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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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年末年始の風情あふれる人形町通り

[しばしばしばた] 2019年1月 3日 14:00

人形町駅から水天宮前駅にかけてつづく人形町商店街では、
毎年、年末年始の時期になると、通り沿いにちょうちんが出されます。
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夜になると、ちょうちんの温かい照明が通りを照らし、素敵な雰囲気になります。
江戸の下町らしいイルミネーションの姿といったところでしょうか
人形町通りは、年間を通して様々な装いの変化が楽しめる通りですが、私はこの年末年始のちょうちん飾りが一番のお気に入りです
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「大観音寺」さんの入り口にも、ちょうちんが並びます。
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また、年末の時期には、人形町通りは「歳の市」となり、しめ縄飾りなどを売る露店が並びます。(注:2018年はすでに終了)
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この季節、歳の市以外にも、町会の方々の「火の用心」の声と拍子木の音が聞こえてきたり、玉子焼きが有名な「鳥近」さんや「鳥忠」さんには玉子焼きの予約に沢山の人が訪れていたり、平日の夜になると忘年会帰りの方々がたくさんいらっしゃったり、年末の風情で人形町の街はいっぱいになります。そして、年明けになると、初詣にいらっしゃる皆さんでまた違った賑わいとなります。

いずれにせよ、この街に住んでいる方、働いている方、訪れる方の色んな活動が、こうした「生きた賑わい」を形作っているんだなあと感じる季節です。こうした中央区の「生きた賑わい」の魅力をうまくお伝えできるよう、来年も観光協会特派員として精進してまいりたいと思います

 

 

ビルから読み解く50年前の構想 -- 旧・電通本社ビル

[しばしばしばた] 2018年12月 1日 12:00

中央区役所(築地1-1)から、首都高速道路沿いに汐留方面に歩いていくと... 「祝橋」のたもとに、何やら妙に存在感のあるビルが見えてきます。

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このビルは、呼び方はいろいろありますが「旧・電通本社ビル」(築地1-11)で、
その名の通り、広告代理店の「電通」さんが、2002年に汐留に移転するまで、本社を置いていた建物です。
竣工は1967年、日本を代表する建築家・丹下健三さん率いる「丹下健三・都市・建築設計研究所」の設計です。

 
このビル、実はとても壮大な構想の一部をなすビルでした。
丹下健三さんは、「築地再開発計画」というマスタープランを、このビルが竣工する3年前の1964年につくっています。

 
<参考>築地再開発計画のイメージ

https://www.tangeweb.com/works/works_no-32/
(丹下都市建築設計さんのホームページに飛びます)

 
築地再開発計画は、大規模な建物が繋がってひとつのシステムのような都市をつくる壮大な構想になっており、
それぞれの建物は、需要に応じて建物が高さ方向にも横方向にも自由にどんどん延びていくような構造になっています。
(ちなみに丹下先生は、さらに大きいスケールで都市が海上に延びていくような「東京計画1960」という構想を提案したことでも有名です。)

 
旧・電通本社ビルは当初、この壮大なシステムの一部分になることを想定して計画されていました。
建設費の関係などで設計が変更され、実際に建設されたものと当初の計画は少し違うものになっていますが、
建物の側面を見てみると、築地再開発計画で見られたような「どんどん延びていく」性質が表現されているのがわかります。
(下の写真をご覧ください!)

 
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① 建物の「表面」ではなく途中の「断面」であるということを示すような、窓が少なく無機質な壁

梁(はり)がちょこっと飛び出ていて、いかにも延びていきそう
③ 窓枠が、一つの単位の半分のところで寸断されている!

