中央区観光協会オフィシャルブログ

中央区観光協会特派員ブログ

中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

執筆者一覧

>>このブログについて

最近のブログ記事


短冊に願いごと(東京メトロの七夕飾り)

[ひまわりウサギ] 2016年7月 4日 12:00

7月7日は七夕祭り

東京メトロの計11駅に、七夕の笹飾りが飾られています。

中央区内では、日本橋駅、銀座駅、八丁堀駅の3駅です。

各駅には、短冊とペンが用意されています。

おでかけのついでに、通勤・通学の途中に、誰でも気楽に参加できるので、

何か願いごとを書いてみてはいかがでしょうか

 

■日本橋駅(B0出口のそば・・・近くには高島屋さんの入り口もあります)

SR5.JPG

 

■銀座駅(B9出口・・・ソニービルの入り口です)

SR2.JPG

 

家族連れ、お友達同士、カップル、おひとりでも・・・、

たくさんの方々が願いごとを書いていました。

(もちろん私も書いてきました

SR1.jpg

 

■八丁堀駅(改札内・・・A4、A5出口側です)

SR3.jpg

 

七夕飾りの期間:  7月7日(木)まで

東京メトロ路線図: http://www.tokyometro.jp/station/index.html 

 

 

名所・旧跡を歩いて、江戸和菓子と出会う(八丁堀編)

[達磨] 2016年6月28日 14:00

「八丁堀」は寛永年間に埋めたれられ、8町(約873m)の八丁堀と称した水路が開削された地域で、慶長16年(1611)から30年ほどの寺町時代を経て「与力同心の組屋敷」に変わった下町、明治維新後に京橋区と日本橋区に分割されて、京橋区に八丁堀地区が残る。 大正12年の大震災では焼け野原になった八丁堀、昭和20年の米焼夷弾では西八丁堀3・4丁目全滅だったという・・・・現在は商店、オフィスビル、マンションがきれいに並ぶ街。  ◆町会設立50年記念誌「わが町・八丁堀」Web版

(余談)私の先祖は西八丁堀4丁目で江戸時代から江戸小紋・刺繍を家業としていましたが、大震災によって廃業、史料など一切ありません。

 

<スタート>八丁堀駅A2→「八丁堀(桜川)跡・桜川公園」→「日比谷稲荷」→「堀部安兵衛武庸の碑」→亀島橋

江戸時代には、船見番所が置かれた「亀島橋」・・・橋上より亀島川・日本橋水門・スカイツリーを望む。

new_亀島橋スカイツリー.jpg

 

八丁堀3丁目を歩く(平成通り)→注目!ロースカツカレー「ロダン」→神仏具店・神輿師「秋山三五郎商店」→八丁堀スズラン通り→和菓子西八丁堀「青柳」→和菓子「八丁堀伊勢屋」→「八丁堀の与力・同心組屋敷跡」<ゴール>

 

「青柳」は大正九年の創業、三代目のおすすめは全国菓子観光大博覧会名誉大金賞牌の「味かく」と「菊最中」・・・美しく、男性的な味わいの生和菓子!です。

new_青柳.jpg

 

「八丁堀伊勢屋」・・・明治40年創業以来、餅と豆にこだわり『質を落とすな』・・・先々代から守り続け、気取らず普段使いのお茶菓子を心掛けております。「HPより」

new_八丁堀伊勢屋.jpg

 

 

 

橋について考える

[皐月の鯉の吹き流し] 2016年6月23日 09:00

勝鬨橋 かちどきばし、永代橋 えいたいばし、清洲橋 きよすばし 「~ばし」と濁って発音しますが、橋の銘板は 「かちどきはし」、「えいたいはし」、「きよすはし」と書かれています。

以前より、なぜ「~ばし」と発音は普通濁るが、銘板は「~はし」と書かれているのか 疑問に思っていました。

これは、「~ばし」と発音が濁ることが川が濁ることに通じるのを嫌ってのこと (あるTV番組の解説より) ということでした。

そこで、中央区のいくつかの橋の銘板は「~ばし」か、「~はし」か 見てきました

.

永代橋_10.JPG永代橋_01.JPG

.

勝鬨橋_02.JPG勝鬨橋_01.JPG

.

清洲橋_01.JPG

.

清洲橋_02.JPG

.

京橋_04.JPG

.

京橋_01.JPG

.

茅場橋_01.JPG茅場橋_02.JPG

.三吉橋_051.jpg

.

三吉橋_052.jpg.

. 中央区役所前の三吉橋

.

南高橋_01.JPG

.

.南高橋_02.JPG

.

豊海橋_02.JPG

.

