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オーナーのこだわりが光る!英国劇場建築に学ぶ銀座の「MUSEE(美術館)」

[Hanes] 2019年2月28日 18:00


こんにちは。新人特派員のHanes(ハネス)です
2月半ば、英国好きの私にとって見逃せない企画展があると聞きつけ、
銀座で大変趣のあるギャラリーへ行ってきました。
そのギャラリーというのが、先輩特派員のジミニ―☆クリケットさん(2016年2017年2018年)や佃のうさこさんもご紹介してきた
1932年築の近代建築(レトロビル)を保存・再生してできたMUSEE GINZAさん!

IMG_4424.JPGのサムネイル画像
(入り口は一番左側にあります。)

建物自体の詳細は佃のうさこさんの記事に詳しいので今回は割愛し、
建物の内部で気になったところからご紹介しようと思います

■入り口~階段
まずは、インターホンを押してドアを開けていただきます。
ドアのすぐ左側にはショーケースに展示されたウィーン分離派の魅力が詰まったパルナスウィーンインテリアが、
そして、正面にのびる細長い階段の横の壁には、
このビルが歩んできた90年間の銀座の様子が分かる当時の絵葉書(三十間堀、カフェ―全盛、占領下の銀座等)が飾られています。
階段を昇るごとに、希少な歴史資料がタイムスリップさせてくれます

Musee Ginza.jpg

また、昭和初期の建物ということもあり、階段の途中に古い京橋税務法人會員證を発見!
銀座には同時期に建てられたビルがいくつか残っていますが、
外観はレトロであっても、当時のものがあまり残っていないこともあります。
そのため、こういった何気ないものも実はレア

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■展望・実験空間
ギャラリー訪問時は審美眼をお持ちのようなお客様がいらしたので、
企画展の前に屋上を見せていただきました。

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通常ビルの屋上は一般開放していないところが多いですが、
ここではインスタレーションやパフォーマンス等も実験的に行っているそうで、
開放的な空間から昭和通りを眺めることができる貴重なスポットになっています

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■企画展「英国劇場建築の世界 THE WORLD OF BRITISH THEATER」
しばらく屋上を楽しんだ後は、お待ちかねの企画展へ
本展では、ウエストエンドで花開いた英国劇場建築のよさ・歴史軸に焦点を当て、
その歴史を伝える古書文献(19世紀初めに出版)から抜粋した16点の銅版画の図版を展示しています。

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(写真提供:MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign)

今回のテーマとなっている英国の劇場は、時代とともにアップデートされ、
国内の若い世代も観劇に足を運びますが、
日本の伝統芸能はまだ若い世代の支持が少ないと言えます。

また、日本で一度役目を終えた古い建物をそのまま活用するのは難しく、
取り壊され、新しいビルに生まれ変わることも少なくありません。
しかし、このビルを買い取った川崎力宏さんは、英国の劇場同様に建築空間をアップデートし、
銀座という土地柄を活かして新たな役目を与えることで、建物を保存・再生することに成功しています

このように、今回の展示は川崎さんの建物保存への考えに結び付くものとなっており、
この企画展のために、ロンドンの地下鉄駅で実際に使用されているという
日本初採用となる英国AATi社の階段金属建材(Stair Nosings)を半年の交渉の末特注で入手し、
ご自身で階段に設置されたというのだから驚きです
このようなことができるのは、もともとは九州の建設会社だったからかもしれません。
この金物は、英国演劇建築でも多数使用されているそうで、このような細部に光るこだわりも見所の一つです

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そして、気になる展示の方ですが、下の図版にある通り(Hay MarketにあるThe New Theatre Royalの1821年の様子)、
華やかできらびやかな英国劇場が描かれているものもありますが、それだけではないんです!