 
こんな風に見ていると、建物が本当に増殖していきそうに見えてきて、面白いですね。

 
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そんな旧・電通本社ビルですが、コンクリートや金属のような素材をふんだんに使った点や、機能性を追求した工業製品のような仕上がりが特徴でもあります。 それから、一階部分の壁や柱の無い空間は、フランスの巨匠・ル=コルビュジェの「建築を地面から解放する」という思想の影響が見てとれます。これらは「モダニズム建築」に見られる特徴です。

 
また、このビルは「特定街区」という制度が初めて適用された事例の1つでもあります。
...それまで、日本の大都市ではわずかな例外を除いて建築物の高さが31メートル(およそ百尺)までに制限されていましたが、建築技術の進展や高度経済成長を背景として高さ制限の撤廃が希求される中、街区内に限って独自に高さなどを設定できる「特定街区」という制度が1961年に創設され、日本初の超高層ビル「霞が関ビルディング」の誕生にも結び付きました。そして、旧・電通本社ビルは霞が関ビルディングと同じ日に特定街区に指定された、第1号案件のうちの1つなのです。
高さ約60m、今となっては東京では珍しい高さではない存在ですが、竣工当時は日本の急速な経済成長や東京の市街地の高層化を象徴する存在だったのでしょう。

 

そんな、当時の建築思潮や社会情勢を今に伝えてくれる「旧・電通本社ビル」ですが、現在は空きビルになっており、近々、建て替えが計画されているという噂も耳にします。

50年前の空気感に思いを馳せに行くなら、今のうちです

 

 

空港の中に日本橋が!? ―「はねだ日本橋」

[しばしばしばた] 2018年10月31日 09:00

こんにちは!
きょうは、中央区を飛び出して、東京国際空港(羽田空港)からお届けしたいと思います。

この「中央区観光特派員ブログ」では、原則として中央区に関する情報を発信することになっているのですが、
大田区にある羽田空港を取り上げたのはなぜか・・・?

それは、羽田空港の中に、中央区のアイデンティティの1つである日本橋のレプリカがあるからです
その名も「はねだ日本橋」。2010年に供用開始した国際線ターミナルビルの中にあります。

電車・モノレール・バスで国際線ターミナルに到着し、3階の出発ロビーに出ると、
左奥の方向にそれらしきものが見えてきます。エスカレーターで4階に上がり、その方向に進んでいくと・・・

 

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「はねだ日本橋」が見えてきます。橋の下は、テーブルと椅子が置かれて休憩スペースになっています。
日本橋のレプリカといっても、現在架かっている石造りの日本橋ではなく、江戸末期、19世紀前半の木造の日本橋がモデルになっており、吉野産のヒノキが使われているそうです。(ちなみに、江戸末期の日本橋はヒノキとケヤキが使われていたようです)
幅や長さは約半分のサイズ(4m×25m)で再現されています。

 

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階段やエレベーターを使って、橋の上にあがることができます。
木製の灯籠も置いてあったりして、現代的なデザインのターミナルビルの中に、和の雰囲気が作られています。

 

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「旅立ちは 昔も今も 日本橋」...中央区観光特派員として心に刻んでおきたいことばです

 

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橋の片側は壁になっており、巨大な「江戸図屏風」のレプリカが表示されています。
成立期の江戸の主要な街が描かれていますが、その中には「日本橋」「京橋・新橋周辺」「八丁堀・築地周辺」と、現在の中央区にある街も多く登場しています。
写真は「日本橋」の一部です。

 

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「江戸図屏風」の逆側は見晴らしが良く、国際線ターミナルビルの出発ロビーを見渡すことができます。
もちろん、実際の日本橋から見える風景とはかけ離れていますが...笑、
なんだかタイムスリップした感じを味わうことができます!

 

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なお、玉ねぎのような形をした「擬宝珠」とそれを支える「宝珠柱」実際のサイズで再現されています。

ちなみに、出発ロビーから「はねだ日本橋」に行く途中は「江戸小路」という、
江戸時代の街並みをイメージしたショッピングエリアになっています。

 

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さて、今回ご紹介した「はねだ日本橋」のほか、墨田区の「江戸東京博物館」にも江戸時代の日本橋のレプリカがありますが、いずれも長さは半分だけの再現...
実際の日本橋のスケールは、やはり現地でしか体験できません!