豊海橋_01.JPG

「~はし」と書かれたものが 多いと思っていましたが、調べたかぎりでは同じくらいでした

 

 

OLランチ〜茅場町"ターブルドット"〜

[ぺんぺん] 2016年6月 6日 14:00

皆さまこんにちは。ぺんぺんです。
今月は、「オシャレランチ」のご紹介をします。お店の名前は、Table d'Hote(ターブルドット)、
場所は、中央区新川1-7-10です。
路地裏にあるこじんまりとした佇まいで、目印は赤いオーニングです。白い字でTable d'Hoteと書いてあります。
私はランチタイムに偶然見つけたお店ですが、雑誌にも取り上げられている、知る人ぞ知る?!名店です。席は10席くらいしかないので、あっという間に満席に。並んでいる方も沢山いました。
thumbnail_IMG_3332[1].jpg
ランチコースは1200円。驚いたのは、そのボリュームです。特にサラダが山盛りで驚きました。お店の方より、「うちはサラダの量がかなり多いのでお二人でシェアされますか?」との提案。確かにまわりのお客さん達はほとんどの方がシェアしていました。ちなみに私は「少なめ」でオーダー。少なくしていただいてもこの量です(下記写真参照)。ダイナミック。
thumbnail_IMG_3333.jpg
コースは、前菜をサラダかスープから選び、その他に自家製のパン、キッシュ、パスタが付きます。自家製パンも大人気で、わざわざパンのためにターブルドットに来るファンもいるようです。確かにモッチモチで美味しかったです。パスタは、2品から選ぶことができたのですが、私はシラスとキャベツのスパゲティにしました。‥絶品でした。
もっと早くに知っていたかったお店です。まだランチしか経験していないので、是非次回はディナーに利用したいと思います。一緒に行った後輩は、「教えたくないお店」と絶賛していました。
 
皆さまも是非。
 

 

外国人に道を尋ねられたら、 親切にしましょうね。 対応策提案

[銀造] 2016年6月 4日 14:00

 ヴィザ条件の緩和、円安などの影響で、沢山のお客様が日本に、東京に、中央区にいらっしゃっています。

外国からのお客様に対しては、親切に接しようと心がけています。

私の体験で良かったこと、困ったことをご披露します。

 

1)中国からの旅行者・・・

 道を聞かれましたが、北京語でも台湾語でもない言葉で、道を尋ねられました。

 北京語で、「不知道」と答えましたが、お客様は賢かったです。

 スマホで撮影した写真を私に見せて、おそらく「この建物は、何処?」と言ったのでしょう。

   私は、すぐに分かりました。

 よく知っている、 サッポロ・ライオンの建物の写真を見せてくれからです。

 無事、お店の前までお連れすることができました。

 

2)英語がしゃべれない外国の旅行者・・・ちょっと長いお話になります。 辛抱強く、おつきあい下さい。

 熊本館へ行った帰り、少し小腹が減ったので、何か食べようと、レストランの前でメニューを見ていた時、

 私より年配の女性が、ニコニコ顔で話しかけてきました。

 彼女は、「サイコ、 グー」 と言いました。 私は、「サイコとは場所の名前ですか? グーって何のことですか?」と聞きましたが、英語は通じません。

 昔、カリブ海の島で、ローカルの人たちが、「サイコ―! セイコー イズ サイコ―.」と言っていたのを思い出し、

 サイコとは、セイコーのことですか? と質問し、グーは Gu(ジーユー)のことですか?と聞いたら、はっきりとは応えてくれません。

 「では、そこへお連れしましょう」と、ご案内しました。 

 歩きながら、「あなたは、どこから来られましたか? フランス人ですか?」との質問に、米国と友好関係にある中東の国からの旅行者でした。

 思った通り、グーは、ジーユーのことで、その向かいの店の前で、友人と18:20に待ち合わせているとの事でした。

 到着時間は、18:23だったので、彼女の友人が現れるのを、しばらく一緒に待ちました。

 15分ほど待っても、一向に現れません。 携帯電話に、連絡があるはずというので、着信記録は無し。 友人の電話番号は知ってるの?と尋ねたら、「登録していない!」との事

 <一人で待つから帰っても良いですよ。>という風な事を言ったので、「では、滞在しているホテルの名前は?」、と聞いたところ、「Ginza!」

 銀座〇〇・・・とか、・・・〇〇銀座ホテルというのは、沢山あります。

どの方向かと聞きましたら、銀座八丁目の方向で、信号を三つほど行き、右折した所との事。

 「それでは、あそこの交番で、その辺のホテルの名前を調べてくるから、ちょっと待っていて下さいね。」と言い、銀座4丁目交番へ。

 交番では、銀座のホテルの名前が載っている地図を貼りだしていました。

 銀座国際ホテルか銀座コムズ・インという名前をメモして、彼女の元へ帰り、二つの名前を言ったところ、「二つとも違う」との返事。

 困ったなと思っていたら、「そうだわ。 ホテルのカードキーを持っていたの。」です。 ホテルは、銀座1丁目にある有名なホテルです。

 「反対方向ですよ。 でも、よく知っている場所だから、ホテルまでお送りしますよ。」と言っても、不安顔でついてきました。

 ホテルへの途中で、 「Tiffanyをみませんでしたか? では、この花屋さんは?」と聞くと、「あっ! この花屋は覚えているわ。」と言っても、メルサの角でも、不安そうです。 「あそこの向こうに、Hotel M という看板が見えますか? あれでは?」というと、「そうみたい」

