中央区は昭和30年代半ばからその街相を一変させました。
昭和39年10月に催される東京オリンピック開催に際し、
首都高速道路建設の為、河川の埋め立てが施工されたからです。
築地川も昭和37年に埋め立てられました。
しかし、三島由紀夫(大正14年~昭和45年)が昭和31年末に発表した
佳作『橋づくし』により、往時のこの周辺の風情を窺い知ることができます。
この短編小説では、中央区役所(建て替え以前の)、聖路加病院、
築地本願寺などの建物が描写されていますが、
その他の風景及び風俗、風習は現在とはまったく装いを異にしています。
物語は、4人の女性が願掛けで築地川に架かる7つの橋を
支障なく無事渡りきれれば各自その願が叶う、という
サスペンス仕立ての構成になっています。
渡らなければならない橋は7つとなっていますが、実際は、
三吉橋、築地橋、入船橋、暁橋、堺橋(この橋は現在ありません)、
備前橋の6つになります。
しかし、ここ三吉橋が三叉橋になっている為、コースを変えて2度渡ることにより、
2つ橋を渡ったと勘定します。
入船橋の直前で1人が腹痛の為それ以上進めなくなり、
2人目は暁橋上で、知り合いに声を掛けられ、
そして3人目は、最後の備前橋で投身自殺をするのではないかと
誤認した警察官に呼び止められ、やむをえず声を発してしまいます。
彼女ら3人は、旧来からの決まりにより願いは叶えられません。
最後に残った1人が、無事、7つの橋を渡りきり、願掛けに成功します。
落伍した3人についてはそれぞれ具体的で切実な願いが描写されています。
しかし、唯1人、祈願が成就した女性の願い事が何であったのかは
作中明らかにされません。
また、その女性の意外性が予想外で、作品の趣向となっています。
因みに、4人の人物設定は、銀座板甚道にある分桂家の
芸者2人(小弓42歳、かな子22歳)、
新橋の料亭「米井」の箱入り娘(満佐子22歳)、
そしてその料亭に一ヶ月前、東北から来た女中(みな)となっています。
尚、この時代背景を忠実に映している映画のひとつが
名匠・成瀬巳喜男監督による『流れる』(昭和31年東宝作品)です。
舞台は柳橋周辺となっていますが、 当時の花柳界の人間模様と
雰囲気を穏やかなゆったりとしたカメラワークで捉えています。