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(写真提供:MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign)

図版の随所にその時代らしさや英国文化、はたまた建築的要素も見て取れるので、ついつい想像が膨らみます
例えば、こちらのSt Saviour'sの聖歌隊を描いた図版(1814年1月1日Robert Wilkinson出版)。
澄んだ讃美歌が教会内に響き渡っていそうな印象を受けますが、細部をよく見てみるとより一層面白さが分かります。

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(写真提供:MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign)

(写真上段)ゴシック様式ならではの尖頭アーチの天井付近には、バラのような浮き出し飾り(boss :肋骨(鉄骨造の構造物の強度を増すために、板材などの要所に設ける補強部材、「リブ」とも)の交差点につけられる飾り)が見られます。

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(写真下段左)天使のような彫刻飾り
(写真下段右)英国の王旗(Royal Standard)のようなもの

詳しくは割愛しますが、英国の教会建築は、目に入りがちな特徴的な様式やステンドグラス以外にも
こういった細部に「何これ?」「気になる!」といった魅力が潜んでいるのです

そして、川崎さん曰く、今回の展示の中で最もおぞましい作品が、
1809年2月24日の夜に火事になったDrury Lane Theatreの様子を描いたもの。
現代とは避難の方法や消火までに要する時間も異なった当時...
周囲の人々はどのように避難し、どのような光景を目にしたのか...
そういったことをこの図版からは知ることができるように思います。

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(写真提供:MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign)

今回取り扱われている古書は、地図制作を手がけたRobert Wilkinson (1768-1825)の出版会社の出版物ということもあり、
劇場を描いた図版のみならず、地図も要チェック
火事の記録やどこにどのような職業の人が住んでいたかまで分かるので、見ていて面白いのではないでしょうか。

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(A PLAN OF THE FIRE IN BISHOPGATE STREET, CORNHILL AND LEADENHALL STREET.の一部)

そして、今回の展示品は購入も可能!
通常のアンティークの挿絵と異なり、非常にお手頃な価格でお求めいただけることもあり、
訪問日だけで3枚の図版が売れたというのだからこれまた驚きです

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(写真提供:MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign)

このブログで全作品のご紹介はしかねますが、
普段なかなかお目にかかることのない英国の古い図版を間近で見ることができ、
英国の博物館のようにギャラリー内の撮影が可能というのも嬉しいです

〈余談〉アドルフ・ロース
「芸術は罪悪である」(つまり、「文化における進歩は、日用品から装飾を排除すること」)で有名なロースがデザインしたカフェ・ムゼウムは、簡素なインテリアが特徴で、
このギャラリーには、そこにあったムゼウム・チェアに類似したデザインの希少な椅子も展示されています(購入可能)。
このロースの思想はやや過激にも聞こえ、
あまりにも簡素であるがために当局から指し止めを食らった建築物もあったほど...
しかし、後にモダニズム建築の先駆者となり、今ではウィーンを、いや建築界を代表するような人物となっています

芸術にはあまり詳しくない私ですが、このカフェ・ムゼウムに関する椅子を見て、
MUSEE GINZAさんのビジョンやスタンスをまた少し理解できたような気がします。
以前ご紹介した通り、路面に面していないギャラリーにはなかなか入りづらく、
そもそもあること自体気づかないということもあると思います

しかし、こちらではギャラリー名にある通り、「MUSEE(美術館)」に行くような感覚で
どなたにもアートを楽しんでいただけるオープンな空間になっているように感じました
そして、訪れる者の感性に訴えかける「MUSEE(美術館)」らしさが、
銀座というアートに敏感な土地で、アップデートされながら体現されています!