 そんな風に、ホテルまでお送りし、ホテルのドアの前では、硬い握手をしてくれました。

 これを機に、<銀座の名所の写真をスマホに保存して、道案内に活かそう!>と思った次第です。

 

 

 

お岩通り商店会。いやー、ロックだねェ。

[小江戸板橋] 2016年5月26日 09:00

まだ5月というのに、夏日の連続。街を歩くと汗が吹き出します。

都電荒川線の新庚申塚駅で降りて、線路に沿って北方向、白山通りを渡ります。

何気なく目に入った看板に「お岩通り商店会」(豊島区西巣鴨)の文字を見たとき、

「本当に! これってありなんですか。」と心の中で叫びました。

お岩さまといえば、押しも押されもせぬ夏の定番「東海道四谷怪談」の主人公。

歴代の名優の手によって磨かれた技を駆使し、舞台で、スクリーンで、その強力なる霊力を縦横に発揮します。ジャパンホラーがブームですが、「怪談」から連想される存在としては、まぎれもなく日本のトップに君臨しています。

できれば個人的には関わりを持ちたくない存在ではあります。

でも、地元の方々には深い縁があり、心の拠り所として崇敬を集めているからこそ、このような良い意味でのファンキーなネーミングが続いているのでしょう。

まさにロックの境地。

 

中央区新川二丁目に「於岩稲荷田宮神社」があることは、以前、特派員ブログでも取りあげたことがあります。

この機会に、関連する社寺を巡ってみようと、新宿区四谷、中央区新川、豊島区西巣鴨をひと回りしてみました。

江戸時代の初期のころ、四谷左門町の組屋敷に御家人田宮家がありました。

当時の御家人といえば、傘張りの内職にも表れているように、極めて貧しい生活を強いられていました。

そのような中で、田宮家を隆盛させた賢婦人がお岩さまです。

お岩さまが信仰していた屋敷神が、後に「お岩稲荷」と呼ばれ、御家人の妻たちをはじめ、不遇な婦人たちの守り神となっていました。

そうした伝承を基に四世鶴屋南北が傑作を生みだします。文化・文政年間(1825年)歌舞伎が上演されると、爆発的な人気を博し、お参りする人もうなぎ上り。

 

四谷於岩稲荷田宮神社。

東京メトロの四谷三丁目駅からのアプローチが最も近いでしょう。

赤い幟がはためいて、原作のおどろおどろしい雰囲気は和らいでいました。

グループでやってくる方、おひとりの方、二人でお参りする方。

えっ二人で・・。 縁切りのイメージがあるのですが、大丈夫ですか?

商売繁盛、家内安全、芸能向上、それに縁結び。etc。

なんか、オールマイティな功徳、ご利益がもたらされるのですね。

よろず霊験あらたか、といった感じでしょうか。

 

四谷左門町の道路をはさんで向かい側に、長照山陽運寺(ちょうしょうざん よううんじ)という日蓮宗のお寺があります。

昭和初期に創建の寺院ですが、本堂にお岩さまの木像が安置されています。

また、境内にはお岩さまゆかりの井戸も。

1月と8月を除く毎月1日には「お岩さま開運祈願祭」が行われ、瞑想を通して心身をリフレッシュすることができるのだそうです。

 

明治12年頃に、初代市川左団次の所有地と伝えられる越前掘に遷座されたのが、中央区新川の於岩稲荷田宮神社です。

当時、芝居小屋にも近く、花柳界や芸能関係者の参詣で賑わったといいます。

中央区登録文化財である「百度石」は、四代目市川右団次が奉納したものです。

市川左団次と市川右団次は、よく混同しがちです。観光検定用の整理ポイントです。

 

西巣鴨の長徳山妙行寺(ちょうとくさん みょうぎょうじ)には、お岩さまのお墓があります。

寛永元年に創建され、明治42年に四谷から移転してきました。

 

物語にゆかりのある寺社も、直接訪ねて由来をひも解いてみると、その変遷が見えてきました。

その背景に、大流行した「四谷怪談」ブームと、厚い信仰に支えられて続いている、人々の願いや思いが感じられました。

於岩稲荷の境内で、家族連れの女の子が突然、「お母さん」と言って母親の足にしがみついた時には、スーッと冷たいものが背筋を流れました。

きっと、蜘蛛でも見たのでしょう。蜘蛛でも。

 

 

 
<<前のページへ 4567891011121314