環状2号線と第一京浜の交差点そばの現東新橋2-1に遷座しました。

日比谷神社(新橋).jpg

 

しかし稲荷の崇敬者は海岸に祀られないと困るとして、八丁堀の干潟を埋築して、社殿を造営し現在の地に遷座しました。

日比谷は日比谷入江であり、"ヒビ"を立ててノリを採っていました。古くから用いられたものに,小枝の多い「かし」や「なら」などの枝木や竹類を材料とした海藻粗(そだ)があります。1710年代には積極的に海藻を育てるために、粗が建てられるようになりました。安藤広重の「名所江戸百景」(1856~57)の一枚「南品川鮫洲海岸」に見事な海藻養殖場の風景が描かれています。

hibi.jpg 南品川鮫洲海岸_名所江戸百景_1856~57(小).jpg 

これで「八丁堀の日比谷の謎」が解けました。

 

 

【中央区観光検定対策】川・橋編(2)

[Hanes] 2018年12月 2日 14:00


こんにちは!新人特派員のHanes(ハネス)です
今回は、【中央区観光検定対策】川・橋編(1)の続きで、②橋の順番(川ごと)について取り上げます。

ある程度橋の名前が頭に入った段階で、川ごとに架かる橋の順を覚えるなら
やはり語呂合わせがオススメです!
Hanes流の覚え方は以下の通り

■隅田川(上流から/北→南)
「両親今日末、中佃(煮)担ぎ」
両国橋(りょう)、新大橋(しん)、清洲橋(きよ(きょ))、隅田川大橋(す)、永代橋(え)、中央大橋(ちゅう)、佃大橋(つくだ)、勝鬨橋(か)、築地大橋(つき(つぎ))
※両国橋と新大橋の間に架かる隅田川道路橋は割愛。

語呂合わせは少々無理やりでも、覚えたもの勝ち
こんな状況をイメージすると覚えやすいのではないでしょうか?

中央区観光検定対策②.jpg

さすがにうちの両親は佃煮を担いで帰ってくることはありませんが、
昔はこういうことがあったかもしれませんね

■日本橋(下流から/東→西)
「富み、通え!日本に一時に!」
豊海橋(と)、湊橋(み)、茅場橋(か)、鎧橋(よ)、江戸橋(え)、日本橋(にほん)、西河岸橋(に)、一石橋(いっ/読み方は「いちこくばし」)、常橋(と)、旧常橋(き)、新常橋(に/新=Newの「に」)

こちらはこんなイメージでしょうか?

CKK2.jpg

隅田川の方の語呂合わせは伝統文化のイメージでしたが、
日本橋の方はインバウンド気運が高まる現在の日本のようですね飛行機

これで2本の川に架かる橋の順番は覚えられます...が、中央区観光検定はこれだけでは太刀打ちできません
隅田川と日本橋川はどこで合流し、合流後一番最初に架かる橋は何か...といったところまで押さえておく必要があります!
これについては次回の記事に持ち越しとします。

最後にもう1つ!
■余裕があったらおさえておきたい亀島川(上流から/北→南)
亀島川は、上流の日本橋水門に始まり、下流の亀島川水門に終わります。
その間には5つの橋があり、高得点を目指す方はあわせて覚えておきたいところです。
語呂合わせは、「霊岸進化!高くなる!」
霊岸橋(れいがん)、新亀島橋(しん)、亀島橋(か)、高橋(たか(く))、南高橋(な(る)/南=「なん」の「な」/読み方は「みなみたかばし」)

結構無理やり感はありますが、霊岸島は埋め立てや土地の隆起により、
江戸時代より海抜が高くなったという歴史と合わせて覚えてみてください

※本記事は、個人的な検定対策の一部をご紹介するものです。
 ここに書かれた内容を覚えると、合格できるというものではございません。
 予めお含みおきくださいませ。

 

 
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