オーナーの川崎さんがこだわったこちらの企画展は3月17日まで開催されていますので、
お近くにお越しの際には、ぜひお立ち寄りください

■MUSEE GINZA企画展「英国劇場建築の世界 THE WORLD OF BRITISH THEATER」
会場:MUSEE GINZA(東京都中央区銀座1-20-17 川崎ブランドデザインビルヂング)
会期:2019年2月6日(水)~3月17日(日)11:30~17:30
休廊:月・火
入場料:無料
公式ウェブサイト:https://kawasaki-brand-design.com/

※MUSEE GINZA 川崎ブランドデザイン有限会社より、写真撮影およびご紹介の許可をいただいております。

 

 

平成もあと少し ― 中央区で元号のついた通りを辿ろう(その2)

[しばしばしばた] 2019年2月28日 16:00

2回にわけて、中央区を通る「元号のついた通り」を巡ろうということで、
前回の記事では、「平成通り」「昭和通り」をご紹介しました。
今日は、さらに昔に遡っていきたいと思います。
 
■その3「大正通り」

さて、平成、昭和の前の元号は「大正」になりますが、残念ながら、「大正通り」という通りの名称は、東京には現存していません。
...しかし、戦前に遡ると、「大正通り」という名称の通りが存在していました。

そして、その通りはなんと中央区内を通っています! その正体はこちら。
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現在の名前は違いますが、戦前は「大正通り」または「幹線第二號」と呼ばれていました。

前回の記事で、「昭和通り」が関東大震災後の復興のシンボルロードとして計画されたことをご紹介しましたが、実は、この昭和通りが「幹線第一號」
そして、東京を南北に貫く昭和通りに対して、東京を東西に貫くもう一つのシンボルロードとして計画されたのが大正通り(幹線第二號)です。

新宿から両国橋までを結ぶ大正通りは、中央区内では、区の最北端近く、馬喰町や東日本橋あたりを通っています。
幅員は36メートル、昭和通りには及ばないものの、非常に幅の広い通りです。
戦後、沿道の九段坂近くに靖国神社ができたことをきっかけに、大正通りは「靖国通り」と名前を変えて現在に至ります。「大正通り」の名前は現在使われていませんが、通り自体は今も現役です。

 

■番外編1「明治通り」

平成、昭和、大正と遡ったので、次は「明治通り」ですね。
東京の明治通りは、古川橋(港区南麻布)を起点に、渋谷・新宿・池袋の3大副都心を抜け、王子、三ノ輪、亀戸といった都心外縁部の拠点を通りながら夢の島(江東区)までを結ぶ通りです。
すなわち...、中央区から見ると、外側を環状に結ぶ路線になっており、残念ながら中央区内は通過しません。

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写真は、渋谷区・神宮前交差点付近の明治通りです。一説には、「明治神宮」の近くを通るから明治通りの名前になったともいわれています。
なお、この道路も、昭和通りや大正通りと同じく、関東大震災後の復興都市計画が元になっており、「環状第5號」という位置づけです。

 

■その4「明治座通り」
さて、残念ながら「明治通り」は中央区を通っていなかったのですが...、
ほかに「明治」がつく通りは区内に無いものか...必死に探してみたところ、1つ見つかりました!!
その名も「明治座通り」です。
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日本橋浜町にある「明治座」は、1873(明治6)年に「喜昇座」として開場した、歴史の長い劇場です。その後、「久松座」「千歳座」と改称したのち、1893(明治26)年に今の名称「明治座」になりました。(中央区観光検定の頻出問題!)
そんな明治座の南側に、浜町公園の入り口にもなっている銀杏並木の道がありますが、この通りが「明治座通り」です。通りの名前は清洲橋通りを越えて浜町緑道公園まで続いており、その先は「甘酒横丁」につながっています。
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この銀杏並木、今の時期は寂しいですが、秋になると非常にきれいです。
ちなみに、この「明治座通り」、並木を挟んで2つの一方通行の道になっていますが、日本では珍しくなぜか右側通行になっています。ちょっとした外国気分が味わえるかも?という通りでもあります。

 

■番外編2「江戸通り」
そのようなわけで、多少の捻りはありつつも、平成、昭和、大正、明治のつく通りを中央区内で見つけることができました。最後に番外編で、通りをもう一つご紹介したいと思います。
  
