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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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こぎん刺し木曜会 ~永六輔さん愛用の半纏~ ①

[rosemary sea] 2016年8月 2日 09:00

『ギフト、そして自分も楽しむ』をエッセンスとして取材します、rosemary seaです。

本日はこぎん刺し木曜会株式会社 人形町教室にお伺いして、主宰のこぎん刺し作家・講師の髙木 裕子(たかぎ ひろこ)先生にお話しいただきました。

最初にこぎん刺し(こぎんざし)の説明。

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↑ 髙木先生。後ろには作品の半纏等。

藍(紺)の布地に白い木綿糸で独特の幾何学模様を刺しあげていく、青森県津軽地方で生まれた伝統の技、民芸刺繍、伝統工芸。他の刺し子との違いは、縦の織り目に対して奇数の目を数えて刺すこと。

1724年(享保9年)、「農家倹約分限令」により農民の仕事着に厳しい規制がされました。木綿地の着物の禁止、北国の寒い地域なのに許されていたのは麻の着物。裏地をつけることもダメ。

そこで津軽の女性は考えました。

麻の着物の肩や背中、腕の部分に細かく刺繍を施しました。刺繍をすることで生地を厚くし保温効果を高め丈夫にし、更に美的にも進化させるという逆転の発想。

これがこぎん刺しのルーツです。

津軽地方では野良着のことをこぎん(小布、小巾とも)と呼んだため、この名がつきました。

伝統を守るとともに、新しいデザイン、カラフルな染め糸でアレンジした現代創作こぎん刺しも盛んです。こちらの教室の得意とするところです。

DSC01252a.jpgここからは髙木先生へのインタビュー。

 

① こぎん刺しとの出会いについて

「たまたまお友達と十和田湖へ行って泊まったホテルのなかに小さなこぎん刺しがあったのです。それを見ておかみさんに『これ、何ですか?』って聞いたらこぎん刺しだった、『じゃ、これ、どこでやってますか?』って聞いたら、青森では今やっているひとはいませんって言われました。収集しているひとなら青森市内にいますよと教えられ、そのひとを紹介していただいたのですが、そのひとが民族学者の田中 忠三郎さんです。もう亡くなったのですけどね。そのかたのところへ飛び込んでこぎん刺しの話をしたら、『え、東京のひとがねー、やってみるかい?』って言って、小さな切れ端をいただいて、それがはじめ。」

 

② NHK文化センター講師となられたときのお話

「NHKに知り合いがいまして、そのひとに『やってみたら?』って言われて。それと週休二日制で土曜日曜と退屈して暇だったので、それでよかったらって言って入ったのが土曜日だったのです。」

 

DSC01259b.jpg③ 悠美会(悠美会国際美術展)について

「会長さんと知り合いでした。それで一般の会社勤めの仕事を定年で辞めたときに参加しましょうっていうことで・・・、今は副理事長をしています。」

 

④ 人形町教室について

「4年前からです。それまでは人形町の自宅で教室を開いていました。ビルのオーナーの『とうふの双葉さん』と知り合いでしたので。ほかにも関東一円や神戸、名古屋、静岡に10教室あります。」

 

⑤ 自己の作品について

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↑ 東海道五十三次・日本橋

「私自身は今は注文がきたらそれをこなしています。このような半纏(はんてん)で、図案から糸染めから全部、それまで計算すると1年という時間が必要です。各教室も回っていますので、自分で刺している時間がなかなかありません。やりかけの仕事も詰まっています。本当は東海道五十三次をメインにしたいのですが。図案としてやりやすいところからやっています。・・・オーソドックスなものから、五十三次のような絵画的なものまで、作品は幅広くなっています。」

・・・続きは次回に繰り越させていただきます。

日本橋人形町2-4-9人形町双葉ビル5階

03-3665-0002

こぎん刺し木曜会さんのホームページはこちら ⇒ http://www.koginsashi.jp

 

 

弾正橋から八幡橋へ ウオーキング ;昔の弾正橋をたずねて

[O'age] 2016年7月30日 09:00

「弾正橋と元弾正橋の概略」以下の通りです。

 

弾正橋(だんじょうばし)::所在地は京橋2、3丁目の鍛冶橋通り。大正2年(1913)に元弾正橋の上流(楓川)に架設。

元弾正橋(もとだんじょうばし) :橋名は寛永図、承応図、明暦図には無名橋として記載、元禄13年(1700)の図に「とごえはし」、後に弾正橋となった。この橋の東の八丁堀(旧松屋町)に邸宅のあった島田弾正小弼に由来。大正2年(1913)元弾正橋の上流に弾正橋が架設されたので元弾正橋と改称され存続されたが区画整理で、廃橋。東京市では、この橋が我が国最初の国産橋梁であることから、昭和4年(1929)5月、現在の位置(江東区)に八幡橋として移築、保存。明治11年(1878)に日本で最初に国産の鋳鉄と錬鉄を併用して作られた橋。昭和52年(1977)に国の重要文化財に指定。平成元年(1989)米国土木学会の栄誉賞を日本で初めて受賞。菊の紋章入りの橋。橋長15.1m、幅員9.0m。(注)中央区の橋・橋詰広場・中央区教育委員会編から抜粋