羽田空港から日本橋までは、京急線―都営浅草線の直通電車に乗れば乗り換えなしでアクセスできます。
「はねだ日本橋」で江戸時代の日本橋の質感を体験し、「江戸図屏風」で江戸時代の中央区の景観に思いを馳せてから、日本橋の上に立ってみる...そんな旅も面白いかもしれません!

 

 

築地市場のマグロ競り見学を見納め!

[しばしばしばた] 2018年9月30日 12:00

こんにちは!きょうは、築地市場の最後のマグロ競り見学の様子をレポートしたいと思います!
 

皆さんご存知の通り、中央区築地にある東京都中央卸売市場築地市場は、今年の10月6日を最後に閉場し、その機能は江東区の豊洲市場へと移ってしまいます。
そんな中、近年外国からの観光客の方々を中心に人気となっていたマグロ競りの見学は、9月15日を最後に終了となりました。
閉場前に一回見学に行っておきたいと思っていたので、9月15日で最後という情報を聞いて、駆けつけて参りました。
 

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さて、マグロ競り見学は午前6時前後に2グループに分けて実施され、見学受付は午前5時となっています。
事前予約制ではないので見学を希望する場合は朝5時前から並んでおく必要があり、結構ハードです
しかし、この日私が列に並び始めたのは、前日14日の夜23時!・・・というのも、本当は14日の朝に見学に行こうと思って朝4時ごろにうかがったのですが、その日は「朝2時の時点で並んでいる方が定員に達したので受付を終了した」ということでチャレンジに失敗・・・。「最終日は日付が変わる頃に締め切られてしまうだろう・・・!」と目論んだのです。
私が列に入ったとき、すでに20名程度の方がお並びになっていました。雨の降る中、傘をさしてじっと待ちます。
 

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日付が変わってしばらくしてから、並んでいる方の数が多くなったので受付がはじまり、施設の部屋の中に通していただきました。
その後は、体育座りで待ちながら夜を明かします。雨を凌げたので良かったですが、なかなか良い鍛錬になりました
午前4時だったでしょうか、卸売の方が、築地市場のまぐろ競りの説明に来てくださいました。外国人の方が多いので、説明は英語です。英語の質問にもきっちり英語でお答えになっており、素晴らしい対応をしてくださいました!
 

その後、朝6時前にようやく部屋を出発します。外に出ると、すっかり明るくなっていました。
 

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競り場の建物の中に入って、いよいよ待ちに待った見学です。
中では、冷凍されたマグロさん達がずらーっと並んでいる様子を、同じ空間の中で、間近に見ることができました。
そして時間が経つとともに買い手の方々が続々と集まってきました。
 

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それぞれのマグロの上に円錐台形の何かが乗っているのが見えますが、これは、マグロの質を確かめるために尾の部分を切り落としたもので、買い手の方々は、カマでこの部分の身を削って手に取ったり、懐中電灯で照らしたりして質を確かめます。
 

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6時を過ぎて、売り手の方が鐘を鳴らすと競りが始まり、会場中のあちこちで値段を叫ぶ声が聞こえてきました。指で値段を示しながら競りがどんどん進んでいくので、見学している一般人としては中々ついていけませんが、独特の雰囲気を体験することができました。
 

聞くところによると、移転先の豊洲市場でもマグロの競り見学が実施されるとのことです。ただ、見学者専用の通路やスペースが設けられるようで、安全にトラブルが少なく見学できる一方、「外から」見学するふうになってしまうのは否めません。築地で競り場の「中から」見学できたことはとても貴重な体験でした!
 

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さて、築地市場はまもなく閉場してしまいますが、築地の街自体はこれからも楽しめるはず!と私は思っています。
築地市場の周りに形成された築地場外市場はこれからも現在の位置に残り、寧ろ「築地魚河岸」を加えてパワーアップしています。買出人の方々の仕入れの場であり続けるのはもちろん、観光にいらした方々に日本の食文化を発信する拠点にもなることと思います。(写真は築地場外市場の様子です)
さらに、築地の街は市場以外にも見どころがいっぱいあります。古代インド様式と日本の寺院建築の様式が融合した独特な本堂が印象的な築地本願寺や、所々に残る戦前の木造建築、明石町のほうにはキリスト教関係の数々の史跡・・・など、様々な顔を持つ築地の街に、これからも注目していきたいと思います!