元号ではなく、歴史の教科書に載っている「●●時代」という呼び方でいくと、平成、昭和、大正、明治のひとつ前は「江戸時代」ですね。
じつは、「江戸通り」も中央区内を走っています!
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室町3丁目で中央通りから分かれ、区内を北東方向に進んだのち、浅草橋を渡って台東区に入り、隅田川と平行に走りながら浅草まで向かう通りで、江戸の最初の市街地だったエリアを通り抜けています。東京スカイツリーが奥に見える場所もある、素敵な通りです。

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前回の記事とこの記事で紹介した通りと、中央区の位置関係を地図にしてみました。
(国土交通省「国土数値情報」行政区域データ、道路データを用いて筆者作成)

中央区で、江戸から平成まで、色んな時代の名前が通りの名前になっていることがわかりました。
前回の記事で「平成通り」の由来が不明・・・と書きましたが、「平成通り」の名前は平成元年に設定されており、それが由来ではないかという説もあります。新しい元号がついた通りもどこかにできるのか!?とも期待しつつ、平成最後の春に、元号や時代の名前がついた通りを巡ってみるのも良い記念になるかもしれません!

 

 

レトロ建物「山二証券」さん

[マダムはるみ] 2019年2月28日 14:00

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新人特派員マダムはるみです。

本日はレトロ建物「山二証券」さんです。

観光検定も近づいたある日、私の中でいつも混同する「鎧橋」と「海運橋」を足と目で確認(笑)

兜町界隈をぶらり。と、なんともレトロな建物発見

歴史の趣感じるこの建物、ガラスに描かれたロゴもまた趣がある。

昭和11年に震災復興で竣工された建物とのこと。建築家西村好時による「スパニッシュ風オフィス建築」なのだそうだ。1階は石貼り、2階はタイル貼り、ここには写っていないのですが。。。

屋根の瓦はスペイン瓦を使ってある。

こんな素敵な社屋で仕事をする証券会社、山二証券さんは明治44年設立という老舗の証券会社。

もとは片岡辰次郎商店といい、山二片岡商店から現在の社名になった。

あのかつての4大証券会社のひとつ。山一証券(明治30年設立 平成9年廃業)のように大きくなりたいと、ちなんで付けられた名前とか。

堅実経営でしられる「山二」の顧客にはあの文豪 永井荷風 もいたとのこと。

平成が終わろうとしている今、ひとつの建物から様々な歴史と繋がる。。

茅場町、兜町界隈も再開発著しい。が、こんな歴史ある建物を長く残してほしいと願う。

 

 

小伝馬町の無添加ドーナツ屋さん ハリッツで限定ドリンク

[柴犬] 2019年2月28日 12:00


小伝馬町の駅からすぐのところに、ハリッツというカフェがあります。焼きたての無添加ドーナツやサンドイッチ、コーヒーをいただけるお店で、元は代々木上原にある人気店です。小伝馬町店は昨年オープンしました。このお店でとにかくおすすめなのが


E78C7496-E4AD-450B-B594-E40576319DE8.jpg季節ごとの限定ドリンク!


画像は前シリーズのミントチョコで、さっぱりしていて美味しいのはもちろんのこと、色が混じり合っていく様をゆっくり見られる癒しのドリンクでした。現在はこちら↓


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ローズショコラです。薔薇の味がしっかりついていて、甘すぎず春を思わせてくれる優しいお味です。


美しく独創的で体に良い限定ドリンクにはファンも多く、次回のシリーズが何になるかとても楽しみです。


ドーナツの種類も豊富でご飯系のサンドイッチも充実しており、お値段も手頃です。店内は落ち着いていて、トイレも広くて綺麗です(重要!)。


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ハリ通というフリーペーパーがありそちらもとても面白い内容となっております。


公式サイトはこちら→ haritts donuts & coffee



[火~土曜] 9:30~17:30(当分の間) 
[定休日]日曜・月曜
中央区日本橋大伝馬町9-2 ブラントン大伝馬町1階


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小伝馬町・横山町界隈は、馬喰町に続き美味しいカフェや待望のパン屋さんが次々にオープンしています。問屋祭りやハリオグラスのファミリーセールなどイベントごとも多い地域ですので、いらした際にはぜひカフェ散策などなさってはいかがでしょうか。お待ちしております!