 

ウオーキング概要:
鍛冶橋通り、永代通りを東に向かう目的地までのウオーキング(最寄駅:出発は都営浅草線宝町駅下車で歩きはじめ、終点は東京メトロ東西線・都営大江戸線門前仲町駅となります)

 
都営地下鉄宝町駅から鍛冶橋通りを東へ進むと、現在の弾正橋。左手(北側)の公園に旧弾正橋の象徴化された模型、右手の公園に中央区が設置した弾正橋の碑があります。

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まもなく左手、京華スクエアの角に「ものしり百科」p59⑭八丁堀の与力・同心組屋敷跡の説明板があります。直進し、新川2丁目で八重洲通りと交差します。ここはかつての越前堀の西南側のあたりと思わます。鍛冶橋通りの右側(中央大橋方向)へ渡り、永代橋に向かって進みます。

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「永代橋西信号」の少し手前、右手最初のガソリンスタンドとその手前のビルとの間の細い道、これが新川の跡のようです。突き当りに新川の石碑p57⑦が遠くに見えます。さらに、鍛冶橋通りを永代橋へ進みます。橋詰にp56⑤船員教育発祥之地碑があります。

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永代橋(重要文化財:現在長寿命化工事中で歩道が狭くなっています)を江東区側に渡ります。橋のうえから隅田川下流方向に、石川島の高層住宅、中央大橋が美しくそびえています。東岸の橋詰に永代橋(重要文化財)の説明板があります。

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永代通りを東に向けて歩き、途中の信号で、永代通りの北側へ歩道を変えて、東へ進みます。門前仲町駅を横目で確認しながら清澄通りを横断し、さらに直進し、富岡八幡宮・正面の東側の側道を東門まで北へ進み、右折し少し行くと左に八幡堀遊歩道の入口があります。遊歩道に入ると前方に八幡橋が見えます。橋の近くに説明の碑があります。

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八幡橋を見て、気が付いたことは幅が狭いことです。出発点の弾正橋にある中央区の碑には幅9.0mとなっています。しかし、現地の説明板では2.0m(実物も)となっています。(長さも少し違いがあります)これらについては「郷土室だより」の119号、120号で鈴木理生氏が書かれております。現在地に元弾正橋を八幡橋として設置する際に、改修が行われたようです。
初めて八幡橋を見たその日、元気な小学生たちがが渡っていく下校姿を見て、130年以上も前の東京最古の鉄製の橋(重要文化財)が現役でひっそりと使われている素晴らしさを感じました。

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エレガントでエレファントな中央区                       Elegant and Elephant !? Chuo-ku!

[HK] 2016年7月20日 14:00

<きっかけは・・・>

先日ベテランガイドのSさんに浜離宮恩賜庭園をご案内頂き、8代将軍吉宗の時代に遥々ベトナムからやってきた象が飼育されていたお話しを伺いました。 吉宗は普賢菩薩を乗せていたと伝えられている白象にとても興味を持っていたそうです。 象はベトナムから長崎に渡り、日本の気候に順応する為1年間長崎に滞在し、その後70日間かけて江戸まで歩いて移動したそうです。

 

Fortunately, I had an opportunity to walk around Hamarikyu Garden with a very experienced guide, S-san. Then I learned that there used to be an elephant kept in the garden during the 8th Shogun, Yoshimune's regime. It is told that Yoshimune was very much interested in white elephant, which was told to be ridden by Fugen Bosatsu (Buddhist saint). The real elephant came from Vietnam, stopping over in Nagasaki an year for weather adjustment, and came to Edo by walking. It took 70 days to arrive. CIMG1629.JPG 

●そこで、自分も象が好きなので、象をキーワードに中央区内をまわってみようと思いました。

I myself am also an elephant lover! So, I decided to walk around the city looking for elephants.

 

 

<新川 越前堀児童公園の象>

新川の越前堀児童公園に行くと親子象に会えます。 夏は親象の鼻から噴水のように水が噴き出し、子供たちの水遊びを盛り上げます。  リアルな母象に対しシンプルな子象がとても愛らしいです。  公園は越前福井藩主、松平越前守の屋敷跡にあります。

 

If you visit Echizenbori Park, you can encounter an elephant family. During the summer, water spurts from parent elephant's nose like a fountain and excites children. Unlike realitically made parent, a child elephant is built so simple but it is adorable. The park is made on the ground where use to be the house site of Echizen Matsudaira clan.

