歌舞伎俳優の中村富十郎さんが1月3日に81歳でお亡くなりになりました。昭和の名優を惜しむ声があちこちで聞かれました。
日経新聞の1月5日の文化欄では、演劇評論家の上村以和於氏が「いわゆる長老という言葉から連想される老人めいた感覚から、この人ほど遠い人はいなかった。芸の質が若々しいのである。」と述べられています。まさしくぼくも同感です。
時代物の風格ある役は当然素晴らしいのですが、上方歌舞伎にもゆかりのある家系だけに、「封印切」の八右衛門、「河庄」の孫右衛門など、近松物における味わいある役柄もまた忘れられません。若い頃からよく共演された坂田藤十郎さんがインタビューで同様に振り返っておられました。
富十郎さんは、中央区に縁の深い方であり、この地域を愛してくださいました。演劇の歴史のゆかりの地である中央区にとっては大切な方でした。歌舞伎での功績はもとより、そのお人柄を讃えて、2008年12月に<中央区名誉区民>の顕彰を受けられました。2009年の新年賀詞交歓会に主賓としてお見えになったときの、富十郎さんのご挨拶の爽やかさが今でも耳に残っています。
昨年3月には、京橋消防署で一日署長も務めていただきました。そのお姿が失礼ながら「愛らしい」とさえ感じました。やはり内面から出る心のやわらかさなのでしょう。
歌舞伎に関するレポートを何度か紹介しましたが、今回は本当に残念な中身になってしまいました。しかしながら、昨年の歌舞伎座のさよなら公演で「熊谷陣屋」にご出演になり、この劇場の最後の舞台を飾っていただけたことがせめてもの思い出となりました。
その折には「新しい歌舞伎座が楽しみ」と述べられていました。(写真は松竹発行の当時の筋書きの写しです)
去りゆく名優の記憶を心に留めて、彼の地での安寧を祈りつつ、人生の花道をお見送りしたいと思います。
「よっ、天王寺屋!」