 

 

楓川跡を歩く!

[株式会社 彦晴] 2019年2月28日 10:00

今回の企画も昔中央区に実在した河川跡を歩いてみようというものです。

楓川は徳川家康が江戸入りした天正18(1590)年当時の海岸線であったと言われています。

その後、江戸城築城のための建設残土等を楓川の沖合に埋め立て八丁堀地区を造成したのです。楓川は昭和35年に埋め立てられ現在では首都高速道路に生まれ変わっています。

楓川には日本橋川から兜橋 海運橋 千代田橋 新場橋 久安橋 宝橋 松幡橋 弾正橋が架かっていました。残念ながら兜橋と開運橋は廃止となりましたが、他の橋は現存しているので比較的に馴染みやすい河川跡と言えるのではないでしょうか?

日本橋川の分流点(兜橋跡)付近からスタートして桜川・京橋川合流地点前の弾正橋を目指します。

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楓川右岸には兜神社があります。社の上には江戸橋ジャンクションとなってました。

有名な兜岩も写真に収めておきました。かつてこの兜神社の右隣には渋沢栄一邸がありました。この付近には、東京証券取引所、郵便発祥の地(日本橋郵便局)などがあり見所ころ満載の地区でした。

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そろそろ下流方面へ、江戸・もみじ通りを進もうかと思い何気なく道路標識を写真に撮った時にその背景に入ってきたビルに見覚えがあることに気付き、ビル名をチェックしてみると「日本橋ダイヤビルディング」となっているのにびっくりした。東京都歴史的建造物に指定されている「日本橋ダイヤビルディング」(旧三菱倉庫江戸橋倉庫ビル)だった。考えてみれば江戸橋は目と鼻の先であり当たり前と言えば当たり前なのですが、私的には位置関係がはっきりしたよい発見でありました。

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それでは、江戸・もみじ通りを海運橋方面へ進みましょう。

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海運橋には親柱2本と説明板が立ってました。

「紀元二千五百三十五年六月造」文字が確認できます。

また、海運橋の先には、銀行発祥の地(みずほ銀行兜町支店)があります。

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みずほ銀行の壁面には「兜町歴史地図」なるものがあり、近隣ガイドになっていました。

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そして、永代通りと交差するのは千代田橋です。昭和3年に新たに仮設された千代田橋は側面から見ると橋台、桁が現存しているのが確認できます。親柱、袖柱、袖高欄が残っています。

"ぷぉーん ぷぉーん ぷぉーん"

楓川左岸を下流に進もうした時、雅楽の独特の音色が耳に入ってきたのです。

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なんだー?今日は2月22日初午祭か?いや今年の初午は2月2日だし・・・

大原稲荷神社では初午祭が執り行われていました。旧暦で二午が2月22日となりますが、どうして2月22日なのかは、よくわかりませんでしたが神官による祝詞の奏上などをみて、江戸時代よりこの楓川近隣の町内の安全、家業隆盛などを祈願してきたんだなと思いました。こんな古き良き慣習、しきたりを次世代に、いや未来永劫、大切に伝えていきたいものだなと感じました。

中央警察署を左手に楓川跡を下流に進みます。この中央警察署の片隅に「東京都立紅葉川高等学校 跡地」説明石碑があります。日本橋消防署、坂本町公園、坂本小学校を左手に楓川跡を下流に進みます。

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次の新場橋は工事中で車両通行止めとなってましたが、人は歩道部分を自由に往来できます。この河岸に新しい魚市場が設立され、新肴場から新場となったそうです。