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<日本橋 高島屋の象> 

あまりにも有名ですが日本橋高島屋の屋上の従業員用エレベータ室です。  昔屋上で象の高子ちゃんを飼育していた名残で象をイメージして作られています。   撮影日は屋上工事中の為、部分的に隠れていますが、象のシルエットは確認できました。

 

Very popular spot ! An elevator facility room on the roof of Nihonbashi Takashimaya department store. Takashimaya used to keep an elephant named "Takako" on the roof, and as a memory, this elevator room was designed with an image of an elephant. Unfortunately, the roof was under construction on the date photo was taken but still, one can identify the elephant silhouette.

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<銀座 デリリウムカフェの象> 

銀座のデリリウムカフェのピンクの象の看板も可愛いです。  こちらは何種類ものベルギービールが飲めるカフェ。ランチもやってます。(銀座 三原小路角)

 

Signboard of Cafe in Ginza is also sweet. A pink elephant! This cafe offers varieties of Belgium and nice meal during lunch time.

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<銀座 ドーバーストリートマーケットの象> 

そして銀座6丁目のドーバーストリートマーケット1階のエレファントスペース。  こちらはファッションビルですが、なぜか季節毎に象をブランドで装飾するエレファントスペースがあります。  おしゃれですが、歩いているといきなり現れるので、少し驚きます。

 

Do you know there is a spot so called "Elepaht Space" in Ginza? It is on the first floor of Dover Street Market Ginza. This whole facility is exclusively stylish and Elephant Space decoration changes seasonally. Below are the pictures taken in early July.

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前に来たときはこんな感じでした。

It was like this in spring.

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<おまけ マロニエゲートの象>

最後にマロニエゲートの飲食店前にこんな可愛いディスプレイがありました。  まだまだ沢山象スポットがあるとは思いますが、とりあえず今回はこれで終了。

 

I believe there are many other wonderful displays and facilities, but this is it for this time. Cute yellow elephant was displayed at the restaurant floor of Marronnier Gate in Ginza.

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最後に浜離宮恩賜庭園にて大変興味深く丁寧にご説明頂きましたSさん及び同行して頂きましたOさんに厚くお礼申し上げます。

 

Lastly, I would like to express my sincere appreciation to S-san, who shared her valuable knowledge with me at Hamarikyu Garden, and O-san, who joined our tour.

 

 

晴海周辺散策コース

[O'age] 2016年6月 1日 14:00

歩いてわかる「中央区ものしり百科」p110のコースに沿って、一部は少し寄り道しながら進みました。晴海のオリンピック選手村予定地の現状は?p112の「晴海見本市会場」記念碑の所在地は?二つの疑問を持っての散策です。

 

 勝どき駅前をスタート、隅田川テラスへ。右手に勝鬨橋、左手に築地大橋が見えます。

 ①十返舎一九墓、工事中の新島橋を渡り、高層マンションの角を左折し ②朝潮小橋。中央地区清掃工場の裏側の通り(黎明橋公園通り)を右折、まもなく左手に ③ホットプラザはるみ。そしてp110のコースを外れ黎明橋公園通りをさらに南の方向へ進むと晴海埠頭公園。

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そして晴海埠頭(客船ターミナルへ)。展望台へ上ります。選手村の参考イメージ図があり、眼下にその敷地の現状が見えます。1階に降りて、バス道路を歩いてほっとプラザ方向へ向かいます。ほっとプラザ晴海を左手に、さらに、中央地区清掃工場正門を左手に見ながら進みます。当該敷地の北東角に散策路入口があり、入ってすぐ右側の植え込みに「晴海見本市会場」記念碑があります。この清掃工場前の広い道路名は補助第314号線だそうです。この道の次の交差点が環状2号道路で、右折するとすぐ豊洲大橋で渡って右手が豊洲新市場です。左折(月島警察署)すると築地大橋を経て虎の門ヒルズの方向へ。どちらの方向も未開通(環状2号)です。

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左折せずに補助314号線をさらに北へ進むと「幻の万博」事務局棟跡説明版が歩道上に立っています。晴海3丁目の信号を右折すると有明通りで晴海大橋の手前左側にふるさと晴海資料展示館があります。次に来た道を引き返し晴海3丁目信号(交番右折前)を右折しまもなく、④晴海アイランド トリトンスクエアに入るエスカレータで上り、朝潮運河方向へトリトンスクエアを横断します。運河脇の歩道へ出て左へトリトンブリッジ方向へ。途中混雑緩和のための歩行者用の新しい橋(建設中)を横目に動く歩道橋を渡って勝どき駅へ。