 

 

佃1丁目と佃島住吉神社をお散歩

[しばしばしばた] 2018年9月 1日 18:00

こんにちは

きょうは、先日佃1丁目をお散歩したときに撮影した写真を少し紹介したいと思います。

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月島駅から少し歩いたところにある佃1丁目エリアは、江戸時代に大阪の西成郡佃村というところから漁師さんたちが移住して住み始めたのがはじまりで、今なお昔からの漁師町のスケール、風情が残っている地域です。

舟溜まりに架かる佃小橋からは、佃1丁目の雰囲気と、佃2丁目の大川端リバーシティとの対比が独特な風景をつくっています。

 

さて、佃小橋を渡り、佃煮屋さんなども並ぶ街の中を探検していくと...

「佃島住吉神社」にたどり着きます。

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創建は1646年で、佃島に人が住み始めた頃から鎮座されています。それもそのはず、この神社も、もともと大阪の佃村にあった神社から神様を分祀したのがはじまりです。

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この佃島住吉神社の最大のみどころは「陶製扁額」です。

扁額(へんがく)というのは、鳥居や屋根の上についている、名称や屋号を表した板のことをいいます。扁額は一般的には木製や石造のものが多いですが、

この佃島住吉神社の鳥居の扁額は、陶器でできています。近くで見ると、美しい質感が見事です。

明治時代の1882年、有栖川宮幟仁親王の揮毫による製作で、その貴重さから中央区民有形文化財となっています。

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さらに、佃島住吉神社では水盤舎(お参り前に手や口を洗うところ)も明治時代につくられたものということで、中央区民有形文化財に指定されています。

欄間にある木の彫刻が見事で、舟と波が表現されているあたり、漁業や水運と縁の深い土地であることがよくわかります。

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最後にこの写真、よくご覧になってみるとおわかりになるでしょうか。

佃島住吉神社の正面の鳥居は2つあり、神社の入口になっているほう(石造で陶製扁額がついている)とは別に、写真奥に赤い鳥居もありますが、こちらの赤い鳥居は、隅田川に面して建っています。

まさに隅田川から舟でアクセスしてお参りする神社だったのだなあ、と感じました。

 

今回お散歩していて思ったのは、佃1丁目は高い建物が少なくて空が広く、川が近いという立地もあり、青空がよく似合うエリアです。

残暑がまだまだ厳しそうですが、晴れた日には佃島さんぼはいかがでしょうか!

 

 

銀座は工事中の装いもお洒落!?

[しばしばしばた] 2018年7月25日 12:00

銀座3丁目銀座通りマロニエ通りが交わるところにある
「シャネル 銀座」さんでは、2018年秋のリニューアルオープンに向けて
現在改修工事が進められていますが、
その装いが素敵なので、紹介させていただきたいと思います!
 
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今月撮影した「シャネル銀座」の様子です。
銀座通りに面した部分は建物全体が覆われていますが、
覆いの部分にはシャネルの本拠地・パリのランドマーク、
「エッフェル塔」の絵が描かれています。
 
そして、建物の低層階に目を向けてみると・・・
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高いところからの部材等の落下を防止するために、銀座通りの歩道上に庇が設けられているのですが、
この庇を支える柱の部分が、銀座通りのガス灯を彷彿とさせるデザインになっています。
それから、建物1階部分の囲いも、単調な白い壁にならないよう、素敵な絵が描かれていますね。
 
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歩道の上に立ってみると、このような見え方になります。
明治時代の銀座の姿に想いを馳せたくなりますね。
これ、「シャネル銀座」さんがリニューアル工事をしている間だけしか見られない
ある意味、期間限定の風景ですので、見に行くなら今です!