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晴海NOW

 

 3月29日、「京葉会」という団体が主催する「春本番の東京ベイエリアめぐり」という企画に参加しました。私は、中央区観光協会特派員をしていることもあり、当日の案内役を仰せつかりました。

 

 10:30に晴海埠頭ターミナル2階ロビーに集合。 6階の展望台から、レインボーブリッジなど、東京湾岸の光景を一望したのですが、当日は雨こそ降らなかったものの、快晴とは言えず、かなり寒かった上に風もあり、晴海ふ頭公園も工事中で立ち入り禁止中のため、早々に、建設中の選手村を見ながら、昼食予定地である「ほっとプラザはるみ」に移動しました。

 

 写真は、中央清掃工場から見た建設中の選手村の光景です。

 オリンピック開会まで500日を切って、選手村は建設たけなわです。選手村は18ha、

 東京ドーム3.7個分の敷地に建設されるのですが、オリンピック終了後、一般用住宅(マンション)に作り替えられる計画です。 プロジェクトは、「晴海FLAG」と名付けられています。 分譲4145戸、その他に賃貸を加えて5632戸という計画ですから、1万2000人以上の規模の住宅街が新たに出現することになります。 タワーマンション2棟も新たに建てられ(完成は2024年春の予定)、ショッピングモール、小中学校、介護付き老人ホームも建設されます。

 

 2019年3月4日現在の中央区の世帯数は92,126、人口は163,137人ということですから、ここに約5,600世帯、12,000人以上が加わると、昭和28年(1953年)に記録した過去最高の人口172,183人を超え、最高記録を更新することになりそうです。

 早くも、今年(2019年)5月には分譲が開始されるということですから(入居開始は2023年3月の予定)、大きな話題となることでしょう。 ただし、残された課題は、アクセス(交通手段)の改善でしょう。

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中央清掃工場から晴海通を歩くと、中央清掃工場先の公園に、1996年に東京国際見本市会場が閉場されたことを記念する碑が設置されています。 さらにその先には、昭和15年(1940年)に万国博開催が計画された際の事務所跡地について記した表示板が設置されています。

 

 博覧会の計画は、会場に予定していた隅田川の河口や横浜の海岸で地鎮祭を行うところまで進んでいたし、すでに入場券も売り出され、売れ行きは好調だったと言われます。使節団が海外に派遣され、宣伝も始まっていました。 ところが、オリンピックを辞退したのと同じ昭和13年、政府は博覧会も無期延期する方針を発表しました。 このとき、市役所を、月島に移転する構想もあったのですが、中止になったようです。(この部分は、サイデンステッカー著『立ち上がる東京』に拠りました。この本は関東大震災までの歴史について書かれた『東京下町山の手』の続篇ですが、両書は、東京の歴史を知る上での好著だと思います。)

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 さらに晴海通を進むと「晴海アイランド・トリトンスクエア」はもう目の前です。ちょうど「晴海晴っ呼まつり」が開催されていたのですが、寒くて風があったため、人の集まりはもう一つというところでした。 我々も、早々にビル内の居酒屋さんに向かい、有志による懇親会を開き、平成時代の話題などで「逝く平成」を惜しみました。