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お岩通り商店会。いやー、ロックだねェ。

[小江戸板橋] 2016年5月26日 09:00

まだ5月というのに、夏日の連続。街を歩くと汗が吹き出します。

都電荒川線の新庚申塚駅で降りて、線路に沿って北方向、白山通りを渡ります。

何気なく目に入った看板に「お岩通り商店会」(豊島区西巣鴨)の文字を見たとき、

「本当に! これってありなんですか。」と心の中で叫びました。

お岩さまといえば、押しも押されもせぬ夏の定番「東海道四谷怪談」の主人公。

歴代の名優の手によって磨かれた技を駆使し、舞台で、スクリーンで、その強力なる霊力を縦横に発揮します。ジャパンホラーがブームですが、「怪談」から連想される存在としては、まぎれもなく日本のトップに君臨しています。

できれば個人的には関わりを持ちたくない存在ではあります。

でも、地元の方々には深い縁があり、心の拠り所として崇敬を集めているからこそ、このような良い意味でのファンキーなネーミングが続いているのでしょう。

まさにロックの境地。

 

中央区新川二丁目に「於岩稲荷田宮神社」があることは、以前、特派員ブログでも取りあげたことがあります。

この機会に、関連する社寺を巡ってみようと、新宿区四谷、中央区新川、豊島区西巣鴨をひと回りしてみました。

江戸時代の初期のころ、四谷左門町の組屋敷に御家人田宮家がありました。

当時の御家人といえば、傘張りの内職にも表れているように、極めて貧しい生活を強いられていました。

そのような中で、田宮家を隆盛させた賢婦人がお岩さまです。

お岩さまが信仰していた屋敷神が、後に「お岩稲荷」と呼ばれ、御家人の妻たちをはじめ、不遇な婦人たちの守り神となっていました。

そうした伝承を基に四世鶴屋南北が傑作を生みだします。文化・文政年間(1825年)歌舞伎が上演されると、爆発的な人気を博し、お参りする人もうなぎ上り。

 

四谷於岩稲荷田宮神社。

東京メトロの四谷三丁目駅からのアプローチが最も近いでしょう。

赤い幟がはためいて、原作のおどろおどろしい雰囲気は和らいでいました。

グループでやってくる方、おひとりの方、二人でお参りする方。

えっ二人で・・。 縁切りのイメージがあるのですが、大丈夫ですか?

商売繁盛、家内安全、芸能向上、それに縁結び。etc。

なんか、オールマイティな功徳、ご利益がもたらされるのですね。

よろず霊験あらたか、といった感じでしょうか。

 

四谷左門町の道路をはさんで向かい側に、長照山陽運寺(ちょうしょうざん よううんじ)という日蓮宗のお寺があります。

昭和初期に創建の寺院ですが、本堂にお岩さまの木像が安置されています。

また、境内にはお岩さまゆかりの井戸も。

1月と8月を除く毎月1日には「お岩さま開運祈願祭」が行われ、瞑想を通して心身をリフレッシュすることができるのだそうです。

 

明治12年頃に、初代市川左団次の所有地と伝えられる越前掘に遷座されたのが、中央区新川の於岩稲荷田宮神社です。

当時、芝居小屋にも近く、花柳界や芸能関係者の参詣で賑わったといいます。

中央区登録文化財である「百度石」は、四代目市川右団次が奉納したものです。

市川左団次と市川右団次は、よく混同しがちです。観光検定用の整理ポイントです。

 

西巣鴨の長徳山妙行寺(ちょうとくさん みょうぎょうじ)には、お岩さまのお墓があります。

寛永元年に創建され、明治42年に四谷から移転してきました。

 

物語にゆかりのある寺社も、直接訪ねて由来をひも解いてみると、その変遷が見えてきました。

その背景に、大流行した「四谷怪談」ブームと、厚い信仰に支えられて続いている、人々の願いや思いが感じられました。

於岩稲荷の境内で、家族連れの女の子が突然、「お母さん」と言って母親の足にしがみついた時には、スーッと冷たいものが背筋を流れました。

きっと、蜘蛛でも見たのでしょう。蜘蛛でも。

 

 

 

蜜標_ツツジのサイン

[あすなろ] 2016年4月26日 16:00

 中央区の花。ツツジ(さつきを含む)です。

 中央区界隈でも、ここかしこでツツジが咲いていますね。
ツツジの花をよく見ると、上向きの花びらに斑点状の模様が描かれています。
この模様は、昆虫たちに蜜のありかを教える「蜜標(みつひょう)」なんだそうです。

ツツジ.jpg

 

花の思惑どおりに花粉を運んでもらうよう昆虫をガイドしているので「ガイドマーク」とも
呼ばれています。植物の不思議さ、おもしろさを感じます。普段気づかないところにすごいことがありますね。

植物や昆虫の気分になると他にもサインに気づくかもしれませんね。

中央区には広場公園がたくさんあります。お近くで確認してみてはいかがですか。

<中央区ホームページ・広場公園など>

http://www.city.chuo.lg.jp/sisetugaido/koento/index.html

 

 
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