勝鬨橋・開かなくなって50年
隅田川の勝鬨橋(かちどきばし)が最後に跳開したのが1970(昭和45)年11月29日。先日、それから50年の日を迎えました。かつてこの橋は、橋の真ん中部分が「ハ」の字のように開いていたのだといいますが、この日以来50年間、ずっと「開かずの橋」になっているのです。
<築地大橋上より勝鬨橋>
開いていたのは帆船のような背の高い船を通すためだったのですが、時代の流れで船が減り、逆に車の交通量が増えたことから、開かなくなってしまったのだそうです。
この勝鬨橋は戦前の1940(昭和15)年に完成、今年で80歳といいますから、
1940年〜1970年・・・30年間跳開
1971年〜2020年・・・50年間閉塞
もう、開かないのが当たりまえの橋となってしまいました。
しかしその当時の面影はまだ色濃く残っていて、橋を渡ってみると開いていた頃を偲ぶことができます。この特派員ブログでも数多く投稿されていますね。
特派員RIEdelさんの記事 →こちら
私はこの勝鬨橋が開いた姿を見たことはありません。漫画やCMなど、言わば虚構として作られたもので開いたのを見たことはありますが、やはり開いた姿をナマでご覧になったことのある方を羨ましく感じてしまいます。
どうにかして見る方法はないものかと思っていたところ、泉麻人さんが書かれたコラムを読んで、「昔の映画を見る」方法があることを知りました。
原節子さんの「東京の恋人」を見に行く
全くの偶然なのですが、今年は女優の原節子さんが生誕100周年ということで、京橋にある国立映画アーカイブで特集が組まれています。その中の作品のひとつ「東京の恋人」に勝鬨橋が開閉するシーンがあるということで、見に行ってきました。
この映画は昭和27年公開ということで、戦後間もない頃の銀座など、数々の中央区の貴重な映像が収められています。肝心の勝鬨橋ですが、開閉するシーンは4、5回登場したでしょうか。感動したのはもちろんですが、それだけでなく橋の跳開で待たされる歩行者や車、警報機の音、橋上を通る路面電車など、その当時の雰囲気を十分に堪能することができました。なんといっても、この映画のストーリーの肝となるシーンが勝鬨橋の開閉になっているところがとても良いのですよ。勝鬨橋の開閉をご覧になりたい方にはとてもオススメの映画だと思います。
コメディタッチで気軽に見られる映画なのですが、お綺麗な原節子さんだけでなく三船敏郎さんもカッコよかった。ドロドロしたところはなく、見たあととても爽やかになれました。
今は閉ざされたままの橋ですが、皆が開いてほしいと願えば、近い将来にきっと、開いてくれる時がやって来るのではないでしょうか。未来に向けての夢のある、素晴らしい橋だと思います。
オリンピックの時代を映す3橋
寒さがだいぶ厳しくなってきた11月の下旬の夜に、勝鬨橋の周辺を巡ってみました。こちらは上流側、佃大橋から見える勝鬨橋ですね。
真ん中の青いアーチはさらに下流奥に架かる築地大橋。この青い橋の先はもう海です。隅田川に架かる橋としては一番新しい橋で、築地市場が移転したあと、2018年に開通しました。
一方、勝鬨橋から見た上流側です。佃大橋が見えていますね。
夜も10時を過ぎると、風がなければ隅田川は穏やかになってきて、水面がとても綺麗に変わってくるのですが、佃大橋を眺める場所としては聖路加タワーのある明石町側から、佃のマンション群を背景にするのがとても良いです。最近は秋も深まって、落葉も終わりに差し掛かってきています。
佃大橋は1964年、前回の東京オリンピックの時に架けられました。一方、勝鬨橋は戦争の影響で開催できなかった幻の東京オリンピックの年に架けられた橋、ということですから、上流からご紹介させていただくと、
佃大橋・・・1964年(前回の東京五輪)
勝鬨橋・・・1940年(幻の東京五輪)
築地大橋・・・今回の東京五輪
隅田川の下流3橋は、それぞれの東京オリンピックの時代を映す橋となっています。勝鬨橋や佃大橋ができたあと、橋の周りの風景はことごとく変わってしまったはずですが、橋のタイプが皆違いますから、それぞれの時代を、橋の形から偲んでみるという楽しみ方ができるのかもしれません。
数ヶ月前から、佃大橋と築地大橋では新たにライトアップされるようになって、この隅田川下流周辺も魅力ある夜景の散歩道に変わりましたが、以前から変わっていないのは星くらいなのではないかと、空を見上げてみます。全然見えません。と思いきや、少し空の広い隅田川ですので、目を凝らしてみると、星を見つけることができました。