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そして、八重洲通りと交差するのは、久安橋です。もともと松平越中守邸宅の前に位置していたため、それにちなんで越中橋とも呼ばれいたそうです。明治維新後、東京府によって久安橋と改められました。橋詰広場は楓川久安橋公園として整備されています。近隣サラリーマンらしき人達が休憩したり、喫煙スペースにて一服している光景が目に入ってきます。

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次の橋は宝橋です。宝橋上流右岸には、宝地蔵尊があります。この地蔵尊は戦後楓川に落ちて亡くなった児童の供養のために立てられたとのことです。橋名の由来は「京橋区宝町」からきています。

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そして松幡橋です。宝橋、松幡橋、弾正橋は上も下も高速道路が走ってます。

松幡橋は、なんか圧迫感がありますよね。それから橋名の由来ですが、高代町(八丁堀側)と本木材町(京橋川)へ架かる橋でしたが隣町の松屋町(八丁堀側)と隣町の因幡町(京橋川)から一文字ずつ取って松幡橋としたそうです。古くは松屋橋とも言われてました。

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そして、この街歩き終点弾正橋を目指します。左の写真は松幡橋から弾正橋を撮った写真です。鍜治橋通りと交差するのが弾正橋です。弾正橋の橋詰広場も楓川弾正橋公園として整備されていました。

現在の弾正橋は元の弾正橋より、やや上流に大正15年に架橋されました。そのため、暫くの間弾正橋が2つ実在し、この橋に対して下流の橋を元弾正橋と呼びました。

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なんと、そこに元弾正橋のミニチュアのレプリカが展示してありました。

弾正橋は過去に何回も来てましたが、お恥ずかしことにこのレプリカの存在を今日まで知りませんでした。菊の御紋までも忠実に再現されていました。

こんなことでは、いけない・・・

それでは、やはり本物を見に行こうと思い江東区まで遠征することにしました。

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江東区の富岡八幡宮の裏手にあり、公園として整備されていました。

元弾正橋は日本最古の鉄を主材料とした鉄橋であり、国の重要文化財にも、指定されています。現在の橋名を八幡橋と言います。

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天気も良かったのですが、見学しているのは私一人だけでした。

今回の街歩きを一言で言うと江戸時代、楓川は日本橋川と桜川・京橋川を結ぶ物流の要として発達し、河川の周りには人々が住み町ができて、商家、神社ができ発展し、明治時代になっても、銀行、郵便局などがいち早く建ち、経済の中心地区であったが、戦後の自動車の発達によりやがて水路も高速道路建設のため姿を消してしまったということであろうか。そんな現代でも、古き良き慣習を再発見できたのはとてもよかった。

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それでは、最後に新場橋から撮った写真でこの街歩きを終了することにします。

左:楓川の護岸跡らしき石積

右:新場橋から見た日本橋ダイヤビルディング



 

 

銀座和光 時計と記録 「ただの数字じゃない。TIME IS WHAT I AM.」

[銀造] 2019年2月28日 09:00

 銀座和光のショー・ウインドウに3月3日は東京マラソンが開催されることのご案内がありました。

また、そのご案内のメッセージには、「ただの数字じゃない。TIME IS WHAT I AM.」と。

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 そして、何やら記録の数値が示されていました。

これは、WRとあるので、 マラソンのWorld Record 世界記録ですね。

2018 年9月16日に行われたベルリンマラソンで、エリウド・キプチョゲ(ケニア)がマークした世界新記録です。

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次は、NR とあるので、日本の National Record ですね。

これは、2018年10月に米国で開催された「シカゴマラソン」で、日本人の大迫傑選手が出した記録です。

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今のところ、東京マラソンで日本人が出した日本記録は、2018年2月に設楽悠太選手が更新した2時間6分11秒です。

その他にも記録の数字がありました。 数々の記録の数字も参考に、東京マラソンを楽しみましょう。

東京マラソンに参加の全選手が、日頃の練習の成果を本番で出して欲しいと期待しています。そして、自分の記録を更新して頂きたいと応援しています。

 

 
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