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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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黄葉の境内

[下町トム] 2009年12月 9日 08:30

12月 に入り、東京の街も晩秋から 初冬へと装いを移しつつあります。200912銀杏1.jpg

中央区内の公園の木々もすっかり色づき、朝の冷たい空気にリズム感を与えてくれるように鮮やかに季節の歌を奏でています。

築地本願寺の前を通ると、大きな銀杏の木々がそよそよと揺れながら、この一年の様々な思い出を包み込むように枝を広げていました。

来年が良い年であるようにと祈らずに入られません。

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中央区のあちらこちらで、印象に残る紅葉、黄葉が見られます。師走のひととき、忙しい中にもふと心にゆとりをもてたらいいですね。

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「江戸バス」ご利用ご案内

[銀造] 2009年12月 8日 09:00

 12月1日から運行開始された中央区のコミュニテイ・バス「江戸バス」に乗車しました。

中央区役所発でのご利用のご案内をレポートします。 バスは2種類あって、

北循環が京橋、日本橋、浜町方面、箱崎から中央区役所まで戻ってきます。

南循環は築地、聖路加病院、鉄砲洲、佃に渡って晴海ふ頭、勝鬨を通って聖路加周辺、

築地川公園経由で中央区役所へ帰ってきます。

役所、病院、区民センタなどへの往復に便利です。

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バスは、座席11で、大体20人ぐらい乗車可。料金は100円。一日乗車券は300円。

先ずは、北循環に乗車しました。音声のアナウンスと次の停留場の表示があります

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 乗車前に「江戸バス」マップを貰って、楽しみましょう。

乗り換えする時には、乗継券を貰いましょう。これで、北循環と南循環が100円でお楽しみ可。

途中下車する場合は、一日乗車券300円券を購入しておきましょう。

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乗継券を貰って、南循環に乗車しました。

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 バス停の名前は地名、センター名が付いたのが多くて、判りやすいです。

マップには、コース毎の名所などが何番バス停下車と案内。親切ですね。

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 ここで下車しようかと迷いましたが、聖路加看護大学の構内の紅葉も見たくて、一周。

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 便利で楽しい「江戸バス」。"まるごとミュージアム"な中央区を楽しみましょう。

銀造

 

 

pc 運行式の様子を見たい方はこちらをどうぞ

中央区観光大使・ミス中央ブログ

 

 

「築地おもしろ市場(築地共栄会)」福引きセールのご案内

[グッピー] 2009年12月 2日 09:00

皆さん、こんにちは、ぼく「グッピー」です happy01

 この秋、皆様を『まち歩き「産業コース」』でご案内した「築地場外市場」、その向かいにある「築地共栄会ビル」で、慣例の年末キャンペーンsign01 が下記の通り行われています。

 期間限定のお買得品や、厳選された福袋などが用意されますので掘り出し物があるかも・・・

 特別賞として「築地魚河岸ガイドツアー ペアご招待」(昼食付き)などもあります。

 年末、「築地場外市場」にお買い物の折には、ぜひお食事を兼ねて「築地共栄会ビル」にお立ち寄りになってみてはいかがでしょうか。

 

fish 「築地おもしろ市場」福引きセール fish

場所:築地共栄会(築地4丁目交差点)

期間:2009年11月20日(金) ~ 12月15日(火)

時間:午前8時 ~ 午後4時(但し期間中の日祝日は福引き会場は休みです)


~ 合計3,000円のお買い上げで、その場であたる! flair ~

crown 特賞 21本 5万円旅行券

ring 1等 63本 築地共栄会KYビル1万円のお買物・ご飲食

dollar 2等 315本 築地共栄会KYビル1,000円のお買物・ご飲食券

present 3等 2,100本 築地共栄会KYビル500円のお買物・ご飲食券

bell 4等 21,000本 お楽しみ品(空くじなし)

 

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幕末の福沢諭吉  『慶應義塾発祥の地』

[海舟] 2009年12月 1日 09:00

『蘭学事始の碑』に隣接して『慶應義塾発祥の地』の碑があります。

大坂・適塾の塾頭である福沢諭吉は、中津藩江戸中屋敷に招かれ、安政5年<1858>蘭学塾を開設しました。これが慶應義塾創立の地となります。

 碑は創立100年を記念して昭和33年に設置されました。『蘭学事始の碑』と同じ、建築家・谷口吉郎設計による作品です。本型の碑文には、有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」(『学問のすすめ』)が、見開きの左右ページに刻まれています。

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 先達の中津藩医師・前野良沢、小浜藩医師・杉田玄白たちによる『解体新書』訳出の苦心談を著した杉田玄白『蘭学事始』の偉業を称え、明治2年、福沢は序文を附し同書を出版します。

 安政6年、「蘭学者」福沢は開港したばかりの横浜へ見物に出かけます。そして、同地では英語が使われており、オランダ語がまったく通じないことに衝撃を受け、これからの英語の必要性を痛感しこの言語の習得に努めます。

 時あたかも、日米修好通商条約の批准のため、使節団が渡米する時期でした。
その随行艦・咸臨丸に軍艦奉行・木村摂津守喜毅の従僕として乗り込むことができました。江戸蘭学の宗家・桂川家七代甫周(国興)邸に出入りしていた福沢はこの筋からの力添えで、桂川家と姻戚関係にある木村摂津守への推挙を得ました。明治期以降も木村芥舟(摂津守)とは生涯に亘り好意と親交を持ち続けたことは当然の成り行きでしょう。これに対し、勝海舟には乗船時から折り合いが悪く、終始良い感情を持てず、後年、『痩我慢の説』(明治24年執筆、同34年発表)では海舟の明治維新後の身の処し方について大いに批判しました。

 帰国後、福沢の蘭学塾は英学塾へと転換を図ります。

文久2年<1862>、竹内下野守保徳を正使とする欧州各国への使節団が結成され、後の外務卿・寺島宗則、東京日日新聞を起こす福地源一郎、そして箕作秋坪たちと共に随行、ヨーロッパ各国の諸制度を見聞し、日本への導入の重要性を認識します。

 慶応3年<1867>、幕府は米国へ注文した軍艦「富士山」の受け取りの使節を派遣します。この時、その一員(幕府外国奉行翻訳方)として再度、米国へ渡ります。
幕末期、既に都合3度、欧米を視察したことになります。

明治維新を直前にして、『西洋事情』を著した福沢諭吉は、後年、近代日本創設の第一人者、明治期を代表する思想家、教育者、開明論者、そして啓蒙思想家として輝かしい足跡を歴史に刻みました。

 慶応4年4月、芝新銭座に移転した私塾・福沢塾は「慶應義塾」と命名されます。

 


参考図書: 飯田 鼎 『福沢諭吉』 中公新書
        福澤諭吉著作集 第12巻
        『福翁自伝 福澤全書緒言』 慶應義塾大学出版会

 

 

 
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